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クリスの物語Ⅱ #89 超竜アラルコン
『クリスー!』
どこからか聞き覚えのある声がした。
クレアの声だ。幻聴だろうか?
このままぼくも死んでいくのかな。
ボラルクの頭の横に転がっているアクアが目に入った。
無意識にぼくは手を伸ばした。
再び、ぼくの名前を叫ぶクレアの声が聞こえた。
気づいたときには、ぼくはアクアを握りしめていた。
地響きがして、地面が大きく揺れた。
周りで戦う兵士たちは手を止め、こっちに注目した。握りしめたアクアからモワモワと黒煙が立ち昇り、頭上で大きな影を形作った。
それは、黒く巨大なドラゴンだった。
頭には5本の角を生やし、広げた翼は部屋いっぱいに広がっている。
黒く巨大なドラゴン“アラルコン”は、翼をはためかせながらぼくたちを見下ろした。
兵士たちの恐れおののく悲鳴が響き渡った。
地面の揺れは激しさを増した。
ぼくはアクアを握りしめたまま立ち上がった。
そうか。ぼくはピューラのおかげで鋼鉄の肉体を手に入れていたのだった。
後頭部に傷がないことを確かめて、ぼくはそのことを思い出した。
『クリス!』
クレアに沙奈ちゃん、ベベがぼくのもとに駆け寄ってきた。エランドラとラマル、マーティスにアルメイオンもいる。
『大丈夫?』
クレアがぼくに抱きついた。沙奈ちゃんがうしろで心配そうにぼくを見ている。
『ぼくは大丈夫だよ』
地面には、ボラルク以外にも何人もの兵士が倒れていた。そこには、ユージリスの姿もあった。
壁が崩れ始めた。天井からも石が崩れ落ちてきた。
悲鳴を上げながら、次々に兵士たちが部屋から逃げ出している。
『どうしてここがわかったの?』
胸に飛び込んできたベベを抱きしめてから、みんなの顔を見回した。
『そんなことより、とにかくこの場から立ち去りましょう!』
マーティスが叫んだ。
たしかに、この場にいたら今にも生き埋めになってしまいそうだ。
『アルメイオン、こっちへ来るんだ!』
ガイオンが出口へ向かって腕を大きく振っていた。
ぼくはクレアを見た。ほんの一瞬ぼくと視線を交わしてから、クレアはうしろを振り返った。
『ラマル!マーティスとアルメイオンをお願い!』
クレアがラマルに指示を出した。
『エランドラは、サナとベベを』
ラマルとエランドラがうなずいた。
そのやり取りに気を取られてしまっていた。手にしていたアクアが不意に奪われた。
アクアを手にしたグレンがにやりと笑ってぼくを見た。
『クリス。やはり君は選ばれし正統な人間だったというわけだ。封印を解いてくれたことに礼をいおう』
そういい残し、グレンはダルミアを引き連れてその場から立ち去ろうとした。
『ダメー!』
クレアが叫んだのとほぼ同時に、アラルコンが鳴き声を上げた。
それは、一瞬の出来事だった。アラルコンが、青い液体を勢いよく口から放った。その次の瞬間には、グレンの姿が溶けてなくなってしまった。
それを見たダルミアは、その場で尻餅をついた。腰を抜かしながらも、ダルミアはアクアを拾って四つん這いで逃げまどった。
アラルコンが再び鳴き声を上げた。ダルミアが振り向いた時には、アラルコンが青い液体を口から放っていた。
引きつった顔のダルミアは青い液体に包まれて、一瞬のうちに消えてしまった。
アクアが地面に転がった。
その光景を見ていたクレアは、呆れたように首を振った。
『封印が解かれたとしても、ドラゴンの石を手にする資格を得なければ持ち出すことなんてできないのに。資格を得ることができるのは、封印を解いたクリスだけだよ』
クレアがぼくの手を引っ張った。
『早くしないと、ここが崩壊しちゃう』
アクアが転がっているところまで移動すると、それを拾うようにクレアが指示した。
『でも、どうすればいいの?』
ぼくは躊躇した。
一瞬にして溶かされてしまったグレンやダルミアの姿を目の当たりにして、ぼくの膝はガタガタ震えていた。
『いい?』
ぼくの両肩に手を置いて、クレアがぼくの目をのぞき込んだ。
『資格を得るには、勇気と覚悟、それに資格を得るに値する人間だっていう自信が必要よ。疑念や邪心があってはダメ』
説得するようにクレアがいった。
相変わらず天井や壁は、大きな音を立てて崩れ落ちている。
『大丈夫。わたしがついてるから』
ぼくの目を見てクレアがうなずいた。
覚悟を決める以外、この状況から逃れることはできないと、その目は物語っていた。
体の震えが止まらなかった。
でも、もはや決心するしか道はない。これ以上犠牲者を出さないためにも。地球を闇の勢力の手から守り、全人類の命を救う使命がぼくにはある。
ぼくはうなずき返した。それから、意を決して地面に転がっているアクアを拾い上げた。
アラルコンを除いて、部屋に残っているのはいつの間にかぼくとクレアだけになっていた。
アラルコンと対峙すると、クレアが羽を広げて宙に飛び上がった。
『クリス!』
アラルコンの正面まで浮かび上がったところで、クレアが叫んだ。
『今からいうカンターメルを唱えて!』
『わかった』
両手に持ったアクアを正面に掲げて、ぼくは返事をした。
『アニムスペレード』
クレアに続いて、ぼくは叫んだ。
「アニムスペレード」
突然、ビュオオオオオッという大きな音を立てて風が吹き荒れた。
そして抵抗する間もなく、ぼくは掃除機に吸われるようにアクアの中へと吸い込まれた。
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