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クリスの物語Ⅳ #53 エジプト神話
市場を後にして、ぼくたちは再び本拠地を目指した。
市場を越えてからは、闇の勢力の襲来はなかった。
ひょっとしたらハウエルが闇の勢力のボスで、残りの部下たちは尻尾を巻いて逃げてしまったんじゃないか、という淡い期待が芽生えてきた。それなら、もう戦う必要もない。
『さっきのハウエルっていう人が、前にハーディのいってたセトを守護神に持つ先生だったのね』
移動中に、沙奈ちゃんがいった。
『うん。そうなんだ』
沙奈ちゃんの方をちらっと振り返ると、ハーディは先生との思い出話を始めた。
『僕が3歳の頃から、読み書きを教えていてくれた先生でね。6歳の誕生日を迎えてからは、才能を見込んで魔術も教えてくれるようになったんだ。
とても博識で、生命の仕組みから宇宙の成り立ちに至るまで何でも知っていた。僕がわからないことは、とにかく僕が納得いくまで根気強く教えてくれる、とても優しい先生だった。
でも僕が10歳になる頃、先生の教えが少しずつ変わっていった。力を信奉するようになって、狂気じみていったんだ。自分たちは選ばれし人間だ。だから、能力のない人間は自分たちの前にひれ伏すべきだっていってね。
すでにそのとき、闇の勢力に取り込まれていたんだと思う。その証拠に、先生の守護神も元は不死鳥フェニックスだったのに、その頃からセトに変わっていたしね』
『守護霊って変わることがあるの?』
驚く沙奈ちゃんに、ハーディは『稀にあるみたいだよ』といって肩をすくめた。
『守護神も不死身というわけではないし、それに波長が合わなくなることもあるしね』と答えると、『それで』とハーディは話を続けた。
『僕がシリウスの出身で、地球に生まれてきた使命を思い出したのもちょうどその頃なんだ。そして、僕が銀河連邦とコンタクトを取り始めるようになったのと時を同じくして、先生は僕の前から突然姿を消した。何の音沙汰もなくね。でも、僕はわかっていた。先生と僕とは、相容れない世界へ進んだんだってね。
それで銀河連邦から今回のこの任務をいい渡されたとき、僕は何となく先生と戦う日が来るような気がしたんだ。そして、ホルスを守護神とする君が現れたことで、その予感はほとんど確信に変わったよ』
ハーディが微笑むと、沙奈ちゃんは『なんで?』と聞き返した。
『あれ?エジプト神話は知らないかい?』
沙奈ちゃんは首を振った。
『そうか。実は神話上でも、セトを倒すのはホルスなんだよ。
神々の王であったセトは、偉大な強さを誇っていたけれどその性格がとても荒々しかったんだ。その荒々しさといったら、王であった実の兄、オシリスを殺してその王座を奪ってしまうほどだった。
かといって、とても強く残忍なセトのことを誰も止めることなんてできなかった。みんな納得がいかなくても、従うしかなかったんだ。でも、それをどうしても許せない人がいた。オシリスの妻、イシスさ。
そこでイシスは、復讐のためにオシリスを一晩だけ復活させてオシリスの子を身籠るんだ。そうして生まれてきたのが、天空と太陽の神ホルスだよ。つまり、ホルスは父親の仇討ちをして、王座を奪還するために生を受けたんだ。
そしてその通り、最終的にセトは甥であるホルスに敗れ去ってしまう』
そこまで話すと、ハーディは沙奈ちゃんをじっと見つめた。
感謝と、それに尊敬や憧れの入り交じったような眼差しだった。まるで、愛の告白でもしようかという雰囲気だ。
沙奈ちゃんは、戸惑うように視線を逸らした。
『だから、ホルスを守護神として持つ君が目の前に現れたとき、僕はハウエル先生と対決するという運命を悟ったし、それと同時に勝利を確信したんだ。もし先生と対決することになったとしても、僕には勝利の女神がついているからね』
ハーディのその言葉を聞いて、クレアが呆れ顔をしてぼくに視線を向けた。
しかし、そんな話をして明るく振る舞いながらも、ふとしたときにハーディは寂しそうな表情をした。覚悟をしていたとはいえ、小さな頃からずっと慕ってきた先生を自らの手にかけるというのは、やっぱり思うところがあるのだろう。
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