『フィーバーロボット大戦~アンタとはもう戦闘ってられんわ!~』第3話 【創作大賞2024・漫画原作部門応募作】
「だぁー! くそー!」
隼子が叫びながら、ゴーグルを外す。黒くなったディスプレイには『YOU LOSE』の文字が浮かぶ。隣に座っていた大洋がゆっくりとゴーグルを外し、口を開く。
「もういいか? 大松さんに頼まれた仕事があるんだが……」
「もう一回! 負けっ放しじゃ終われん!」
「さっきからそう言って、もう十回はやっているぞ」
「ぐっ……この戦闘シミュレーションでウチはほとんど負けたことないのに……!」
「お取り込み中申し訳ないんだけど……」
二人が声のした方に振り返ると、顎に不精髭を生やした丸眼鏡の中年男性が部屋の入口に立っていた。
「あ、小菅部長、お疲れ様です!」
「お疲れ、昨日の今日で戦闘シミュレーションとは精が出るね」
「いえ、これが仕事ですから! 部長はどうしてこちらに?」
「いや、こちらの疾風くんに用事があってね……、まだちゃんと挨拶はしていなかったよね? 初めまして、僕は総務部長の小菅和弘(こすげかずひろ)です」
「は、初めまして、疾風大洋です!」
大洋は慌ててシミュレーション用のゲーミングチェアから立ち上がって、挨拶を返した。
「大洋に何か用事ですか?」
「今朝方、うちの部のものから社員用のタブレットが支給されたと思うんだけど?」
「ああ、はい。これですね」
大洋は作業着の内ポケットから小型のタブレットを取り出した。小菅は頷いた。
「そっちにメールは届いてる?」
「えっと……はい。届いています……『中途入社手続きについて』?」
「うん。昨日のことも含めて、最近色々とバタバタしちゃってて、延び延びになっていたんだけどさ。個人情報等入力して、総務の方に返信しておいてくれないかな?」
「個人情報ですか……?」
大洋が少し困った表情を浮かべる。隼子が代弁する。
「部長、大洋は記憶が……」
「ああ、それは聞いているよ、大変だね。だから憶えている範囲で構わないからさ、チャチャっと入力しちゃってよ」
「ええんですか?」
「まあ、採用はもう社長が決めちゃったからね。これ以上僕がどうこう言うことじゃないよ、こういうご時勢だし、うちみたいな地方の一中小企業には色んな経歴の人がいるから、あんまりあれこれと詮索するのもね……お互い面倒でしょ?」
「ま、まあ、会社がそういう考えなら、ウチも何も言えませんけど……」
隼子も一応は納得した姿勢を見せた。
「エンジニアとして優秀だって聞いているし、何より昨日のパイロットとしての大活躍っぷり! こんな優秀な人材を逃す手は無いよ」
「……」
「ん? どうしたの? もしかして入社するつもりは無い感じかな?」
小菅の質問に大洋は慌てて首を振って答える。
「い、いいえ。他に行くあても無いですし……こんな自分で良ければこちらの会社でお世話になります!」
「うん。じゃあ、入力して返信よろしくね、明日までで良いからさ、そんじゃ……」
「あ、あの!」
「ん? 何?」
部屋を出ようとした小菅を隼子が引き留める。
「昨日の戦闘についての報告レポートの件なんですが……」
「ああ、そういやそれもあったね。知っての通り、防衛軍に提出する為のものだ、一両日中に頼むよ」
「金色の機体……光については、それを伏せてレポートを作成しろとのことですが、どういうことでしょう?」
「まあ……あの機体についてはしばらく伏せておきたいというのが会社の考えなんだよ」
「でも映像データを併せて提出するんですよね?」
「映像に関しては『録れていませんでした、テヘペロ♪』で誤魔化そうかなっと思っているんだけど……」
「いや、それはアカンでしょ⁉」
「……確かにおっさんのテヘペロ♪は自分でも気持ち悪かったと思うよ」
「そうじゃなくて!」
「うちの部署の若い女の子に言わせるから……」
「伝える人の問題やなくて! 若い女でも仕事でテヘペロ♪はアカンし! だからそうじゃなくて、映像なしだったらバレるでしょ? あの怪獣の死骸を見たら、FS改ではどうしてもこんな傷を付けるのは無理やって、察しが付きますよ!」
興奮気味の隼子を両手で落ち着かせながら、小菅が答える。
「あのワニの怪獣、新種だったんでしょ? だったらしばらくはそっちの分析に関心があるはずだから……とにかくあの機体はこっちの重要機密みたいなもんだからさ、戦闘データに関しては上手いこと誤魔化しといてよ」
「防衛軍、というか国に対していつまでも隠しきれへんと思いますよ……」
「だからしばらくで良いんだよ」
「しばらくっていつまでですか?」
隼子の追及に小菅はやや困った顔をしつつ、一瞬間を置いて答えた。
「あの機体に関しては僕も詳細は知らされてないんだ。どうしても知りたいなら、あの娘に聞いてみたら?」
「あの娘って……もしかして開発部のアイツですか?」
「うん、主任研究員のアイツ」
「そ、そうですか……」
「入力・送信終わりました」
そう言って大洋がタブレットを内ポケットにしまった。そして、隼子に告げる。
「あの機体のことは俺も気になっていた。ちょうど大松さんに頼まれていた用事も開発部主任研究員に関係することだったんだ。一緒に行かないか?」
「い、いやウチは別に良いかな~?」
「さっき『この戦闘シミュレーションでウチは連勝記録を持っているんや! 負けたら何でも言うこと聞いたるで~』って言ってたよな?」
「ぐっ……なんで一字一句正確に覚えてんねん……わ、分かった、一緒に行くわ!」
数分後、二人は開発工廠に来ていた。しかし、誰もいない。隼子が辺りを見回す。
「あれ、皆休憩中かな? すみません~!」
「! 隼子、伏せろ!」
「え⁉」
「『忍法、ムササビの術』!」
階段の踊り場から一人の少女が白いシーツを背負い、そのシーツの四つ角をそれぞれ両手両足でつまんで、パラシュートを広げるような要領で一階に向かって飛び降りてきた。体重が比較的軽いこともあって、落下というよりは滑空の体勢が思いの外取れていた。だが、その為に、大洋たちと衝突しそうになり、大洋と隼子は咄嗟のところでそれを躱した。ムササビ少女は着地に一旦は成功したかと思われたが、3歩目辺りでバランスを崩し、何やら工具が置いてあるテーブルに突っ込んだ。
「だ、大丈夫か!」
大洋が心配そうに声を掛ける。ムササビ少女はシーツでしばらく身を包んだ後、突如としてそのシーツを真上に勢いよく投げ捨てた。
「うーん、ムササビの術、まだまだ検討の余地ありだね……」
「余地なしや! そんなことより先に言うことあるやろう!」
「え?」
「だから、え? じゃないちゅうねん。あんたのそのけったいな忍術?でこっちは危うく怪我するところやったんやから」
ムササビ少女も事態を把握し、隼子たちに謝罪した。
「これはもうとんでもないことを……リーソー、リーソー」
「あ、なるほどな~自分日米ハーフやからな、英語も堪能やねんな……ソーリーをリーソーっていうのはつまり日本語に訳すと、ゴメンゴメンをメンゴメンゴという意味になるんや、なるほどね~……ってなると思ったか! このボケ!」
「まあまあ、少し落ち着きなさいな」
ムササビ少女はテーブルの上に立って怒る隼子を両手で宥める。
「これが落ち着けるか! 一遍アンタにはガツンと言ってやらなアカンと思っていたんや! テーブルから降りて来いオーセン!」
「オーセン?」
不思議そうな顔を浮かべる大洋に隼子が答える。
「せや、アンタのお目当ての開発部主任研究員がこの娘やで!」
「ええっこんな少女が⁉」
気が付くと、大洋の前に立っていた少女がこう名乗った。
「ロボット研究の若き天才、桜花(おうか)・L(ライトニング)・閃(ひらめき)だよ、よろしくね、大洋」
そう言って少女はつま先立ちになって、大洋の頬にキスをした。
「⁉」
突然のことで大洋は狼狽し、隼子は唖然とした。