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桃を愛るひと。


いい文章というものは、つい自分も書きたくなってしまうものだと思う。くどうれいんさんの『桃を煮るひと』を読みながらひとりそう思った。



電車に揺られながら読むその文章はやわらかく、くどうさんが美味しそうに日々の食を楽しむエッセイだった。なかでもタイトルにもある「桃を煮るひと」という短編は、香りがしてくるほどにそれはもう美味しそうで、僕の食い意地をダイレクトに刺激した。


岩手に行く道中だったにもかかわらず、気がつけば福島の駅に降り立っていた。桃の名産地なら間違いないだろう。吹いて飛ぶような僕の計画性も一人旅なら誰も咎めやしない。

「なんか、桃が食べたくなったんです。」

堂々とそう呟ける旅路についつい嬉しくなった。



さて、美味しい桃はどこにあるのだろう?駅につくなりGoogleマップをひらき、この思いを打ち込む。


「お、い、し、い、桃、」検索。



ネットリテラシーゼロですか。
後に友人からは「逆に潔い。」と言われた。それでも出てくるのはさすがGoogleマップというべきか福島というべきか。みずみずしいツヤツヤした桃が「今が旬だよ!」とばかりにまんまると色づいていた。



沖縄出身である僕は、実を言うと桃をお目にかかることがほとんどない。食べる習慣もなく、まるまる一つ食べたことなんて一度もなかった。「桃を煮るひと」を読みながら、(桃は煮るとうまいのかあ)と味わったことのない桃の煮る香りを感じて不思議な気持ちになった。

そんな僕が目にした桃たちは、想像よりも大きく、ぷっくりと膨らんで、仄かな甘い香りとともに綺麗に並べられていた。



あおい黄緑から今まさに桃色に変わろうとする淡いグラデーションが、食べ頃を前におめかししたように見えて愛おしく感じた。


「これ一つください。」


まるで我が子のように抱いて、ときおり眺めながら外にでた。かわいいかわいい。なんて愛嬌のある形をしているのだろう。なんてやさしい色だろう。りんごもみかんもバナナもいいけれど、淡く消えそうなこの存在感は桃にしかないと思った。見るものの母性をくすぐるような質感、ふわふわの産毛。桃色がやわらかく陽の光を反射する。そして鼻を近づけると、くすぐるような甘い匂い。


(かわいい。かわいい。)ほんとかわいい。小一時間もかからず、僕のフォトアプリは桃色に染まった。


まるで育児日記だ。


驚くことに、ここまでまだ一口もかじってないのである。桃を愛でるあいだに気づけばバスに乗り、電車で揺られていた。



さて、ふむ。この子を食べるのか。さんざん甘やかしたあともあって、食べるとなると困ってしまった。


(ほんとに食べないといけないの?連れて帰って飼っちゃだめ?)


まるであの日の子どものように駄々をこねる声が聞こえてくる。


「ダメ。食べないとただ腐っちゃうんだよ?こんなに美味しそうなのに。」


心の中のリトルだいと一悶着ありながらも、そうなだめられてしぶしぶ覚悟を決める。食べると決めたら途端に唾液が口内を満たしてきた。現金なやつだ。


聞くに、桃は表面の産毛を洗い流せばそのまま食べれるらしい。むしろ皮のすぐ内側にこそ甘みが詰まっているとのこと。
それなら、と近くの流水で洗い、テカテカに光る桃をまじまじと見つめた。



そして、かぶりついた。

しゃぁむ。じゅあ。


シャリシャリともムグムグともつかない、硬くも柔らかい絶妙な食感に、太陽の下で健やかに育った果物を感じる。こぼれ出た果汁が口の中に広がり、吸いきれなかったそれはツーと皮を滑り落ちた。

鼻の奥に吹く爽やかな香り。甘いのに決して押しつけがましくない、みずみずしさを含んだ桃色の味。

「これが理想郷になる実の味です。」と言われたら思わず頷いてしまうだろう。桃源郷とはよく言ったもので、ひとり浸ってしまうほどに、その全てが至福そのものだった。



しゃむ、しゃぁむ。じゅぁ。

あぁ、たまらない。
聞いていた通り、皮の部分から中心に向けて味のグラデーションがある。ひとくち、ふたくちとかじり進むと、白い果肉をあかく染めた種が顔を出した。口紅色を思わせるその色は、少し渋くて甘酸っぱかった。


もう、なくなってしまった。
食べ終えた指を舐めて、ふぁ、と小さく一息ついた僕は「はぁ美味しかった…。」と呟いた。



窓の外を見る。この線路の先は岩手だ。驚いたことに彼の地はくどうれいんさんの故郷らしい。意図せずして聖地巡礼することになる。

この本もネットで知り合った友人から勧められて、東北にでかける前日に手に入れたものだ。可愛らしい桃のイラストに惹かれて持ってきた本に、桃の愛で方を教えてもらった。食で繋がる人の縁はつよく、優しい。あのひともこうして顔をぎゅっとしながら頬張っていたのかなと思うと、より近くにその人を感じられる。

岩手かあ。つぎは盛岡冷麺を食べてみようかな。またはじめましての味に出会える予感がして、お腹がぐぉんと鳴った。




〜おまけ〜

いつもと違ったテイストの文章に不思議と楽しげに筆が進みました。今回は本記事にも出ていただいた、くどうれいんさんリスペクトの文体オマージュ。

とはいえ、楽しげに進んだからといっていい文章が書けるというわけでないので、果たしてどう受け取ってもらえるのか?そんな事を気にしながら記事をあげる今このときも電車の中です。桃も記事も新鮮なうちに!と友人から言われ、そりゃあそうだな!と東北本線の長い道のりで一気に書き上げてみました。

いかがだったでしょうか。甘酸っぱくも愛おしい桃の体験を味わっていただけたでしょうか。


書き上げてみて気づいたのは、桃ひとつでここまで楽しめる自分も存外おもしろい生き物だな、ということ。くどうさんのエッセイを読みながら(なにげない日常をよくこれほど魅力的に描けるなぁ)と思っていましたが、それはきっと物書きの持つ「この!この!感動をどうしても伝えたい!世界はこんなにも面白いのに!」という観察眼ゆえなのだなと体感させてもらったようでした。


まだまだ東北の旅は進みます。
こうして遠く会ったこともない人の縁を伝って周る旅は、また一味違った体験をさせてくれるでしょう。これを読んでくれた誰かがきっと(あぁ!そういえば桃の季節かあ)とあのぷっくりした愛しい桃たちを手にとることを思いながらこの文を締めたいと思います。


美味しくて幸せで誰かに話したくなるようなそんな出会いがあなたにありますように。

福島の青い昼下がりから。



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