生徒手帳のシーウィー 17
わたしは、たけしくんの首筋に埋めて、もみあげの毛の生え方を眺めながら、課長に似ているなあ、と思う。
「ねえ、どうだった?」
たけしくんに尋ねる。たけしくんはしばらく黙ったままだったが、
「……温かった。こういう風に、人間の存在を感じたのは、初めてでした」
と答えた。
「セックスって妙に子供っぽくない? アソコとアソコを擦り合わせる、滑稽な遊びみたい、まるで戦いごっこみたい」
ふふ、とたけしくんは笑う。
「それでも、大人はね、これを切実に真剣にしているの。お酒を飲んで『本当に良いセックスとは何か』と延々と議論を始めたり。この遊びをしたとかしてないで、人の価値を決めたり、別の相手とこの遊びをしたからって一生傷ついたふりをして、世間は毎週のように、誰と誰がその遊びをしたのかで興味津々。本当にくだらない。でも、時々、大人は、それが必要になるし、切迫した問題になりうるの」
たけしくんはわたしの頭を撫でる。は?舐めてんの?なでなでは百年早えーよ、と思うが、放って彼の好きなようにさせる。
「ねえ、聞いて、いい? みんな、どこかで、いつかのタイミングで、こんな馬鹿げたことをしているの。それも、馬鹿真面目にね。
世の中には、もっと、こんなもんじゃないくらい、アホなことを考えて、実行に移したりしてるのよ。
良い? 確かにたけしくんの見立てはある意味で的を得ているよ。人間なんて皮を一枚剥げばたいして変わらないよ。グロいし臭いし恥ずかしい生き物なんだよ。だからって、励ますわけじゃないけれど、っていうか励ましかもしれないな、たけしくんは、世の中の真実をクラスメイトより一歩先に知ったってことかもしれない。
だから、自信を持って、生きて。大人が……先生が、お父さんが、何を言おうと、構わないから、学校なんて、別に大したもんじゃないよ。行ったっていいし、行かなくたって変わらないよ。だから、もっと、きみは、世界を知って。世界は広いの。だから、世界を狭める選択肢だけはしないで。
きっと、きみは、この先、誰かを愛することもあるかもしれない。きっと愛するはずだし、愛されるはず。その時に、愛する人を何処にでも連れて行ってあげられるように、自分を強くしておいて、ねえ、お願いだから。
きみの生徒手帳に挟んであるシーウィーの死体写真のように、世界は、たまに醜いけれども、いや、たまに、じゃない。よくもまあ醜い形をしている。
でも、やっぱり美しいんだよ。きみは、その美しさを貪り食うべきなんだ。きみは世界の醜さを発見したように、世界の美しさも発見するべきだよ。目を凝らしてね。
そのためには、自分を強くして。ねえ、お願いよ。わたしみたいにならないでね」
感情の昂ぶりが抑えられずに、涙声になりながら、たけしくんに訴える。たけしくんは、触れ合いコーナーで初めてポニーを撫でる子どものように恐る恐る撫でている。そして、たけしくんは、こう言った。
「ねえ、狛江さん……」
「んー、なに?」
「もう一回してもいい?」
「馬鹿っ」
彼は、わたしの了承の言葉を待たずに、覆いかぶさってきた。
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