クリスの物語Ⅰ #1 いつもの朝
始業時間5分前。
教室に入ると、隆が珍しく先に登校していた。
「算数の宿題やってきた?」
ぼくが席につくなり、隆が聞いた。
「うん、一応」
「わりぃ、ちょっと写させてくんない?」
両手を合わせ、申し訳なさそうに隆はいった。
「うん、別にいいけど。答え合ってるかわかんないけど」
「そんなの別に関係ねーよ。ホント、お前ってこうゆうとこは真面目だよな」
「別に、そんなことないと思うけど。はい、これ」
ぼくはうしろの席の隆に、算数のドリルを宿題のページを開いて渡した。
「おう、ありがとな。すぐ返すからさ」
ぼくのドリルを受け取ると、書き込む方の自分のドリルもろくに見ずに、隆は答えを写しはじめた。
そこへ「おはよー」と、麻実子ちゃんがやってきた。
「何、隆くん。また宿題やってきてないの?」
隆のマス目を無視して書き込まれていくドリルをのぞき込んで、麻実子ちゃんは隆の隣の自分の席に座った。
「クリスくんも、あんまり宿題とか貸したりしない方がいいよ。隆くんだって、ばれたらまた先生に怒られるでしょう」
「うるせーな。お前には関係ねーだろ。これが男の友情ってもんなんだよ。な?クリス。困ってるときは、お互いさまってやつだよな」
そういいながら隆はぼくの方へ顔を向けたが、視線は相変わらずドリルに向けたままだ。
「うん、まぁ」
ランドセルから教科書とノートを取り出して、ぼくは返事をした。
「もう、わたし知らないからね。今度ばれたら、きっとクリスくんも怒られるわよ」
ものすごく深刻なことのように、麻実子ちゃんは警戒の眼差しをぼくに向けた。
「大丈夫だよ。そんなの」
キーンコーンカーンコーンンン・・・・・
「やべ、わりぃクリス。算数の時間までには返すからさ!」
「うん。わかった」
ガラガラっと戸が開き、担任の佐藤恭子先生が入ってきた。日直の当番が号令をかける。
「きりーつ!れい!ちゃくせーき!」
「はーい、みんな、おはようございます!今日もいい天気ね!明日のマラソン大会も、この調子で晴れてくれるといいですね!」
黒板にチョークを並べながら、先生はいった。髪はポニーテールにして、白いポロシャツにピンクのジャージ、ピンクのラインの入ったスニーカーと、体育がある日の先生のいつもの格好だ。
「えーやだー」
「最悪ー」
口々にみんなさわぎ出した。
「マラソン大会なんて、この先ずっと雨が降って中止になればいーんだよー」
「何いってるの、直人君。気持ちいいじゃないの、マラソンは。先生なんて、毎朝3㎞もジョギングしてるのよ」
「だったら、先生たちだけでマラソン大会やればいーじゃん!」
「そうだ、そうだ!」と、みんなも声を合わせていう。
「もう、それじゃあ意味がないでしょう?みんなのための行事なんだし、それに小学校最後のマラソン大会なんだから、頑張ってください!全部がいい思い出になるんだから。ね?」
「はい、いいですかー。それでは、出席取りまーす!みなさん、前を向いてくださーい」