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ジャノメ食堂へようこそ!第5話 私は・・・(8)

「こんなものしかなくて……」
 アケは、申し訳なさそうに言って炊けたばかりの白米を残り少ない塩を塗して握ったおにぎりと釜戸に残った火で沸かしたクロモジ茶をテーブルに座るウグイス、オモチ、そして家精シルキーの前に置いた。
「無理しなくていいよ……ジャノメ」
 ウグイスが心配げにアケを見る。
「そうですよ。お嬢様」
 家精シルキーも美しい顔を歪めてアケを労る。
「一番お疲れなのはお嬢様なのですから」
 しかし、アケは、首を横に振る。
「こんな程度……無理ではありません。それに……」
 蛇の目が小さく震える。
「これは……私のせいなのですから」
 アケの目が大窓の外に広がる草原を、調理台の横で痛々しく横になるアズキを見る。
 巨体と強靭な筋肉のお陰で命にこそ別状はなかったものの重傷には変わらず動くことは出来ずにいた。
「やったのはあいつらだ。ジャノメじゃない」
 表情を変えず、目だけを怒らせてオモチは言い、クロモジ茶を啜る。
「あいつら……白蛇の国の武士だよね?」
 オモチの言葉にアケの身体は一瞬震える。
「あの甲冑とか言う鎧には見覚えがある。ジャノメに何の用があってきたの?」
 オモチの赤い目がアケを見据える、
「それは……」
 アケは、顔を伏せ、言い淀む。
 どう話したら良いか分からない。
 話す勇気も持てない。
 もし……これを話してみんなに恨まれたら、嫌われたら……。
 自分のせいなのに、自分勝手だと分かっているのにそれを考えるだけでアケの心は冷たく震える。
「……それって」
 ウグイスが重く口を開く。
「その布の下に隠れた何かのせい?」
 ウグイスの言葉にアケは、蛇の目を大きく見開く。
「分かってたん……ですか?」
 アケは、白い鱗のような布に触れる。
「この下にあるのが……目じゃないって……」
 アケは、声を震わせて言う。
 その言葉にウグイスだけじゃなくオモチと家精シルキーも頷く。
「こう見えて感が鋭いのよ。私達」
 ウグイスは、緑色の目をアケの目のある部分を覆う白い布を見る。
「それが白蛇の皮で出来た封印だって直ぐに分かったわ。その下に得体の知らない大きな力があることも」
「その力がなんだかは分からないけどね」
 オモチも赤い目で白い布を見る。
「ひょっとしたら……王は知ってるかも」
 そう言ってクロモジ茶を啜る。
「主人が……」
 白い布に触るアケの手が震える。
 でも……だったら……。
「なんで……何も言わなかったんですか?」
 ここに来た時から自分が危険な存在だって分かっていたならなんで追い出さなかったのだ?
 白蛇の国に戻さなかったのだ?
 命を奪って捨てようとしなかったのだ?
(それどころか……)
 何で受け入れてくれたのだ?
 優しくしてくれたのだ?
 仲間にしてくれたのだ?
 アケの頭の中が疑問と不安でパンクしそうになる。
 しかし、ウグイスもオモチも家精シルキーもきょとんっとした顔でアケを見る。
「なんでって……」
 ウグイスは、困ったように右上に視線を向けて頬を掻く。
「別にそんな大したことじゃないし……」
 その言葉にアケの表情が驚愕に固まる。
 大したことじゃ……ない?
「なんとなく言いたくないのは分かったから……言いたくなったら言って貰えればいいかな、と……」
 ねえっと求めるようにオモチを見る。
「そうだね」
 オモチは、鼻をヒクヒク動かす。
「どんな力かは分からないけど何かあったら何かあったなりの対処すればいいし。こう見えて僕たち強いから」
「私は弱いですけどね」
家精シルキーは、肩を竦めて苦笑する。
ぬりかべスプリガン様のお目目がなかったらどうなってたことか」
 家精シルキーの目が憂いを持ってアケの腰の前掛けにぶら下がった巾着を見る。
「でも、お嬢様が来てくれて私は嬉しいんです」
家精シルキーは、華やぐような微笑を浮かべる。
「朽ちるだけだった私に住んでくださり、しかもこんなに上手に活用してくれて……」
家精シルキーは、きゅっと祈るように両手を組む。
「僕もだよ」
 オモチは、ヒクヒク鼻を動かす。
「今日はどんなご飯作ってくれるのかな?とか何を採ってきたら喜んでくれるのかな?褒めてくれるのかな?って考えるだけで楽しい」
「私も」
 ウグイスは、はいって翼腕を上げる。
「美味しいご飯を作ってくれるのもだけどジャノメが来てくれたのがどんな事よりも嬉しい!」
 そう言って可愛らしくにっこりと微笑む。
「来てくれてありがとう。ジャノメ」
「ぷぎい」
 眠っていたはずのアズキの口から声が漏れる。
 皆の意見に同意するように。
 アケは、力が抜けたように膝を床に付ける。
 蛇の目から涙が一筋流れる。
「う……う……」
 次の瞬間、張り詰めていた糸が切れ、涙と声が滝のように溢れ出る。
「うわあああああっ!」
 アケは、その場に泣き崩れた。
 辛かった。
 苦しかった。
 寂しかった。
 嫌だった。
 死にたかった。
 心の奥底に澱みのように溜まっていた感情が一気に流れ出る。
 ウグイスと家精シルキーが慌てて駆け寄ってアケの背中を撫でる。
 オモチは、突然、泣き出したアケにどうしていいか分からずオロオロする。
「私は……」
 アケは、声を震わせ絞り出す。
「私は……本当の名前はジャノメではありません」
 アケの口から出た告白にウグイスと家精シルキー、そしてオモチの目が震える。
「私の本当の名前はお父上様に奪われました……。子であることを否定され、人間として扱われませんでした」
 ウグイスの表情が固まる。
「なんで……」
 声が怯えるように震える。
「なんで……そんな酷いことを?」
 ウグイスの問いにアケは、白い鱗のような布に触れて答える。
「私の中には……巨人が棲んでいるんです」

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