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EU封鎖の包囲網を突破せよ!ーコロナ禍中の東京からドイツへー
戦後75年、これほどまで世界が動く出来事があったか…なんてベルリンの壁崩壊とともに産声を上げた自分が知る由もないのだが、今回のコロナ鍋、もといコロナ禍は間違いなく歴史に名を残す大騒動となるに違いない。
世界経済は大打撃、ご存知の通りエンタメ業界なんてフルボッコ、クラシック界に至っては…気にするな、致命傷だ!…と言わんばかりのレベルの傷を負っている。
何を隠そう私自身も今回の騒動で大損害を被った一人である。
飛んで火にいる春の私
今回春にいくつか演奏会の機会をいただき日本に帰国したのが2月半ば。まだ日本を含む世界中が、コロナ騒動が中国での対岸の火事と思っていた頃だ。
トランクを転がしベルリンの空港へ向かう途中、老夫婦に「君は中国帰りか、それとも中国へ帰るのか?」と嫌な顔をされたのを覚えている。当時はまだアジア人(ヨーロッパの人々は中国人と日本人の区別がつかない)を病原菌のように差別する余裕があったのだ。
その頃はまさか自分の演奏会が全てキャンセルになるなど、想像もしていなかった。
2年ぶりに日本の大地を見下ろし、「見ろ、人がゴミのようだ!」からの「読める!読めるぞ!!」と脳内ムスカごっこを楽しんだ2月。そこから1か月で事態は急変。次々と仕事が紙切れのように飛び、その間ヨーロッパは国境封鎖、外出制限、さらに予定の便はキャンセル、日程変更も凍結され、次いつフライトがあるかもわからない……。
仕事もねぇ。金もねぇ。狭く日当たりの悪いうす暗い部屋の中、キャンセルになった演奏会の楽譜たちを前に、何を血迷ったかAmazonで購入したオタマトーンをかき鳴らす日々。
謎の楽器?オタマトーン
鬱蒼とした毎日を過ごす中、突然パソコンにメールの受信を知らせるポップアップが鳴った。キャンセルになったオランダ航空から「アムステルダムまでの期間限定特別便」を追加運航するという知らせ。
どうせこのまま待っていても日本がヨーロッパのようになる可能性も大いにある。生活の拠点はベルリンということもあり、どうにか日常の生活を取り戻したい……そう願ったときには、残り1日となっていた航空券の購入画面をクリックしていた。
旅立ちの唄
そうと決まれば急いで支度をせねば。眼鏡屋で壊れた眼鏡を直し、ユニクロで服を調達、ドラッグストアで足裏樹液シートを探し回り、ドン・キホーテで慌てて泡盛や980円のたこ焼き器、一蘭のラーメンセットなど大量の密輸物資を買い込む。こういうときってなぜか無駄遣いしちゃうよね。
私は大量の楽譜とたこ焼き器でパンパンに膨れ上がったスーツケースを転がし、成田空港へ向かった。
◇
「今なら空港は空いてるし、機内もガラガラだから三列シートで横になれるよ!」
直近にヨーロッパへ飛んだ友人は、以前私にそう語った。横になっているうちにヨーロッパにたどり着ける、なんと夢のあることか。
それから2週間、規制中の空港は閑散としている……と思いきや、チェックインカウンターの前には長蛇の列が出来ていた。どうやら規制が厳しくなる前の駆け込み帰国者が殺到しているようだった。しかも並んでいるのはどう見てもほぼ西洋人。「あれ、もしかしてもうヨーロッパ着いた?」とお花畑な錯覚を起こすほどには、すでに脳が疲れていた。
諸々の手続きや検査は拍子抜けなくらい何の問題も起こらず、搭乗ゲートまでたどり着いた。機内に搭乗すると、やはり満席。しかもオランダ人は大柄な人が多いため、余計に圧迫感がある。
「オランダの女はでかすぎてダメだ、日本の女が最高だぜ」
いつだか、どや顔でそう語っていたオランダ人の顔が脳裏に浮かぶ。そしてその後、友人のあの言葉がこだまする。
「今なら空港は空いてるし、機内もガラガラだから三列シートで横になれるよ!今なら空港……」
「横になりながらヨーロッパ」を夢見ていた過去の自分をぶん殴ってやりたい気持ちを抑えながら、夢破れた私は窮屈な座席に腰を下ろした。
◇
大陸間のフライトでは時差の調整は必須だ。さもなくば太陽が沈むとともに眠り、真夜中の0時に起床するという狼男のような生活を余儀なくされる。今回は到着予定が早朝の3:45だったため、12時間のフライトのうち前半6時間は頑張って起きて、後半眠りにつく算段を立てた。
最近の機内は映画をいくらでも見られる。つくづく良い時代になったと思うのだが、一つだけ難点があった。どの映画も日本語訳は吹替のみで、原語プラス字幕の組み合わせが存在しなかったのだ。
原語原理主義者のくせに、英語音声のみでは物語を理解できない陳腐なリスニング能力の私は、「これは吹替声優の演技力が低すぎて話にならない」だの「この声はカンバーバッチのイメージにそぐわない」だのと御託を並べては映画をとっかえひっかえしているうち、気づけば離陸2時間足らずで夢の世界へフライトしてしまった。しばらくの狼男生活が確定した瞬間だった。
前半は爆睡し、後半はギンギンに覚醒して、実写版ライオンキングにケチをつけたり下手くそなソリティアを繰り返したりしているうちに、機体はアムステルダムへ向けて高度を落とした。
アムステルダム上陸作戦
今回のミッションは以下の通り。
アムステルダムまで航空機で移動、オランダからEU域内へ入境。そこから電車を6回乗り継いでドイツへの国境を越え、一路ベルリンを目指す。総移動時間26時間。
アムステルダム・ベルリン間の飛行機を別で押さえることも出来たが、空港泊の必要があった上、料金もべらぼうに高かったので断念した。オランダからの国境越えは、フランス、スイスなど周囲の国境を大方封鎖しているドイツに陸路で潜入する、ほぼ唯一のルートだった。
◇
最初にして最大の関門が入国審査だ。
事前に大使館に問い合わせて、「EU諸国の長期滞在ビザを持っている場合は、封鎖中でもEU域内に入ることが可能」と確認は取っていたものの、ここはヨーロッパである。いったいどんないちゃもんをつけてヘンテコアジア人を追い返しにくるかわからない。一カ月半の日本滞在でトロットロの日本語脳に溶かされた私の英語力で太刀打ちできるか、不安が募る。
入国審査官は若い金髪の兄ちゃんだった。彼はまだ朝4時ということもあり、いかにも眠たげな眼で宙をぼんやり見つめていた。(7人のこびとのねぼすけ・若かりし頃ver.?)なんてどうでもいい想像が頭を駆け巡る。
若かりし頃のねぼすけは不機嫌そうな表情で、挨拶もなくこちらのパスポートを受け取った。(むしろおこりんぼ……?)臨戦態勢で身構える私。
「……ドイツに住んでんの?」
「ベルリンに住んで、勉強しています」
ポンッ。
即座に乾いた音が場内に響き渡る。
呆気にとられる私に、若かりし頃のねぼすけはウィンクしながら、贈りの言葉としてよくわからないオランダ語を手向けた。
それが Have a nice day! なのか Have a safe trip! なのか F××k me! なのかはわからなかったが、彼が「ねぼすけ」でも「おこりんぼ」でもなく、「ごきげん」だったことだけは確かだった。
ドイツ鉄道の乱
入国審査をくぐり抜け、無事荷物も回収し、あとは電車で国境を越えるだけだ。だがここで思わぬトラブルに遭遇する。
◇
DB。この二文字を見て気分を悪くしないドイツ在住者はいないだろう。Deutsche Bahn、日本語でいうドイツ鉄道は、語弊を恐れずに言えば、ドイツ中の嫌われ者である。
ドアが閉まらないだの信号機が故障しただの線路に木が倒れただの、ちょっとしたことで大幅の遅延と運休を頻繁に繰り返し、車掌たちは復旧に尽力するわけでもなくプーさんのようにのんびり歩き回り、のんきに談笑。しびれを切らした乗客が何か言おうものならジャイアンさながらの横柄な態度で突き返す。しかもそのくせストライキだけは一丁前に行い、労働者の権利を主張するのだ。賃金の値上げを要求する前にドア点検の一つでもまともにしてほしいものである。
私自身も、空港に向かう早朝便は2回に1回運休に遭うし、一度マグデブルクという比較的大きな町(州都)に行く電車が終日運休になるなど、幾度となくひどい目にあっている。日本でいうなら、東京・上野~水戸間の電車が終日キャンセルになるようなものだ。ドイツでは、遅刻理由を聞かれて「DBの遅延」と答えると、怒られるどころか「あぁまたDBね」と同情され、DBの愚痴大会が始まることも稀ではない。
ちなみに余談だが、私の中では、ドイツ鉄道・ドイツポスト(郵便会社、めちゃくちゃなサービスで悪名高い)・Handwerker(本来職人という意味だが、水回りなど住宅関連の彼らは控えめに言って狂っている人多数)3つ合わせて、ドイツの三大嫌われ者と呼んでいる。ちなみに4番手はテレコム、O2などの通信会社(契約してもルーターが届かない事案多発)。
※あくまで独断と偏見に満ちた個人の感想です。
……失礼、これらの愚痴を語り始めるとつい熱くなってしまった。話を戻そう。
◇
とにもかくにも、大きな関門を越え、あとは電車のチケットを予約するだけ、パチンコでいう景品を換金するだけの状態に等しい。定価は15,000円だが、事前にDBのアプリで購入すると6,000円で買えると確認済み。早速アプリから予定の電車を選択し、購入画面をタッチする。
が、なにも起こらない。
何度か繰り返すうちにようやく画面が切り替わり、無機質なドイツ語が目に飛び込んだ。
「サーバーメンテナンスのため、現在オンラインでは購入できません」
私は混乱した。どうすればいい?オンラインってことはホームページ経由でもだめなのか?そもそもいつまで?定価で買う余裕なんてないぞ?しかしこんな早朝では電話で問い合わすことも出来ない、なんでよりによってこんなタイミングで……様々な思索が脳内を駆け巡る。
とりあえずダメ元でDBのホームページから購入画面にいくが、結果は同じ。次に券売機での購入を試みるが、やはり15,000円。オランダ鉄道のホームページからも購入できない。そりゃそうだ、DB側が機能してないんだもの。
チケットの割引は早朝が一番安く、昼に向けて値上がっていく。このままいつ終わるかわからないメンテナンスを待ち続けるか、この場で定価で購入してしまうか、どちらを選ぼうとも修羅の道だ(お財布的に)。
ストレスからか無性に腹が痛い。私はとりあえず駅のトイレに駆け込んだ。
便座に座り頭を抱えていると、どこからかうめき声が聞こえてきた。下に目をやると、隣の個室から腕が伸びている。すぅっと血の気が引いた。
ついに遭遇したか。
「トイレの個室で倒れて腕が下から飛び出してる状況なんて、名探偵コナンの殺人発覚シーンでしか見たことあらへん。死体で決まりやそんなもん」
私の中のミルクボーイが語りかける。
今度は驚くほど冷静だった。すぐさまグーグルで「オランダ 110番」と検索をかけるほどには冷静だった。DBにかき回された頭の中のジグソーパズルが、ぱちぱちと音を立てて組み立てられていくように、冷静さが増していった。
とりあえず声をかけてみよう。死体に向かって身をかがめると、突然またうめき声が聞こえ、それは次第に、よくあるいびきに変わっていった。
「ほな死体とちゃうかー」
なんだか全てがどうでもよくなってきた。色んなものにあたふたしていた自分が馬鹿らしくなった。無我の境地に達した私は、ふとDBのホームページのトップ画面に目線を落とした。
「メンテナンス時間は23:00~5:00です」
頼むからアプリか購入画面にもその時間を載せてくれ。
こういうきめ細やかな仕事が出来ないのが、典型的なDBである。腕時計に目をやる。4時57分。予定の電車、5時30分発。間に合う。
時計の針が5時を指すと同時に再び購入画面へ。今度は買えた!ただし、予約が直前になったためかさっきより10ユーロ(1,200円)値上がりしていた。そういうとこやぞ。
おそらくDBとは「どうしようもないおバカさん」の略語に違いない。
とにもかくにも、残す関門は、全身計50㎏の荷物を抱え、国境越えを含む6回の乗り換えを成功させることだけだった。
世界の車窓から
その後の旅は驚くほど順調だった。
自他共に認めるうっかりさんの私は、電車を間違えてオランダの片田舎に連れていかれたり、DBの餌食になるのを恐れ、一睡もせずに停車する一駅一駅を確認しながら旅をした。
外出規制のおかげか早朝だからか、車内はほとんど人もおらず、車窓の旅をゆっくりと楽しむことが出来た。あまりに人がおらず5本目の電車まで一度もチケットの確認すらされなかったほどだ(無賃乗車し放題ですやん)。
ブレッブレのオランダの車窓から、日の出
「日本は人が多すぎる。」
チューリップの咲ききらないオランダの草原をひたすら眺めながら、ふとそんな言葉が頭に浮かんだ。もちろん、うんと田舎に行けばそうでないのはわかってはいるが、一般的な都市生活を送るという意味では、人混みは避けられない。
そういえば幼い頃、「人混み」を人がゴミのようにいると書いて「人ゴミ」だと勘違いしていたことを思い出す。幼少期の自分の感性に、今さらハッとさせられる。
小さな島国の中、同じ場所ばかりに大勢が押しかけ、鮨詰めのように暮らす毎日が苦しかった。立ち込める排気ガスと満員電車の人の臭いは自分にとってどんな下水よりも臭かった。今回日本を飛び出してきたのは、ヨーロッパにいると気持ちが救われたように感じるのは、きっとそういうことなんだろう。
日本も今回のコロナ騒動を機に、もっと広々と生きられるようになればいいのに、と思った。きっと日本は、人が住むには発展し過ぎたのかもしれない。
国境はいつ越えたのかさえ分からず、ただひたすら野原を眺めているうちにドイツ側の駅に着いていた。
国境を越えた先の田舎町
最後のIC(新幹線でいうひかり)は4時間ほどの乗車時間だった。ゆっくり楽譜の勉強に勤しむうちに時は過ぎ、ついに見慣れた町、ベルリンのシュパンダウに降り立った時には、すでに13時を回っていた。
◇
ベルリンの町は驚くほど人が少なかったが、相変わらず下水臭かった。そうそう、このにおいが私の町のにおいなんです。
おわりに
最後までお付き合いいただいた方々、ありがとうございました。ひらたくまとめると、驚くほど何事もなく(DBを除く)ドイツまで戻ってこれましたよという報告を、よくもまあこれほど長々とつづれるなとドン引きしています。今後も少しずつなにかしら更新できればとおもっているので、こんなDB(どうしようもないおバカさん)ですがよろしくお願いします。
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