クリアソン新宿の試合を見てきた
初めて浦和以外の試合を見に行こうと思い立った
私は物心つく頃には埼スタに通い、今もゴール裏で飛び跳ねる日常を送っている浦和サポーターだ。試合中は選手と共に闘う。歌い、跳ねる。全てはチームの勝利のため。
そんな中、あるチームが話題に上がることになった。クリアソン新宿である。今年J3ライセンスを取得したJFLのクラブであるクリアソン新宿だが、新宿という地域の特性を鑑みてスタジアム要項を満たさないながらも特例でライセンスが認められたこともあり、一部サッカーファンからの反感を買うこととなってしまった。
クリアソンの話題はそこから更に飛び火していく。クリアソンが応援団体を解散させ、いわゆる「官製応援」を行っていることやユニフォームの販売に条件を設けていることなどが掘り返されて「応援とはなにか」「ウルトラス文化の是非」など様々な面から大きな議論を呼んでいる。
さらに元コールリーダーのインタビューが公開
この騒動のさなか、クリアソン新宿の元コールリーダーであるトム氏のインタビューが公開されXで反響を呼ぶこととなる。応援団体結成から解散の経緯までが一方向からではあるものの詳しく語られている。前後編合わせて40分ほどではあるが、非常に面白い内容なのでぜひ見てもらいたい。(特にJリーグのゴール裏で応援したことある方は特に)
この動画によるとクリアソン新宿は応援までもを一つの演出として、クラブ主導で管理していきたい思惑があるとのことだった。
私は初め「何をバカなこと言っているんだ。自分で自分を応援するってなんだ?そんなんで熱狂が生まれるのか?」などという否定的な考えが浮かんだ。浦和を応援していれば全く理解できない思想だった。
X上でも「これがJリーグの目指すスタジアムなのか…」「ディストピアかな」といった書き込みも多く見かけた。(私が浦和ファンのツイートをよく見ることが影響しているからであろうか)
異文化の応援文化 自分の中の怖いもの見たさが勝った
こんな応援文化でうまくいくわけない、私はこのような否定的な考えを持ちながらも、時間が経つ事に「でも実際はうまくいってしまうのではないか」「このクラブが成功してしまったらどうなるのだろうか」という小さな疑念が膨らんでいくのを抑えられなかった。
このもやもやを取り払うには直接見て体験するしかない。そう思った私はすぐにクリアソンの日程を調べ、チケットを取り、横浜FC戦の疲れが取れない中西が丘へ向かうことになってしまった。
この先はスタジアムで見た光景を軸に感じたことや考えたことを書いていこうと思う。
2023/09/30 クリアソン新宿vsソニー仙台
スタジアム着
不安と少しの期待を抱えてスタジアムに着いたのは試合開始90分ほど前。実は私はこの日が初の西が丘サッカー場だったので、少し入口を探すことになってしまった。しかし、コンパクトにまとまっている且つ開放的な外観にとてもいい印象を受けた。このスタジアムをどのカテゴリーも使いたがるわけだと納得した。
ゲート前に来るとスタジアム外がかなり活気づいている様子。スタッフが来た観客全員に丁寧な挨拶をしているのが印象的だった。J1クラブよりも少人数での運営だからこそ徹底できる面かもしれない。
ゲーティングも非常にスムーズで特に手間取ることなく入場ができた。入場時にマッチデープログラムとハリセンを受け取った。ハリセンはJ1だとコロナ禍では採用するチームも多かったが、最近はあまり見ることは少ない。あとは前に見たラグビーのリーグワンの試合でも受け取ったことがある。個人的にハリセンやバレーなどで見るバルーン等といった統一の配布アイテムが官製応援の象徴と考えるためここでかなり身構えた。
ゲート入場
さて入場して向かったのは、スタンドの外に設置されたキッチンカーやグッズショップの並ぶ広場だ。
まずは入場ゲート付近にあったグッズショップ。ゲートのすぐ近くに置くことで導線を短くし、必ず目に入る場所に展開されておりしっかり考えられているなと少し関心。事前情報通りレプリカユニフォームは販売されていなかった。すこし見ているとスタッフが新商品の説明をしに話しかけてくれた。おすすめされた新商品はスウェットとニット帽。Jクラブがやりがちなクラブエンブレムがどーんと全面に出るデザインではなく普段使いできるデザインになっており、他のアイテムも同様のようだった。
その先へ抜けると、キッチンカーやストリートサッカーコーナーがある開けたところに出た。全部で7店舗ほどの出店があり、観客数に対してかなり充実しているように思える。一つだけ知っている店があり、それがスープストックトーキョー。(あまりよい覚え方ではないが、今年の4月に起きた炎上騒ぎで存在は知っていた)このおかげで、クリアソンはこういう企業との間のやり取りでも理念やパーパスを考えながら着実に進めているクラブなのだなと感じることができた。
広場全体の雰囲気としてはとても明るく、活気づいていると感じられた。広場にいた人は主に子供や家族連れが多かった印象で、ストリートサッカーコーナーで盛り上がっていた。また、スタッフが全員若くてハツラツとしていたのも特筆したい。入場から広場のいたるところで観客と談笑する姿が見られ、子どもたちとストリートサッカーに興じるシーンもあった。企画ではなく人がエネルギッシュな雰囲気を作っていたように思える。
ゴール裏を通ってスタンドの中へ
そしてついにスタンドの中へ。今日は全席自由席ということでメインスタンドのど真ん中で見ようと決めていた。バックスタンド側のゲートから入場してしまったので、クリアソン側のゴール裏を横切りメインスタンドへ移動することにした。
ゴール裏の後ろには高い金網があり、そこにクリアソンの横断幕がびっしりと掲げられていた。選手名や言葉、マークが書かれた横断幕は布の微妙な色具合もしっかり統一されている。端のほうにある横断幕は少し毛色が違うのでこちらはファンメイドなのかな。そして、歩いているとこのような張り紙を発見。
こちらがルールとして張り出されていた。これはホームゴール等のもので、ビジター席にこの張り紙があるかは確認し忘れてしまったため、クリアソン側でのルールというふうに見ていく。
まずは上の段。基本的に書いてあることは概ね理解できる。ただ、直接的な文言はないものの罵声禁止ということでブーイングはおそらく禁止だろう。また、このような文言の中に相手サポーターや試合運営に携わるものといった指定までしているところは少ない、というかJ1にはいないのではと思う。ブーイングは禁止、クソッタレコールなんてもってのほか。埼スタゴール裏民全員アウトだ。
次に下の段。応援をやりたい、始めたいと思った人はスタッフにお声がけくださいと書いてある。後にゴール裏の応援の様子を詳細に書くが、基本はクラブの人間とその他数人が中心となって応援が構成される。浦和であれば、中心団体の周りに周辺団体が位置取り、さらにその外にサポーターグループが点在しているという形だが、(ここの認識は少し甘いので間違っていたらすみません)クリアソンは応援グループは一つのみであり他にグループらしいグループは見当たらない。この形式を取る限りサポーターグループは自然発生せず、もし発生したらその時点でスタッフが取り込むことが予想できる。観客管理における重要なルールだ。
しかし後述するが、グループや先導に対しては排他的なルールに見受けられるが、応援団体自体は排他的な雰囲気はなく、時間が経つ事に応援団周りの人が増えていった。このルールと合わせて考えると、クラブの先導に従うという条件の元開かれたゴール裏であることはうかがえた。
メインスタンド到着〜試合開始まで
ゴール裏について考えながら歩いているとすぐ目的の座席に到着した。ゴール裏に潜入するのも考えたが、自分がされて嫌なことはすまいとメインで全体を見ながら雰囲気を伺うことにした。
西が丘サッカー場、始めて来たがとてもいい場だなと思ってゆっくりくつろいでいると、法被を着た男性と若い女性や子供がピッチに降りてきてMCが始まった。
まずは彼がこの試合の応援団長との自己紹介。クリアソン新宿の応援コンセプトを説明し世界一のスタンドを目指すと発言。そして、後ろの女性たちは高校生で、この試合の応援先導や車椅子で観戦の方々と応援をすると宣言。
衝撃だ。これだと毎試合応援の先導者が変わるのだろうか。応援団長がアドバイスしながらだろうけどなんという大役を高校生に…と驚いているうちに彼らによる応援練習が始まった。
ここで練習した応援は2つ。1つ目はCKやFK時に行う単純な手拍子。テンポは1秒に1回手を叩くくらいの速度。CKやFK時はできるだけシンプルな応援で会場全体の一体感を生みだす狙いとのこと。そしてもう一つは「ヨドバシカメラ」のCMソングの替え歌だった。(すすきのへ行こう、フランスへ行こう)これは選手入場時やここぞというところで使いたいという話だった。後になって曲に新宿とあることを思い出したが、それでも今ではお遊びチャントのイメージがあるのはJサポだからなのだろうか。
観客の反応だが、1つ目の手拍子に関してはみんな協力的で、ほぼ全員が同じリズムで手を叩いていた。しかし、2つ目のチャント練習になると歌ってくださいとお願いされているも声を発する人はほぼおらず、手拍子のみになっていた。これは結局入場時、試合中も同じ状態になっていた。
これはステレオタイプな見方もしれないが、日本人は何かと周りに合わせたがる性質が強いと言われることがある。今回、MCは歌っていたが観客の中からは歌い始める人がいなかった。もし、手の空いているスタッフやサクラを使ってスタンドで歌い始める人がいれば成功していたかなと考えた。
声が出るまでやるよ!みたいなことは一切なく2節ほど歌ったところで応援団は退場。全くくどくなく引き際はよく心得ているなと思った。
応援練習が終わりトイレに席を立って帰ってくる途中、クリアソン新宿の丸山代表がJ3ライセンス交付を受けたことについての挨拶があった。
ライセンスに関する議論もあって然るべきと思うが、今回は応援や雰囲気にフォーカスしていきたいので内容は端的に。ファンやパートナーへの感謝やこれからも謙虚に頑張りますといった内容だった。スタンドのファンも拍手で応えていた。
その後、クリアソンの選手がそぞろに出てきてアップを開始。選手やコーチの雰囲気としては強豪校の部活のような感じだった。選手が自らを鼓舞する声を出して盛り上げる。
このとき、ゴール裏には応援団体は誰もおらず、選手が声を出す。スタンドが拍手で応えるといった光景になっていた。アップのときにはすでに準備完了しててコールで迎えるというのはJでは当たり前の光景なのでわくわくしていたが、妙な肩透かしを食らった気分だ。
実際、今回の対戦チームのソニー仙台は選手コール、チームコールで選手たちを迎えている。(ソニー仙台はまさにTHE Jリーグという応援だったので比較対象としてとてもおもしろかった)
この後、両チームの選手紹介がありそのまま選手入場へ。特筆することなく進行した。(強いて言うならかなり丁寧にアウェイチームの選手紹介を行っていた程度)
ついに試合開始
試合直前になるといつの間にかゴール裏に10人ほどの団体が。法被の男性が前に位置取りコールリーダーのような陣を敷いている。先程の高校生は後ろに並ぶ構えだ。そこに数人加わり、一人が太鼓を持っている。基本的に応援団長がコールを決めるような形に落ち着いていたので、高校生たちは元気ある構成員としての役割が与えられていた様子だ。
ゴール裏では大旗やゲーフラは使用されず、声と手拍子が中心の応援となる。(メインスタンドの立ち見席などで小旗や小さいゲーフラは確認)
一方ソニー仙台は特大の大旗が一つなびいていて目を引いた。人数は少ないながらもウルトラスが応援を先導。その他のソニー仙台を応援する人はアウェイよりのメイン、バック、ゴール裏に散らばり、チームカラーのバルーンを使って応援していた。(ソニー仙台のブースが用意されていたのでそこで配布されたのかな?)
選手が入場し始めるとさっき練習した「ヨドバシカメラ」で選手を迎えるゴール裏。メインスタンドは手拍子で反応。
ここで素直な感想を述べるとシチュエーションと選曲が合っていないと感じた。ヨドバシカメラの明るい曲調かつ絶妙に遅いテンポが相まって、試合前の上昇する心拍数を手拍子で無理やり押さえつけている感覚になった。コール練習時より人は何倍も座っていたのに音の圧は同じ程度に感じたので入場時の「サポート」という意味では失敗だったと考える。
また、応援を「演出」とするならば、なぜ見せ場の1つになる選手入場時のオリジナルアンセムがないのであろうかと疑問が浮かんだ。Jリーグでもセレッソ大阪のようにアンセムを歌うよう促すクラブはあるし、毎試合の定番となればメインスタンドからも歌で選手を迎える一体感は創出できるのでは…というところまで考えた。
入場が終わると選手たちの記念撮影となる。選手がスタンドに向かって声を上げていた。
「今日も一緒に闘ってください!」
「5!4!3!2!1!」
「「「「クリアソン!!!」」」
カウントダウンからかなりの人が一緒に声を出していて、ここはかなりスタンドの一体感が感じられた瞬間で良かったと思う。
また、「一緒に闘ってください」という発言から、自分の中で官製応援=お行儀良い→非戦闘主義という歪んだ認知が存在していたことに気付かされた。横断幕にも「走る、闘う、声を出す」といったものがある通り、クリアソンはサッカー=闘いであると認識している。決して彼らはサッカーを単なるショーと見るのではなく勝敗のあるスポーツという特性をしっかり理解したうえで興行、施策を進めているのだ。
1つクリアソンに対する見方が変わったところで、試合開始。笛がなってからはゴール裏は中高生のあらゆる部活で大人気、新宿最強コールを繰り出す。直後、クリアソンが攻め込みネットを揺らすもオフサイド。場内は一気に盛り上がりを見せた。ゴール裏はなぜかそこでチャントを止めてしまう入らなくても会場の雰囲気持っていくために歌えばいいのにと思った。私は少しゴール裏との感覚が合わないようだ。
メインスタンドの雰囲気はというと、概ねかなり自然な状態だったように感じた。良いプレーがあればおおっとざわめき、少しパスがずれるとああというため息が出る。ちゃんと「勝負ー!」とか「打てー!」いう声が確認できたのでそこはみんな同じなんだなとほっこりした。JFLの試合ということもあり、集まるのは基本サッカー好きだと思うので、Jリーグの指定席とあまり変わらないスタンドだったように思える。
ただし、唯一違う点があったのは「スタッフがガチの声を出している」というところだ。私が座っていたメインスタンド真ん中のすぐ後ろには運営本部が置かれており、運営や配信がそこを拠点に行われており、もちろんスタッフもそこに多く配備されていた。そこから「(選手の愛称)やってやろうぜ!!」「(選手の愛称)グーーーッド!!」のようなピッチの中やJのゴール裏から出る声掛けをスタッフがやっていた。(それも複数人)
アップのときは熱の入った観客もいるもんだなと気にもしなかったが、試合中も後ろから声が出ているので気になって振り返るとスタッフが叫んでいることに驚いた。クラブスタッフもクラブで共に闘っているのはもちろん承知の上だが、観客とほぼ同じレベルの場所から盛り上げているのが新鮮だった。(Jリーグはあまり目に見えるところに中枢のスタッフはいなくて裏で熱くなっているイメージ)スタッフの声かけが周辺の観客との熱量とはかけ離れたレベルだったため、自然な反応で応援するスタンドにレベルの違う熱さの人がいる違和感が存在した。ただ、他のメインスタンドの人は気にも止めていない様子だったため、このチームの日常的な光景かなという感じだった。
試合が進む事に両チームの応援スタイルが少しずつ見え始めてきた。
まず、ソニー仙台はかなりクラシックなスタイルを取っていた。基本のチームコールと選手コール、そしていくつかのチャントを使いながら歌い続け、旗を振り、飛び跳ねていた。ソニー仙台の招待客はその応援に乗ったり乗らなかったりを繰り返しながらゆったりと観戦していた。
一方、クリアソンは先程までに出てきた3つの応援にチームコールやレッツゴー新宿コールの5つほどを基本に応援をしている。おそらく応援を先導するグループのメンバーが毎回変わるため、できるだけシンプルにしているのだろう。このまま続くのだろうかと思っていた前半20分頃に、少年サッカーチームが10人ほどメンバーに加わった。クラブスタッフが子供を呼んできたのかな?と思ってると、少し目を離した間に一人増え、また一人増えと試合が終わる頃には30人ほどの集団になっていった。子どもたちが非常に楽しそうに声を出していたのが印象的だった。
ゴール裏の声は試合が進むにつれて大きくなっていった。
その後の前半は特に決定機らしい決定機もなく、練習したCK時の手拍子は1回だけやって終了した。(そんなに点が入りそうな雰囲気にはならなかった)
後半、そして決着
ハーフタイムを挟んで、後半がスタートした。クリアソンはここでもコールなどは特になく選手を迎える。スタンドからは「後半が勝負だね」と会話する声がところどころから聞こえてきた。この試合は、クリアソン新宿にとってJ3参入のための6ポイントマッチ。絶対に勝ちたいという気持ちが、後半になってメインスタンドから声として漏れ始めていた。後半になっても大きく雰囲気は相変わらず、応援するゴール裏、思い思いに観戦するメインスタンドと熱く声を出すスタッフ、歌い続けるソニー仙台という構図は90分通して変わらなかった。
後半の飲水タイム、私はトイレに行くために少し席を立った。トイレはメインスタンドとゴール裏の角にあったため、ついでにゴール裏の雰囲気を見られたらと思ったのだ。
ゴール裏を覗くと、とても楽しそうに声を出す応援団を見ることができた。応援団長が個人個人とコミュニケーションを取り、いい声出てるね!といった言葉で私服の観客をうまく乗せていた。食い入るように試合を見るような様子や、なんとかして会場全体をクリアソンの空気にしようとムキになることは一切ない。ただ単純にゴール裏の中が楽しい空間があればよい(追加で応援として雰囲気を作れたらいいね)という感じを受けた。
応援団の内訳はクリアソンのスタッフと高校生や子どもたち、そして飛び入り参加してきた若い人で構成されている。そのため、クリアソンにおける応援という行為が楽しさの追求に寄っていくのは理解できる。だからこそ、途中から入りたいと思う人がいて、試合中に人が増えていったのだと感じる。
Jスタイルのソニー仙台は試合中に人数が大きく増減することはなく、これは他のJクラブのゴール裏も同じである。クラブカラーを身にまとって応援し続ける姿は私もかっこいいと感じるところだ。だがその一方で、外から見ていた人がその輪の中に入っていくというのは大きな勇気が必要だ。内側からの誘いがあって初めてゴール裏へ行く人も多い。
逆にクリアソンのゴール裏には最終的にチームカラーをまとった人のほうが少なくなるほどだ。若い人がほとんどではあるがその中で多様性があるゴール裏ができあがっていた。
そして、トイレから席に戻る途中にはクリアソン側のメインスタンドの様子も確認できた。ここでも少し驚いたが、間近で反応を見たことでわかったが、試合に対する入れ込み方はメインスタンドのほうが圧倒的に多いのだ。ユニフォームを着用している率や試合から一時たりとも目をはなさない人の多さはメインスタンドが一番だ。いわゆる古参ファンやコアファンの層は基本的にメインスタンドに集まっている。
そして、その人達はゴール裏のアクションに対して最低限の反応しか示さない。まるで、あまり興味のないイベントに横目をやる程度の関心しか示さず、常にサッカーに集中している。歌ったり、コールしたりはほとんどしないが「いけー!」といったような声を上げる。純粋に「サッカー」を見に来ている、楽しんでいる客が多く、そして思い思いの応援をする。先ほど感じた「自然な観戦状態」が生まれていた。
自席に戻り、試合は終盤戦に突入した。終盤はクリアソンがペースを握り攻め込む展開もなかなか決めきれず、アディショナルタイムに突入。するとソニー仙台が最後のギアを入れる。強烈なシュートを打つも、クリアソンのキーパーがビッグセーブ。0−0で終わるかと思われた矢先、ソニー仙台がラストチャンスで果敢に攻め込み、左のサイドネットにシュートを沈めて終戦。劇的、いやクリアソンからすれば悲劇的な幕切れとなった。
試合終了
私もこのスペクタクルな展開に、最後は試合に釘付けになってしまって会場の空気に飲まれていたと思う。そのため、会場の様子をしっかり把握できていた訳では無いが、クリアソン呆然、ソニー仙台狂喜乱舞とはっきり分かれていた。
ここまで大きなまとまりを見せることのなかったソニー仙台の観客は総立ちになりこの日一番のソニー仙台コール。大きな一体感を感じながら満面の笑顔で終了の笛を迎えることなった。特に、90分間闘い続けたゴール裏のサポーター達が得たカタルシスこそ、私がスタジアムで感じる幸福の典型的な形だった。
一方クリアソンファンは、この幕切れに一部呆れのような表情をする人もいたが、怒りを覚える人は全くいなかった。(ゴール裏はもちろん)選手に健闘を称えて前向きな言葉を投げかける人が多く見られた。選手はメインスタンドのファンの前に整列し、挨拶を述べた。絶対に負けることのできない試合だった、負けてしまい申し訳ない、諦めないのでこれからもよろしくお願いします、といった内容だった。ファンはこれを暖かく、もしくは熱く受け入れてこの試合が終了した。
挨拶が終わり、私は周りの人がどのような会話や表情で帰るのかを観察することにした。周りのクリアソンファンは負けて悔しいねと語り合っている。クラブとファンの間で感情の共有がちゃんとできていたように思える。
ただし、その表情は明るい人が多かった。Jリーグでは天王山で負けたクラブのサポーターが虚脱している様子がDAZNの中継で流れたりするが、そのような感じではなく、表面上はかなりフランクな印象を受けた。
また、周りには常連に誘われて来ていたらしき若いグループがあり、その人達も悔しい、そして「また来たい」と話していた。Jクラブが必死に招待券を配り、あの手この手でリピーターを増やそうとしている中、負け試合で無得点だったにも関わらず、ファン予備軍を獲得する光景を見て言葉を失ってしまった。
試合を受けてまず考えたこと
私はクリアソン新宿は確かにこれまで感じたことのない、もはや異世界のクラブと考えざるを得ないと考えた。自軍にブーイングをしない川崎フロンターレや地方のやけにアウェイサポに温かいクラブとは次元が違う、別物として考えたほうが良いと思った。
そう感じる理由の一番は、試合終了時に私がまず一番に感じたことが「今日は良いサッカーを見られた」だったことにある。この感想をメモしたとき本当に背筋がゾクッとした。今日は応援や雰囲気がなんぼのもんじゃいといった少しうがった見方からスタジアムに入った。試合中もはじめこそ雰囲気や応援の様子などを気にしていたが、次第にメインスタンドの他の観客と同様に両チームのチャンスに思わず声を挙げるほどサッカーに熱中してしまっていた。
これは周りの観客も同じだったのではないかと考える。クリアソンファンは悔しい気持ちが混じっているだろうが、それは試合に負けて悔しいといった純粋な気持ちだったのではないだろうか。だから、負けても笑顔でいられたし、また来たいと思えたのではないかと。
スポーツ興行においては勝敗によって左右されない興行を目指すことが重要とされている。そのため、試合以外の要素を拡充してイベントやアーティストを誘致し観客をサッカー以外で満足させようとするクラブがたくさんある。また、応援の一体感を作り出してまた体験したいと思わせるクラブもたくさんある。
クリアソンも当然勝敗に左右されない興行を目指している。ただし、そのアプローチがJクラブとは全く違いサッカーでこれを達成しようとしているのだ。応援手法を工夫し、ストレスを感じさせない環境を用意する。そして整備された環境の中で観客は各々好きなように応援し、選手と感情を共有。純粋に観客各々がノンストレスで楽しむからこそ残るのはサッカーの感想だけだ。
選手たちは言わずもがな毎試合必死に闘うわけで、試合の感想は最低でも無。マイナスになることはほぼないのだ。だから、負けても純粋な悔しい気持ちだけが残り、それが原動力になってリピートしてしまう。そんな構造だ。
このようなクラブが大都市新宿に存在する。これはもしかしたら、もしかするとと思ってしまった。
クリアソンの官製応援について感想・考察と未来予想
クリアソンの目指すスタンド
まずは今のスタンドの状況をもう一度軽くまとめておく。基本的にコアファン層はメインスタンドのクリアソン側に位置取り、各々ルールの中で自由に観戦している。ゴール裏にはクラブスタッフが先導する応援団が配置され、人が出入りしながらコールを先導する。
今回受け取ることができなかったが、「応援のすすめ」なるものが存在し、このような声掛けを推奨している。実際にスタンドからはブーイングやマイナスな声は本当に一切確認できなかった。
スタンドから罵声や野次といった不快となる要素は徹底的に排除された結果、自然と意識が試合の方に集中する。その結果私は試合が終わったときに出てきた感想が「良いサッカーが見られた」という純粋なものになったのだと考えている。
例えば、クリアソンは負けたときの悔しさを共有することを全く否定していない。むしろ感情の共有として大事な要素として捉えている。しかし、そこに審判が悪かった、相手が憎いだとかそういう感情はファンに表出させない。そんな環境が悔しさといったマイナスの感情でも「頑張ったのに負けて悔しい」という風に自然と考えてしまう環境を作っている。
だからこそ、マイナスな感情が生まれてもそれをプラスなまた来たい、一緒に勝ちたい、という感情に反転させる事ができるのではないかと感じた。
サッカー純度が極めて高いサッカー観戦ができる環境。それが今回クリアソンを見に行って抱いた環境に対する感想だ。
もっとも、そのスタイルが面白いと思うかどうかは人それぞれだ。現に多くのクリアソンファンが笑顔で帰っていく中で、一人だけユニフォームを着たファンが腕を組み、険しい顔でピッチの選手たちを見つめていた。その方は天王山で劇的な敗北を受けてどう感じたのだろうか、本当は選手たちに何を伝えたかったのだろうか。その人がこの日、私の中でもっとも印象に残ったファンだった。
そして考えてみたいことが2つある。1つはJリーグに上がって集客数が伸びたときにこの環境を維持できるのかということ、もう1つは他のクラブからの敵意を浴びたときにファンが今のルールを遵守できるのかということだ。
これからクリアソンは国立開催の頻度を上げて行くことが予想される。そうなると当然キャパは数倍に跳ね上がり、入場者は数十倍となる。となればコア層ではない、これまで見に来ていなかったライト層が多く流入してくることになる。ではそのときにその一見さんに対してどのようにクリアソンの観戦ルールを守ってもらうかを考えなくてはならない。ここで難しいのは、これらがお願いベースのものではないこと、そして1人でも違反者が出てしまえばこのルールはただの足かせとなることだ。
1件この事案が発生してしまった時点で、即刻違反者を退場させるなどしても、その周辺の座席の人は大なり小なりサッカーとは関係ない不快な感情を生んでしまうこととなる。そして、違反が続出したことでルールが形骸化されるようなことがあれば、今日私が感じた純度の高いサッカーはなくなり、他のJクラブと何ら変わりのない存在になってしまう。(だからこそ、官製応援に踏み切ることになったと考察)もっと言えば、厳しいローカルルールのあるクラブとして認識されてしまうことまでも考えられる。
もう1つは、外的要因つまり他のクラブから敵意を向けられたときにファンはこのルールを遵守できるのかということだ。新宿という土地柄、すでにJリーグに所属するFC東京、東京ヴェルディ、そして小田急線の終着駅として重要視している町田ゼルビアとの対立構造ができることは想像に難くない。また、今回ライセンスが特例に認められたことから過去にライセンス関連で苦渋を舐めてきたクラブからも反感をもたれやすいだろう。
これまでJFLで受けてきた何倍もの敵意を試合内外から受けたときでも、クラブそしてファンはクリアソンの環境、観戦体験を保つためにはこれをいなし続けないといけないのだ。そしてこれは少し耐えればすぎる話ではない。Jリーグでは各クラブ同士、毎年因縁を作り続けている。街同士の対立や試合内外からSNSに至るまであらゆるところでだ。そして積み重なった因縁が一試合一試合に意味を持たせていく。
そういった競技としてのサッカー以外のところから湧いてくる観客の感情をどうコントロールして観戦価値を守るのか。こればかりはJに上がらなければわからないことだが、いざあがってきたときにはどうなっているかまた確認しに行きたい。
官製応援
次は、一番興味のあった官製応援について。まず感想としては「サポート、闘うという面で見ればかなりひどい。ただしクラブの目指す環境づくりとしては役割を十分に果たしている」という感じだ。
私のような根っからのJサポは熱量や、選曲などで会場を巻き込めているか、そして選手の闘う力になるかという面で評価してしまう。そのような評価基準で見れば褒めるところはあまりない、というのが私の評価だ。
入場時の選曲は失敗だと感じたし、チャンスがあった後に何故か盛り上がっていたチャントを止めてしまうなど空気を自ら断ってしまうなど流れを生み出せない。また、CK時に行った手拍子は会場全体で行っているものの、少数のピンチのはずのソニー仙台コールのほうが響いていた。唯一褒めるところを見出すなら、高校生と子どもたちが頑張っていたなということくらいだ。
しかし、クラブがゴール裏に求める役割という観点からだととても重要な役割を果たしていと言える。前述した通りクリアソンはクラブのルール内において自由で多様な応援を求めている。それとはつまり、メインスタンドにいるコアファンの声やスタッフからの熱い激なのだ。
そう考えると、クリアソンのゴール裏に対して求めるものが段々と見えてきた気がした。まず、クリアソンのゴール裏に求められることは「人を不快にさせない」これを徹底することにある。私は先程、コア層がサッカーを真剣に見て、個人が思い思いの応援をする多様性を尊重することでサッカーを見せている、とを述べたが、その大前提に不快にならない応援をすることが必須なのである。一緒に歌おうぜと強制することはない。使うコールもシンプルにして印象を抱かせない。子供や高校生の頑張る姿で好ましいものに見せる。私はそのような意図があるように勘ぐった。
それでは応援団体の存在理由はないのではないかと思うが、全くそのようなことはない。応援する人を不快にさせないためには応援団が必要なのだ。
例えばウルトラス文化を持たず、自然発生的にチャントが起こるイングランドを参考にしたスタンドを作ろうとする。そうすれば自然で多様性のある応援は実現できるし、一体感も作り出せる。
だが、チャントの発生を本当に野放しに認めていれば必ず誰かが不快に思うチャントを始めてしまう。1件起こってしまっただけでこの試合の感想はサッカーに対するものではなく諍いや不快さを含んだものとなってしまい、クリアソンが目指す環境、提供価値は達成されない。
そのため、官製応援の導入はクリアソンにとって自由でストレスのない観戦環境を実現するために決断した消極的なものだったのではないかと考える。そのため、官製応援のクオリティや迫力を追求し、一体感を出そうとする姿勢はあまり見られなかったのだろう。官製応援を本気で推し進めるなら、熱く叫ぶスタッフが全力でヨドバシカメラを歌いそうなものだが、その人達はスタッフの誰一人歌やコールに乗っていなかった。
官製応援をしたい訳では無い、でもなければ望むスタンドが整備されない。それが私のクリアソン官製応援の初見感想である。
今回の経験と未来予想
今回、今のクリアソンの試合を見に行けて本当に良かったと考えている。クリアソンの試合は興味深い、といい体験ができた、の半々の意味で面白いものだった。観戦環境を生みだす手法に対してもちろん思うところはあるものの、その効果で得られる観戦体験は純度の高いサッカーという競技を見た事によるまっすぐな感情だった。
浦和サポーターの私としては、今年も様々な因縁渦巻くシーズンだっただけに際立って異文化に見えてしまったこともあるのだろうが、クリアソンは本当にこれまでにない未知のクラブだった。JFLの舞台にいるからこそ、理念が色濃く出た運営ができていたのかもれない。
今年は天王山に負けてしまったが、可能性は昇格のまだ残っているし、今年昇格できなかったとしても、運営や試合の雰囲気から見るにいずれJ3に上がってくるクラブの自力はすでにある。
彼らがJリーグにあがってきたとき、クリアソン式運営がJリーグを席巻するのか、それとも朱に交わって赤となるのかは誰も予想がつかない(Jリーグがこのスタイルを推奨してくるなら話は別だが)。
Jリーグ30周年、異世界のクラブが新宿に現れた。