【ヤマト2202創作小説】 新訳・土星沖海戦 第2話
ー採決の結果、当委員会は波動艦隊構想を賛成多数で承認します
ー土方さん、許してくれ。俺なりに考えた選択なんだ。
ーお前たちは中央(ここ)に残れ。俺にできなかった事も、お前たちなら出来るはずだ。頼んだぞ、山南。
ー待ってくれ、土方さん!
西暦2203年5月7日 月面方面軍アリスタルコス基地
艦隊標準時間 17:00
ー第1分隊は兵装点検終了後、中央作戦室へ集合。繰り返す、第1分隊は兵装点検終了後、中央作戦室へ集合。今後の整備および作戦行動のブリーフィングを行う。
艦長室に響く放送で、山南修は目を覚ました。アイマスク代わりに被せていた古本がページを開いた状態で床に落ちていることに気付き、体を傾けながら拾い上げる。角が若干捲れているその古本は、どれも250年以上前の作品を扱った詩集であった。
いつまでも忘れさせてくれないとは、神様は親切だな。
陶器のティーカップに指を掛け、紅茶に映る姿を見てポツリとこぼした。軍人としてショートスリープには慣れていたつもりでいたが、年齢と激務に次ぐ激務で目元の隈は憎いほど濃くなっている。眠気からくる散漫とした意識の中、冷え切った紅茶を口に運び、食べかけのラスクに目を向けたその時、艦橋からの内線電話が鳴った。瞬時に意識を覚醒させた山南は、呼び出す受話器に手を伸ばした。
ブリッジより艦長室、伊口です。秘匿回線から入電です。
わかった。こちらに繋いでくれ
副長・伊口からの話に、山南の気は重くなった。ここ数日、司令部から戦闘訓練の経過報告を口頭で行うように命じられていた。これは他の艦隊指揮官にも講じられていたことであったが、山南にとって大いなる不満とストレス軽減のチョコレートの摂取を加速させているのは、決まって報告相手が副司令長官の芹沢に割り当てられることにあった。年齢や軍歴の差というよりは、国連軍時代から知る芹沢の尊大で野心的な言動(と山南には見えていた)に嫌気を感じながら、一方でリアリズムに徹する彼に油断すると引き寄せられ、肯定的に理解してしまうというある種の同族嫌悪から発する不満であり、山南は何かと理由を取り繕ってモニターのカメラを切り、音声のみで手短に報告を済ませるようにしていた。
左手の持ったままの受話器を置き、いつものようにカメラの設定を切り替えようとした刹那、不意に違和感を覚えた。司令部からの入電であれば、発信元がデバイスに表示され、その旨が山南に伝えられるはずである。しかし、先刻の話では「秘匿回線」からの入電であると副長は語った。基地司令や艦隊旗艦の艦長に与えられる特権的な通信手段を用いて呼びかけられているということに気付いた山南は、カメラを付けたまま「応答」の画面をタップした。
おはよう、司令長官殿。電波は良好かい?
丸顔の男が画面越しに嘲笑している。おおよそ身長とは不釣り合いなイスに座り、山南のアンテナのように伸びた1本の寝癖を指摘する。
良い夢は見れたか?
夢にまで悪いことは起こって欲しくないものだ。
クシで寝癖を直しながら、山南は軽口を叩く。内惑星戦争、ガミラス大戦を生き延びた両雄は、佐官クラスながら司令部の「戦績と軍事的思考などの総合的判断」によってアンドロメダ級の艦長と艦隊司令官職を任されている(もっとも、芹沢ら軍内部の多数派との対立によって左遷された土方竜宙将の穴を埋めるための”こじつけ”である事は、当人らがよく理解している)。
それよりどうだい、我が連合宇宙艦隊の勇姿は。壮観な眺めだろう。
きつい冗談だな。強いて言うなら、カ号作戦以来の大艦隊だよ。まったく。
皮肉めいた山南に、丸顔の男・安田は敢えてガミラス大戦の負け戦となったカ号作戦(第一次火星沖海戦)を例に出して答えた。
報告書はお前も読んだだろ?
迅速な艦隊行動と的確な戦術判断、どれをとっても未熟なレベルだ。失われた人的資源を補完する名目で導入された戦闘AIに、いまや主砲の
コンソールを教わる始末だ。
連日続く戦闘訓練の結果は、司令部から及第点の評価を得ていたものの、現場の上級士官からは不安の声が絶えない。数々の死線を潜り抜けた安田となれば尚更で、極度な省人化と合理化がなされた現状の艦隊では、ガトランティスを邀撃できる自信が皆無であった。
司令部に艦隊再編を具申しよう。練度の高い部隊を残して、他は本土か火星沖で後方支援に当たらせるような案を・・・
S作戦は既に実施されている。これ以上の戦力分散は、我々の寿命を無為に縮めるだけだ。
山南は安田の申し出を淡々と断った。部下は勿論、同僚や上司に対して楽観主義の様相で振る舞う山南であるが、その内心は現実をドライに見つめるリアリストであった。こと最近にあっては、後者の面を強く主張するようになり、「艦長は人が変わったのか?」とクルーから噂されるほどである。
予定通り22:00に第一種戦闘配置で全艦隊待機。アポロノームとアンタレスは艦載機群の積載、整備に努めてくれ。
・・・わかった。山南、お前を信じるとしよう。
うん、そうしてくれ。
防衛大学時代からの仲として非常に淡泊な締めの言葉で通信は終わった。安田の姿が消え、黒いスクリーンに反射する自身の姿だけが残されると、山南はまた目を閉じ、腕を組んで深々と座った。
結局、俺は流されるだけの人間か・・・
大勢の潮流に逆らえない己の弱さに呆れ、山南は溜息交じりに吐露する。他者から託された願いを実行できない人間が、こうして高位の立場にいて良いものか。悶々と反芻するなか、デスクに置いた古本に手を伸ばし、適当に開いたページを見た。そして口角を少し上げて、詩の一節を読み上げる。
山南の詩が艦長室に響くなか、基地ドックに繋留されるアンドロメダ。サーチライトに照らされる船体は、影とくすみが目立ち、女神が泣いているように見えた。
第3話へ続く
⇩前回までのお話⇩
⇩次のお話⇩
⇩マガジン⇩