初恋のひと。
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人生で一度は訪れるその瞬間。
気付ければ、成就されれば、それは幸せで。
そこには二人の影と少しの秘蜜と。
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入学式から三週間足らず。
入学式には間に合わず、変なタイミングだなと思っていたが、
先生曰く家庭の事情とやらで遅れてやってきたらしい。
うつむいたまま挨拶をする転校生。
彼女は、まだ違う制服のスカートだった。
恥ずかしそうに顔を上げた転校生、
目が合ったこの時はまだ何か起こるなんて思ってもなかった。
隣の席に案内された転校生、小さい声で「よろしく」って振り絞る。
気の利いた事なんか言えるはずない僕は頷いただけだった。
その完成された容貌からか、みんなから好まれる性格からか。
転校生は目立っていて高嶺の花だった。
大型連休の前半は早くも過ぎ去っていった。
少なくなってきたが、今日の昼休みも他クラスの男子が見に来ていた。
“地味”とか“可愛い”とか自分勝手好きな事言って、聞こえるくらいの聲で。
気付いたら我慢できずにドアを閉めていた。
転校生はただただ驚いたようだった。
周りの視線は痛かった。
それでも後悔はなくて。
終わりのチャイムが鳴り、皆が席に着く。
授業が始まっても気まずいまま。
転校生が僕の袖を掴んで渡された手紙。
"ありがとう"
一言だけそう書いてあった。
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変わった教室、離れてしまった席でも、授業中に目が合った。
気まずかったはずなのに君は、無邪気な顔を僕に向けた。
好きな漫画を読みあったり、ゆっくりお互いの好みを知る。
恋なんて漫画の話で、そんな感情は持っていなかったはずだった。
好きを知った。
きっかけなんて些細なことで。
ストレートな誉め言葉、話しやすいって言われた時とか。
だから良い友達でいようと努力して。
不格好な僕じゃ釣り合わないって。分かっていたから。
体育の授業でプール掃除をしている時、話が聞こえてきた。
夏休み、皆で勉強会して花火もしよう!って。
君が男子に誘われているのを横目で見てた。
その中にどうせ僕がいるはずない。
なのに突然、君は言ったんだ。
『一緒に行こう』って。
僕を見て確かに言ったんだ。
不愛想に良いよなんて返してしまって。嬉しいくせに何様だよ。
名前すらまだ呼べないのに。
恋は苦しいと知った。
初めて見た私服姿、集中なんかできるはずなかった。
「少し出るね。」
そう残して一人席を立って自販機に向かおうと部屋を出た。
『どうしたの?』
って君に見つかり、喉が渇いてって言ったら君もついてきた。
戻ったらお似合いだとか揶揄われて、二人して否定して。
君に向けられたピースサインすらも無視してしまい。
勝手に傷ついて、恥ずかしく。
君の可愛いさなんて束縛できるはずもなくて、
君の可愛いが恋しないように願っていただけ。
あれも良い想い出だったって今なら笑える。
『もう卒業、だね。』
君がそう呟いて、そうだねなんてありきたりな返事。
「まさか、ずっと同じクラスになるとは思ってもなかったや」
そうだねって、お互いに言葉が詰まる。
きっとこれが君とする最後の会話。
それなのに、何一つとして思いつかない別れの挨拶。
" 好きな人 とか いるのかな なんて "
君から周りには聞こえないほど小さな声で。
男女の友情があるんだって思わせるくらいの距離感で過ごしてきた日々。
友達の時間が長く、恋人になるには近すぎる二人で。
異性として見てくれない。
それでも良かった。
もし上手くいっても進路も違う。
遠距離とか無理、付き合えないって思っていた。
時間は無限に感じられる程にあって、可能性はゼロに近くて。
憧れた蕾はまだ閉じたまま。
ずるい君は少し寂しそうな顔で僕を見ていた。
芽吹いていた気持ち。
僕は無意識に言っていた。
君だと。
ごめんって出かけた言葉。
少し無言の後に、君は前へ歩いて顔を隠し振り返って言う。
『多分、私の方が好きだよ?』
桜に染まる君の頬、君に染まる僕の心。
二人の影が近づいて一つに重なる。
恋は美しいんだと知った。
君の指に、僕の指が絡まって、どきどきの心臓の音が聞こえそうな沈黙。
春一番が吹き荒れ青空が笑った。
一生涯残る、遅いなんてことはなかった二人の三年間の物語。