クリスの物語(改)Ⅱ 第三話 再会
クリスは、その場に立ち上がった。
なんでドラゴンがこの世界にいるのか。これは夢ではないはずだ。それに第一ここは地底世界ではなく地上だっていうのに・・・。
目の当たりにしている不可解な出来事に、クリスは眉をひそめた。
ドラゴンの体は青く、キリンのように長い首には少女がひとり乗っていた。背に6本の翼を生やし、くるくるとカールしたブロンドの長い髪をした少女にクリスは見覚えがあった。
「ねぇ、ちょっと。こっち来るよ」
紗奈も立ち上がって、不安そうにクリスの袖をぎゅっと掴んだ。
「たぶん、大丈夫だよ」
ドラゴンを見つめたまま、クリスは答えた。
二人の目の前にやってくると、ドラゴンはお城の周りを一周回って裏手の空き地に着地した。
クリスの記憶にあるよりもドラゴンは大きかった。頭がまるまるお城の上に出るほどの高さがある。
ドラゴンの背に乗った少女は、翼を広げて舞い上がるとお城の上にふわりと降り立った。身に着けている裾の長いワンピースは、日の光に照らされキラキラと色を変えた。
身長はクリスたちとあまり差がない。見た目も、クリスが夢で見たそのままだった。あれから二千年以上経っているというのに。
少女が吠え立てるベベを少しの間見つめると、ベベはぴたりと鳴くのを止めた。それから、尻尾を振って少女の元へと駆け寄っていった。しゃがんでベベを撫でると、少女は顔を上げてクリスを見た。
『ねぇ。もっと感動とかないの?やっとこうして会えたっていうのに』
少女の声が、クリスの頭に直接響いた。少女は立ち上がって、両手の拳を腰に添えた。
『まさかわたしのことわからない、なんて言わないよね?』
追及されたクリスは、黙ったままゆっくりと首を振った。
『やあ、久しぶり・・・。びっくりした・・・』
クリスは少女に意識を向けて、声に出さずに思念で返した。
夢で見ていた通りの見よう見まねだったが、ちゃんと通じたようだ。少女がにっこりと笑顔でうなずいた。かと思いきや、今にも泣き出しそうな顔をした。
そしてふわりと飛び上がると、突然クリスに抱きついた。
「うわっ、ちょっと。ちょっと待って」
突然のことに慌てたクリスは、少女を引き離そうとした。しかし、少女は離れようとしなかった。救いを求めてクリスが紗奈に視線を向けると、紗奈はぷいっと顔を背けた。
少しの間そうしてから、少女はようやくクリスを開放した。まじまじとクリスを見つめるその宝石のような青い瞳には、涙が溜まっていた。
『なんか、ファロスちっちゃい。わたしよりも小さいじゃない』
手で涙を拭うと、少女は言った。
少女のその思いがけないセリフに、クリスはむっとして反論した。
『そりゃそうだよ。だって、今のぼくはまだ子供だもの。それにぼくは今、ファロスじゃなくてクリスっていう名前なんだ』
そう言い返したクリスの手を取り、少女はいたずらっぽい笑みを浮かべてうなずいた。
すると、もう一方の袖を紗奈が引っ張り「誰、この子?」と詰問した。紗奈の視線は少女に注がれていた。
「クレアっていうんだ。地底世界に住んでるんだけど・・・」
クレアの方を振り返って答えながら、クリスは言葉に詰まった。
なぜ今の時代の地表世界にクレアやドラゴンのラマルがいるのかクリスにも理解できず、どう説明すれば良いのか分からなかった。
『あなたがエメルアね』
戸惑うクリスに構わず、クレアが思念を飛ばした。すると、紗奈は眉根を寄せた。
「今、あなたが喋ったの?」
訝しむように首を傾げて紗奈が尋ねると、クレアはふふっと笑った。
『なんだ。ちゃんとキャッチできるんじゃない』
クリスの手を握ったままクレアが言った。もう一方の袖を紗奈に掴まれ、クリスは案山子のような格好になっていた。
『話では聞いていたけど、こうして会うのは初めてね』
クレアが語りかけると、紗奈は眉間に皺を寄せたままクリスに視線を向けた。それからクリスの袖を掴んでいた手を離すと、腕を組んで言った。
「あなたたちは一体誰なの?わたしのことエメルアって言っていたけど、なんでそのことを知ってるの?」
それから紗奈はクリスに視線を向けた。
「クリスのこともファロスって呼んでたよね?それって、わたしが前に夢で見た話でしょう?わたしの夢の世界の話なのに、なんでクリスはこの子からその名前で呼ばれてるの?それにその子なんて翼が生えてるし。そのドラゴンだって・・・普通じゃないよ。なんかわたし、頭が変になりそう」
紗奈は頭を左右に振って、額に手を当てた。
『わたしに翼が生えているのが、そんなに変?』
クリスの手を離すと、クレアは腕を組んで紗奈をにらんだ。クリスが慌てて間に入った。
『違うよ。そういう意味で言ってるんじゃないよ。地上には有翼人なんていないし、紗奈ちゃんは有翼人を見るのが初めてだから驚いているだけだよ』
弁解するクリスの傍らで、紗奈がため息をついた。
「わたし、帰る」
「え?ちょっと待ってよ」
肩を落として帰ろうとする紗奈の腕を掴んでクリスが引き留めると、紗奈は力なく笑い返した。
「なんか、わたし夢でも見ているみたい」
紗奈にそう言われて、クリスも現実を疑った。たしかにこんなこと、夢じゃなきゃあり得ない。すると、クレアが呆れるように首を振った。
『ちょっと、何言ってるの?こうしてせっかく会いに来たっていうのに。夢なわけないでしょう?わたしもラマルも、ちゃんとこうやってあなたたちの住む現実の世界に存在してるよ』
そう言って、今度はクレアが大きくため息をついた。
『もっと喜んでくれると思ったのに』
クレアはうつむき、寂しそうにつぶやいた。
『ファロスが地上へ戻ってから、わたしずっと待ってたんだよ。またわたしたちのところへ戻ってきてくれるのを。それなのに、ファロスはわたしたちのことなんてすっかり忘れちゃってるし。その後何度生まれ変わっても、少しも思い出してくれなくって・・・』
クレアは今にも泣き出しそうな顔をした。
『やっと思い出してくれたと思って会いに来たのに』
『ごめん』
クリスは思わず謝った。
そんなことは、クリスも夢で見るまで知る由もなかった。しかし二千年以上もこうして待っていてくれたのかと思うと、クリスはなんだか心苦しかった。
クリスが申し訳なさそうにしていると、クレアは顔を上げて、ペロっと舌を出した。
『なんてね。ファロスが思い出す機会をうかがっていたのは本当だけど、別にわたしたちの住む世界には時間の概念なんてないし、この時代にアクセスしてこうしてやって来ただけだからファロス・・・じゃなくて、クリスが思っているようにこっちでいうところの二千年という歳月をただひたすら待っていた、なんてことはないんだけどね』
いたずらっぽく笑って、クレアは言った。それを聞いてクリスも安心した。
『そっか。それなら良かった』とクリスが返すと、クレアがにらんだ。
『全然良くなんかないよ。だって、それからクリスは何度転生しても一向にわたしたちのこと思い出してくれないんだもの。その度に、わたしすごいショックだったんだからね』
そんな風に言われてもクリスには身に覚えがなかった。しかし、再度『ごめん』と謝った。
すると「ねぇ」と言って、紗奈がクリスの袖を引っ張った。
「二千年前ってどういうこと?もしかして、わたしが夢で見たことってやっぱり前世で実際起きたことなの?」
エメルアという女性としての夢を紗奈は何度も見ていた。そしてそれはひょっとしたら前世の記憶なんじゃないかと、紗奈は密かに思っていたのだ。
クリスは向き直ると、先ほど打ち明けようとしていた秘密、“長い夢”の話を紗奈に聞かせた。