クリスの物語Ⅰ #0 プロローグ
明け方だというのに、広場の方がやけに騒がしい。
「反逆者に死を!王に楯突く者には神の制裁を!」
広場に集まった人々が、高らかに叫んでいる。
馬を降りて、群衆を掻き分け進んだ。まだ、間に合う―――
広場の中央には絞首台(こうしゅだい)が設けられ、男と老婆がそこに両手首を縛られ吊るされている。
二人とも意識を失っているのか、頭を垂れてぐったりとしていた。
脇には、鉤(かぎ)のように湾曲した剣を手に構えた兵士が、それぞれ一人ずつ立っている。
右手にはこの処刑場を見下ろせるように設けられた壇があり、その上では多数の家臣を従えた王と妃が椅子に座っていた。
まるでこの処刑を肴に宴でもしようというのか、酒を片手に笑い合っている。
処刑場の前では、それ以上人を近づけないよう兵士が一列に並んで立っていた。
考える前に、体が動いた。群衆を退け処刑場までたどり着くと、阻止しようとする兵士を押しのけて男の名を大声で叫んだ。
「オルゴース!」
抑えつけようとする兵士を振り払って何度も叫んだが、それでもオルゴスの反応はない。
「そいつも反逆者の一人だ!その男も吊るし上げろ!」
そう叫ぶ男の姿が目に入った。
ヘラスムスだ。
怒りで我を忘れた。腰袋に手を突っ込むと、取り押さえようとする兵士に向かって短剣を大きく振りかざした。
兵士たちがひるんだ隙に、絞首台へ向かって一目散に走った。
こんな処刑などあってはならない。絶対に間違っている。
「オルゴース!」
走りながら力の限り叫んだ。
待っていろ。今すぐその綱を切ってやる。
どん、と背中に重い衝撃が走った。だが、そんなことに構ってはいられない。後ろを振り返ることなく、懸命に走った。
その後、何度も背中に衝撃があった。なぜか、全身の力が抜けていく―――
あともう少しで手が届くというのに、歩が進まない。何とか力を振り絞ってオルゴスを吊るす綱に向かって、短剣を振った。しかし剣は虚しく空を切った。
男はその勢いのまま地面に倒れこんだ。その背中には何本もの矢が刺さっていた。
苦しい。息ができない。
まさか、オレはこの場で死んでしまうというのだろうか。
オルゴスもエメルアも救うことができぬまま・・・。
オルゴスが何かをいっている。オレの名を叫んでいるようだ。
だが、声は出ていない。それとも、オレの耳が聞こえないのだろうか?
視界が闇に閉ざされた―――