クリモノ4タイトル入

クリスの物語Ⅳ #57 結界

「ヴァグラデュース」

 向かってくるサタンに、ハーディが指先を向けてカンターメルを唱えた。
 しかし、なぜか魔法が発動されない。すぐさま、ぼくもカンターメルを唱えた。

「アクアバーラボンバーダ」

 しかし、ぼくの指からも魔法が発動されない。

「アクアサルギータ」
「アクアスピール」
「ラニグラムルグール」
「ラニムグラデュース」
 次々と思いつく攻撃魔法を唱えた。でも、やはり何も出ない。

『結界だ』
 ハーディがそういって、天井を指差した。
 そこには、四隅に魔法陣が描かれている。
『あの結界を破らないと、魔法は使えない』
 そんな―――

 こんな怪物、魔法なしにどうやって戦えというんだ。それに、武器も何も持っていない。辛うじてピューネスだけは機能しているけど、これじゃあ飛んで逃げ回ることしかできない。
 近づいてくるサタンに合わせて、ぼくたちは宙に浮いたまま少しずつ後ずさりした。

 ついに、壁際まで追い詰められた。
 サタンがゆっくりと近づいて来る。まるで逃げ惑うネズミを追いかける猫のように、この狩りを楽しんでいるみたいだ。もったいぶって、すぐには殺さないという感じだ。

 舌なめずりをしたサタンを見て、沙奈ちゃんに襲いかかろうとしたアーマインのことを思い出した。そこでピンとひらめいた。
 そうだ。ミラコルンだ。

「オンドーヴァルナーシム」

 サタンに向かって右腕を突き上げ、ぼくはミラコルン発動のカンターメルを大声で叫んだ。でも、うんともすんともいわない。
『ダメだよ。結界の中ではあらゆるカンターメルが打ち消されてしまうんだ』
 サタンを見据えたまま、ハーディがいった。

 万事休すだ。

『飛ぶんだ』
 いよいよ目の前にサタンが迫ってきたところで、ハーディがかけ声をかけた。
 ぼくたちは、一斉にその場に飛び上がった。

『仕方ない。とにかくここは、ひとつでもいいからクリスタルエレメントを奪い返すことだけを考えよう』
 ハーディはそういって、クリスタルエレメントに向かって飛んでいった。

 すると、サタンがものすごいスピードで飛び上がってハーディを貫手で突いた。

 ドンッと鈍い音がして、血が飛び散った。
 サタンの腕は、ハーディをかばって飛び出したラシードの胴体を貫通していた。
「ラシード!」
 ハーディが叫んだ。

 サタンは床に着地すると、ラシードを腕から抜き取って放り投げた。ラシードはビクビクと痙攣している。
 ハーディがラシードのもとに駆け寄って、名前を叫んだ。
 ラシードは大きな瞳でハーディを見つめてから、ゆっくりと目を閉じた。すると間もなく、ラシードの姿は消えてしまった。

 ハーディは涙を拭って立ち上がった。いつも落ち着いていて、冷静なハーディの目は血走って怒りに燃えている。

「いいですね。その顔ですよ。恐怖と怒り。その感情こそが私たちの求めるエネルギーです」
 バルコニー席で見物している老人が、興奮した様子でいった。

「うおおおおおお」

 床に落ちていたラシードの大剣を拾い上げると、ハーディは怒号を上げながらサタンに向かっていった。
 いくら何でも無茶だ。

「ホルス!」
 沙奈ちゃんが叫んだ。
 ハーディが振り下ろした大剣をサタンは軽々と片手で受け、もう一方の指の爪でハーディを弾こうとした。その瞬間、ホルスが飛び上がってハーディを救い出した。

 ハーディを床に降ろすと、ホルスは立ち上がってサタンと向かい合った。巨大なホルスよりも、サタンはさらにひと回り以上大きい。

 手に槍を構えると、ホルスが目にもとまらぬ速さで攻撃を仕掛けた。サタンが辛うじて手でそれを弾くと、ホルスはすかさずサタンに蹴りを入れた。するとサタンの巨体が宙を舞って、床に倒れた。
 振動で建物が揺れた。

 見事だった。
 エランドラやラマルでもまったく歯が立たなかったけれど、ホルスだったら勝てるかもしれない。そんな期待が芽生えた。
 しかしサタンの強さは、そんなぼくたちの予想をはるかに超えていた。
 ホルスの俊敏な動きに翻弄されてはいるものの、ホルスの攻撃を受けてもサタンにはほとんど効いていないようだ。一方、サタンの反撃がホルスをかすめただけで、ホルスはダメージを負っていた。

 少しずつ弱っていくホルスを前に、ぼくたちの士気も徐々にしぼんでいった。
 このまま、ぼくたちは負けてしまうのかもしれない。ここで逃げ出せたとしても、地球を闇の手から救い出すことはできないだろう。やっぱり、ぼくたちが闇の勢力を相手にするなんて無茶な話だったんだ。

 もはや勝てるわけがないという、諦めムードが漂っていた。


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Daichi.M
お読みいただき、ありがとうございます! 拙い文章ですが、お楽しみいただけたら幸いです。 これからもどうぞよろしくお願いします!