12月17日(木)「ことばをしらない」

今日はふつーに日記です。日常のはなし。

音楽活動をいったんお休みにして、歌を書くことにしたのは、9月の半ばごろ。

新しい仕事に着いたのもだいたい同じ頃で、今の仕事にも慣れて年の暮れを迎えようとしている。

コロナウイルスによって仕事と生きがいを失ってからは、ウダウダしてしまう日が続いた。

まぁ、実際は6月あたりまではそんなことを考える暇もなく、バイトやって最低限生きていけて、友だちや家族に借りたお金を返しながら、ライブやれたらそれでせいいっぱいの生活でした。

今考えても苦しかったー。

過去を振り返るのってあんまり意味ないかもしれないんだけど、なんとなく、今はそれも必要なのかもしれないと思う。

で、6月に住む場所が変わって(自分で決意して変えて?が正しいか。)まぁいろいろあったし、変えて良かったと思ってるよ。

なかなか今の暮らしは過去最高を更新できてるって思えるね。

人と人との対話の中でもそれを感じる。

話したい話たくさんあるけど、馬鹿だからだいたい話してる最中に忘れちゃうね、

まぁー。とにかくいろいろさ、いろいろ。

友達の死にも遭ったのはつい最近の話だけどね。

最後、そいつが死んだ日に「今日麻雀しない??」ってLINEしてたよ。

あっさり。

あっさりとしてたねぇ。

なんつーか。ソイツに手加減してなかったんだな、人間として。

解放してた。魂ごと。

存在していいよ。って肯定されている感じがしてね。

おれ、いろんなシーンでそれを感じるんだよね。

なんつーんだろ。

あんたは、ここにいちゃいけない人間だ。

あんたは私たちの仲間、あんたは違うってやつ。

あれ、昔っから嫌いだった。気持ち悪いと思ってた。

仲良く出来たらなぁ、って

けど、自分だって好き嫌いのはっきりしてる子供だったから。

人見ちゃあ避けて生きるのがラクだったから、まぁ人と群れるのを嫌ってたフシがあったのは、今もおんなじかもね。

でだ、

そいつ。名前はシンジっていうんだけど。

シンジってやつのこと、別にすごいでかいやつだと思った事なかったんだ。

ただなんとなく、ぼくを受け入れてくれるやつ。いいやつ。でもバカなやつ。麻雀とかすきなやつ。


でも、そんくらい。

そんくらいしかシンジのこと知らないんだ。

だって、ちゃんと関わったのなんて一年かそこらだからね。

まさかって思うよなー。

でも、もうしんぢゃったからね。

葬式にも行ったけど、全然実感わかなかったよ。泣いてる人の顔見ても、これっぽっちも感情ってのが湧いてこなくてさ

あー、じぶんはなんて寂しい人間なんだ。冷たいやつなんだ。って思った。

しかたないんだねどね。時間があまりに短いから。

けどさ、

シンジとはね、多分、お互いに満足した時間が過ごせていたんじゃないかって、割と強い確信がある。

アイツの顔を思い出すと、笑った顔しか浮かばない。

ニヤニヤと、げらげらと、にゃははははって笑い声が絶えない。

そーゆーところだけ見せてくれていたのかもしれないね。俺もゲラゲラしていただろうから。

死人に口無し、いまさら書いてる言葉すらも無意味なんだけど。

たまたま最近、一緒に住んでるイタリア人と不変のものについて話なんかしたもんだから。

おれは変わらないもんが人の願いだって思ってしまったから。

俺の願いや思いは形にして意味のあるものだと、、ってそんな意味とかたいそうなことねーよバカ!

意味なんてなくていい。

意味なんか説明してたまるか。

ただ、お前が生きていたことを残すために歌や言葉を紡ぐことにした。

考えたよね。俺はどこまでも寂しい人間だから。

お前は周りの人に囲まれて生きていてほしかった人間だから。

器の滅びた体でも、魂だけは飛んでってどこでも、いつでも話ができるように、聞けるようにってね。

俺は俺なりに考えてみたよ。

音楽に真剣に向き合ってた。

生きるのにも真剣に向き合ってみた。

しらん、まわりは

あーーあ、こいつは口だけで、ろくに生き方なんてないのに背伸びして、カッコつけて生きていたいんだねぇなんて、

思ってるか、しらんけども、いや、ほんとに知らんけど。

でも間違いなく、誰かの死を目の当たりにして、

あー、他人の話なんかクソどうでもいいなーって

生きていたい理由はそこじゃねーなって。

感じ取る事ができたのは間違いなく君のおかげ。

不謹慎どーぞけっこう。

意味なんかあってないようなもん。

感じる事は全て言葉にする。

とうとうなかなか自分でも言葉にする事が難しいことばかりですわ。

いろんなバンドが去ってって、コロナで。

シンガーソングライターは食えませんって、生き方をもう一度選びなさいって、辞めてく奴らも、

ライブしかしてない奴らも、他意はないけど。

生き方多様性の海に溺れて、今日もちゃんと息をしていますか?なんて思い知らされるのは世の常なんだろうね。

朝になれば、冷たい空気を吸って、どうしようもないほどのだるさと、真逆に光ってきれいな太陽と、

色鮮やかな生きているを実感して、今日もコーヒーすすって、音楽聴いて、なんなんだかなぁって生きているよ、俺は。

たいそうなことひとつだってねぇ。

命やエネルギー、感情の源泉があるのならば、僕は一度ならず何回でも擬似的に死ぬべきなんだろうな。

あー。命はまだまだ終わりたくないよ。まだまだ未熟者ですから、もっと鍛錬させてほしいからね。

まだ引っ張らないで欲しい。ちゃんとあの世でも麻雀するので。


さて、

だから、死ぬことなんて考えたら、やっと自分の生きたいように生きられるなんてあるのかもねぇ。

ほんとに自分の向き合いたいほうへ体も心も向けていくよ。

死んで屍より、生きているのに屍で、そんで仕方ねぇって思うのはうゲゲゲーーーーって感じだもんな。

大丈夫。

まだまだ未練だらけ、まだまだ生きていたい。

辛いこととか、楽しいこととか、区別するのもめんどくさいね。

俺にとって今1番必要な事は、心がちゃんと魂がちゃんとわかっているだろうからさ。

俺はそこんとこ信頼しているからね。自分の感覚に。

では、また。

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