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【ヤマト2202創作小説】新訳・土星沖海戦 第6話

<天の川銀河外縁部>

 目眩くばかりの星々の輝き。無数の星雲や恒星が集まることによって構成されているこの円盤状の天体を、次元の狭間から覗く目がある。潜望鏡は波打つ次元境界面から姿を現すと、人間の眼球のような動きでレンズを動かし、通常空間の様子を偵察する。

あぁ?カメムシ共の艦(ふね)なんざ居ねぇじゃねぇか。

 司令室の潜望鏡から覗いた男ーゴル・ハイニーは、外の様子に落胆し、歪めた口から舌打ちの音を鳴らす。右の額にある縫い傷を触り、与えられた情報と現実の齟齬、そして戦闘が出来ない事への不満を垂れる。

麗しのバレラスから遙々たどり着いた果てがこれかぁ?親父の慧眼も衰えたもんだ。

口を慎め、ハイニ。

 入室したヴォルフ・フラーケンは、荒れる副長ハイニを諫める。彼が艦長を務める艦UX-01は「次元潜航艦」と呼称される。通常空間と異次元空間の往来、一定時間の次元潜航行を可能にした、ガミラス科学の結晶とも言える特殊戦闘艦艇であった。

各艦、潜望鏡深度まで浮上。周囲のソノブイよりデータを回収せよ。

 落ち着いた声ではあるが、無精髪から見つめる目は厳しい。消化不良のハイニは「煮え切らねぇな」とぼやき、頭を掻く。

 フラーケンの号令に合わせて、異次元の海より3隻の”狼”が浮上する。かつては総統直轄の特務艦としてUX-01のみが就役し、偵察、工作員の潜入、亜空間戦闘などで戦場を暗躍していたが、時の軍需国防大臣ヴェルテ・タランと兵器開発局の独断で同型艦の建造計画は進んでいた。デスラー政権崩壊の直後、UX-01は航宙艦隊総司令官ガル・ディッツ提督(フラーケンたちは"親父"と呼んでいる)の指揮下に入り、召還命令を無視したデスラー派軍人の暗殺を担当していた。現在は就役したUX-02、03、04と「次元潜行打撃群」を編成し、その指揮艦として亜空間航海の訓練を兼ねて太陽系に派遣されている。

 フラーケンは無線マイクを取り、同行するUX-02(コールサイン:ウィペット)と交信する。

ウィペット、データ回収は終わったか。

ーこちらウィペット。回収完了。解析が終了次第、データをトレースする。

 期せずして回収されたソノブイの映像が共有される。イスカンダルへ向かうヤマトを監視するために設置されたソノブイが、今度は地球防衛のために活用されることに奇妙な感情を覚えつつ、フラーケンとハイニは、記録された映像を確認する。

 3日前のレンズの先には、当該宙域に屯する50隻以上のガトランティス艦。ラスコー級、ククルカン級が続々とワープインするなか、最後に4隻の大型艦が映る。双発のメインエンジン、ガトランティス艦艇には珍しい5門の有砲身大砲塔、クワガタのように裂けた艦首。そして、艦底部に外付けされた巨大砲。あまりにも特徴的なその外見は、二人に疑う余地を与えなかった。

コイツぁ・・・産廃の在庫処分にしちゃあ、物騒なモノですぜ。

 映像を止め、画面を拡大するハイニの発言は(フラーケンから見れば)冴えていた。惑星シャンブロウでの遭遇戦以降、「火力転送型」と区別されたこの戦艦は量産配備され、地球・ガミラスの各方面で猛威を振るっていた。
 ただ、いずれの艦にもガトランティスの国章だけが艦首にマーキングされているだけで、艦載機や光子魚雷噴進機といった細部の武装がオミットされていた。その運用もシャンブロウ近海で遭遇した艦とは大きく異なっていた為、戦術的利用を主眼としたモンキーモデルと認知され、「ガミラス臣民の盾」をはじめとした対策が講じられてきた。

 だが、二人の視線の先に映る1隻の戦艦には、他の同型艦3隻と異なり、武装のオミットが確認できなかった。ガトランティス語が書かれた艦名と思しき文字列が船体中央部側面にマーキングされ、この戦艦が量産艦とは異なる運用がされることは、容易に想像できる。

予定通りの航路で行く。潜行開始、方位075。

大使への報告はよろしいのですかい?

我が軍のスマルヒが、ゼダン近海で”例の砲”の発射反応を捕らえたそうだ。大使にも、テロンの司令部にも既に伝わっているだろう。

 ”例の砲”、ガトランティスに囚われたガミラス科学技術者たちによって製造された火焰直撃砲であることは言うまでもない。臣民の盾がなくとも、波動防壁や約73%の確率で砲撃を予測できる回避プログラムが地球側にあることから、フラーケンとしては然程気にするものではなかった。寧ろ、同盟関係にありながら、ガミラス艦隊を後方に待機させた地球首脳部、そして波動砲艦隊の戦法にひどく興味を抱いていた。

全艦潜行ォォォォ!さっさと沈ませやがれポンコツ共!

いつも通りの荒い口調で指示を出すハイニ。UX-01が率いる群狼は、ダークマターが支配する通常空間から、木賊色に染まる次元断層の深海へ波を立てて、その身を沈める。現在位置を示す電子海図には、ゾル星系(ガミラス語で太陽系)への航路が灯る。

スターシャ猊下の意に背いてまで得た力、どうコントロールする。
お手並みを拝見しようではないか、テロン人よ。


西暦2203年5月8日 0時53分
<地球・防衛総省A棟 統括司令部>

連合艦隊、土星宙域にワープアウト。続けて、航空隊の展開確認。

3軌群、撤退を開始。艦隊損耗率50%。地球への帰還を求めています。

 三面に渡る大スクリーンに映し出された、アンドロメダ級率いる連合艦隊。刻々と変化する状勢はオペレーターたちに休む間を与えず、枯れゆく声と気力に反して足音とタイピングだけは、その音を大きくしていく。

帰還を許可する。火星軌道の守備隊から迎えを出してやれ。

 声色を変えず指示する芹沢に、オペレーターたちは気味悪がった。戦場において、部隊の半数が喪失する事態は、敗北を意味する。加えて、波動砲と波動防壁が通常装備となった部隊が(守備隊規模とはいえ)半数に減らされたという事実は、内勤のオペレーターたちが密かに抱いていた”波動砲艦隊神話”を瓦解するに足りる衝撃であり、その創造主たる芹沢は(昨年の首都戦艦落としのように)さぞかし動転しているだろうと、誰もがそう考えていた。

 オペレーターたちと同じく、淡泊な表情を崩さない芹沢を訝しむ藤堂の背後から、声が届く。

大統領、入られます

 振り向くと、SS(シークレット・サービス)が先に入室し通路の両脇を固める。そして、照明の影からも分かる白いスーツとコチニールレッドのネクタイを纏った男が入室すると、挙手の礼で迎える幕僚や職員に「ご苦労さま」と言いながら、藤堂と芹沢のもとに近づく。席から立ち上がって、藤堂はお辞儀で、芹沢は挙手の礼で、地球連邦初代大統領ノーラン・J・ハリスを出迎える。

夜分遅く、ありがとうございます。

なに、最高司令官として当然だよ。ミスター藤堂。

 感謝の辞を述べる藤堂に軽く挨拶を済ませ、挙手の礼で出迎える芹沢には手を差し出して握手をする。次いで三面の大スクリーンに映る土星沖の電子海図に見入り、戦況と両軍の艦隊規模に唸る。

今のところ、S作戦のシナリオ通りだね。いや、君のシナリオ通りと言った方が正しいかな、ミスター芹沢。

 電子タバコを懐から取り出しながら、ハリスは芹沢に語りかける。ボックス型のVAPEからは多量の水蒸気と吐き出され、汗と緊張に支配される司令室に、甘いフルーツのフレーバーが漂う。

AIの判断を尊重した結果に過ぎません。使えるモノは最大限使う、未知の敵に立ち向かうためは不可欠かと。

なるほど、実に合理的だ。

 淡々と応える芹沢に返答するハリス。口から水蒸気を含んだ息を吐き、オペレーターに現地の映像を出すように指示する。画面の切り替わり、絶え間ない死の光で満たされた土星沖が映し出される。

 先の前哨戦で3軌群を襲撃したイーターⅠの残存艦が突撃を敢行し、連合艦隊はパルスレーザーや三式弾で対空戦闘を行う。数隻がその餌食となったものの、200隻近い艦艇の綿密な弾幕の前に撃破される。

 絶え間ない光。死を告げる非情な光芒。将官から一兵卒まで隈無く失うこの地獄でさえ、軍人でありリアリストの芹沢に言わせれば「最大限使えるモノ」という感覚でしかないのだろう。

第十一番惑星の惨劇。我々はあの日から悪夢に魘されている。また滅亡の淵に立たされるかも知れない。現実に絶望し、自ら命を絶つ者に目を向けることなく、ただ迫る恐怖に対して、我々は打ち勝つことだけを考えてきた。

 語るハリスの横で、藤堂は俯くしかなかった。現実に否定される恐怖は、ガミラス大戦時に妻・千晶の死という形で経験済みであった。それ故に娘が離れたことも・・・

だが、今が全てではない。ガトランティスが我々の力を認めたとき、和平への活路が見いだせると私は信じている。私の進退、いや命に代えてでも、この悪夢から人類を目覚めさせるつもりだ。

だから、今は心を鬼にして・・・

 平和は降って湧くものではない。だからこそ、その犠牲は最小限にするべきである。ハリスの意を汲み取った藤堂は、少し安堵した。深く溜め息を吐き、「やれやれ」と抜けたように呟くハリスは、表情を和らげて藤堂に語る。

”舵取り”が難しいのは、船乗りも政治家も変わらないものだね。

 

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