健常児の姿勢制御の発達過程とリハビリテーションへの応用
健康な子どもたちが一人で立ち、歩き始めるまでには、複雑で微妙な姿勢制御の変化が生じます。この記事では、健常児の姿勢制御の発達過程を探り、その知見が痙直型両麻痺児の理解とリハビリテーションにどのように応用できるかを考察します。
成人の姿勢制御の基礎
健康な成人が安静立位を保持する際、主に身体の後面に位置する姿勢筋が適切に必要最小限に活動しています。そして、身体に対して力が加わった際には、その力の程度と方向に合わせて、身体の姿勢筋がバランスを保つために適切に活動します。例えば、バスが急発進するとき、私たちの身体には後ろに倒れる力が加わりますが、これに対して自然にバランスを取ろうと身体の腹側の姿勢筋が反応します。この反応は、足関節の前脛骨筋から始まり、大腿四頭筋、腹筋群へと続きます。このプロセスでは、筋は主に遠位から近位へと順番に活動し、姿勢と平衡を保ちます。
健常児の姿勢制御の発達
発達過程にある健常児の姿勢制御は、成人のそれとは異なる特徴を示します。立位を獲得する過程で、子どもたちは以下の段階を経験します。
つかまり立ち初期: 背景筋活動が顕著で、姿勢筋の明確な活動はほとんど見られず、筋活動のばらつきが大きい。
つかまり立ち後期: 背景筋の活動は引き続き強く、複数の姿勢筋に明確な活動が見られるようになるが、拮抗筋の過度な共同収縮が見られる。
独立立位: 背景筋の活動が弱まり、体幹と大腿、下腿の協調的な姿勢筋活動が認められ始める。
独立歩行初期: 背景筋の活動がさらに弱まり、体幹と大腿、下腿の協調的な姿勢筋活動が明確に認められる。拮抗筋の過度な共同収縮が見られる。
独立歩行後期: 体幹の姿勢筋活動が減少し、下肢の活動が増加。拮抗筋の共同収縮も減少する。
この発達過程は、高い背景筋活動、拮抗筋の過度な共同収縮、姿勢筋の活動順序の逆転(成人とは逆の近位から遠位へ)、姿勢筋の遅い反応、筋活動のばらつきという特徴が徐々に目立たなくなり、成人の姿勢制御へと近づいていくことを示しています。
痙直型両麻痺児の姿勢制御
興味深いことに、健常児の発達過程におけるこれらの特徴は、痙直型両麻痺児の姿勢制御の特徴と共通する部分があります。特に、「近位から遠位への姿勢筋の活動順序」と「拮抗筋の過度な共同収縮」は、痙直型両麻痺児にも見られます。このような姿勢制御の特徴には中枢神経の障害だけでなく、生体力学的な特徴、例えば特定の姿勢(かがみ姿勢など)も影響していることが示唆されています。
姿勢制御の発達とリハビリテーション
この知見はリハビリテーションの分野で有用です。健常児と痙直型両麻痺児の姿勢制御の類似点を理解することで、リハビリテーションプログラムをより効果的に設計できます。また、この知見は運動発達遅滞のお子さんにも応用できます。例えば、遠位の筋が適切に機能しているか、また拮抗筋が過度に共同収縮していないかを視診や触診によって確認し、筋の過度な収縮へのアプローチや姿勢制御の発達段階に応じたトレーニングを提供することができます。
リハビリテーションでは、姿勢制御の発達過程を踏まえ、個々の子どもの現在の発達段階に合わせた介入が重要です。具体的には、以下のアプローチが有効です。
遠位の筋機能の評価と強化: 健常児の発達過程では、遠位の筋(例えば足関節周りの筋)が姿勢制御に重要な役割を果たします。遠位の筋機能を評価し、必要に応じて強化することで、姿勢制御の発達を促進できます。
拮抗筋の共同収縮の管理: 発達初期に見られる拮抗筋の過度な共同収縮は、効率的な姿勢制御に影響を与えます。リハビリテーションでは、この共同収縮を減少させるトレーニングが有効です。
姿勢筋の協調的活動の促進: 健常児の発達過程において、体幹と下肢の姿勢筋が協調して活動するようになることは、効率的な姿勢制御の獲得に欠かせません。リハビリテーションでは、このような協調的な姿勢筋活動を促すエクササイズが推奨されます。
個別化された介入: 子どもの現在の発達段階、特定のニーズ、そして強みを考慮した個別化された介入が効果的です。リハビリテーションプログラムは、これらの要素に基づいて調整されるべきです。
まとめ
健常児の姿勢制御の発達過程は、成人への移行期において独特の特徴を示します。これらの特徴は、痙直型両麻痺児の姿勢制御と共通する点があり、リハビリテーションのアプローチに重要な洞察を提供します。姿勢制御の理解を深めることは、発達段階に応じた個別化されたリハビリテーションプログラムの設計に不可欠です。
参考文献
Woollacott, M. H., Burtner, P., Jensen, J., Jasiewicz, J., Roncesvalles, N., & Sveistrup, H. (1998). Development of postural responses during standing in healthy children and children with spastic diplegia. Neuroscience & Biobehavioral Reviews, 22(4), 583-589.