2015年、南仏・中伊への旅の記録5
●ピストイア 2015/8/11
午前中は仕事と調べ物。そろそろ次の移動先を決定して、切符や宿を予約しなければならない。
場所の候補としては、フランスに近い山のなかの町、アオスタ。ここならきっと涼しいだろう、というのと、最後はマルセイユ空港からの便になるので、そのアクセスを考えてのことだ。
アオスタに4-5日いて、それからマルセイユに近いアルルかアビニョンに移動して4-5日、というのがざっくりプランだ。
ざっと宿を調べ、なんとかなりそうな感じなので、駅に行って列車の情報を貰う。ついでに明日のボローニア行きの切符を買った。
アオスタまでは半日で移動できるようなので、あとは日程を決定すればいい。
それから駅を出て、ピストイアの散歩。先日間違えて行ったけどちゃんと見られなかったフランシスコ広場へ行ってみる。
隣の公園は涼し気な木陰があるが、人は殆どいない。犬を連れた人がいる隣のベンチでくつろいだ。
本を読んだり、寝転がったりしてしばらく過ごしてから、ブラブラと家に向かう。途中の公園から山並みが見えたので、スケッチ。
夜は、フィレンツェ在住の日本人の誕生日で、10人ほどのパーティに入れてもらうため、せっちゃんと出かけた。
場所は韓国料理。せっちゃん以外は当然みんな初対面か2度目なのだが、 好きで外国に住んでいる人にはなにか共通の雰囲気があって、違和感なく会話に参加させていただく。
食事も久しぶりに東洋系、しかもかなり美味しかった。
●ピストイア-ポレッサテルメ-ボローニア 2015/8/12
朝8時25分の列車でボローニアに向かう。
本来はこの路線で行くと遅いのだが、山の中を走るので景色が良さそうだと、選んだ。
まずはポレッサテルメを目指す。
途中の駅は駅舎もなく、砂利の小道がホームから木立に消えているみたいなところがあって面白い。
ポレッサテルメで乗り換え。直ぐの列車に乗らず、1時間後のに乗ることにして、町を散歩した。
テルメというのだから温泉があるのかと思ったが見つからず。プールが山の上にあったので、もしかしたら温水なのかもしれない。
再び列車に乗ってサッソマルポー二という駅まで行き、そこからは列車連結のバスに乗り換えてボローニアに12時前に着いた。
ボローニアの駅前は大きなホテルが立ち並んでいて、中世の町っぽくない。と思ったら、大きな門がある。門の前には跳ね橋がかかっていて、下には濠の跡があり、その下には川が流れている。
昔は濠が城壁を囲んでいたのだろう。跳ね橋(とっても上げ下げはできないっぽいが)を渡るなんて、騎士物語の世界だね。
その先の町は建物が大きくて、路地を歩く楽しみはないのだが、大きな道でも建物の2階が歩道に張り出すようになっていて、歩道には日陰ができているので歩きやすい。
15分ほどで大聖堂に行き着いた。大聖堂、中に入るのは無料だが、カメラを構えたら、撮影には3€払う必要があると言われる。3€はらって、思いっきり写真を撮った。
中に日付が書かれた線があり、多分これは日時計カレンダーだろう。
町の中心を一旦離れて、めし処を探すのだが、裏道には店がすごく少ない。歩いているうちにやっと見つけて、ビールとショートパスタで7€。
安くていいいのだがクレジットカードが使えず、現金が乏しくなってきた。
町の中心に戻る途中の教会前の広場で昼寝。それから中心部に戻ってきた。
高い塔の入り口があったので入ってみる。螺旋階段を上がったところで入場料3€を払い、今度は壁にそって延々と木の階段を上がっていく。
途中に全面が床になる踊り場があって、一番上が見えないので、どこまで昇るかがつかめないまま、どんどん登る。途中にある小さな窓からの風が気持ち良い。
相当昇って展望台に出た。
展望台からはまさに360度のパノラマ。中世都市の構造がよくわかって面白い上に、風が涼しいので、しばし観望する。
塔を降りて、さらに町を歩き、最後は駅近くの大きな公園で休憩して、来た時とは違う路線でピストイアに戻った。
●ピストイア 2015/8/13
午前中にメールをチェックして返信など。
早めに家を出て駅に行き、明日の切符を買う。いよいよアオスタへ移動だ。
それからユーロの両替所を探す。細かいお金だとカードが使えなかったり、先日の日本人の集まりで現金を使ったりで、もうあまり残っていないのだ。
町の観光案内所に行って聞いたら、郵便局でできるとのこと。フィレンツェみたいにコミッション取られるかな?と言ったら、ほんの少しは取られるかもだけど、フィレンツェ程ってことはない、と言う。
直ぐ隣りの郵便局に行く。入り口の発券器の前にいたおじさんになんとか、両替、と伝えて、順番待ちをする。
やがて順番が来たら、おじさんがわざわざ教えてくれた。
窓口でも英語が通じず、レートが知りたいってのが伝わらない。紙に1USD=?€、みたいに紙に書いたのだが、1€=でしか教えてもらえないので、とにかく札を出す。
そうしたらどうやら1USD=83.3€くらいになることがわかったので、200ドルほど替えた。これでしばらく保つだろう。
懐が暖かくなったので、家に戻る途中でパニーニとコーヒーでブランチを頂く。3€。
家に帰って、宿の検索をして、airbnbで予約のリクエストを入れたのだが、IDのアップが上手くできずに進まない。
あれこれやっているうちに、Gメールで承認されたみたいなのだが、相手から連絡が来ない。
明日はホームレスか?
午後はずっと仕事。集中して5ページ作り一段落だ。
夕食後、地元のセリエCのサッカーチームと、隣町の2クラス下のリーグに所属するチームの練習試合を見に連れて行って貰った。
小さなスタンドでは地元の人が和気あいあいと観戦している。
試合は不可解な判定で双方1点ずつ損して、1-1のまま終了か、とおもったギリギリにピストイアが地力を見せつけてゴール。2−1で勝った。
相手の得点は直接フリーキッキからだったし、練習試合なので、選手もどんどん交代して、なかなか見応えのある好ゲームでした。
家に戻って、なんとか決まりそうだった土曜日からの宿を確定させた。後は明日。これは検索しまくって1万円以内のホテルを確保。これで駅とか公園泊はなくなりました。
●ピストイア-アオスタ 2015/8/14
朝8時前に起きて荷造りをし、9時過ぎにリカルドに駅まで車で送ってもらった。
せっちゃんも一緒に駅まで来てくれる。仕事に行くリカルドと別れ、駅のバールで昼食のサンドイッチを買う。それから2人でパンとコーヒーの朝食にする。
予定の1本前の列車が20分遅れていたので、それに乗ってフィレンツェへ。乗り換えに45分くらいあったので、電光掲示板が見えるあたりで読書をして待つ。
しかしなかなかホームのナンバーが表示されない。10分くらい前になってやっと表示されたので、水を買い、切符に刻印をして、列車に乗り込む。
今回、イタリアで何度も列車に乗って驚いたことが2つある。
1つは刻印。
切符はかなりの日数、有効期限があり、乗る前に刻印しなければならなず、刻印後6時間が有効期限だ。忘れると高額の罰金になる。
最初は知らずに刻印せず、その時は係員が回ってこなかったので、お咎め無し。ビアレッジオからピストイアに行く時に美人の駅員さんが教えてくれたのだ。
でも慣れないので忘れることがあって、そうなると目的地までドキドキ。もっとも係員が回ってきたら、正直に言えば大丈夫らしいけど。
2つ目は線路の継ぎ目。
日本と列車に乗っている時の音が違うので窓から外を見て隣の線路を観察したら、継ぎ目がない。たまに、あるけど。
あれって、熱でレールが延びてもいいように、継ぎ目にスキマがある。と日本では聞いたのだが.....。しかもすごく長いレール、どうやって製造するのか?
駅で観察したら、レールは溶接で繋げられていた。これで製造の問題は解決したけど、熱膨張は分からないままだ。
列車には電源があるので、今車内でこれを書いてるんだけど、これでwifiがあったら、モバイルオフィスが出来上がりだ。
フィレンツェ始発の列車は先ほどボーローニアを過ぎ、ミラノを経由して3時間でトリノまで行く。そこで乗り換えて山を目指すことになる。
トリノからの線はイブレアで乗り換え。同じホームの先に次の列車が止まっていた。だったらずっと1台で行けばいいのに、なぜだろう?本数の問題かな?
最後に乗った車両のシート配置が変わっていて面白かった。入り口を入ると半円形の大きなトイレがある。これは車いすの人も使えるタイプだ。
その左からは座席なのだが、左側に4人がけの向かい合わせシート、右は横並びの4人がけだ。
その奥は傾斜で少し高くなっていて、3人がけの横タイプのシートが窓を背に向かい合っているのだが、これが弧を描いている。
このシート配置には人間工学上の理由があるのか?それともデザイン優先なのか、知りたいところだ。
どんどん山が深くなってきて、頂は雲の中。外はどうやら雨が降っている様子だ。一つ前の駅は結構な降りで、ホテルまで歩かなければならないオレは濡れるのを覚悟して、傘を出し、 電気製品や財布などをビニールに入れて準備した。
ところがアオスタの駅は既に雨が上がっていた。地面は濡れていて水たまりもあるのだが、とりあえず雨は降っていない。晴れ男の威力はまだ衰えていないようだ。
空はホテルまではなんとか持ったが、シャワーしてたら雨が降ってきた。さて、晩飯、どうするかな?
雨の中を歩くが、良さそうな店が見つからない。というかほとんど店がない。なぜか住宅エリアにホテルがあるのだ。
そのままどんどん歩いていたら旧市街になった。とたんにバーや土産物屋、トラッテリアが密集しだす。適当なバーに入るが、食べ物はないとのこと。うーん。
しょうがないので適当な角を曲がって歩いていたら、ちょっと高いけど食べ物がありそうなところを見つけた。入ったら、今度は「7時開店」だって。あと15分なのだが....。
さらに雨の中を適当に歩く。古い門をくぐりその先まで行くが、どうもホテルからどんどん遠ざかっている気がする。雨のかからない場所で地図を見たら、どうもそのようなので、戻る。
戻って旧市街を抜けたら、また食べ物屋が無くなった。最後は住宅街のピザ屋で、ケバブスパゲティなるものを食べる。
ジャンクかと思ったのだが、麺がちゃんとしていて結構美味い。時間がかかったので、もしかしたら茹でてたのか?
だけどビールはなぜかノンアルコール(0.3%)、ああ、いっそこのまま休肝日かな。
●アオスタ 2015/8/15
朝、少し仕事。雨は上がって、青空が見えてきた。
10時にチェックアウト。その前にメールを貰って、次の宿のオーナー、レナートさんが車で迎えに来てくれるとのことで、ロビーで待つ。
来たのはレナートさんではなくスタッフの女性ディシさんだったので、声をかけられるまでわからなかった。
宿はAugusta門という昔の町の入口の直ぐ側で、宿の前でレナートさんが迎えてくれた。ディシさんはフランス語とイタリア語だけなので、細かい話はレナートさんがいないとできないのだ。
部屋へ案内され、荷物は置いていいけど、部屋の掃除が済んでないから20分待つように言われる。朝食は直ぐ側のカフェで、朝食券で取れるとのこと。
で、門のあたりをぶらぶらする。
そのうちに部屋の用意ができた。
レナートさんが、これから山を歩きに行くので、数時間留守にするけど、3時頃には戻る、という。
思わず、一緒に歩きに行っていいか、と聞いたら、いい、というので、ちょっとまってもらって、バックに傘と長袖のシャツを入れて戻った。
ハイキングに行くのはレナート、ディシに加えてフランス人の女子大生クレマンティン。薬学専攻だそうで、漢方薬などについて聞かれたが.....。
車で30分ほどのVietanから歩き始め、2300m以上の場所にある山小屋を目指す。山小屋のオーナーがアーティストで、ハイキングコースのあちこちに動物、鳥、花、昆虫などの彼の彫刻が置かれている。
これらを見つけながら歩くのが楽しい。歩きに夢中になると見逃すので、ゆっくり歩けとのメッセージにもなっているようだ。
天気が悪く、雲と霧で遠くの山が見えないのが残念だが、気温は歩くにはちょうどいい。ずっと上りで、途中の尾根部分はかなり急勾配のコース、1時間半くらいで山小屋に着いた。
結構寒い。中はレストランになっていて、暖炉では火が燃えている。
前菜のハムとチーズの盛り合わせと赤ワインをカラフェでシェアし、セコンドは各自とのことで、とうもろこしの粉とチーズの料理を頼んだ。
前菜の白い生ハム(脂身部分?)には付け合せの栗の煮物を合わせるのだそうだ。栗はマロングラッセの栗みたいなのだが、甘くなくて美味しい。白いチーズはそのあたりの山の羊のチーズ。これはブルーベリージャムで。
この前せっちゃんに教えてもらまで知らなかったのだが、チーズにジャムや蜂蜜など甘いモノをよく合わせるらしい。あっさり系のチーズはこれで美味しくなる。嵌りそうだ。
食後は2階の休憩室で寛ぐ。休憩室と言っても大きな部屋で、ソファが置かれている感じ。テレビを見ているおばちゃんたちがいて、テレビの音が聞こえるので、レナートさんがテレビはよくない、などと言う。
食事代はレナートさんが払ったと言う。オレの分はちゃんと払おうとしたのだが、受け取ってもらえない。大変ありがたくごちそうになる。オレは単なる宿の客なのに。恐縮。
15分くらい休憩して、外へ。雨が降っている。3人はカッパを着る。オレは傘しかないので、長袖を着て、傘をさして歩く。
下りを早足で歩いたので、太ももと膝が痛くなりそう。しかし痛みが出る前に急な部分はクリアした。あとは膝を伸ばしながら軽い下り道を行く。
帰りは1時間ほどで、駐車場に到着した。
帰路は雨なので、写真なし。
帰路、薬学専攻のクレマンティンのリクエストだろう、自然薬物の博物館に寄る。小さな博物館だが、石と木それにガラスを組み合わせた内装が面白い。
展示の仕方も、画面クリックのビデオやコンピューターに加え、ニオイを嗅いで製品を当てるなどハンズオンで作られている。英語説明はあるのだが、内容を把握するのは難しかった。
宿に戻り、荷物を解いたら、マウスがない。前の宿に忘れてきたか?雨が降っているので、明日、聞きに行ってみようか。