ジャノメ食堂へようこそ!第5話 私は・・・(11)
「その時のことを私は覚えてません」
アケは、クロモジ茶の入った湯呑みを握りしめる。
「気がついたら座敷牢のような所にいて顔にはこの白い布が巻かれていました。それなのに景色はやけに鮮明に見えて……そして……そして……」
アケは、蛇の目と唇をぎゅっと萎める。
「私は、お父上様と、お母上様、国に住むみんなから迫害されました」
アケの口から漏れた喉が裂けるような声にウグイス達の顔が青ざめる。
化け物。
両目を失い、白蛇の目を譲り受けたアケは両親にそう蔑まれ、嫌われた。
それだけではない。
生まれた時から世話をしてくれた乳母も、遊んでくれた侍女も、守ってくれていた武士達もアケを蔑み、嫌い、恐れた。
「なんで……そんなことを……⁉︎」
ウグイスは、もしその場面に遭遇していたら殴りかかりにいくのではないと思わせるほどに怒りに震えていた。
アケは、顔を覆う白い布を触り、蛇の目の横に指先を置く。
「醜いから……」
「はいっ?」
家精は、アケが何を言ってる分からなかった。
「目の中に巨人がいるから怖い……ではないのですか?」
「それを知ってるのは国でも一部の人間達のみ。大半の人達は私が人間からはあまりにもかけ離れた外見をしているから忌み嫌いました」
寄るな化け物!
醜い!
この人もどき!
アケの耳の奥に今まで投げつけられた切り裂き、殴りつけられるような言葉の数々が蘇る。
「でも……それは白蛇の目なんだよね?」
オモチの表情は変わらない。
しかし、その声の奥は怒りの熱がこもっていた。
「その布も白蛇の一部。つまりジャノメは白蛇の加護を受けた存在だ。尊まれことすれ蔑まれる謂れはないはずだ」
「そうですね……」
アケは、肯定する。
しかし。その声は痛々しいほど暗い。
「だから、白蛇様には考えも及ばなかったと思います。自分が知らないところで私が迫害を受けていたなんて……」
アケの脳裏に白蛇の言葉が過ぎる。
すまなかった……。
白蛇は赤い片目でアケを見て謝る。
気づいてやれなくて……すまなかった。
三人の表情が固まる。
ウグイスの緑の目が冷たく揺れる。
「私……今から白蛇の奴殺しにいってくるわ」
「僕も行くよ」
「私の分もよろしくお願い致しますわ」
三人の身体から漏れ出る殺意にアケは身を竦める。
ウグイス達は本気だ。
本気で白蛇を殺しに行こうと考えていた。
「そんなことは……無意味なのでおやめ下さい」
アケは、静かに三人に言う。
「無意味なんかじゃない!」
ウグイスは、形の良い唇を歪めて叫ぶ。
「一つの国の王が……自分が助け、庇護した女の子が迫害されてるのに気づかないなんて無能にも程がある!」
ウグイスは、叫び、テーブルを拳で叩きつける。
「そんな奴に王を名乗る資格なんてない!」
ウグイスは、本気で怒っていた。
アケの為に白蛇に、白蛇の国の民に憤っていた。
嬉しい……。
本当に嬉しい。
でも……。
「それは無意味です……」
アケは、小さく呟く。
「だって……白蛇様はもう目覚めることはないのですから」
アケの言葉に三人の目に驚愕が走る。
「私がここに来る前のことです」
アケは、話し始める。
猫の額に来ることになった出来事のことを。