クリスの物語Ⅱ #77 導きに従って
正直なところ、この二人を信用していいのかどうかよくわからなかった。
エランドラたちもいなくて、こんな海底世界にぼく一人で不安だった。
でも、導かれるままに進むしかない。
それが、地球やみんなを救うためにぼくができる最善のことだ。
それに、なぜかわからないけど今こうしてここにいるということは、正しい道を導かれているんだという確信があった。
しばらく進むと、洞窟が切れて深い谷が目の前に現れた。谷には橋が渡されている。
その橋はとても細く、ギリギリ一人通れるくらいの幅しかなかった。
それに手すりも何もなくて、ただ石が削られて自然にできたようなものだった。
下は暗くかすんで見えない。足がすくんだ。
なるべく下は見ないようにして、グレンに続いて慎重に橋を渡った。
何とか橋を渡り終えると、その先にまた洞窟が続いていて、さらに先へ進むとついに洞窟の終わりが見えてきた。
でも、少し奇妙な光景だった。
洞窟の出口の向こう側は、どう見ても水の中だった。こちら側は水の外だというのに。それに、見たところ向こうとこっちを隔てるものは何もなかった。
『ここからオケアノースへは泳いでいきます』
一度振り返ってそういってから、グレンは水の壁の中へと入っていった。
入った瞬間、グレンは人魚の姿にシェイプシフトした。
『行きましょう』
アルメイオンの方を向くと、アルメイオンはうなずいてそういった。
水の壁に手をそっと差し入れてみた。
指先をちょっと入れただけなのに、吸い込まれる感覚があった。
思わずぼくは手を引っ込めた。
アルメイオンが隣に来てにっこり微笑んだ。
『大丈夫』といって、ぼくの方を見ながら、手本を示すようにゆっくりとアルメイオンも水の中へと入っていった。
思い切って、ぼくも水の中に入った。
ぼくたちを待ってから、グレンは先へ進んだ。
大きな尾びれをひと振りしただけで、グレンはぐんぐん進んだ。
負けじとぼくもついていった。
不思議なことに、どれだけ泳いでも疲れを感じることはなかった。空を飛んでいるのと同じような感覚だ。
その辺りは、見渡す限り何もなく、どこまでもずっと海底平原が広がっていた。
どこを見ても同じ風景が広がっていて、進んでいる方向もよくわからない。
自分の鼓動や息づかいしか聞こえないほど静かで、生物も見かけなかった。
グレンの後に続いてしばらく進むと、隆起した丘がいくつも見えてきた。
その上には、巨大な亀が泳いでいた。とても大きな亀だった。
10メートルくらいはありそうだ。
そばを通り過ぎても、亀はこっちを気にする様子もなかった。
悠然と泳ぐ亀に気を取られていると、アルメイオンが突然ぼくの手を引っ張った。
『こっちへ来て』
アルメイオンに手を引かれたまま、下へ下りていった。
丘の陰に隠れると、グレンが前方の様子をうかがった。ぼくも首を伸ばしてそっちを見た。
そこには、ネッシーのような大きな首長竜が何頭か泳いでいた。
その上にはそれぞれ人が乗っていて、監視するように周囲を見回している。
『この先にオケアノースがあります』
前方を指差して、グレンがいった。
『万一のことを考えて、クリスさんが私たちと一緒にいるところを監視の者には見られないようにした方がいいでしょう。
私やあなたと一緒にいるところを見られてしまえば、クリスさんの正体がばれてしまう可能性があります』
アルメイオンに向かって、グレンがいった。
『ですから、まず私とあなたで向かいましょう。私がガイオン陛下の姫君を連れてきたとあれば、兵士たち連れ立ってオケアノースまで護衛することになるでしょう。
その隙に、クリスさんは監視の目を盗んで侵入してください』
グレンの口ぶりからは、ずいぶん簡単そうに聞こえた。
『でも、ぼくはどこへ向かえばいいのですか?』
『この先をまっすぐ行くと、海藻の大きな森があります。ひとまずそこへ入ってください。
そこまで来れば監視の目も弱まりますし、森の中に潜り込んでしまえば、まず見つかる心配はありません。
そして、その森を抜けると谷があります。その谷を越えた先に浮かぶ島が、オケアノースです。
そこまで来れば、外部からの訪問者も多くやってきていますので心配ありません。他の訪問者と紛れてしまえば問題ないでしょう。
それと、こちらをお持ちください』
グレンは首から提げていた大きなペンダントを外して、ぼくに寄越した。
トップは、雪の結晶のような模様をしている。
『これは、ラムレリアの王族から認められた者にのみ手渡されるペンダントです。万一監視に止められることがあっても、こちらを身に着けていれば問題はありません。すぐに開放されるでしょう。
オケアノースへ入りましたら、北のはずれにあるフォーヌス広場へ来てください。そこでまた会いましょう』
グレンはそういって微笑んだ。
それからアルメイオンに合図をすると、もう一度ぼくを見た。
『よろしいですか?』
グレンに聞かれて、ぼくは思わず『はい』と、返事をした。
色々と聞きたいことはあったけど、考えがまとまらなかった。
満足そうに微笑むと、グレンは監視のいる方へと泳いでいった。
アルメイオンは少し心配そうにぼくを見てから、グレンの後を追って泳いでいってしまった。