ジャノメ食堂へようこそ!第3話 お薬飲めたね(6)
「あんまーい!」
ウグイスの歓喜の声が夕暮れの草原を駆け巡る。
ウグイスの手には水飴で固められ、太い木の枝を刺された林檎が握られていた。
林檎の表面には大きく齧られた跡が付いていた。
「林檎飴です」
鍋の中で串に刺した林檎をかき混ぜながらアケは言う。
「串で穴を刺して飴が入るようにしたから甘味が増したのではないでしょうか?」
「うんっ酸っぱみが完全に無くなってる!」
ウグイスは、思い切り口を開けて齧り付く。
アケは、出来上がった林檎飴をオモチに渡す。
オモチは、赤目を輝かせて受け取ると思い切り齧り付き、飛び上がる。
アケは、その様子を見て嬉しそうに笑みを浮かべ、次はアズキの物を作ろうとする。
「それで・・」
威厳と気品にあふれた声が響く。
アケは、背筋を震わせて声の方を向く。
月のような黄金の双眸がアケを見据える。
金色の黒狼は、草原の上に優雅に身体を落とし、大量の黒い豆を食していた。
「小鬼の子どもは大丈夫なのか?」
「はっはいっ」
アケは、声を震わせて頷き、その後の状況を説明する。
小鬼の少女は、全ての薬を飲み終えるとそのまま眠ってしまった。
アケは、家精にお願いして昨日、使わせてもらった寝室で少女を寝かせさせてもらった。家精はまた汚されたらと警戒していたがもう大丈夫と伝え、安心してもらった。
それから1時間ほどして少女は起きると熱はしっかりと下がり、お腹の痛みも取れ、お腹が空いたと「キュイキュイ」訴えた。
アケは、空腹と水分摂取を兼ねて塩だけで炊いたお粥を作って持っていくと少女は勢い良く食べてすっかり元気になり、兄と弟と一緒に森へと帰っていった。
「本当に凄かったんですよジャノメ!」
もう芯だけになった林檎飴を振り回してウグイスは言う。
「あの子に触っただけで熱がある、うんちが詰まってるって分かってお尻の穴に指を突っ込んだんですから!」
ウグイスは、その時のことを思い出して豪快に笑う。
「いやーっ臭かった!家精大激怒ですよ」
間違ってないけど、食事の場で言う事じゃないんだけどな・・とアケは顔を顰める。
「治り草を飲ませた時も見事でした」
オモチは、子どものような声で感嘆する。
「誰も食べたがらない治り草をあんなに簡単に・・・」
「子どもはみんな薬苦手ですからね」
アケは、苦笑する。
「大人だって嫌だよ」
ウグイスは、治り草の味を思い出して身を震わせ、芯だけになった林檎飴を齧る。
「なんであんな方法知ってたの?」
「私も薬飲むのが苦手だったんで自分で作ってたんです」
「自分で⁉︎」
ウグイスは、驚く。
「はいっ自分でやらないと誰もやってくれないから」
熱を出した時、屋敷の厨房で1人、水飴を作って薬を飲んでいたことを思い出す。
あの子にも同じように飲ませて上げたのを思い出す。
アケの話しを聞いてウグイスの顔色はどんどん青ざめていく。きっとアケの境遇を聞いて引いてしまったのだろう。アケは、気持ちが落ちていくのを感じた。
しかし、ウグイスが次に発したのはとんでもないことだった。
「じゃあ、自分のお尻の穴もいじって出してたってこと⁉︎」
ぼんっ!
アケの顔が林檎よりも真っ赤に染まる。
「そんなわけないじゃないですか!」
アケが猫の額に来てから一番大きな声で叫ぶ。
いや、ひょっとしたら人生初かもしれない。
「じゃあ、なんでそんなこと知ってるのよ⁉︎」
ウグイスは、疑わしく見る。
「・・猫です」
「猫?」
ウグイスは、怪訝な顔を見る。
「昔、私の住んでいた所に親子の猫がやってきて、その子猫が苦しんでたんです。あの子みたいに」
その時は、屋敷にあった医学書を読んで原因を探り、お腹を触ったら固かったので同じように、その時は細い棒に布を巻いてやったのだ。
結果は同じ。
すっきりした子猫は親猫に擦り寄り、自分に擦り寄り、そして2人仲良く去っていったのだ。
アケは、その時のことを思い出し、あの時感じた寂しさを思い出す。
ひょっとしたら一緒に暮らしてくれるのかな?と思ったのに。
悲しそうな顔をして俯いてるアケの頭に柔らかい温もりが感じた。
ウグイスがアケの頭に手を置いて優しく撫でていた。
アケは、さっきとは違う意味で顔が赤くなる。
「ジャノメは凄いね」
ウグイスは、柔らかい笑みを浮かべる。
「本当に・・ジャノメが来てくれて良かった」
蛇の目が大きく開く。
「本当・・に?」
アケは、声を震わせて訊く。
「本当に・・そう思うんですか?」
「あったりまえじゃん!」
その声はアケの心の靄を匙のように掬い取った。
「ジャノメがいなかったらあの子はずっと痛い痛いだったし、ジャノメがいるから私達、こんなに楽しいご飯が出来るんだから」
ウグイスは、にかっと笑う。
「猫の額に来てくれてありがとう。ジャノメ」
アケの蛇の目が震える。
涙の膜が浮かび、流れ、白い鱗のような布を、顔をくしゃくしゃに濡らしていく。
気が付いたらアケは、大声で、子どものように泣いていた。
突然、アケが泣き出したことにウグイスは動揺する。
オモチは、「あーっ泣かしたー」と揶揄うように言い、アズキは、「ぶぎい!」と本気で怒った。
「あーっなんか分かんないけどごめんよごめん!」
ウグイスは、アケを優しく抱きしめ、よしよしと頭を撫でる。
アケは、ずっと泣き続ける。
黒狼は、そんなみんなの様子を見て、黄金の双眸を細める。
「ごちそうさま」
黒狼は、ゆっくりと立ち上がる。
「お休みですか?王?」
「ああっ後はゆっくりと寛ぐが良い」
そう言って黒狼は踵を返して歩き出す。
「お待ちください主人!」
後ろから聞こえた声に黒狼は足を止める。
アケは、ウグイスの腕から抜けると調理台の上に置いた物を抱えて黒狼の前に回る。
「これを」
アケが差し出した物、それは日中、みんなに作ったトマトご飯のおにぎり、しかもアケの胴体くらい大きな物だ。
「昨日はあまりにも小さかったのでこれでしたら・・」
アケは、恐る恐る言う。
黒狼は、一瞬、驚いたように黄金の双眸を広げる。
アケの身体は、小さく震える。
黒狼は、黄金の双眸を細め、大きな顎をアケに寄せる。
大きな鼻がアケを吸い込まんばかりに動く。
アケは、心臓が大きく鳴り響くのを感じた。
黒狼は、大きく口を開く。
アケは、蛇の目を閉じる。
ばくんっ!
アケの両手が軽くなる。
アケは、恐る恐る目を開くと手に持っていた巨大おにぎりが跡形もなく無くなっていた。
黒狼は、顔を上げて舌舐めずりする。
「美味かった」
黒狼は、威厳と気品のある声で言う。
その声の中には確かに感謝が込められていた。
「また、頼む」
そう言い残し、黒狼はアケの横を通り過ぎて歩いていく。
アケは、去っていく黒狼の姿を目で追う。
心が、心がほんの少しだけ温かくなった気がした。