「忘れられた手紙」
高校卒業後、一度も地元に帰らなかった俺は、母が亡くなったという知らせを受けて15年ぶりに実家を訪れた。家はそのままだったが、時の流れを感じさせる埃っぽい空気に圧倒される。
母の遺品を整理していると、台所の隅に古びた箱を見つけた。中には大量の手紙が入っていた。俺宛てのもの、父宛てのもの、誰か知らない人宛てのものもあった。
一通目を開けると、それは15年前、俺が東京に引っ越す前夜に書かれた母の手紙だった。
「あなたが笑顔で帰ってこれるよう、私はいつもここで待っています」
気づかなかった。母はずっと、俺の帰りを待っていたのだ。
手紙を読み進めるうちに、母がどんな気持ちで俺を送り出したのか、どんな日々を過ごしていたのか、少しずつ見えてきた。そして最後の手紙を手に取った時、宛名がなぜか俺の名前ではなく「未来の自分」になっていた。
そこにはこう書かれていた。
「いつか、あなたも自分を責めることがあるでしょう。その時は、この手紙を読んで思い出してほしい。あなたが生きているだけで、私には十分幸せでした」
気づけば、涙が止まらなかった。