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二期会『トゥーランドット』を観て

二期会のトゥーランドットを観てきた。
会場に着いてまず思ったのはロビーの熱気がすごかった事。
ホールに入ると1階から5階までぎっしり人が入っていて、これだけでも感動、胸が熱くなる。
もちろん、今回のプロダクションへの期待も大きく、チームラボの光の芸術とオペラのコラボを一目見ようとする人々も多くいらしていたと思う。

1幕はまず舞台中央上部に浮かぶ白い部屋と、地上の黒い部屋に分かれている。(地下のようにも見える)
白い部屋には白い衣装に身を包んだ女性たち。
地上には黒い衣装の男性たち。
そして真ん中にはトゥーランドットの謎に敗れた裸の男が横たわり、死刑を待っている。
そして股間にはデフォルメされた男根が見える。本来であれば死刑は首をはねられるのだが、今回のクレーマーの演出では、首ではなく、男根をちょん切られる。痛そう。。

なので、上の白い部屋の人たちは精子を模っているのかな?と思っていたのだが、出演者に聞いたところ、あれは「女性器」なんだそう。つまりこの上下に意味があり、トゥーランドットの世界では女性が上にいて、男性が下におり、分断され虐げられていると。先祖の女王を男に陵辱され殺された負のDNAを持つトゥーランドットは、その痛みから女性上位の世界を構築している。ということは逆に言えば外の世界は昔と変わらず男性上位の世界だ、ということなのだろう。

一般的なトゥーランドットと設定が異なるのはティムール(カラフの父)。
一般的には目の見えない力のない老人だが、今回の演出はカラフに暴力を振るうDV的な設定。カラフはそのDVから逃れ旅に出たという設定らしい。
なんとなくだが基本的に暴力と性差別と人間同士の断絶がテーマなのかな、と思わせられる。
トゥーランドットは一番高いところから登場。
これもヒエラルキーを表しているのだろう。
そしてその父で国王である皇帝アムトゥムも権力の頂点と言わんばかりに最上段から登場。

3つの謎解きが始まると舞台上部の黄金の円の中にトゥーランドットが登場する。
この謎解きは普段の救いのないディストピアに生きる民衆たちのガス抜き的な娯楽としても描かれている。
また、クイズミリオネアやタイムショックのようなクイズ番組を彷彿とさせる。
カラフが正解するごとにトゥーランドットの乗る円台は下に降りてくる。トゥーランドットの地位が落ちてくるように。
このクイズシーンでのチームラボの作る光線が非常に美しく、また3Dで立体的に迫ってくる!

チームラボの舞台美術は今回の大きな目玉で、それを目的に来られた方も多いと思うが、作品と乖離する事なく非常に効果的に美しく使われていた。
これまで観たことのない色彩と、圧倒的な光量。
これまで観たプロジェクションマッピングとはまた別次元のものだった。
個人的にはもっと主張してくれてもよかったくらい。
1幕のリューとカラフのアリアで使われた海の映像や、3幕のトゥーランドットの心が変化していくところで使われたピンクの花の映像などはこの上なく美しかった。

3幕の始まりは少女たちが出てくる。親はおらず子供たちだけ。ここにも断絶がある。
ぽつんと最後に残る少女。子供の頃のトゥーランドットかしら、とちょっと思う。なんだか感動するシーン。
そして誰も寝てはならぬ。樋口さん素晴らしい!!

オペラの見どころであるリューの自殺のシーンも見せ方が面白い。上から吊るされた透明の箱の中でグラグラと揺れながらリューは歌い(倫子ちゃん、よくあの足場でブレずに完璧に歌えてすごい!)、アリアの途中でナイフを手首に突き刺し、アリアの後半は血を流しながら歌うというなかなかにショッキングな演出。
そして同じく吊るされた箱に入っているティムールがその後を追って自死する。これもなかなかに衝撃的かつ感動的だった。

そこからの展開が面白かった。
黒い殻の中から出てきたトゥーランドットは、まだ拒絶の殻の中にいるといえるだろう。音楽はプッチーニからベリオへと引き継がれる。急に不安定な和音が増え、響きが近代的になる。安定感のあるロマン派的なアルファーノ版とは違って、寄る辺ない音が続き、これまでの世界が変容していく予感が漂う。そういう意味では今回の演出との相性は良い。

僕が今までトゥーランドットという作品で一番納得できないな、というか、安っぽいな、と思っていたのは、これだけ男性を拒絶していたトゥーランドットがカラフの強引なキスであっさり心溶けてしまうところだった。
なんだよ、結局極めて男性上位的な終わり方じゃん、つまらん。と思っていた。

でも今回の演出は違っていて、いきなりの強引なキスではなく、優しく抱きしめ、少しずつ近づくカラフ、揺れるトゥーランドット。
まどいながら違う場所へ走るトゥーランドット。この辺りでトゥーランドットの服は白くなっている。彼女に追いついたカラフは強引なことはせず、自分の名前を明かす。
そして自らの男根をナイフで切ろうとする。それをやさしく留めるトゥーランドット。心の動きが丁寧に描かれていてとても良かった。ト書とは違うけれどお互いの心の揺れと優しさを描いた演出は腑に落ち、良かった。
その後ろで圧倒的な光量で花開くピンクの花々。美しすぎる。

そして再び王宮となり、裁きの場面となる。このシーンがまた良かった。
これまで上下に分かれていた男女、そして断絶されていた子供たちが、入り混じり、寄り添い、仲の良いたくさんの家族の姿がそこにはあった。
これまでのシーンがずーっと暴力や断絶にあったため、これだけで涙するお客さんもいたほど感動的に映る。
1幕で天上にいた皇帝アムトゥムは地上どころか床に布団を敷き病床にある。彼の時代、そしてこのディストピアに終わりが近いことを示唆している。そして次々と光が集まってくる。
「彼の名は、愛。」そうトゥーランドットが歌った時、これは結局女が男に懐柔されるという安っぽい物語ではなく、断絶されたいろいろな世界が混じり合い、すべてが許容され、ディストピアがユートピアへと変わる、新しい世界が生まれたのだと思わされた。カラフの力によって世界が黒から白へひっくり返るのではなく、彼の優しさと人間力によって、全てが混ざり合い色々な色を飲み込んで光となる、そんなラストだった。
それを視覚的に見せたのがチームラボの作り出す光の世界。普通の舞台美術だったらここに辿り着くまでに心が疲れ果ててしまうような演出だったが、この光や美しいLEDの絵によって、ギリギリのところで潤いを補給され、最後は恍惚と光に没入していくような芸術。
これは間違いなく新しい総合芸術への一歩をオペラを踏み出した舞台だと感じる事ができた。(もちろんこういう前衛的な演出には賛否はあるだろうけれど)
この難しい舞台を成し遂げた歌手陣、オーケストラ、制作、関係者各位に心からの拍手を送りたい。
特にただでさえ日本人には難しい巨大なトゥーランドットを適材適所素晴らしい歌唱で聞かせてくれた歌手陣には脱帽!
TUTTI BRAAAVI!でした!

なお、この美しい舞台写真は寺司正彦さんが二期会やぶらあぼに掲載したものをお借りしています。

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