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脳性麻痺児の特別支援教育: 先生のためのガイドブック
障害を持つ生徒たちと日々向き合うあなたに。子どもたちの学校生活を豊かにするのに役立つ情報をお伝えします。この記事を読むことで得られるのは、脳性麻痺児が抱える健康と社会性のリスクとその対応方法です。生徒たちの力を引き出すお役に立てると幸いです。
1. 脳性麻痺の基礎知識
脳性麻痺とは?:最も多い「痙直型両麻痺」
脳性麻痺とは生まれる前の胎児の時や出産のとき、生まれて間もない時期に生じた脳のダメージに伴う永続的な姿勢と運動の異常のことです。脳のダメージの原因には、血流が不十分なことによる脳の部分的な壊死や、ウイルス感染、脳の奇形など様々なものがあります。
脳の重要な役割の一つに筋に指令を送り動きをコントロールする機能を持ちます。筋への指令を伝える神経がダメージを受けるために、筋に適切に指令が届かず動きをコントロールしづらくなるのです。脳は全身の筋をコントロールする機能を持つこともあり、筋へ指令を送るための神経も数多く存在します。そのため、脳のトラブルによってどの神経がどの程度ダメージを受けたのかによって様々な症状が様々な範囲に生じます。
様々な症状を呈する脳性麻痺の中でも最も多くみられるのが筋に過剰に力が入る症状が目立つ痙直型の脳性麻痺です。次いで多いのが顔や手足が勝手に動く症状が目立つアテトーゼ型の脳性麻痺です。その他にも動きのばらつきが大きいという症状の失調型や筋に力が入りにくい弛緩型の脳性麻痺も存在します。症状が生じる範囲は主に4つのタイプに分かれます。全身に症状が生じる四肢麻痺と上肢体幹と比べて下肢の症状が強い両麻痺、体の片側に症状が生じる片麻痺、手足の一つに症状が出る単肢麻痺です。これらの症状の種類と範囲の組み合わせの中でも筋に過剰に力が入るという症状が下肢を中心に生じる「痙直型両麻痺」が最も多い型です。痙直型両麻痺の脳性麻痺児は歩くことができるようになることは多いものの、その動作は不安定で支えが必要となることが多いです。
痙直型両麻痺の主な症状:痙縮と筋力の弱さ
運動面の主な症状は痙縮と筋力の弱さです。痙縮は人間が持つ筋が伸ばされすぎて損傷しないようにするための反応である伸張反射という反応が過度に強まっている状態で、筋を素早く伸ばすほどブレーキをかけるように筋に力が入ります。痙直型の筋に過剰に力が入るという症状はこの痙縮に由来しております。痙縮によって素早く動こうと思っても動きにブレーキがかかってしまうために動きにくさにつながります。もう一つの症状は筋力の弱さであり、体を動かすアクセルの出力が弱いといえます。歩くときや階段を上り下りするときには体重を支えた上でさらに動かすほどの力が必要です。筋力の弱さはこのような足の強い力が必要な動きの行いづらさに直結します。
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日常生活への影響:転びやすさと疲れやすさ
痙縮と筋力の弱さが日常生活の様々な動きに影響を与えます。中でも転びやすさと疲れやすさが代表的です。転ばずに歩くためには躓かないように十分に足をあげて、バランスを崩した際にもとっさに足を出して姿勢を保つ必要があります。たとえ一人で歩けるようにお子さんでも痙縮や筋力の弱さによって足が十分に上がらず、とっさに足を出すことも難しいために転びやすいことが多いです。また、痙縮や筋力の弱さのために他の子と同じ距離を歩いたとしても相対的な負担は大きくなると考えられます。転びやすく疲れやすいという特徴を補うために脳性麻痺の子どもは歩行器や手すり、車いす、介助などの支えが必要となるのです。
脳性麻痺の影響は体の動き以外にも及ぶことがあります。痙直型両麻痺のお子さんの場合は指先を使った細かい作業を苦手とすることが多いです。脳の障害部位によっては、視覚障害や聴覚障害、コミュニケーションの困難さに繋がることもあります。
2. 運動機能の低下に対する支援
加齢に伴う運動機能の低下
脳性麻痺を患う方の加齢に伴う運動機能の低下の影響は障害のない人よりも大きいようです。2016年に行われた脳性麻痺者の運動機能の低下に関する調査結果によると、40歳代になるころには、走ったりジャンプすることができるような比較的軽度の方でもその30%が、一人で歩ける方でもその50%が歩けなくなっており、杖を使って歩くことができる方の場合には、90%が歩けなくなっていたと報告されています。
運動機能の低下の要因:体が硬くなることと筋力低下
このような、加齢に伴う運動機能の低下については2つの要因の影響が強いと考えられます。体が硬くなることと筋力が低下することです。まず、体が硬くなることについてですが、前述のように筋が伸ばされすぎないようにブレーキをかける痙縮という症状の存在により、脳性麻痺児の筋は短く縮こまった状態になりやすいです。このような状態に、日常的に筋を伸ばす機会が少ないという生活習慣が加わると、筋はその状況に適応して徐々に十分に伸びなくなり、歩くことに支障をきたすようになると考えられます。次に筋力が低下することについてですが、脳性麻痺児は前述のように元々筋力が弱い傾向にあります。これに加えて日常生活で筋力を発揮する機会が少ないことや、過度に体重が増加してしまうことによって筋力がさらに低下し、歩くことに支障をきたすと考えられます。脳性麻痺児も障害のない人と同様に体の筋力は使うことで保たれます。立位や歩行、座位、椅子からの立ち上がりの際の下肢の筋活動を調査した研究により、座位では下肢の筋力はほとんど発揮されていないことが示されています。したがって、日常生活において座っている時間が大半を占めるような状況では下肢の筋力低下が進み、やがて歩けなくなるリスクが高くなると考えられます。
医療とリハビリテーションの役割と限界
脳性麻痺児は運動機能を維持するために様々な医療を受けています。代表的なものはリハビリテーションにおける各種機能訓練、装具を使った治療、薬剤による痙縮の治療、手術による筋腱の延長などがあります。これらの治療によって体が硬くなることや筋力低下を予防することで運動機能の維持・向上を目指しています。しかし、医療だけでは運動機能の低下を防ぐことはできません。例えばリハビリテーションの中で行われるストレッチや筋力トレーニングの時間は、その他の時間に比べるとわずかなものです。障害のあるなしにかかわらず、人間の体は使われない運動機能は低下するようにできています。たとえ一時的に筋力が向上し、体が柔らかくなり、できる活動が増えたとしても使われない機能はやがて失われてしまいます。歩くことや階段を登ることができる能力があっても、行わなければやがてできなくなるということです。
適切な生活習慣による運動機能の維持
そのため、運動機能の低下を防ぐには適切な生活習慣を実践することが大事です。適切な生活習慣の大事なポイントは次の4つです。
①本人と周りの人が運動機能の低下についての知識を身につけること。
②立位と歩行の機会をできるだけ確保すること。
③こまめに体を動かし、ストレッチを継続的に行うこと。
④肥満に注意し、動きやすい体を維持すること。
これらのポイントを押さえて体に無理のない範囲でよく動くことが運動機能の低下を防ぐために重要といえます。
3. 社会的な経験不足への対策
社会的な経験の重要性
学齢期の脳性麻痺児は社会的な交流の機会が少ない傾向にあると言われています。その背景には通院や入院などに費やす時間が多いことや、障害によって取り組める活動が少なくなりがちであることがあると考えられます。友人との交流の少なさやリーダー的、社会的な行動の少なさは、社会性や自己肯定感の低下につながる可能性があります。社会性や自己肯定感が大人になったあとの他者との関係性に影響することはご存知の通りです。社会に出た後の職場での人間関係や友人との関係、必要な場合には介護者との関係を良好に保つためにも、社会的な経験不足には適切に対応したいところです。
社会的な経験を阻む壁:医学モデルと社会モデルによる解釈
脳性麻痺児が社会的な経験を得られにくい原因はどこにあるのでしょうか?目的とする活動が障害によって行うことが難しいという状況において、社会的な経験を阻む障害はどこにあると考えればよいのでしょうか?
これに関しては2つの考え方があります。医学モデルと社会モデルという考え方です。医学モデルの考え方では障害はその人の心身機能の中にあると考えます。足に障害があり階段を登れないために目的の活動が行えないという考え方です。もう一つの社会モデルの考え方では障害は、障害のない人を前提に作られた社会の仕組みにあると考えます。歩けない人が移動することを想定せずに階段のみしか設置されていないために目的の活動が行えないという考え方です。医学モデルに偏りすぎることは個人の努力を過剰に強いることにつながります。階段を登れないなら登れるように練習することが問題解決の方法となりますし、文字が書きにくいならたくさん練習することが問題解決の方法となります。一方で、社会モデルの考え方を取り入れると、階段を登れないならスロープや手すりを作ろうか、文字が書きにくいならタブレットPCを使ってみようかなど問題解決の方法を個人の努力に限定せずに選択肢を広げることができます。
このような社会モデルを重視する考え方は近年広がっております。2006年に障害の社会モデルの考えが示された障害者権利条約が国連で採択され、2014年には日本が批准しました。そして2016年にはこの条約を基に障害者差別解消法が日本で施行され、法的にも社会モデルの考え方が重視されるようになりました。障害者差別解消法の中では障害を理由とした不当な差別的な取り扱いを禁止しているほか、社会的な障壁を取り除いてほしいという要望があった際には必要かつ合理的な配慮をすることが義務付けられております。このような配慮のことは一般的に合理的配慮と呼ばれています。
合理的配慮の具体例
合理的配慮は障害のある人が障害のない人と平等に人権を享受し行使できるよう、一人一人の特徴や場面に応じて発生する障害・困難さを取り除くための、個別の調整や変更のことと定義されています。この定義も障害を個人の心身のみに限定してとらえるのではなく、社会の仕組みにも原因がある可能性が考慮されています。合理的配慮の具体例をみると、読み書きが困難な方にタブレットやなどを使用すること、移動が困難な方にスロープや手すり、エレベーターを設置することなどの環境整備のほかに、指示理解が困難な方に指示を分けたりイラストを使って説明すること、疲労・緊張しやすい方に休憩スペースを設けたり余裕をもって行動できる時間調整をすることなどの配慮も含まれています。人によって困難さは様々です。困難さを感じている人のことをできる限り理解し、その人に合った適切な合理的配慮が求められます。
4. ICTを活用した学習支援
学習の困難さに対するICTの応用
脳の機能は多岐にわたるため、脳性麻痺の影響は運動面以外にも及ぶことがあります。痙直型両麻痺のお子さんの場合は指先を使った細かい作業を苦手とすることが多いです。脳の障害の部位によっては、視覚障害や聴覚障害、コミュニケーションの困難さに繋がることもあるため、学習面でもそのお子さんの状況に合った配慮が必要となります。学習の困難さへの配慮としてICTへの注目が高まっています。
平成25年に作成されたICT活用ハンドブックでは、学習の根幹を成す「書くこと」、「読むこと」、「聞くこと」の困難さに対するICTを用いた合理的配慮が紹介されています。
書くことの困難さに対するICTの利用
まずは書くことの困難さについてです。黒板の内容をノートに写そうとしても極端に遅く、時間内に終わらせることができないお子さんや、ノートをとることに精一杯で教員の話を十分に聞いて理解することができないお子さんがいます。具体的な配慮としては、鉛筆でノートに文字を書くという手段を代替するために、タブレットPCに指やタッチペンで入力する。黒板の内容をデジカメやタブレットPCで撮影し、記録する。大がかりのものとしては教員が電子黒板を使って提示したものを、子供たちのタブレットPCに送信して内容を共有することなどが挙げられます。
読むことの困難さに対するICTの利用
次は読むことの困難さです。板書やプロジェクタの内容がすぐに読み取れず、読むのに時間がかかるお子さんや、単語や文章を飛ばしたり、文章をどこまで読んだからわからなくなるお子さんがいます。具体的な配慮としては、文字を読むという手段を代替するために、パソコンやタブレットPCに基本搭載されていることも多い文章の読み上げ機能を使用する。文字の読みにくさを解消するために、文字を拡大したり、読み仮名をつけたりできるデジタル教材を用いることなどが挙げられます。
聞くことの困難さに対するICTの利用
最後に聞くことの困難さについてです。教室の雑音に敏感で必要な指示や説明を聞き落としてしまうお子さんや、教員の指示を聞き洩らすことが多く忘れ物が多いお子さんがいます。具体的な配慮として、ノイズキャンセリングヘッドフォンで「話し声」以外をシャットアウトし、教員の説明やクラスメートの話し声だけに集中できる環境を作る。タブレットPC等を使って、重要なことを録音することで、聞き落としを改善し、提出物や持ち物の管理をスムーズに行えるということが挙げられます。
その他にも様々な困難さへの支援が紹介されていますので興味のある方はICT活用ハンドブックを御参照ください。
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参考:文部科学省「発達障害のある子供たちのためのICT活用ハンドブック」
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/zyouhou/detail/1408030.htm
また、ご自身が障害を持つお子さんを持つ元エンジニアの方が立ち上げた支援機器普及促進協会というNPO法人があります。障害を持つ人の生きづらさを変えるためにICTの普及に取り組んでおられます。ICTを学校現場に取り入れる上で大事な考え方や最新の機器の情報などの情報を講演会で伝えたり、ホームページに掲載されたりしているため、興味のある方はぜひご覧ください。
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参考:NPO法人支援機器普及促進協会
http://npo-atds.org/
まとめ
脳性麻痺は、出生前、出生時、または幼少期に脳に生じた損傷によって引き起こされる運動障害の一群です。この損傷は血流不足、ウイルス感染、脳の奇形など様々な原因によるもので、筋肉のコントロールや動きに永続的な影響を及ぼします。脳性麻痺にはいくつかのタイプがあり、その中でも痙直型両麻痺が最も一般的です。痙直型両麻痺では、筋肉の過剰な緊張(痙縮)が見られ、特に下肢にその影響が現れます。これにより、歩行時に不安定さが生じ、支援が必要になることが多いです。
脳性麻痺の主な運動面の問題には、痙縮と筋力の低下があります。痙縮は筋肉の過剰な緊張を引き起こし、動作のブレーキとなり、筋力の低下は特に歩行や階段の上り下りなどの活動を困難にします。これらの症状は日常生活における多くの動作に影響を与え、転びやすさや疲れやすさを引き起こします。
加齢に伴い、脳性麻痺を持つ人々は運動機能のさらなる低下を経験することがあります。この低下の主な要因には、体が硬くなることと筋力の低下があります。適切な医療とリハビリテーションは運動機能の維持に役立ちますが、日々の生活の中で適切な運動機会を確保することも同様に重要です。
脳性麻痺の子どもたちは社会的な交流の機会が限られがちですが、社会的な経験は彼らの社会性や自己肯定感の向上に不可欠です。障害が社会的な経験を得ることの障壁となる場合、社会モデルに基づく合理的配慮が彼らを支援する方法として提案されます。これには環境の調整や特定のニーズに合わせた支援が含まれます。
学習の困難さに直面する子どもたちを支援するために、ICT(情報通信技術)の利用が有効であることが示されています。特に書くこと、読むこと、聞くことの困難さに対して、タブレットPCの使用や読み上げ機能などのテクノロジーが役立ちます。
脳性麻痺に対する理解と適切な支援は、これらの子どもたちがより自立し、充実した生活を送るために不可欠です。