異世界三國志演義傳 とある武将に転生してしまったけれど長生きできるように頑張ります……!

第一話 私、転生する

私は、もうすぐ死ぬ。
 息苦しさと高熱とは裏腹に、鼓動が不規則になってゆくの感じながら、私は思った。
 私の死因は、おそらく新型感染症によるものだろう。
 あれほど感染しないよう注意していたのに、罹ったら、この有様だった。
 周囲で看護師や医師が大騒ぎをし、医療器材が耳障りな音を立てているのを、ただただ眺めているだけ。
 むしろ、この呼吸がしずらいなら、酸素注入器を外してほしかった。
 点滴などの異物が身体に付いているという不快感だけは我慢できなかった。
 さらに状況が最悪だった。
 現在、真夜中の十二時過ぎ。
 しかも、何を隠そう私はこの瞬間に一つ歳をとった。今日は誕生日なのだ。
 ただ、日付が変わる時間帯なので、病院関係者以外、私の周りに知り合いはいない。死の間際に家族が立ち会うことは出来ないだろう。
 熱に浮かされ、薄れゆく意識とは裏腹に、時間の流れるのが遅くなっているように思う。
 これが俗にいう「走馬灯が流れる」ということなのだろうか。
 物心がついた頃から、今までの記憶が夢のように思い浮かんでくる。
 ああ……なんか普通の人生だったね、私……。
 私は走馬灯の最後を見て、音にすらならない声で呟いた。
「もし、生まれ変われたなら、今度は長生きしたいな……」
 天にお願いするような、その一言が私の最後になった。
 バイタルチェックをしていた機械がピーと甲高い音を出し続ける。
 息苦しさと熱さを感じなくなり、いくぶん楽な気持ちの中、意識が消えていった……。

私、女性、享年29歳。

そして、現在、危機的状況の渦中。
 
 意識が戻った。
 死んだはずの私が、いつもの朝を迎えたような感覚で目を開けた。
「……ここが死後の世界なのかな?」
 寝ぼけたようにはっきりしない私は、そんなことを思った。
 生前、よくそんな話をテレビや本で見たことがあるし、耳にもしたことがある。
 そう思って、起き上がろうとすると、身体が動かない。
 気がつけば、私は何やら上等な布で作られた天幕がある寝台らしき場所に寝かされていた。
「……私、もしかして、無事だった?」
 死んだと思った人間が実は生きていて、葬儀の最中に大騒ぎになるような世にも奇妙な不思議エピソードも、なんとなく聞いたことがある。
 けれど、葬儀されている割に、なんだか様子が違う。少なくとも私の知っている日本の葬儀の形ではない。
 それから、目に映る景色が、私の見慣れた病室などとはまるで違っていた。
 すべてが古風で中華っぽい様式。
 私を囲んでいる人々も中華っぽい服装で、なにやら大騒ぎをしている。
 私が目を覚ましたこと、それが騒ぎの原因だということは分かった。
 泣き出す人、慌てて医師を呼びに行く人、ただひたすらに頭を床に叩きつけて天に感謝している人、それぞれ大忙しだ。
 身体を動かすことができない私は、ただその混沌とした様子を眺めるしかなかった。
 ……もしかして、これはいわゆる『異世界転生』という物なの?
 しかし、困ったことに思い出される記憶は先程亡くなった私の29年間しかない。もしかすると、まだ転生したてかアクシデントでこの人物の記憶と繋がっていないのかも。
 私は声を出そうとしたが、それも無理だった。
 どうなっているのか分からないが、今の私は目が覚めることのない状況から意識を取り戻しただけでもラッキーってこと?
 視界からはそれなりに成長した身体の大きさはありそうだった。
「…………様………周……様……周瑜しゅうゆ様!」
 感覚のない手を取りながら、医師なのだろうか薄い灰色の服を着た男の人が呼びかけてきた。
 周瑜様? 私なのかな?
 訳も分からずに、ひとまず、頷く意思を示してみた。相手に伝わるかどうかは分からないけれど。
 すると、男の人は「旦那様! 奥方様! 周瑜様は生きておられますぞ!」と叫びながら、傍にいた男女に私の傍に招き入れた。
「おお……よ、よくぞ、よくぞ、目を覚ましてくれた……!」
「ああ、我が子を失うと思ったら、私は生きた心地もしませんでした……無事で良かった……」
 と二人は私の顔を覗き込み、服の袖で顔を覆うようにして泣き出した。
 瑜……それが、私の名前なのだろうか? 変な感じがするけれど、しょうがない。
 そして、今の私は、かなり危ない状態らしい。
 私は周囲の人たちが次々とかけてくる言葉に適当に頷きながら、なんだか急に力が抜け、眠たくなってきた。
 ああ……転生したばかりで、いきなり死んでしまうのかしら……。
 私はそう思いながら、睡魔に屈して、そのまま深い眠りに落ちた。
 後日、聞いた話だと、私は三日三晩ほど高熱を出してうなされ続けたらしい。

姓はしゅう、名はあざな公瑾こうきん
 それが現在の私。
 高熱が下がった後、なんとか寝台から身体を起こせるようになった。
 全てはっきりしてから分かったのは、私にあるのは前世の記憶――29歳女性の記憶のみだった。
 ので、一応、確認のため、熱で頭が混乱している様子を装い、色々聞いた。
 周瑜こと私は、この国ではそれなりに有名な名門の周家に生まれた御年十r六歳。
 もともと病弱だったことと名家出身だということで、かなり温室育ちを施された。
 そのせいとは言わない。才能の方もそこそこあったからか、『自称文武両道』のナルシスト系厨二病的なキャラになって、かなりイタい言動を毎回していたらしい。
 親や家中の人とのやりとりで、それを感じた……。「この子、大丈夫かしら……?」とやや引き気味に見られていたことを。
 そして、そんな周瑜に事件が起きた。
 事件というより、事故。
 周瑜の友人で孫策そんさく伯符はくふという同い年の……いわゆる幼馴染み的な人がいた。
 その友が狩りに行こうと誘いに来た。幼馴染みの誘いは断れまいといった感じで出掛ける二人。
 が、たまたま運悪く、急な雷雨が襲った。
 周瑜と孫策は慌てて雨と雷をしのぐ場所を探し回る。
 と、そこにちょうどいい大木があったので、その下へと馬を走らせた。
 けれど、運が悪い時には、とことん悪いことが起こるようにできてる。
 周瑜が入った大木に、雷が落ちた。
 直撃こそはしなかったものの、その衝撃は相当なものだったろう。
 周瑜は馬ごと吹っ飛ばされ、大地に投げ打たれた。
 続けて、雷で焼けた大木が崩れ落ち、周囲を火の海と変えた。
 豪雨であったとしても、すぐに火が消えることはなく、周瑜は炎の中に飲まれた。
 それを助けてくれたのが、孫策であった。
 身体は焼けてはいないけれど昏睡状態の周瑜の身体を抱きかかえ、急いで周家に戻った。
 それから七日間ほど意識不明状態が続き、その間に私が転生したのか分からないけれど、現在に至る……というわけである。
 今までの厨二病発言のせいで、この出来事は「周瑜は雷神の生まれ変わりか!」だとか「火の中でもまったく無事だったとは、周瑜は火の神だ!」と超人伝説みたいな話が広まったらしい。けれど、それは私の預かる知らぬことなのでしょうがない。今までの自分の素行を反省しよう。
 私がしたことじゃないけど、反省。

ひとまず、ここで自分を観察してみよう。
 私は近くにあった鏡を手に取り、自分の顔を見てみた。
 あら、イケメン。
 ……いや、「あら、イケメン」じゃない!
 違う、違う、そうじゃない!
 なんで私がイケメンになってるわけ?
 こういう異世界転生した場合、こういったイケメンに破滅させられる悪役令嬢とか婚約破棄される姫君とか女官、せめて、イケメンを愛する者になるのがお約束なんじゃないの? 何故に破滅させたり、愛される側に生まれ変わる?
 なぜ天は男として生まれさせたのか! なぜ私を女にしてくれなかったのか!
 軽く天を恨んだ。
 が、すぐに撤回。
 生まれ変わったら、長生きしたいと願って、こうして転生できたわけだ。天に感謝して、長生きするべき。
 うん、男だからって、イケメンを愛でてはいけないことはない。
 私は鏡に映る自分の顔を眺める。
 細面の顔に細い眉と切れ長の目と澄んだ黒い瞳、すっと通った鼻筋に薄い唇、長い黒髪。どこかのイケメン俳優のような顔立ち。
 これはナルシストになってもしょうがない。なぜなら、少し愛想よく微笑むだけで、前世の私は一発で落ちるくらいカッコいい。
 さらに声もイケボだった。ゲームとかのキャラボイスをやっている声優さんのような声。
 これを毎日聞かされたら、前世の私は絶対に惚れているだろう。なんで、そんな男に転生しちゃったかなぁ、私。
 また、軽く天を恨んだ。
 そんな私が転生したのは初平初年、西暦一九十年の中華風なのか古代中国の世界。
 なぜ、西暦が分かるかというと、なぜか元号と一緒に西暦も頭の中に浮かぶから。また、会話や読み書きも何の不自由がない。これは生まれ変わらせてくれた天からのサービスかも知れない。これには大変感謝している。
 ただ、残念なことは一つ。
 どうせ、古い異世界に生まれ変われるなら、日本の戦国時代っぽい世界が良かった。
 なぜなら、私は日本史派。特に戦国時代に燃えるオタク……とまでいかないまでも愛好家だった。そういった関係の蔵書を読みまくり、関係しているゲームはほぼ全部やった。死ぬ前まで医師や看護師さんから注意されるまで、よく戦国関係の電子書籍やゲームで時間を潰していたほどだ。
 しかし、中国や中華風のことは、よく分からない。というか、こんなことになるんだったら、中国――世界史とかにも興味を持つべきだったと後悔。死後の後悔、役立たず。
 ま、それは置いといて、今の私には前世であったスマートフォンもパソコンもゲーム機もテレビもない。そんな古い時代に生きる事が決まったならば、しょうがない。ここは戦国時代。そう、私が大好きな戦国時代だと思って長生きしようと心に決めた。
 戦国時代の大名や武将だって、かなり長生きした人はいるのだ。そんな人たちを見習って生きていこう。

そんな風に色々と自分を見ながら考えていると、屋敷の中が騒がしくなった。
 大きな足音と共にその騒ぎが私の部屋へと向かってくる。
 慌てて小間使いの男の人が頭を腰を低くしつつ告げた。
「若君、孫伯符そん はくふ様がお見えに……」
 言葉を最後まで言う前に、その男性を押しのけて、一人の少年が姿を現した。
「公瑾! 無事だと聞いて安堵したぞ!」
 大きい声が部屋中に響いた。
 孫伯符……この人が孫策伯符そんさく はくふさんなんだろうか?
 彼もイケメンだった。私がインテリ風イケメンだとすると、孫策さんの方はワイルド系イケメン。
 きりっとした眉と目つきは活気があり、肌も陽に焼けていて健康的。平服の上からも分かる筋肉質で大柄な身体。私と同じように背中ほどの伸びた黒髪に、頭頂部に髷を結い、それを布で覆っている。『戦国武将』というイメージは、彼の方がぴったり合うのだろう。
 そんな男がいきなり私の寝台の前で、膝を折り、土下座するように額を床に打ちつけ始めた。
「公瑾! 俺が狩りに誘ったばかりに命を落とすところになろうとは! すまぬ、公瑾! すまぬ!」
 あ~、そういえば、そんなことが原因で、私は病床にいたんでしたっけ。ま、生きてるんだからいいんじゃないの? と私は思っていたが、そんな単純なことではないらしかった。
 私、周瑜がこの世界では先祖代々帝国の柱石たる高官を輩出している名家に対して、孫策さんの孫家は孫策さんの父である孫堅文台そんけん ぶんだいさんの武力でのし上がった地方武官の一人にすぎない。身分というか格式の差というものがあるみたいだ。
 さらに私と孫策さんは出会ってからかなり意気投合したらしく、「断金の交わり」の友情を育んでいたらしい。石田三成いしだ みつなり様と大谷吉継おおたに よしつぐ様みたいな感じかな? 両家の格式は違えど、それほど親交が深った。
 ただ、今回のような事故が起き、周家の御曹司を死ぬ寸前まで追い込んだことは、かなり危なかったらしい。なんなら、孫策さんは責任を取るために、いつでも自分で首を斬る用意をして、我が家の門前で毎日跪いていたとのこと。いや~、そこまですることはないのに……と思ったけど、そこは時代なんだろう。私自身生きているので、問題はないし。
「孫伯符さん、ひとまず顔を上げてください」
 このままではずっと床に額を打ち続けることになるの心配して声をかけた。
 すると、孫策さんはまるで何か違う物を見たような、なんだかすごいびっくりした顔をした。
「公瑾……何をそんな他人行儀な……やはり、あの雷のせいでおかしくなってしまったんだな!」
 さらに額を打ち始めてしまった。いや、自分では普通に言ったつもりだったのに、なんだか逆効果になってしまった。私からすれば雷に打たれる前の周瑜がおかしい気がするけれど、孫策さんにはそれが「いつも」の周瑜だったんだろう。
「……伯符さ……伯符、ひとまず起き上がってください、話ができません」
 私は頭を打ちつける孫策を止めた。何しろ勢いと音がスゴイ。というか、何か床に穴が開きそうだ。
 孫策はその言葉を受け、土下座はやめてくれた。そして、寝台の近くにある椅子に腰をおろした。
「すみません、伯符。どうやら、雷を受けたせいで、色々と頭が混乱しているようなのです」
 これは私の偽りのない言葉。孫策には申し訳ないけど、なにせ、今の周瑜には十六歳までの記憶や知識は消えて、29歳の私の記憶しかない。今、色々、昔のことを詰められると答えられない機会が多いと思う。ので、ここは事故のせいにしておこうと思った。
 すると、三度、孫策が膝を土下座しようとしたので、慌てて制した。
「ですが、こうして無傷で生きているられるのは伯符のおかげです。そのことには感謝しなければ。ありがとう、伯符」
 これも本心。転生したとはいえ、状況次第ではまた亡くなっていたのかもしれない。そう考えれば、危険を冒してまで助けてくれた孫策には感謝しきれない。私は彼の友情の篤さに拱手こうしゅをしながら言った。
「何を言う、公瑾! お前が俺たちにしてくたことに比べれば、そんなことなど小さいことだ。それに公瑾のためなら、この命など惜しくもない」
 こういったことをサラッと言えるあたりが、当時の武将の資質なんだろう。前世の私なら気恥ずかしくて、全然言えないセリフだ。
 しかし、こうして普通に生きているからには、それに応えなければいけないだろう。
 ……なんとなく、三成様と吉継様が関が原で共に戦った気持ちが解った気がした。
「伯符、私も誓おう。君が困難に遭った時、この命と全身全霊をもって援けよう」
 私が再び拱手でそう言うと、孫策は驚きと戸惑いをない交ぜにした表情を浮かべたが、すぐに笑顔になった。
「おう! その時がくれば、遠慮なく頼りにさせてもらうぞ、公瑾!」
 孫策は拱手している私の手を取り、がっと握手するように握った。
 うん、はたから見れば少年漫画か大河ドラマの熱いワンシーンのようだ。前世の私ならニマニマとイベントシーンを眺める感じでいただろう。だが、これは現実に起きていること。
 私の転生生活が動き始めた、まさに瞬間だった。


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