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グリゼットとは何者か

二期会メリーウィドウ の公演が近づいて来ました。

このオペレッタのサイドストーリーを彩るのは「グリゼット」と呼ばれる踊り子たちです。今回の公演も若手の演じるグリゼットたちが、公演に大きな花を添えます!今日はそのグリゼットのお話をさせて頂こうと思います。

パリを舞台にしたロマン派のオペラ作品はこのグリゼットの存在抜きでは語れないものがあります。
グリゼットは社会的にはかなり下層の労働者階級で、仕事内容はお針子や内職、グレーのお針子服を着ていたことからグリゼットと呼ばれ(直訳すると"グレーちゃん")、その中でも大体16歳から20代後半までの女性たちことを指したようです。

地方から出てきたり、パリに家があっても口減らしのために家を出て、グリゼットになる、という者が多かった。
労働者階級出身の女性が良い職業につくなどというのは考えられないこの時代、多くの貧しい女性がグリゼットとして生きていました。
しかし、まじめにお針子の仕事をしたところで、その収入はわずかなものです。生きていくのがやっと。
彼女たちの多くは人生の逆転を夢見ます。
例えば富裕層に見初められてその妻となる事。
そこまでは叶わなくともパトロンを持って良い暮らしをすること。
それには若いうちがチャンスです。

一方で「家柄の良いお嬢様たち」は結婚するまではかなり厳しいしつけのもとで自由のない暮らしを余儀なくされていました。その多くは寄宿舎などに入り、厳格に管理されていましたし、ふしだらな行動をとったものには修道院が待っています。彼女たちには同じ年頃の青年たちとの自由な恋愛はとても難しかったのです。

ですからパリの若い男性たちはその欲求をグリゼットに求めました。
学生たちや芸術家の卵たちが多く住んでいたのは学生街のカルチェラタン地区やモンマルトルの辺りでしたが、家賃が安いのでそういう場所にはグリゼットたちもまた多く住んでいました。
グリゼットたちにはお金はありませんが、自由がありました。「自由」。フランス革命後のパリ人が最も愛した言葉ではないでしょうか。
自由を謳歌する若者たち、ボヘミアンたち、学生たち、そして自由で美しいグリゼットたち。
そこに恋物語が生まれないはずがありません。

ちなみに学生やボヘミアンには当然将来を嘱望されるものもいます(外れも多いですが笑)
そこにチャンスを求めるグリゼットももちろん多い。
当然いくつもの恋物語が生まれます。
ラ・ボエームのミミとロドルフォ、ムゼッタとマルチェッロ、ルイーズとジュリアンもそうです。

グリゼットたちは恋愛を楽しみつつも貧乏学生の合間を縫ってお金持ちのおじさんたちをパトロンにするのも忘れません。(ムゼッタを思い出せばわかりますが。)
今で言うパパ活や、少し前に社会問題になった援助交際をするグリゼット達も数多く存在しました。「グリゼット」は元の意から転じて「若くて可愛くてちょっとお尻の軽い女の子たち」という代名詞になっていきます。

男の方はというと、本気でグリゼットたちと結婚すしようと思うものは少ない。
適度に楽しんで、結婚は親たちが持ってきたちゃんとしたお嬢さんとする。そういう時代でしょう。

グリゼットの中にはキャバレの踊り子になるものも出てきます。
メリー・ウィドウに出てくるヴァランシェンヌはグリゼットで踊り子出身ですが、爵位を持つツェータに見初められて夫人になりますよね。
ロロ・ドド・ジュジュ、たちもグリゼット、このように重なる名前というのはグリゼットの源氏名であります。
ですから「私の名前はミミ、本当の名はルチア」で始まるボエームのミミのアリアも、つまりは、私はグリゼットだ、と言っているアリアなのです。

ちなみに、リアル人生逆転劇を演じたグリゼット出身の有名人といえばココ・シャネルでしょう。
彼女はパトロンの援助の下、才能を開花させブランドを立ち上げ、大成功させました。「ココ」はグリゼット時代の愛称。彼女は成功してからもココの名前を外さなかった。つまり、グリゼットだった過去を恥じずに、それを堂々と公表しているわけです。これが他のグリゼットたちの夢となった。

光があれば影もあります。彼女たちの恋愛や援助交際の先には、当然望まぬ妊娠も出てきます。
しかし当時のフランスは堕胎禁止。
こうして多くの私生児も誕生してしまうわけです。
パリを舞台にしたレ・ミゼラブル。私生児を生んで、その後工場を追い出され、自分の歯まで売り人生の辛さ「I dreamed a dream」を歌うのはフォンテーヌ。彼女も工場で働くグリゼット。その私生児がコゼットです。

辛くても若いうちはまだいいですが、年を取ると無理はきかなくなる。
人生を逆転できないグリゼットは早々に娼婦に身を落とすものも出てきます。
その中で早くから「高級娼婦」というものに転職?していくものもある。
それを極めて、パリを代表するクルティザンヌ(高級娼婦)となったのが椿姫の主人公ヴィオレッタです。

話があちこちに飛びましたが、ここに書いただけでも、ラ・ボエーム、椿姫、ルイーズ、メリーウィドウ、レ・ミゼラブルとパリを舞台にした作品にはグリゼットの存在が欠かせないのであります。
このパリ独自のグリゼットというものを知っているのと知らないのとでは理解は大きく変わって来るでしょう。

その多くは幸せにはなれませんでしたが、パリという美しい街で、ある一時でも、美しい恋の花火を咲かせた彼女たち。その生へのエネルギーが多くの傑作を生んだのだと思います。

彼女たちの見せるいろいろな顔にも注目して、舞台をお楽しみくださいませ! 

高田正人

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