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【SM小説】ご主人さまのおみ足【足舐め】

<ねえねえ👉これから迎えに来れたりする?>

机の上で震えたスマホをちらりと見ると、ご主人さまからのLINEだった。

<行けるよ。今からだと30分後ぐらいかな?>

<おけ、じゃあ待ってるね~>

<今から準備してすぐに向かうね>

<わーい>

というやり取りをしたのが40分前だった。溜まっていたメールを何本か返してからパソコンの電源を落として、上着と財布とスマホだけを持って外に出て、車に乗ってご主人さまの職場の近くのコンビニに向かい、駐車場に車を止める。

ご主人さまに到着したことをLINEすると、

<もうちょいかかりそ。ごめん🙏>

と返信が返ってきた。ご主人さまはこういうことも多い。時間を潰すためにコンビニでお茶と肉まんを買い、車外に出て夜風に当たりながら肉まんを頬張る。

身体の芯まで冷やすような厳しい寒さもそろそろ終わり、日中は汗ばむようになってきた。それでも日が暮れるときりっとした寒さが戻ってきて、かえってそれが心地良い。深夜のコンビニの駐車場は雰囲気があって好きだった。

コンビニの周囲だけが煌々と明かりがついていてどこか幻想的で、感傷的な寂寥感が漂っている。真夜中のコンビニに行くといつも、エドワード・ホッパーの<ナイトホークス>の絵画を思い出す。深夜のニューヨークの街角を描いた20世紀のアメリカ美術の傑作絵画。熱帯魚の水槽のように蛍光灯で灯されたダイナーの中にいる4人の男女。コーヒーカップを脇に置いて煙草を吸う男と、その隣にいる赤いドレスを着た赤髪の美女。自らの職責をただただ寡黙に果たしている金髪の店員。独りで孤独にスツールに座って食事をするスーツ姿の男性。明るく、清潔な街路の何気ない光景なのに、どうしようもない孤独感が絵画全体から漂ってくる。ただ、その孤独感のどうしようもなさに悲愴さは含まれていない。もっと乾いた都市の孤独だ。均衡がとれた孤独。

肉まんを食べ終えて、電子タバコを片手に煙をふかしていると、ご主人さまが歩いてやってきた。オフィスカジュアルなブラウス、膝丈のフレアスカート、足の甲が大きく開いたヒールのあるパンプス。ヒールをコツコツと音を鳴らしながら僕のもとにやってくる。

「なにかっこつけちゃって、ダサいよ?」

そう言って僕の肩を軽くパンチする。

「おつかれさま」

肩をさすりながらそう返すと、ご主人さまは「ちょっとこれ持ってて」と言って、鞄を僕に持たせようとした。コンビニで買い物をしてくるつもりなのだろう。

「あ、グリーンスムージーと明日の朝食のパンだったら買って車の中に置いておいたよ」

僕がそう言うと、ご主人さまはにこっと微笑んで、

「へえ、気が利くようになったのね?」

と言って、僕の頭をくしゃくしゃと撫でた。頭皮に彼女の指が触れてくすぐったく、ついにやけてしまう。

きっと僕は不細工な笑顔を晒してしまっているんだろうな、と思う。


■2■


ご主人さまを車に乗せて、彼女の家に向けて車を走らせる。ほんの30分程の距離の間、他愛もないお喋りをする。仕事帰りのご主人さまは、休日に会うときよりも、お喋りで外向き用の仮面が剝がれきってはおらず、それはそれで興味深い。ほんの少しだけ声のトーンが固くなっているのだ。

それに、少し疲れ気味のアンニュイな表情に色気を感じる。街灯に照らされた横顔をちらちらと見ながら、その大人な色気にドキドキしてしまう。こうやって話しながら職場を離れれば離れていくほど、“仕事をしているオトナの女性”から、“悪戯好きな勝気な少女”の表情にグラデーションしていく。

あっという間のドライブだった。そして、こうして呼び出されて車を出した時、ご主人さまはいつも“ご褒美”をくれることが僕らの慣習になっていた。彼女の家から少し離れた、人通りの少ない公園の脇の道路の路肩に車を駐車させた。この辺り、この時間にはほとんど人の通りが途絶える。この時間、ここを通るのは新聞配達くらいなものだ。

エンジンを停止させると、車体の下のボディ部分の遮熱版が収縮するパキンパキパキパキッという音が妙に響く。この瞬間、いつも期待と興奮で緊張して、ご主人さまの目を見ることができない。

ハンドルに両手を置いたまま、恐る恐るご主人さまの方を見ると、彼女の視線と僕の視線が交差する。その視線は性的な湿度と粘り気をもって絡み合う。

「……ヘンタイ」

ご主人さまはぽつりと呟く。

「ご、ごめん……」

緊張からか声が上手く出ずに、どこか上ずったような、掠れたような声になってしまったのが恥ずかしい。それは僕が性的に昂っているときにしか出せない声色だったからだ。

「ったく、しょうがないねえ」

そう言ってご主人さまはシートベルトを外して、身体をひねってドア側に背中を預ける。そして、スカートの裾を押さえながら足をあげて、僕側に伸ばして膝の上に置いた。

僕の膝の上にはご主人さまの脚が乗っている。その光景を見ただけで心臓が高鳴っていく。ストッキングに包まれたすべすべした脚の感触が、僕のズボン越しに太ももに伝わってくる。夜の冷気に冷やされたその脚はひんやりとしていてどこか無機質な感触さえする。

「……ねえ、ご主人さま。脚、めっちゃエロいよ……すごくキレイ……ねえ……」

そう。ご主人さまの脚はエロいし、キレイなのだ。ふくらはぎがキュッと締まっていて健康的な色気を感じさせる。僕はいったいこの脚にどれだけ翻弄されてきたのだろう。

「ねえ……キレイ……すごくキレイ……美しい……です……ほんとに、ほんとにもう、美しい……」

うわごとのように何度も言葉を発する。たったそれだけで、股間が痛みを覚えるほどに膨らみ、焦燥感に胸が焦がれていく。どれだけ賞賛の言葉を重ねたとしても、自分のこのどうしようもない気持ちを伝えられた気がしない。

「さっきからうるさいんだけど」

ご主人さまがそう言って脚をあげて僕の頬を踏みつけにした。僕の顔はひんやりと冷えたリアウィンドウに押し付けられる。そうしてご主人さまは僕の頬に体重をかけてグリグリと踏みにじる。一方で末端冷え性のご主人さまの足先もまた冷たかった。興奮で火照った左右の頬が冷やされていく。

僕はご主人さまの足首に手を添えながら体勢を立て直して、ご主人さまの方に向き直り、頬に押し付けられた足裏を持って、一気に顔を埋めた。一日分の汗で湿ってひんやりしたナイロン地の感触を顔全体に感じる。そして思いっきり息を吸い込む。

「ね~ちょっと~くさいよ~」

そう言ってご主人さまは足を引っ込めようとする。でも、僕はがっちりと掴んで離さなかった。

「今日はいっぱい仕事、しましたね?」

僕がそう言うと、ご主人さまは恥ずかしそうにして照れ笑いをする。

「ねーえー」

ご主人さまは抗議の声を上げる。

「良い匂い、すごく良い匂いがする」

「嘘だ~」

「嘘じゃないって。ほんとに良い匂いなんだって」

もちろんそれは本当に嘘なんかじゃない。パンプスの皮の匂いと、柔軟剤の匂いと、蒸れて凝縮された汗の匂いと、彼女の体臭が混じった匂いだった。その匂いは、ご主人さまだけが発することができる特別な匂いで、何度も鼻から息を思いっきり吸い込む。そして、吸い込めば吸い込むほどに、頭がおかしくなりそうなほどに興奮していく。

もっと……もっと欲しい……

「舐めたい……」

そう僕がぽつりと呟くと、ご主人さまは呆れた表情をしながらも、スカートの裾から手を入れて尻を浮かせてストッキングを脱いでくれる。そして、ほら、と裸足の足を差し出してくれた。

ひんやりとした足の裏はふかふかしてて、それでいてもちもちしていて柔らかい。ご主人さまのきめの細かい白い肌が街灯の光を反射していて、まるで足それ自体が輝いているみたいだった。

「ちょっとさあ~、いつものことなんだけど足の裏凝視はさすがにハズいわ」

「ご、ごめん。でもすごくキレイだよ。ずっと見ていたくなる……」

「ほんっと変態なんだかっんっ……」

ご主人さまがそう言い終わる前にご主人さまの足の裏に舌を這わせる。汗の塩辛い味が口中に広がっていって、ご主人さまの味がして、とても美味しい。足指の一本一本を余すところなく舐め上げていく。

「んっ、可愛い指だね……」

素直な感想を述べる。ご主人さまの言う通り、足の末端は冷えきっていて、ひんやりと冷たい。その指一本一本を温めるように、口に含んで、舌の上で転がす。まるで氷を味わうかのように。

それにしても、どうしてご主人さまの足指はこんなにも可愛いんだろう。小さなパーツが規則的に並んでいて、つま先には貝殻のような爪が乗っていて、とても愛おしい気持ちになる。

「足に可愛いとかあるわけ?」

ご主人さまはそう尋ねる。

「うん、あるよ……ご主人さまの足……めっちゃ可愛い……」

「はあ……」

「こんなきれいな足を持って生まれてきたご主人さまは最高だ……」

「はあ?」

五本の指を全て舐めた僕は、土踏まずからかかとまでをすーっと舌を這わせる。

「っ……」

ご主人さまの喉が鳴った。足を舐められるっていったいどういう気持ちなんだろうか。きっとナメクジが這いまわっているみたいなくすぐったくて気色の悪い感触なんだろうな、と思う。

「ご主人さまの足、美味しい……」

「ほんっと変態なんだね、きもちわる~」

ご主人さまは僕をそう罵るが、でも、しかし決して足を引っ込めはしなかった。

こいつなら足を舐めさせてもいい、そう思ってもらえたのだと思う。そう思うと、興奮以上に幸せな気持ちが溢れてくる。

ご主人さまの肌に触れさせてもらって、それで舐めることすらも許可してもらえている。その事実がとても嬉しかった。その嬉しさの気持ちから、

「あ、ありがとうございます……」

と感謝の言葉が口から出てくる。

「仕事終わりの足なんか舐めて感謝してるの?どうしようもないマゾだね」

そう言ってご主人さまは嘲り笑う。その表情は勝ち気な少女のようで、胸が抉られるほどの愛しさが溢れてくる。

「はい……ありがとうございます……」

車内は足を舐めるときに舌から生じる水っぽい音と、湿度と欲望を多分に含んだ二人分の吐息で満たされる。

都会の闇夜の中で、一時の孤独感が癒されていった。


■3■


車内に常備していたウェットティッシュを何枚か抜き出して、僕の唾液まみれになった足を念入りに拭う。鼻にツンとくる清潔なアルコールの匂いで、先ほどまでの淫靡な空気が解けて、日常が戻ってくる。

でも、今晩はそれでもどうしても彼女から離れたくなかった。

「ねえ、今日さ、泊まっていってもいい?」

僕はご主人さまにそう尋ねる。

「いやいや、帰りなよ」

鼻で笑われて、断られてしまう。でも、僕はどうしても離れがたい気持ちになってしまっていた。

「いいじゃん、泊まらせてよ。それがだめだったら、うちに泊まってってもいいから」

「ダメだよ、明日も仕事でしょ?」

僕の太ももに置きっぱなしになっていた足を手のひらで擦ってすがった。

「お願い、いいじゃん、今日だけ……」

「ダーメだって」

それでも僕は追いすがる。その情けない姿を見てご主人さまの嗜虐癖に火をつけてしまったのか、

「へえ、じゃあさ、なんで泊まってほしいわけ?」

僕は言葉に詰まってしまう。恥ずかしくて、怖くて、その先を言い淀む。

「なんで?」

なおもご主人さまはそう煽ってくる。

「……す…き」

「え?」

「……す…」

「えー?聞こえないんだけど?」

嗜虐欲に爛々と燃えたその目で僕を問い詰める。

「す、好きだから……」

「えー?もごもご言ってて聞こえてこないよ?」

「好きだから、ご主人さまのことが好きだから」

「どのくらい?」

どう表現したらいいのか分からない。上手く言葉が見つからずに数秒の間があいてしまう。

「あ~、なるほどね?その程度なんだね」

ニヤニヤと笑って僕を言葉で追い詰めていく。

「ちっ、違うって……!あ、あの、一番、一番好き!だから、お願い、もっとずっと一緒にいたいの……」

追いすがるようにしてご主人さまの足を抱きかかえてそう言った。

「もうしょうがないなあ」

そう言ってご主人さまは頭を掻きむしりながら言った。

「あ、でも家は汚いからキミの家でいい?」

「うん!」

「もうほんっとにキミってやつは」

そう言って僕の脇腹を足先で抉った。

少なくとも今晩は、今晩だけは孤独に蝕まれることは無くなったみたいだった。そうやって、今日もまた一日を生き延びている。


<了>


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