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【夫婦関係】アップルパイを食べさせて!

間もなく出産予定日を迎える頃。

私が気を動転させながら運転するのは危ないので、
もし陣痛が来たら電話でタクシーを呼んで、
ふたりで産院に向かうことにしていた。

産院は自宅から車で15分程度の場所にある。

ある日の明け方、彼女は私を静かに起こした。

ついに陣痛が始まったのだ。

まだ薄暗い寝室の中、
私はあらかじめ携帯に登録しておいた
タクシー会社に急いで電話を掛けた。

10分前後で到着するとのことだった。

彼女は初産だ。
いつも強気な彼女もさすがに陣痛は辛そうで、
ウンウンと小さな声で悶えていた。

彼女を心配させまいと平静を装っていたが、
私の内心はパニック状態だった。

タクシーの運転手から到着の連絡を受け、
玄関前に準備しておいた保険証や診察券が入ったポーチ手にし、
リビングで休んでいる彼女に出発の声をかけにいったその瞬間。

「ちょっと待って、アップルパイ食べてから行く。」

...アップルパイ?
私はあっけに取られた。

彼女は横たわっていたリビングのソファから立ち上がり、
陣痛の痛みに耐えながら、のそのそとキッチンに向かった。

冷蔵庫から静かにアップルパイを取り出し、
暗がりのキッチンに寄りかかりながら、
黙々とアップルパイを食べる彼女の姿は、
いまでも鮮明に覚えている。

後に聞いた話では、
もし長丁場になってお腹が空くとつらいので、
腹ごしらえしておくことにしたそうだ。

タクシーで産院に向かい、
私の心配をよそに、
分娩室に入ってすぐに出産した。

母子ともに元気で、
私は晴れて父親になったのであった。

【今回の教訓】母は強し、父は弱し。


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錫斑 大_Dai SUZUMURA
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