弟子入り
「僕を、弟子にしてください」
「うちは弟子を取っていないんだよ」
「先生の作品を見て、僕にはこの道しかないと確信したんです。お願いします!」
「ダメなものはダメだ。帰ってくれ」
「弟子にしてくれるまで、僕はここを一歩も動きません」
「何を言っているんだキミは。帰ってくれ」
「これが僕の本気です」
「聞き入れられるまで嫌がらせするということか。そういうの本当に迷惑だからやめてほしい。帰ってくれ」
「ちがいます。嫌がらせではなく、ここをテコでも動かないことによって僕自身の熱意を誇示するというやつなので、むしろ純粋なやる気を褒めてほしいくらいのものです」
「そっちの熱意なんか知らないしこっちにとってはシンプルに嫌がらせなんだよ。嫌だろ、知らない奴がずっと玄関の前で立っていたら。近所の人に色々言われる」
「あっ、お給料もいりません」
「『いりません』と言うことによって逆に『通常なら給料が出るところですが特別に』みたいなニュアンス出ちゃってるじゃないか。金の介在しない仕事なんて絶対にいい加減なものになる。ダメだダメだ」
「それ、らーめん発見伝のセリフですよね。インターネットで見ました」
「正確には続編のらーめん才遊記の方だ。受け売りを喋ったのがバレてまあまあ恥ずかしいがそういうことだよ」
「じゃあ、給料を出してください」
「こんなに論理が繋がっていない『じゃあ』もなかなかないぞ」
「きっとお役に立ちます。雑用もやります。トイレ掃除、風呂掃除……なんでもやります。シンクも磨きます」
「どうして水回りの雑用ばかりなのか気になるが、そんなの必要としていない。シンク磨きは好きだしな、見違える感じがわかりやすいから」
「水回り以外だって、いつでもお世話させていただきます」
「それ、君が常に家にいるってことだろ。よく知らない人と同じ空間で四六時中一緒に過ごすのは息が詰まるよ。そういうの気にするタイプなんだよ私は。独りごととかも結構言うし」
「常に一緒に行動をともにすることで、先生のノウハウを血肉にして成長したいのです」
「それってこっちにメリットないじゃないか。ノウハウは取られるしプライベートもなくなるし、挙げ句の果てには給料も出せと言い出したし」
「でも、師弟関係ってメリットとかデメリットとか、そういうのじゃないと思いませんか?」
「その立場でそういう提案ができる君は本当にあっぱれだな」
「もし共同生活がアレなのであれば、スカイプ通話でやりとりするといった形で妥協することもできます。だいたい平日なら21時にはログインしてるので」
「スカイプで師弟関係が成立するわけがないだろ。もう帰ってくれ!」
※
『佐川急便です』
「はいー少々お待ち下さい」
『こちらにサインを』
「はーいお世話様です―」
「僕を、弟子にしてください」
「まだ玄関前にいたのか。佐川の人すごいチラチラ君のこと見てたじゃないか。本当に迷惑だから帰ってくれないか」
「帰りません。先生が僕を愛弟子にしてくれるまでは」
「あまつさえ愛(まな)を目指すな」
※
「雪が、降ってきたな……」
「やはり、いたか」
「先生、私を弟子にしてください」
「……とりあえず、中に入りなさい。雪はますます強くなる」
「アレクサとか意外と置いているんですね」
「人の家のインテリアを見るんじゃない。まず、言いたいことがある。本当に帰ってくれ」
「あれ、弟子にしてくれるのでは? 僕、この家に招く行為を完全に『折れ』と認識してたんですけど」
「これ以上しつこく嫌がらせするようであれば、警察を呼ばなければならなくなるよ。それと、雪が降ってきたとき、正直チャンスだと思ったんじゃないか?」
「そんなことはありません」
「嘘をつくな。私は窓から見ていたぞ。玄関前にひさしがあるのに、わざとそこから少しずれたところで座り込んでいたじゃないか。頭の上に雪を積もらせて確固たる熱意と時間経過をアピールしようという意図しか感じられなかった」
「想像より水気の多い雪だったので、ビシャビシャになってしまいました」
「バスタオル貸すから帰ってくれ、あと、ソファーに座るな。さっきまでアスファルトにあぐらをかいていた奴が。君はあれだな。そういう些細なところでも色々と欠けているな」
「先生、僕ってどうしたらいいんですかね?」
「私に聞くんじゃない。だいたい、どうやってこの家の場所を知った」
「ツイッターの写真に写っていた窓の外の風景から割り出しました」
「怖いんだよ」
「アレクサ、僕はどうしたらいいの?」
『ごめんなさい、今はわかりません』
「人の家のアレクサを使うんじゃない」
「僕、左目が義眼なんですよ」
「本当に怖いよ。今それを言うということが怖い」
「とにかく僕にはこの道しかないんです。ツイッターで先生を見かけて以来、そうとしか思えないのです。先生。私にも『失敗して細長くなってしまった羊毛フェルト』でバズる方法を教えてください。先生の失敗した羊毛フェルトは、芸術品です」
「ふう………………………………。まずは、換気扇の掃除からだ」
「先生……!」
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