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クリスの物語(改)Ⅱ 第六話 空飛ぶジェカル
「うわぁ!すごい・・・」
出口から飛び出ると、紗奈が感嘆の声を漏らした。眼下には、クリスタルブルーに輝く水面が広がり、そしてはるか前方には塔や建物が乱立する街がある。
白く輝くその街に、クリスは見覚えがあった。前世でやってきたことのある、地底都市“セテオス”だ。
『おかえり、クリス』
クレアが笑顔で振り返った。
『ただいま』と、クリスも笑顔を返した。
「ここが、ファロスが来たことのある地底世界なの?」
あちこちキョロキョロと見回して、興奮した様子で紗奈が聞いた。
「そうだよ」
「すっごくきれい。それに、地底世界ってこんなにも明るいのね。なんだかすごくあったかいし。もっと暗くて寒くてどんよりしているのかと思ってた」
「うん、そうだよね」
クリスは少し得意になって、笑顔で答えた。
すると、前方から黒く大きなドラゴンがやってきた。勢いよく飛んできたそのドラゴンは、クリスたちの目の前でピタリと止まった。
頭に2本の角を生やしたいかめしいドラゴンは、エランドラよりもだいぶ大きい。顔の大きさだけでも、クリスと紗奈の身長を足したくらいの大きさがある。
ドラゴンの上には、色白でほっそりとした背の高い男がひとり立っていた。耳の長さに切りそろえられた髪は銀色で、シルクのようにつやつやと光る白い服を着ている。その男に、クリスは見覚えがあった。
門番のような立場で、セテオスへやってくる人間を監視する役割を担っているということだった。クリスが記憶を呼び覚ますと、『覚えていてくださいましたか』と、男がクリスに微笑みかけた。
『あれ?クリスってネイゲルに会ったことあったんだっけ?』
驚くようにクレアが言った。
『いえ、クリスさんとお会いするのはこれが初めてです。ただ、クリスさんが前世で初めてこちらへいらした際にも、私がこのように一度だけご挨拶させていただいたことがあるのです』
『あー、そっか』
ネイゲルが答えると、クレアが相槌を打った。
『でも、その一度しか会ってないっていうのにネイゲルもよくクリスのこと覚えてるね』
『お噂はかねがね伺っていたものですから』
そう言って、ネイゲルはクリスに向かって軽く頭を下げた。
『ところで』と、エランドラが声をかけた。
『ご覧の通り、クリスだけでなくサナとベベもこうして一緒に来てもらっているのだけど、その件に関してソレーテおよび中央部は何か言っているかしら?』
『もちろんソレーテはじめ中央部は、お二方とも大いに歓迎しております』
ネイゲルは紗奈とベベに視線を向けてそう言った。それを聞いて安心するように紗奈は笑顔を見せた。それからネイゲルに対してぺこっと頭を下げると、クリスの耳元で「わたしたちが来ること、もう伝わってたんだね」と囁いた。
そんな紗奈にネイゲルは微笑み返した。
『さて、皆様にはメシオナをご用意しております。メシオナとは、いわば宿泊施設のことでございますが──────ひとまずそちらでおくつろぎください。
必要であればお食事もお取りいただけます。また、ジェカルの用意もございますので、このセテオスを観光して回るのもよろしいかと。
皆様のご調整がお済みになった頃にまたお呼びに伺いますので、それまではゆっくりとお過ごしください。それでは、メシオナまでご案内いたします』
そう言って、ネイゲルは方向転換して街へ先導した。
『ところで今ネイゲルが調整が済んだ頃にって言っていたけど、それってどういう意味なの?』
ネイゲルの後を追って、ゆったりと飛翔するエランドラにクリスが尋ねた。
『あなた方のエネルギー体の調整が済んだら、という意味よ。こちらの世界は地上とは波動の振動率が違うので、肉体的には問題がないように思えても、肉体の周りを取り囲むエネルギー体がこちらの振動率に合わせるように調整を進めているのよ』
『エネルギー体って?オーラみたいなものですか?』
紗奈が横から質問した。
『そう。エネルギー体は、オーラとも表現されるわ』
前を向いたまま、エランドラが答えた。
『人の周りにはいくつかの層に分かれてエネルギー体が取り囲んでいるのだけれど、その中でも人が感知できるものをオーラと呼んでいるわね。肉体では感知できないものも多くあるのだけれど。それらを含め、その人を構成しているエネルギー体すべてがその人の身体と言えるわ。
つまり、ひと口に身体といっても、肉眼で見える肉体のことだけをいうわけではないの』
『ふーん』
いまいち理解できずにいるクリスが曖昧に相槌を打つと、紗奈はなおも質問した。
『それで、こっちの波動に合わせるためにそのエネルギー体を調整するにはどうしたらいいのですか?』
『何もしなくて大丈夫よ。無意識下で調整がなされるから。眠くなったら寝ればいいし、食事がしたくなったらそうすればいい。身体がしたいと思うことをしていれば、スムーズに調整はなされるわよ』
『じゃあ、今から観光しに行っても?』
『ええ、もちろん。それをしたいと望むのなら』
街の中心部には、山のように巨大な建物がでーんと構えていた。その周囲にも、白く輝く大きな建物が乱立している。
それぞれの建物間をつなぐようにクリスタルの道路が縦横無尽に張り巡らされ、何台もの乗り物がその上を行き交っていた。街の上空では、ドラゴンや翼竜に乗って飛翔する者たちがたくさんいる。
それらの光景を目にして、紗奈は「すごーい」としきりに感嘆の声を上げた。
「あの道路を走っている乗り物は何?宙に浮いてるよね?」
道路を猛スピードで移動する、白い小型ボートのような乗り物を紗奈は指差した。
「あれは、ジェカルっていうんだ。ドラゴンの生命エネルギーが原動力になっているんじゃなかったかな、たしか」
前世の記憶を頼りに、クリスが説明した。
高速で行き交うジェカルは、走行音を立てることもなく静かだった。
ネイゲルに続いて、街の中心部の大きな広場に一行は降り立った。
広場は一面大理石が敷かれ、周囲は水で囲われていた。
広場から橋が四方に伸び、そのひとつは前方にそびえる巨大な建物にも渡されていた。その建物は、下から見上げると天辺はかすんでしまうほどの高さがあった。
山のような外観は真っ白な石造りで、橋を渡った先の階段を上がったところには大きな門がある。
『すっごい大きいね』
エランドラから降りたクリスがその建物を見上げていると、紗奈が頭に直接語りかけてきた。
「うん。あれが中央部なのかもね」
クリスが振り返って返事をした。
するとクレアがやってきて『そうだよ』と言った。
『エルカテオスっていうの。中央部だけじゃなく、セテオスの主だった機関がこの建物に入っているんだよ。クリスは、中央部には来たことないんだっけ?』
『うん。初めて来た』
振り返ると、ラマルとエランドラが既に人間の姿に変身していた。
キラキラと光るドレスを着たエランドラはすらっと背が高く、胸まである長い髪と彫刻刀で切り取ったようなくっきりした瞳は、変身する前と同じく金色だった。
それに比べ、ラマルの身長はクリスと変わらないほどだった。瞳は地球儀をはめ込んだように青く、くるくるとカールする髪もこのセテオスの澄んだ空のように青い。
人間にシェイプシフトしたふたりに驚き固まる紗奈に、クリスは改めてエランドラとラマルを紹介した。すると紗奈は、口を開けたまま頭を下げた。
『それでは、メシオナまでご案内いたします』
ネイゲルが、会釈してから言った。ネイゲルが乗っていた巨大なドラゴンの姿は、いつの間にかなくなっていた。
エルカテオスの方に向かってネイゲルがクリスタルの棒をひと振りすると、そちらから4台のジェカルがやってきた。
ジェカルは猛スピードで橋を渡り、クリスたちの前にピタッとつけた。中は無人だった。
『どうぞ、お乗りください』
ジェカルを手で示して、ネイゲルが笑顔を向けた。
ジェカルは二人乗りだった。クレアとラマルが早速一台のジェカルに乗り込み、エランドラは別のジェカルにひとり乗り込んだ。
『さあ、どうぞ』
躊躇するクリスたちに向かって、再度ネイゲルが指し示した。しかしジェカルに乗ったことのないクリスは、操縦の仕方が分からなかった。
そんなクリスの不安を読み取ったのか、『大丈夫ですよ。自動操縦になっていますから』とネイゲルが言った。クリスはうなずき返して、ジェカルに近づいた。
ジェカルの真横に立つと、側面の一部分が自動で開いた。
ドアが開いたというわけではなく、側面の一部分がU字型に切り取られたように勝手に開いた。
そこからクリスと紗奈はジェカルに乗り込んだ。
中は横並びに二人がけのシートがあるだけで、操縦するようなハンドルもない。クリスはベベが入ったショルダーバッグを膝に抱えて、奥の座席に座った。
座席は柔らかく、ふわりと沈み込んだ。一見硬そうなシートも、座るとまるでふかふかのソファのようだった。
足元は、足を投げ出せるほどの広さがある。ふたりが座席に座り込んですぐに、側面が自動でふさがれた。それと同時にジェカルが地面から浮き上がった。
「あ、浮いた」と紗奈が言った。
シートの高さは身長に合わせて自動で調整されるようで、身長133㎝のクリスたちも180㎝以上あるネイゲルも頭だけが顔を出している状態になっていた。
『さあ、それでは参りましょう』
ネイゲルのかけ声とともに、ジェカルが音もなく動き出した。ジェカルは、まるで氷の上を滑るようになめらかに加速した。
徐々にスピードが上がると、体がシートに固定されるような感覚があった。安全バーを下げてジェットコースターに乗っているような感覚だった。
しかし身動きが取れないということはなく、体は自由に動かすことができた。
広場を出ると、ジェカルはまるで高速道路に乗るように上に上がっていく道を進んだ。その先には、筒のように円いクリスタルのトンネルがある。
そのトンネルは、エルカテオスの周囲を回り込んでループを描くように伸びていた。
トンネルに入ると、ジェカルはさらにスピードを加速させた。しかし、スピードを上げても前を走るネイゲルとはずっと一定の距離を保っていた。
猛スピードでトンネルの壁を走り抜けると、「なんかボブスレーにでも乗ってるみたい」と紗奈が言った。
「でもこのスピードなのに、全然風の抵抗がないね」
風を感じようとして、紗奈が両手を上げた。
「そういえば、そうだね」
目に見えないバリアーでもあるのかと、クリスも手で頭上を仰いだ。しかし、手に触れるものは特に何もなかった。
『ぼくも外の景色が見たい』
もぞもぞと、ベベがショルダーバッグから這い出てきた。
『落ちないように。あまり身を乗り出したりしたらダメだよ』
バッグから出てきたベベを腕に抱え、クリスが注意した。
『すごい!本当に早いね』
クリスの忠告は耳に入っていない様子で、ベベはクリスの腕から逃れようともがきながら窓越しに外の景色を眺めた。
上下左右、縦横無尽に超高層の建物をすり抜け、ジェカルは突き進んだ。
しばらく走ってようやくトンネルを抜けると、ジェカルは道を反れて下へと下った。ジェカルの速度も緩められた。
その辺りは比較的低い建物が建ち並び、通りには人も多く歩いていた。その中にはクレアのような有翼人もいて、人種は様々だった。
湖に行き当たると、ジェカルはしばらく湖沿いの道を進んだ。通り沿いには白く平べったい建物がポツン、ポツンと建ち並んでいた。モンゴルの遊牧民が住むゲルのような建物だが、窓もドアも見当たらない。
屋根は丸みを帯びてドーム状になっていた。
その建物のひとつに、ジェカルは乗り付けた。
建物の前で4台のジェカルが一列に並ぶと、ゆっくりと下降を始めた。ところがジェカルは地面に着地することなく、さらに下へと降りていった。
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