いい婦婦の日百合祭
───ようこそいらっしゃいました。
11月22日の“いいふ~ふ”の日にちなみ、こちらでは募集した8本と、こちらから頼んで書かせていた頂いた1本、計9つの百合婦婦に関する小説を掲載しています。
どうぞひと時、幸せな彼女たちのとある1日を覗いてみてください。
【私の代わりに燃ゆる紅】
※化粧品を共有し合う2人
キスがしたい。嫁の唇を吸いたい。かなり深めの奴をして、銀の橋なんて間にかけてみたりしたい。
体を重ねたりとかはそこまで頻繁にしたくなる訳では無いのに、時々キスに関しては我慢できなくなるのは何なのだろう。小明と一緒に住むようになる前、キスはそれぞれの家に帰る合図だった。それをした後も一緒にいられるという喜びが、今でも頭の何処かに残っているのかも知れない。
仕事で1週間も家を空け、その間は逆に恋しくなるからと電話も我慢していたからか、口先に軽くしびれを感じる気さえする。一刻も早く我が家の玄関をくぐり、迎えに出て来た小明と唇を合わせたかった。
合わせたかった、のだけれど。
「すぅ、すぅ」
チャイムを鳴らしても鍵を開けてくれないと思ったら、小明は気持ちよさそうにこたつで寝入っていた。少し早めにこたつを出すのだと、仕事に出る前に言っていたのを思い出す。
キスで起こしてしまおうかとも思ったけれど、ちょうど口元が組んだ手で隠れていて実行は難しい。首筋や額へのキスも嫌いでは無いけれど、この飢えた感じを最初に満たすのにふさわしいかと言うと微妙だった。
そうなると起こしてしまう気にもなれず、疲れがドッと押し寄せて来た気がして、荷物の片付けや着替えもそこそこ私もこたつの中に潜り込んだ。今年は温かいとか言われていたけれど、風が吹くとやはり体が冷えるもので、じんわりと温まっていくのが心地よい。
ふと、小明の組んだ手のすぐ横に、こたつの上にあるにしては珍しいものが転がっているのに気付く。
口紅だ。どうしてこんなところに。
小明は化粧に関しては結構几帳面で、手鏡でするのは軽い直し程度で、基本は姿見でビシッと決めないと外に出たがらない娘だ。それにわざわざ紅を使っておいて、こたつで寝入っているのも変な話だと思う。
そこで私は、もっと変なことに気付いた。口紅は、小明のものでは無かった。私が家で化粧をする時に使っているそれだ。
「ん、ぅ、可憐」
私の名前を呼びながら頭が僅かに揺らされ、組まれた手が崩れて小明の唇が見える。そこに注されている紅は、とても見覚えがあるもので。
私は我慢することをやめた。
「小明、小明起きて」
「ふぇ、あ、可憐だ」
「小明、キスするよ」
「え、あ、うん」
まだ寝ぼけている様子の小明の顎をくいと指で上げると、その唇へと深く、深くキスをする。よそ行きの私の紅と、何時もの私の紅が、私と小明の唇を介して混ざり合う。
最初は少しだけ苦しそうにしていた小明も、すぐに私の背中に手を回し、うっとりと瞳を潤ませ始める。キスを待っていたのが私だけでなかった。それがとても嬉しい。
本物の登場で役目を終えたのか、口紅が小さく転げてこたつの下へ落ちた。
【婦婦前提おままごと】
※おままごとで遊びたい女の子とそれに付き合う少女
「麻紀、ちょっと凪ちゃんと遊んであげてくれる?」
「いいよー。凪ちゃん、こっちおいで」
「いつも悪いわね、麻紀ちゃん。ほら、凪もお礼言って?」
「おねえちゃん、ありがとー!」
無邪気にくっついてくる凪ちゃんをだっこして、私は2階の自分の部屋へとあがる。私の母と凪ちゃん家のお母さんは女子校時代からの“知り合い”で、こうやって月に1、2度訪ねて来ては凪ちゃんを預けられるのも慣れっこだ。
お父さんが亡くなって5年、堂々と一緒に住んじゃえばいいのにとは思うが、私がどうこう言うものでもなかろうとも思うので、こうして控えめなサポートに徹しているのである。
「じゃあ凪ちゃん、何して遊ぼうか?」
「おままごと!まきちゃんがびんわんOLさんで、なぎはそのおくさんやる!」
「お、おう、了解」
凪ちゃんママ、あなたの娘さんの家族観が定まりつつあります。悪いとは思いませんがちゃんと把握してますよね?
「敏腕OLね。あー、疲れたー、仕事仕事で嫌になっちゃうー」
「おかえりなさい、きょうもがんばりました!」
凪ちゃんはしばらくぴょこぴょこと背伸びしていたけれど、やがて諦めて私の体によじ登り、背中に抱き着くようにして頭を撫でてくる。うん、これは実際にお嫁さんにやられたら元気溢れるやつだ。それとも仕事に疲れ切ると「重い!」とかしか思わなくなるのだろうか。
私がブラック社会の闇深さを思っている間に凪ちゃんはころりと背中から降りて、唇に指を添えてしなを作ってくる。
「きょうはどうしますか?ごはん?おふろ?それとも」
「それとも?」
「プ・ロ・レ・ス?」
「それは解ってるのか解ってないのか混乱するね」
私が答を出す前に、凪ちゃんは物差しを包丁代わりにお料理を作り始めた。プロレス選んでたらどうなってたんだろう。出迎えた時点で包丁を持ってた節があるので、恐怖のデスマッチが成立していたかも知れない。
アホなことばかり考えていえうのもどうかと思い、気になっていたことを凪ちゃんに聞いてみることにする。
「ねえ凪ちゃん」
「はぁい?」
「いや包丁こっちに向けるのは危ないからね?おままごとって、他のおともだちともするの?」
私は凪ちゃんの日常を知らない。私が凪ちゃんと遊んであげる場所は私の部屋だけだ。外の世界で凪ちゃんは、どんな女の子なのだろう。私以外の敏腕OLを垂らし込んだりしているのだろうか。
「するよー。なぎね、ワンちゃんのやくがすき」
「ああ、凪ちゃん、犬っぽいもんね。奥さんの役はやらないの?」
「なぎは、まきちゃんのおよめさんだから」
その口調と込められている感情があまりにも自然で。
聞いた私の方が小さくせき込んでしまった。
アホな私より、凪ちゃんの方がずっと大人なのかも知れない。
【クラヤミへ一直線】
※滅びた世界で契り合う少女とロリババア狐
かつて、人に恋をした愚かな狐が居た。
狐は少しばかり奇妙な力が使えたので、神と偽り人に近づき、願いを叶えて取り入って。
そして、恋を叶えて欲しいと願われて。幸せにして欲しいと頼られて。一族を見守ってくれと縋られて。
今に至るという、愚かな寓話。それでも恋心の残滓に浸るように一族を守り続けてきたが、その愚行ももうすぐ終わる。
いや、終わるのは世界の方か。
「神様、掃除終わったよ」
「ああ、迷惑をかけたのう。やはり最期を迎える場は清浄に保っておきたいのでな」
「最後。最後なんだね、やっぱり。神様と一緒に居られて嬉しいよ」
掃除を終えて戻って来た蒔苗と一瞬だけ遠い昔の彼女を重ね、すぐに蒔苗のことは別人として愛したことを思い返して自戒する。蒔苗は遠い彼女との約束の証であり、そしてその約束がもうすぐ反故となる象徴でもある。
ある時、本当に唐突に世界の向こう側から強大な力を持った女怪達がやって来た。リリサイドと名乗った悪魔とも邪神とも付かない彼女たちは、あっという間に世界中を侵略して回り、つい先日、人類の最後の抵抗勢力が相手側に寝返ったのだそうだ。
自分とは違う本物の神々も大半が滅ぼされるか篭絡され、守っていた一族も残すのはこの娘のみ。いずれはここへもあの女怪たちは押し寄せてくるだろう。最後まで蒔苗を守り戦うつもりではあるが、勝ち目があると思うほど偽神に過ぎぬ己を過信していない。
「神様、もっとくっついていい?」
「構わぬ、近くへおいで」
蒔苗を抱き寄せ、その温もりと香りを堪能する。あるいは早々に降伏すれば、己はまだしも蒔苗は新しい世界で生きていけるかも知れない。だがそれは、あの女怪たちに蒔苗を差し出すことを意味する。2度も愛する娘を他者に差し出す気は無かった。
「神様、このままでいよう?ずっとこのままで」
「ああ、そうじゃな。ずっと一緒じゃ。可愛い我が嫁子、どんなものからも守ってやるでな」
そう言えば。
蒔苗はどうやって、ここまで逃げて来たのだろう。男は殺し女は侵す、リリサイドはそういった連中だと聞き及んでいる。蒔苗の家族には他に女性も居たはずだが、皆あの女怪たちに同化されたのだろうか。
それと、蒔苗が何時ぞやか口にしていた嫁入りの話。こんな世界になったのだから反故されたと考えるのが普通だろうが、何故か急に気にかかる。
「神様?余所見は駄目だよ、私だけ見て」
「ああ、勿論、勿論だとも。可愛い蒔苗」
薄暗い社殿の中の闇に、蒔苗の肌が妙に溶け込んでいるように見える。
きっと気のせいだ、そうに違いない。何も気にする必要など、もう無いのだ。
そうやって都合の悪い全てを排除して、神様ごっこの延長の夫婦の真似事へ溺れていく。
永遠に、永久に。
【プリーズ・ブリーズド・ユー】
※ペットを飼いたい女性と、自分だけ見て欲しい少女
「なにかペットが飼いたいんだよね~」
大朋さんのその言葉に、膝の上で甘えていた私は思わず凍り付きます。
それってつまり、このお膝の上に猫なり犬なりチンチラなりデグーなりを乗せるということですか?私の頭を撫でてくれているこの手で、他の生物の頭を撫でるということですか?それって実質浮気では無いですか!?
いえ、落ち着きましょう。私はすぐに思いつめて頓珍漢なことを言いだし、大朋さんを困らせることが多々あります。畜生と恋人を同列に捉えてどうするのです。大朋さんはそんな人ではないはずです。
でもペットは家族とも言いますし。家族という事は一足飛びに恋人の私以上の立場に!?許せない、鍋にしてやる!
いや、だから落ち着くのです、私。こういう時は何を飼いたいのかを冷静に聞いてみればいいでしょう。
何処だったっかで「犬を飼いたがる人は家庭を持ちたがるが、猫を飼いたがる人は独身でいたがる」というのを見たことがあります。つまり大朋さんが犬と答えれば「眞澄ちゃんと家族になりたい」という求婚だし、猫と答えれば「眞澄ちゃんはもう用済みだよ、ぺぺいっ!」ということです。
「大朋さん、ペットって何を飼いたいんですか?」
「うーん、何でもいいんだけどねー」
それ、一番困る答です。敵を知り、己を知れば百戦危うからず。しかし何という事でしょう、敵は正体不明のアンノウン。哀れ眞澄、戦う術もなくこのまま散るのでしょうか?
いえ。
「わ、私を飼ったら、よいんじゃないですか?」
これです。恋人もやる。ペットもやる。大朋さんの大切なポジションを全て私で埋め尽くすのです。これは強い。勝ったな、入籍してくる。
「えー、それはやだなあ」
はい、死にます。私、今から死にます。息止めて窒息して死にます。このまま顔の向きを変えて、大朋さんの下着に顔埋めて死にますからね。恥ずかしい思いをした上で恋人が死ぬんです。でも大朋さんが悪いんです、思い知ってください。私の存在の重さを思い知ってください!
「そういうのも嫌いじゃないけど、眞澄ちゃんとは普通に結婚とかしたいからなー」
生きます。これから私は大朋さんと幸せに生きます。私と大朋さんとペット、きっと良い家族になれるでしょう。大朋さんは私が一番望む言葉を何時だってくれるんです。信じてました。ええ、信じていましたとも。
「でも、ちょっとその提案はドキドキしたから、今日はペットごっこしようか」
何処から取り出したのか、大朋さんの手には鎖付きの首輪が握られていました。流石は大朋さん、用意周到ですね。
私は膝の上で向きを変え、喉も見せるようにして「にゃあ」と鳴いてみせます。
犬の方が良かったかな、と思ったのは首輪を付けて服を脱いでからでした。
【キミはお姫様なんかじゃない】
※フェミニン攻め、マニッシュ受け
王子様。王子様。王子様。あちらを見ても王子様。こちらを見ても王子様。
飽和しているとまでは言わないけれど、大花都女学院に通っていた頃は、そこかしこに王子様扱いをされて慕われている女の子たちが居た。彼女たちが王子様として自分から振る舞おうとしているのか、見た目だけでそう判断されていたのか、あるいは誰も寄せ付けない孤高さを王子という言葉で評したのかはそれぞれだろう。
彼女たちはその扱いを受け入れている娘も居れば、特定の相手の王子であることを選ぶ娘もおり、時にはその特定の相手に裏切られる娘も居たりした。けれど、外から見れば全員一律で“女子校の王子様”だ。
ボクはそれがたまらなく嫌だった。別に本当の自分を解って欲しいなんて無理難題を押し付けるつもりはない。ただ他の娘たちの様々な事情が無視されて、ボクのような「そう振る舞うのが好き」なだけというそれと一緒くたにされてしまうのが堪らなく嫌だった。
そんな風に少し神経症染みていた頃に、ボクは彼女と、塰河茂枝と出会った。
「女らしさの押し付けは、なるほど、決して褒められたものではありません。ですが、女らしさを頭から否定することが知性の証のような物言いは好きませんね。様々な背景、事情、経験を通して女の子らしさを選択する人間の実在を透明化して、全員頭の軽い馬鹿か洗脳された被害者しかいないとでも言うんですか?」
議題はハッキリ覚えていないのだけれど、多分女らしさとか男らしさとか性自認とか、そういう議題の討論会だったと思う。それこそ“女の子らしい”見た目の茂枝は、軽く髪を掻き上げながらそんなことを言ってのけていた。
ボクは頭がよくないし、その手の問題からは意図的に逃げていたから、その主張が正しいかどうかは分からない。けれど、とても彼女が格好良く見えたのだけは確かだった。
その授業が終わった直後に声をかけた。友達になりたかったのか、どうだったのか。とにかく何かを伝えたかったんだと思う。
その場で廊下の角に引き込まれ、あまりにも自然な調子で口づけをされた。驚くよりも、何をされているのか分からず戸惑いの方を強く感じた。
「駄目ですよ、こんな簡単に声をかけては。ずっとあなたを見つめていて、こうした機会を待っている娘もいるかも知れないんですから。私のように」
その時見た、彼女の目と吊り上がった唇は。
女の子らしい女の子、そこに宿っていた獰猛さは。
見事にボクの心を捕え、食いちぎって見せたのだ。
それからずっと、ボクらは一緒に過ごしている。周囲は王子と姫だなんてボクたちを例える。理想的な関係だなんていう娘すらいるらしい。
けれど、実際には捕食者と犠牲獣であることを、ボクと彼女だけが知っている。
【未来にキスを】
※人間が滅びた世界を生きる、元人間のワーウルフと最後の人間
腕の中で眠る小さな命のぬくもりを愛おしいと思えること。それ自体がなんだか奇跡のように大仰なものに感じられるのは、私も成長しているのか、それとも単にこなれただけなのか。
私ことミカシャを除いた全ての人類が絶滅してから5年の月日が経った。あるいは何処かの穴蔵や地底に潜んで今も生き延びている人類がいるのかも知れないが、私はそれを知りたいとは思わないし、幸福や再起を望むこともしない。苦しんで死ねとまでは思わないので、出来るだけ穏やかに滅びを受け入れて欲しいものだ。
魔王アスモディア様の尖兵として人類殲滅の立て役者となった元勇者エリアナ、今はワーウルフにして私の伴侶であるこの地域の女王と結ばれて最初に驚いたのは、魔物たちの懐の深さだった。私は最後の人類として迫害や怨嗟も覚悟していたのだけれど、元人間のエリアナを素直に解放の英雄と称え、私に対しても女王の妻として以外の扱いは一切無かった。人類に長く虐げられるたのも納得で、そして人類が先に滅びたのも自明の理だなと当時は思ったものだ。
そんな風に一定受け入れられながらも、私は長くエリアナの子供を産むことには迷いがあった。
魔物はどんな種族同士でも子を成すことができる。子供はどちらかの特徴だけが出ることもあれば、両方の特徴を継承することもあり、時には両親と全く関係のないように見える姿で生まれることもある。アスモディア様はカクセイイデン等とそれを呼んでいた。呪いの類なのかと聞いた私に、彼女は「当たり前の世の理よ」とほほ笑んでくれた。
私の子供は人間として生まれてくるかも知れないし、人間の特徴を継承するかも知れないし、あるいは私が寿命で死んでからずっとずっと後に人間として生まれてくる子孫がいるかも知れない。当たり前の理だとは言われても、そのことがずっと怖かった。いっそ私もアスモディア様に魔物に変えてもらおうかと思っていた時に、エリアナがこう言ってくれた。
「私は、私とミカシャの子供ならきっと正しい選択をしていけるし、私の子孫たちもそうであってほしいと信じるよ。見た目や種族で何かを見る時代は、人間の消滅と共に終わったんだって。ミカシャの悩みも解るけれど、私と新しい明日を前を見て歩んで欲しい」
本当に、何年経っても私を惚れ直させるのが上手いのだから。
悲しいことも辛いことも、きっと無くなりはしない。魔物だってみんなが底抜けの善人では無い。けれど、その結果起こる全てを私は背負えない。
明日の問題は明日の誰かしか背負えないのだろう。無責任だと言われても、私は自分の愛よりそれが重いとはもう思わない。
胸の中で、娘が小さく身じろぎをする。私はその身を覆うシーツを整え直す。
その顔は───。
【モグラの黒焼きになるまで】
※35才と18才、17才年の差の2人
昼間から酒飲んで、学生であるお嫁相手に優越感に浸ろうとしたら、まさかの創立記念日。
朝から出鼻をくじかれ酒がまずい私こと湶戸ヤヨリである。
北郷羽衣はまだまだ未来に希望の満ちた18歳の身空でありながら、私の様な35歳不定給限界物書きに捕まってしまった世界で一番哀れな少女だ。
しかし、そんな境遇にも関わらず彼女は毎日なんか可愛いし、キラキラオーラが消えることは無いし、はつらつと学校行って帰ってから私の夕飯を作ったりしてくれるので、定期的に優越感を示さないと私の自己肯定感が死ぬ。君が素敵なお嫁さんなのが悪いのだ。
「せっかくお休み重なったんだから、何処か遊びに行こうよ!」
「やだ、もうお酒飲んだし何処もいかない」
「お昼からでいいからー。買い物付き合ってほしい!」
「やだやだ、JKの行くような店入ったらそれだけで目が焼ける。体内に蓄積されたアルコールが視神経を経由して燃え上がるんだよ」
「そしたら、一生お世話してあげる」
このお嫁、時々闇を覗かせるのは私が変えてしまったのか、それとも類友という奴なのか。
口喧嘩ではどうやっても勝てないので、ちびちびと舐めていた酒を一気に煽り、足元をふらつかせながら着替えにかかる。
私にもJKだった時期はあるはずなのだけれど、どうしてこう適当にタンスから引っ張り出した服でお嫁はキラキラ輝けるのだろうか。小説の中で気に入らないリア充どもを処刑するという、まだ仕事に昇華する前の終わってる趣味に目覚めるまでは、私もお洒落だのお化粧だの気にしていたのだけれど、このレベルに到達できた記憶が一切存在しない。よく考えたらそんなもん気にしていた時期は捏造だった。私は昔からこうだ。お嫁とは別種のイキモンだった。
赤ら顔で襤褸切れと一張羅の狭間行く服に身を包まれた私の腕に、何の恥ずかしげもなくしがみついてくる光のだっこちゃん人形を見つめる度に思う。この子は一体、私の何が琴線に触れたのか、触れてしまったのか。
今となっては私も羽衣を手放せる気がしないけれど、どう前向きに考えようとしても彼女にとっての私は、枷であり浪費だ。出来るだけ短い時間で逃走し、あの頃は愚かだったと思い返すことになる恥だ。
その日はアルコールのせいか、遂に今までギリギリ押し留めていたその疑問を口に出してしまった。崩壊の序曲にしかならないそれを。
「おばあちゃんになるまで一緒に居れたら、教えてあげる!」
光り輝く黄金のカウンター。私の背骨がバラバラになったかと思うほどの陽の気溢れる一撃。
それこそ目が焼かれたのか、世界が輝いているように見えた気がする。幻だ。幻影に決まっている。
朝、適当に飲み干してしまったあの酒が、手元に欲しいと切に願った。
【SHINE】
※学園のマドンナを取り合う2人の女子校の王子様、と……?
はい、東郷風香さん、新川瑞樹さん、よく来てくれましたね。
さっそくお話を始めたいんで、先生をそっちのけで争いだすのは止めてくださいね?
先生ね、個人的には東郷さんの皆に愛されるのが生きる道ーっていう考え方も、新川さんの好きを提供して周囲を幸せにするって考え方も好きですよ。大花都女学院は、そういう女の子に人気の女の子、女子校の王子様って結構居ますからね。その中でもお2人は頑張ってると思います。
けどね、授業中にもふとした拍子で喧嘩を始めるとか、それに加えて才花堂さんとのデートの妄想してノート取ってないとかで、補習の常連になってしまうのは先生いかがなものかと思います。補習中、窓から上級生とかまで覗いてきゃーきゃー言ってるの、動物園かと。
2人は補習常連だったり、いざ喧嘩となるとものすごく子供っぽくなったりするのに、それを踏まえて女子に大人気ですもんね。
東郷さんは可愛い顔立ちですし、物腰は穏やかで物事を柔軟に考えられて、引き際の見極めは上手なのに絶対譲れないものもある。素敵です。はい新川さん、「なよっちくてヘタレで堅苦しくていけすかないだけ」とか言わない。
そういう新川さんも正直格好いいですし、強い信念を持って行動できるのは魅力的で、努力家でガッツもあるの、いいと思います。東郷さん、「キザったらしくて軽薄でチャラくていけすかない」とかやり返さない。
けど、才花堂玲央さんだけは2人に見向きもしない。だからムキになってしまう。それも解ります。
今回はお2人のお陰で助かりました。私が通りかかるまで2人が時間を稼いでくれなかったら、才花堂さん危なかったと思います。タチの悪い不良っているものですね。いや、なんですその顔、喧嘩してたのに見合わせちゃって。骨とか折ってないから手加減しましたよ?
でも、私が行った時は不良そっちのけで喧嘩してたじゃないですか。相手、ドン引きしてましたよ。2人も不良相手には一発も貰ってないのに、そんなに綺麗な顔ぱんぱんにして。
「最後の最後は2人ぼっち」。
急にどうしたのか、ですか。そんなフレーズが何処かであったんです。お2人の関係は、もしかしたらそんな感じなのかなあって。はい、怒らない怒らない。警察にも散々怒られたでしょうし、もう帰っていいですから。帰り道では喧嘩しないように。
───それで、遅れて来たのはそうやって2人を見守る為ですか。
可愛い教え子を振り回すのは止めて欲しいんですけどね、あの2人は私たちとはまた違いますよ。嫉妬?さあ、それもあるかも。危ないことして欲しくないのがメインですけどね。
それじゃあ、貴女からの話は家でゆっくり聞きましょうか。
才花堂さん。
【アイスが2本で1122】
※いい婦婦の日に喧嘩をしてしまった2人
できたら恋人と喧嘩をしたくない日というのは、誰しもあるだろう。例えばクリスマス、バレンタイン、そういう恋人同士で盛り上がることができる日に喧嘩になると最悪だ。
そういう意味では今日、11月22日のいい婦婦の日も喧嘩なんてしたくなかった。実際に朝までは「今日は私たちの日だね~」なんて互いにじゃれあっていたのに。
「アイス1本、火事の元、なんてね」
そもそも風生と付き合い始めた理由は、アイスの趣味が合ったからだった。
高校時代、野球部が甲子園に出るとか出ないとかで総出で応援に駆り出され、炎天下の下で選手の見分けどころかルールすら朧な状態だった私は、売店のアイスで僅かな涼を取ろうと試みていた。
真ん中から割って分け合えるやつ。分け合う相手はいないし、分け合う余裕もない。
そう思っていたはずなのに、クーラーボックスで掌が触れ合って。ほんの少し汗ばんだ手と、しっかりと握られたアイス。何だかおかしくなってしまって、店員さんに注意されるまで見つめ合って笑っていた。
5分後には綺麗に分けたアイスを風生と2人で並んで食べていた。野球が勝ったか負けたかも覚えていないけど、あの時のアイスの味は忘れていない。
忘れていないどころか、冷蔵庫にあったらうっかり食べちゃうくらいに今でも好きだ。せめて分け合えばよかったと思ったのは後の祭り。
全面的に私が悪いのに「いい夫婦の日の日にそんなに怒らなくていいだろ!」と逆ギレしてしまったせいで、怒った風生は部屋を出て行ってしまった。
後悔した。心の底から反省した。もしかしたらもう帰って来てくれないかも知れない。電話やメールで別れが告げられるかも知れない。
たまらなく怖くなって、こうして今更アイスを買いに出かけている。もし戻ってきてくれたら、あの日のようにアイスを分け合う為に。いや、食べちゃったんだから全部風生にあげたほうがいいのか。
そんなことをつらつら考えながら近所のスーパーにやって来たら、風生がアイスの入ったボックスの前をうろうろしていた。遠目でも解る、私たちの大好きなあの味が納められた箱。私が先についていたら、あんな風に逡巡したのだろうか。
そう言えばあの日、先にクーラーボックスの前に居たのはどちらだっただろう。どちらが先に蓋を開けたんだっけ。
そんなどうでも回想をしながら、足音を殺して風生に近づき、意を決して手を伸ばした彼女と重なるように手を伸ばす。
最初はびくりと肩を震わせた風生も、私の姿を認めると驚いたように目を見開き、そして重なった手を見て笑い出した。
せめて婦婦らしくと、1つの袋をわざわざ互いの左右の手で持って家路につく。午後からどんな風に過ごそうか、そう明るく語り合いながら。
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