クリスの物語Ⅳ #40 懐かしい街並み
『氾濫を繰り返す河川から建造物を守るため、ローマは街ごとすっぽりと土壌で埋め立てていると聞いたことがある。だから、地下を掘ればいくらでも紀元前の遺跡が出てくるって話だ。まさか、こんな風に完全な状態で残っているとは思っていなかったけど』
ハーディがそう話す中、ベベは匂いを嗅ぎながら通りをどんどん左の方へ進んでいた。
『ベベ!ストップ』
思念でぼくが命じると、ベベは立ち止まって振り返った。
『あまり、勝手にどんどん行っちゃダメだよ』
ベベのところまでピューネスで飛行して注意した。
辺りには石造りの住宅が建ち並んでいる。その雰囲気は、なんだかまるでファロスが住んでいた時代の都の街並みのようだった。
『うん。でも、たぶんこの近くにいると思うよ』
ぼくの胸の辺りまで浮かび上がって、キョロキョロしながらベベがいった。
『そうなんだ』
ぼくも周囲を見回した。
特に人の気配は感じられない。念のためホロロムルスの動作を確認してみたけど、やっぱりまったく機能しない。
「フーガ」といって、ハーディが一度明かりを消した。
すると、たちまち真っ暗闇に包まれた。どこにも明かりは見えない。
もう一度ハーディが明かりをつけて、今度はその光の玉を前方に移動させた。
先へ行くと右へ曲がる通りが何本かあり、うしろへ戻ると柱が何本も立った神殿が建っていた。
やっぱり、あの時代の街並みに似ている。でも昔はどこもこんな感じだったのだろう。
あの時代に、処刑されようとしていたオルゴスを助けようとして、ぼくはこんな街の広場で殺されたのだった。
そもそもなんで、オルゴスは処刑されることになっていたんだっけ?
たしか、反乱を企てる危険分子だとかいう濡れ衣を着せられて見せしめに殺されたのだった。
それを王に進言したのが、闇の勢力のアルタシアだったんじゃなかったかな。
あ、でもアルタシアは実在しないという話だったか・・・。
あれ?どうだったっけ?
記憶があいまいになっていた。何か重要なことを見落としているような気がする。
そんなことを考えていて、ふと気づいたことがあった。
『ねえ、思ったんだけどホロロムルスの電波が通じないってことは、もしかしてここって、闇の勢力のテリトリー内にあるんじゃない?』
ぼくの言葉に、ハーディがうなずいた。
『実は、僕もちょうど今そう思っていたところだよ』
『ってことは、闇の勢力の本拠地ってもしかしてこの地下にあるっていうこと?』
『それはわからない』と首を振ってから、『でも、もしかしたらそうかもしれない』といって、ハーディは腕を組んだ。
でも、それなら闇の勢力のテリトリーにある地下にアジトを持つダニエーレの組織は、闇の勢力の支配下にあるということじゃないだろうか?
ぼくのその思いを読み取ったのか、ハーディは顔を上げてぼくを見た。
『もしかしたら、その可能性もあるかもしれないね』
『それじゃあ沙奈ちゃんからホロロムルスやマージアルスを奪ったのは、ぼくたちをおびき出すための罠だっていうこと?』
『いや、それはないんじゃないかな』
ハーディはそういって、ぼくの不安をあっさりと吹き飛ばした。
『もしおびき出そうとするなら、もう少し確実な方法を取るはずだよ。でも、クリスがダニエーレを捕まえられたのは偶然だろう?それに、ダニエーレも嘘をついているような様子はなかったしね』
たしかにそうだ。ぼくがあそこで女性のカバンから財布を抜き取るところを見かけなかったら、そもそも捕まえようともしていなかっただろうし。
『だから、彼らがホロロムルスやマージアルスを盗んだのはたまたまの偶然さ。金目のものは、とにかく何でも盗むのが彼らのやり方だからね』
そうか。風光都市で田川先生に罠にはめられそうになったから、少しぼくも敏感になりすぎているのかもしれない。
『でも、この先にもし闇の勢力の本拠地があるのだったら、一度引き返して作戦を練り直した方がいいかな?』
何の考えもなしに、もし闇の勢力の本拠地に乗り込むようなことになってしまったら少し危険な気がした。
腕を組んだまま、ハーディは考え込むようにうつむいた。
『この先にダニエーレの匂いがするんだろう?』
ベベに向かって、ハーディが尋ねた。
『うん。たぶん、もう少し行ったところにいると思う。そこから動いてないよ』
そうだ。ダニエーレには、ぼくたちが乗り込むと伝えてある。
だから、ダニエーレはボスのもとで時間稼ぎをしているかもしれない。
そう考えたぼくに、ハーディがうなずいた。
『とにかく、ダニエーレに伝えていた通り作戦は決行しよう。もちろん僕らの安全を優先するから、危険があれば一度引き返そう』
その言葉にぼくがうなずき返すと、ハーディはベベと共に先へ進んだ。