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良いアイデアいりません
仕事で書き物をやっていて、特にマンガや小説などのフィクションを作っている人が、たまに言われることがある。
「いいアイデアあるんだけどあげようか?」
これを言われた人の結構な割合がムッとしている。
いらないからだ。
創作者(上から目線で嫌な言葉ですね)に、アイデアがない人などいないのである。
小説家なら「小説のアイデア」を10個や100個持っていて当たり前だし、マンガ家は「マンガのアイデア」を無数に持っている。起業家ならおびただしい数の「新しい会社のアイデア」を頭の中で泳がせている。
放っておいてもアイデアを思いついてしまって仕方がない!
そういう癖(へき)を持つ人だけが、それを職業にする。
「いいアイデアあるんだけどあげようか?」
まにあっとるわい! というわけだ。
だが、彼ら創作者が勘違いされるのにも理由がある。
じっさい、彼らはアイデアがなくて苦しんでドタバタしている様子を周りに見せているのだ。
口を開けば「何も思いつかない」「書けない」「描けない」「時間がない」「アイデアがない」「川になりたい」という弱音を垂れ流している。だから「アイデアあげようか?」という慈悲を向けられてもおかしくはない。
それをなんだ「まにあってる」だと? クリエイター気取りが。ひとを見下しやがって、と唾を吐きかけられても仕方がない。
しかし、ここには認識のちがいがあるのだ。創作者がいつも「ない、ない」と弱音を吐いているアイデアと、「あげようか?」と差し出されるアイデアは全く種類が違うのである。
彼らがいっぱいに抱えている「アイデア」は、植物でいえば種子を意味する。なんだかすごい木に育ちそうだ、という予感を秘めた核。それが「創造のアイデア」であり、創作活動において最も楽しい部分である。
そして、彼らが無いと嘆く「アイデア」は、植物でいえば種子の育成のノウハウを意味する。
種子をいかにして大きくするのか。肥料を工夫するか。水をやる頻度はどうするか。日光に当てるべきか……。それが「つじつま合わせのアイデア」であり、創作活動において最も大変でダルく、試行錯誤を要し、考えに費やされる時間の大部分を占めるものである。
創造のアイデアとつじつま合わせのアイデアは似て非なるものだ。
具体例をあげたい。
私は過去にマンガの本や小説の本を出版したことがあるが、ここ数年はぜんぜん書けていない。しかしもちろん「創造のアイデア」はいっぱい持っている。
かつて、こういうマンガのアイデアを思いついた。
東京都のど真ん中に、全長数十キロという超巨大な怪獣が飛来する。自衛隊の活躍によって怪獣は倒されるのだが、巨大な死骸がそのまま都心部に倒れて残ってしまう。下敷きになった地域は壊滅するし、死骸は邪魔だしで都民は大迷惑する。撤去するにもお金がかかりすぎる。
そこで議論の結果「怪獣の死骸の体内を改造して都市化する」という驚天動地の計画が持ち上がる。ゆくゆくは商業施設や住宅施設を建造し、東京都の一部にしてしまうのだ。
こうして死んだ怪獣の体内の「開拓」が進められるのだが、じつは怪獣自体がひとつのビオトープのようになっていた。体内に巣食う生物たちが行く手をはばむ……
というもの。
タイトルは『巨獣空間』。ダジャレだ。
怪獣の死骸に住んでしまうというアイデアだ。けっこうおもしろそうだと思う。こういう漫画があったら読みたい。
しかし
・ジャンルは? シリアスかコメディか。
・そこからどういう方向に展開していったらもっとおもしろくなるのか。
・主人公は誰?
・最終目標は何?
・物語はどの時点からスタートする?
等々……いろんな点が具体的に定まらず、考えるのがめんどうになってやめてしまった。結局「つじつま合わせのアイデア」が足りなかったのだ。
このアイデアは、閃光のようにパッとひらめくことがない。「ああでもないこうでもない」という試行錯誤の果てにやっと出てくるし、「本当にこれでいけるのか? もっといい案があったんでは?」という疑念は消えない。どこまでもサッパリしない、いやな作業なのだ。
でも、結局のところ「創造のアイデア」は「おもしろそう」を作り出しているだけだ。
「おもしろい」を直接的に作っているのは、「つじつま合わせのアイデア」のほうなのである。そして、それはなかなか人にあげたりできるものではない。
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