【ヤマト2202創作小説】 新訳・土星沖海戦 第1話
<地球・防衛総省 地下2階大会議室>
ここ数週間、ガトランティスの動きが活発になっております。
楕円形の机を正面に、芹沢は壇上で語り出す。統括司令長官 藤堂平九郎は無論のこと、副大統領 ミア・ヘンドリクソン、大統領上級顧問 カール・デメジエールを筆頭に、政権閣僚の殆どと関係各省庁の職員が出席している。対面には統合幕僚監部幕僚長や空間防衛総隊司令長官、さらにはオブザーバーとして地球およびガミラスの軍需産業企業の役員が列席している。
冥王星、EKBO(エッジワース・カイパーベルト)、海王星。外縁部各所に出現しては、我が軍の守備隊と交戦。一時撤退を繰り返しております。
見事に文民と制服組が分断されたこの空間は、芹沢にとっては好都合であった。正面の大モニターだけでなく、各出席者に配布されるタブレットにも情報が共有されているため、(少なくとも専門的ではない)軍事の素人たる文民閣僚の不安を視覚的にかき立てやすい。また、そうした空気を作ることを予め制服組には根回ししてある。仮に閣僚や職員の誰かが反抗的な言動を見せたら睨むようにも言っている。しかし、この時点ではオブザーバーたちが小声で言葉を交わす程度で、藤堂とミア、国務長官を除く閣僚はどこか対岸の火事のような面持ちであった。
これは、明らかに全面侵攻の予兆です。
第十一番惑星事変のデータと比較しても、敵の戦術に変わりはありません。加えて、同惑星軌道上で漂流中のガトランティス艦の数から、敵の推定戦力は・・・
一個艦隊につき”最低”1万隻。オブザーバーの微かに絞り出した呟きによっって、ようやく会議室全体がどよめく。「全面侵攻の予兆」という発言である程度ざわめきはあったが、あまりに常識外れの数字に反応せざるを得なかったのである。
大艦隊を使い捨てる国力、それを行える政治的指導力。想像し難いことですが・・・
ミアの反応は真っ当であった。かつてガミラス総軍が集ったといわれるバラン星観艦式で1万隻。それをガトランティスは一個艦隊規模で扱い、いざとなれば自滅覚悟の攻撃を平然と行うという。如何に文明化されていない社会であっても、盲目に死を選ぶはずはない。しかし芹沢は、心中お察ししますと共感した上で、冷徹に語る。
ですが、これが現実でもあります。
質・量ともに高水準の戦力を揃えたガトランティスは、確実に地球を目指して前進しております。
なんということだ。蛮族がそこまでの力を・・・。大モニターに映る第十一番惑星の惨状を背景に、ざわめきが飛び交う。その時、男だらけの圧迫された空間の中にいる数少ない女性官僚の1人が、にらみを利かす制服組に臆せず持論を展開する。
事情はよく分かりました。
しかし、こうした時こそ、外交による平和的解決を進めるべきです。
悠然と語る彼女こそ、地球の労働・保健衛生政策を担う厚労長官。旧国連政治・平和構築局事務次長を父にもつ、閣内随一のリベラル官僚である。
有史以来、人類が戦争という行為を執り続けた最大の理由は「力の誇示」です。富国強兵に勤しみ、相手に負けじと見栄を張った結果、必要のない衝突を繰り返してきた。そこで失われる人命とわずかな平和を考えれば、例えそれが恥辱的な決断であったとしても、こちらから武装解除し交渉の道筋をー
お戯れを。
机上の空論に付き合うつもりはありません。
国務長官の横やりに、厚労長官はムッとした。議会でも激しい論争をする彼女についたあだ名は「話す猛犬」「瞬間湯沸かし器」。故に、理性と議会的慣習を重んじる閣僚の間では少し浮いた存在となり、特に国務長官とはそりが合わない。
あら、職務放棄ですか?ならサッサと辞任しなさい。星間外交を諦めるなんて、笑い話にもなりませんよ。
実現可能性が乏しい提案には付き合いきれない、と言ったまでです。破壊と殺戮を好む相手が、素直に交渉の席に座るとお考えで?
そうだ、と何処からかヤジが聞こえた。彼女は更にムッとして吠える。
そうした思い込みが事態を悪化させるのは、歴史の常です。あなたのような思考停止の惰性的な人間が国務長官になるから ・・・
おやめなさい
加熱する厚労長官を、ミアは鋭い口調でたしなめる。
いまは互いを貶め合う時じゃないわ。落ち着きなさい。
党内外の年長政治家に物言う姿勢は、一部の急進的な有権者から熱狂的な支持を確かに取り入れたが、世間全般の評判は芳しくない。今日のミアは、政権に初入閣した彼女を如何に制御するかに腐心していた。
わかっています先ぱ・・・副大統領閣下。
では我々から特使を派遣して、友好関係を築くことを前提とした条約をー
分かっていないな、君は。
またしても自説を遮られ、憤慨する猛犬をミアは必死に諫める。それを横目に、カールは冷静に語る。
十一番惑星の悲劇からまだ半年と経っていない。謝罪の申し出があるならまだしも、こうして小競り合いを仕掛けている国家相手に友好条約を結ぶことに、国民の理解を得るのは困難です。大統領の支持率にも大きく影響するでしょうし ・・・
支持率が生命に勝るというのですか!
そういう事ではない、と言い返す間をショートヘアの猛犬は与えなかった。ついに立ち上がって、いつものパターンに突入する。
とにかく対話です!対話を閉ざしては、より事態を悪化させるだけよ!!なんで分からないのよ、このボンクラども!勉強して出直してこい!!
…自分の理想ばっか押しつけて何が対話だ。親の七光りが。
湯沸かし状態の彼女は地獄耳だった。30デシベルに満たないの小言を聞き取り、煮えくりかえった表情で声の主を探した。真っ先に見つかった国務長官は、首を大きく横に振って否定した。
瞬間、バン!という破裂音が会場に響いた。静寂と秩序が取り戻され、代わりに演説台を叩いた芹沢に視線が集まる。
出席者各位に申し上げます!
ガトランティスの脅威は、確実に地球に近づきつつあります。悠長に会議をしている場合ではないということを自覚して頂きたい!
力の入った目元にシワが集まり、さながら猛獣が草食動物を狙うような雰囲気に、各人は圧倒された。長く現場を離れたとはいえ、言葉1つの強さと発する威圧感は武人そのものであった。
しかし、彼女は怯むことなく芹沢を非難する。
さすがね、芹沢副司令。ムラサメにもそんな感じで命令したのかしら?
厚労長官!
人目を気にせずミアは叱るが、彼女は止まらない。
ご自分の説明責任を果たしてから言って欲しいものね。ま、言語表現が長けていれば、戦争屋なんてしていないでしょうけど。
制服組たちが立ち上がろうとしたとき、藤堂が止めに入ろうとした。だが、芹沢が先んじてそれを制した。制止する手は明らかに震え、唇を僅かに噛み締めている。
苛立っている。しかし同時に、ここで理性を失えば収集がつかなくなることを理解している。大きく息を吸い、精神を整え、再び彼女に視線を合わせる。
・・・分かりました。では、その目で確かめていただきましょう。ガトランティスの最新情報です。
芹沢の発言に合わせて、正面の大モニターから溢れんばかりの天体が投影される。ダークマターが偏在する宇宙で輝く白銀の瀑布は、青白い光を周囲に纏いながら前進している。クエーサーやパルサーという次元ではない。天文学的には存在し得ない大彗星が、遙か彼方から地球に近づきつつあるのだ。
さすがの厚労長官も、唖然とするほかなかった。無論、他の閣僚にしても、初出しの情報に動揺を隠せてはいない。しかし、彼女は白色彗星を見て動物的本能で悟ったのであろう。これまでの対話重視の解決策は、この化け物には通用しないと。
半径7万キロ以上、直径にして約15万キロの大彗星。この内部に、ガトランティスの拠点があると考えられます。
狼狽する閣僚やオブザーバーを気にとめず、大モニターは更に衝撃的な映像を映す。白色彗星が加速し、独特なワームホールを展開して消え去った。これは既存の波動機関艦艇と同じく、彗星がワープ航法によって空間を跳躍していることを意味する。
フェイクよ!
厚労長官が叫ぶ。迫り来る現実に抗うように、芹沢を指さしながら叫ぶ。
戦争屋どものフェイクに決まってる!武力行使を正当化したいが為に我々を惑わす気で ・・・
フェイクではありません!!
予想外の人物からの反論に彼女はギョッとした。丸眼鏡でぶっきらぼうなヘアスタイルの科学庁職員が、果敢にも湯沸かし状態の彼女に噛みついたのだ。手元のタブレットを操り、大モニターと出席者の端末にデータを共有する。
我々はこれまで、巨大な重力震動を5回観測しました。重力震動は、波動機関やゲシュ=タム機関による超光速航法、つまり物体がワームホールを介して空間を出入りする際に、顕著に現れます。ご覧ください。数値こそ大きく異なりますが、発生した波形は既存艦艇の重力波と酷似しています。
この男は、制服組のように芹沢の指示を受けていない。ただ事実に基づくデータを披露しているに過ぎないのだが、それだけに理想主義に傾倒しがちな厚労長官には追い打ちとなり、芹沢には予想以上の援護射撃となったのである。
白色彗星の現在位置を教えて欲しい
この会議を通じて、藤堂が初めて声帯を震わせた。要望に応じて、職員は宇宙海図にスライドする。
観測した宙域をつなぎ合わせたものです。5回目の時点で天の川銀河外縁部に到達したと考えられます。そして本日、6回目の重力震動を観測しました。
重力震動を示す赤い点によって宇宙海図に横たわる白線。そこに新たな点が示される事で結ばれ、白線は天の川銀河の一画にまで伸びている。
今回観測した宙域は天の川銀河内部、太陽系より8.6光年。恐らく恒星シリウスの近海にワープアウトしたと思われます。
正確な座標はまだ割り出せていませんが、という付言は霧散して響かない。超光速航法が軍事的に標準化されてた今となっては、8.6光年という距離に長大さを感じられない。まして木星サイズの彗星を操り、軍民問わず残虐な攻撃をする国家が相手となれば尚更である。閣僚たちは芹沢の焦燥感をようやく理解し、同時に次に発する言葉を失った。
ガトランティスのメンタリティは、我々とは根本が異なります。「交渉」という概念は存在せず、「征服」や「支配」すら生温いと考える。目的のためなら手段を選ばない、まさに"蛮族”です。
沈黙と絶望が重くのしかかる大会議室の空気の中、芹沢は淡々と語る。威厳と冷静さを保つ彼の姿とは反対に、数分前の勢いが吹き飛び、生気を失いかけている厚労長官が弱々しくに問う。
じゃあ、彼等が地球を目指す目的は・・・
自分の信じる価値観や理想が現実を前に否定され、淘汰される。人間にとって、これほど残酷な話はないだろう。この点については、芹沢も厚労長官に同情した。しかし、時代の被害者となってしまった彼女に思いを寄せるとこはせず、厳しく残酷な推測を告げた。
地球人類の抹殺
悪寒が出席者を襲う。もはや地球に残された選択は、「座して死を待つ」か「相手を滅ぼすまで戦う」しかないのか。仮に後者を選んだ場合、本当に勝てるのか。交渉というストッパーを欠いた戦争は、下り坂の転がる球体のように殺し合いのエスカレーションを起こすだけではないか。
戦闘は避けられません。時間断層工廠をフル稼働しておりますが、未だ十分な数とは申せません。長期戦に備え、人工知能を活用した新たな艦艇の研究を進めてゆく必要があります。
鬱屈した空気のなかで、机上のタブレットは芹沢の主張に合わせて、健気に新しい資料を提示している。『第二次防衛計画の見直しについて』と題された資料には、既存艦艇の武装強化案や試作/非戦闘艦艇の戦線投入案、そして人工知能による艦隊運用の研究報告書が載せられている。
さらなる増強のために、官民一丸となった協力体制が不可欠です。
未だ不安な心境を隠しきれない閣僚たちとは対照的に、不退転を覚悟する制服組とオブザーバーたち。話し合うミアとカールの横で、藤堂は目を閉じる。
そして、内外の批判に曝され続けた波動砲艦隊。その真価が問われるときです。
大モニターに映るアンドロメダ級とドレッドノート級。月面軌道上で演習を行う波動砲艦を見る閣僚たちの目は、暗闇の中に現れた一筋の光を追いかけるような、救いを縋るような様子であった。
前大戦で、我々は滅亡の淵に立たされました。あのような惨めな思いは二度と・・・
西暦2203年5月1日14時51分。
ガトランティスとの平和的交渉の断念と有事体制への移行が、全会一致で承認された。
第2話へ続く
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