【LIVE A LIVE】西部編プレイ録…ゲームと映画の親和性について
昨晩、朝4時までかけてライブアライブ近未来編をクリアしました。
一回クリアしたのですが、あるアイテムの取り逃しに気付いて最初からやり直したので早くも2周目なのでした(笑)。
購入して2週間、残すは功夫編、中世編、最終編です。
「映画のようなゲーム」に感じていた違和感
先日幕末編のプレイ記録を綴りましたが、4番目に挑んだのは西部編でした。凄腕のガンマンでありお尋ね者のサンダウン・キッドが、訪れた町でならず者集団と対決する、まさに西部劇そのままなストーリーです。
この西部編、全8シナリオの中でも最も短く、早めればおそらく30分かからずに終わってしまうほどの長さです。
・罠の材料集め
・罠を住人に渡して仕掛けさせる
・時間が来ると敵と対決
この時間の部分を自分で早める事も出来ますし、戦闘の難易度が当然上がりますが罠を一切仕掛けずともよかったりするので、サクッと終わるシナリオです。
先週月曜に、ラジオを聴きながらサッと終わらせたこの西部編ですが、西部劇のお約束を盛り込んだ、「ゲームによる映画のパロディ」といった趣きがありました。ドットで表現されたかわいらしい絵で映画の空気感を再現している、そんな印象ですね。
特にFFシリーズが、7の辺りから「まるで映画」と言われる事が多くなって、「ゲームが映画の域に近づいている」と表現の進歩を称える風潮が今もあると思います。確かに16bit機からPSに移行した頃は3D表現による視覚的インパクトが目ざましかったですし、それも頷ける話ではあったのですが、私はどちらかというと「映画は映画、ゲームはゲーム」と考えていて「ゲームは映画を目指して…」のような論調には同調出来ませんでした。
このライブアライブ西部編のように、あくまでゲームの中で映画を再現、くらいの話ならばなるほど、面白いかもと思えた訳ですが映画そのものの面白さをゲームで生み出そう、というのはちょっと本質を違えてはいないだろうか、と考えていました。事実ハードの進歩とゲームの面白さが合致していた時代はすぐに終わり、FFシリーズも売り上げで見れば7がピークだったようです。
それでも、物語を紡ぐゲームは残っていく
大作RPGと言われる、大型タイトルもかつてのようにムーブメントを起こすことは無くなりました。世界観やストーリーに共通性はなくとも、グラフィックやムービーに斬新さや人を惹きつけるものがなくなったゆえに、だと考えています。また、こういう莫大な開発費と時間をかけるソフトはメーカー、そして業界そのものの疲弊も招いてしまう。任天堂がこの路線に乗らなかったのも、FFの現状を2000年代半ばには予見していたからではないかと思っています。
その一方で、先日発売されたFF7リバースはほとんど新作と言っていい作り込みとボリュームで好評を博している、と見受けます。SNS上で見かける感想が好意的なものが目立つのと、職場の同僚が何人かプレイしていて絶賛の声を聞かされているためなんですね。毎度、このFF7の様なゲームを作っていく事は難しいのでしょうが、まだ大型RPGが支持される土壌はあるものだな、と実感もさせられている近況です。
そして、感想としてよく聞くのが「ミニゲームが充実しすぎていてゲームが進まない」というものです。これも昔からFFの楽しみの一つではありますがやはりゲームはムービーを眺めるよりは「遊ぶ部分」が楽しくてナンボなのだなぁ、と思い知りました。
映画の真似事をやっていた時代から、映画そのものか?と言われた時期もあり、また今は「遊べる物語」へと変貌していっているのがRPGなのかもしれませんね。私はプレイする習慣があまりないのですが、ファミコン時代からゲームに触れてきた人間としてはドラクエ・FFの人気が無いなどと聞けば寂しくもなりますから、これからもゲームの代名詞的な存在感を持ち続けて欲しいと思っています。
ライブアライブのプレイ記録です。
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