わたしが初めて男性を犯した日のこと
私は天使でもなければ聖人でもない
間違いだらけの人生だったけど
あなたが痛みの中で壊れるというのなら
私が一緒に炎の中に突き進むよ
Vicetone – Walk Thru Fire ft. Meron Ryan
私は物心ついたときから臆病の緊張しいだった。小学校の学芸会で舞台に立って大勢の前で“村人”の台詞を言わなきゃいけないことを考えては何週間も前から布団の中で泣き腫らしていたし、中学校受験では解けない問題が出てきたらどうしようって不安に苛まれた挙げ句に嘔吐して気絶したし、高校の運動会ではストレス性の蕁麻疹が身体中にできてクラスメイトに皮膚病だと勘違いされて気味悪がられた。
なるべく緊張なんてしないで生きていたい。
そのためには何もしないことが1番なのだ。
何もしなければ緊張することなんて起きない。
でも、それだと、いつまで経っても、何も変わらない。何もしていないから。
別に誰に強制されたわけでもない。むしろ、こんなこと誰だって「やめろ」って言うだろう。「馬鹿げてる」って。「危なすぎる」って。
私は自分を少しでも変えたかった。
何もないよりずっとマシだから。
だから、私はこの決断をしたんだ。きっと。
と大げさに言ってみたところで、緊張していることには変わりはないし、相変わらず怖い。何日も前から今日これから起きるであろうことを想像してはずっと緊張ばかりしている。想像したって結果が変わるわけでもないのに。事態が好転することなんて無いってことも分かっているのに。
やめられるもんだったらやめたいし、とっくにやめている。
ずっと、やめられず、かと言って諦められず、ずっと欲望が燻り続けて胸の奥を焦がしている。
その痛みに耐えきれず、私は、その痛みから逃れるようにして、ここにやってきた。
ここ数日の緊張はそれはそれは酷いもので、食べ物も喉を通らず、寝付きすら悪くなっていた。それでも考えることをやめることはできなかった。
だったら止めればいいじゃないかって思うでしょ?自分だってそう思うさ。自分はなんて馬鹿なことをしようとしてるんだろうって。危なすぎるって。こんなことすべきじゃないって。
でも、私にはこれからすることが絶対に必要で、これをしなければ生きている意味なんて無い。それくらい重要なことなんだ。
きっと、多くの人には私の気持ちなど理解できないだろうし、蔑まれるんだろう。しかし、私にはこれからすることが絶対に必要で、これをしなければ生きている意味なんて無い。それくらい重要なことなんだ。
だからさ、きっと、ううん、絶対に必ずね、あなたには分かってほしいって、理解してほしいって、思ってるんだ。ねえ、だから、お願いだから見てってよ。惨めったらしく懇願なんてこれっきりにするから。特等席をあなたのために用意してあげたからさ。これから私がする一部始終を全部見ることができる、とっておきの席を。だから、ね?
カウンター席の窓に立てかけるようにして置いておいたスマートフォンが短く振動する。スマホを取り上げて通知を確認すると、友人のるっさんからだった。龍田瑠衣(たつた・るい)は高校時代の同級生にして私の数少ない女友達。そして、私にBLを布教した宣教師でもある。彼女がいなかったら、私はもしかしたら、こんなことはしていなかったかもしれない。
<うたちゃ!どこにいるの?👀>
<スタバ。緊張しすぎてゲロ吐きそう🤮オロロロロ>
<吐いてる吐いてる笑 で、これから、その、、、M男に会うの?>
<うん、あともうちょっと。向かってるって連絡来た😫>
<そか。楽しんできなよ*👈>
<やめい笑 マジで帰りてえ>
<大丈夫だって。あたしが付いてるから>
<心の友~~~!!!>
<危なくなったらいつでも連絡してね😉>
<りょ!0時になっても連絡がなかったら殺されたと思って…>
<またまた~笑 楽しんでこいや🏩>
その時、私の隣の席に身ぎれいなスーツを着た女性が座った。彼女は一流の企業で働いているかのような高価な清潔さを身に着けていた。一口だけ飲み物に口をつけてため息を1つついてから、鞄に入っていたタブレットをいそいそと取り出して何やらキーボードを打ち始めた。きっと昼間にやり残した仕事をここで片付けているのかもしれない。
私の頭の中に、彼女に話しかける妄想が思い浮かぶ。
「ねえ、お姉さん。
私がこれから何をするか知っている?
きっとこれを聞いたらびっくりすると思うよ。
私ね、これから、男を犯すの」
でも、もちろん本当に話しかけたりなんてしない。ただ、ちょっと悪戯な妄想をしてみただけだ。
それにしても不思議だ。あと一時間もしないうちに私は男を組み敷いて犯しているのだ。そんなことおくびにも出さないけど。普通の、どこにでもいる、ちょっと内気な女子大学生にしか見えないだろう。
女の格好は動きを制限する代わりに、自信を与えてくれる。普段はジーパンとか、Tシャツとか、パーカーばかりだけれど、今日はスカートを履いて、ざっくりと胸元が開いて身体にぴったりフィットするニットソーを着て、濃いめのアイメイクを施した。
そうやって“女装”をすると、私は……私がいつもの私じゃなくなった気がする。山本詩乃こと“うたちゃ”から、“シノ様”へと変貌するスイッチ、みたいなものだ。そうすることによって、緊張とか臆病だったりする自分から、ほんの、ほんの少しだけだけど距離を置くことができる、気がする。
それにしても、だ。なんと滑稽な姿なんだろうか。ラブホテルの大きな洗面台の鏡に映った自分の姿を見てため息をつく。
自分の腰の辺りから、ひょろっと伸びている偽のシリコン製のペニス。しかも、なんか中途半端に勃っている。馬鹿みたいだった。仁王立ちをして腰に手を当ててポーズを取ってみる。うーん、なんか笑えてくる、変なの。
男が自分でする時みたいに右手で筒を作って、上下に扱いてみる。これを買ったときに自分の部屋でも装着した時にも思ったが、もう少しどうにかならないもんだろうか。
だってほら、鏡の向こうで少女だった頃の私が唖然とした顔で私の股間に目が釘付けになってしまっているではないか。十年後の私はこうして渋谷円山町のラブホテルの洗面台の前で、偽物のペニスを股間から生やして腰に手を当てている女になってますよ。軽蔑しないで、なんて無理、かな。
緊張しいで意気地ない私がどうして加虐性癖なんて身に付けてしまったんだろう。S女なんて、堂々としていて、いつも自信たっぷりな美女がならないと様になんてなるわけがない。
でも、私がS女になったのには、はっきりとしたきっかけがある。
あれは小学校低学年の時だった。近所にぶーちゃんという1歳下の男の子がいた。本名はとっくに忘れちゃったけど、太っていたからぶーちゃんってみんなから呼ばれていた。私とぶーちゃんは仲が良かった、というかぶーちゃんが私に懐いていて、よくお互いの家で遊んだり、公園で遊んだりしていた。
公園で2人で遊んでいたとき、なぜか、たった2人で隠れんぼをしようってことになった。それのどこに楽しさを見出していたのかいまいち分からないけど、所詮、子どものやることだから、大した意味なんて無い。楽しいからしてたってだけ。子どもはなんだって楽しめる才能があるのだ。
私がぶーちゃんから隠れて、ぶーちゃんが私を見つける役だった。それにしたって、だいたい住宅街にある公園で隠れられる場所なんて限られているから、子どもだってものの数分もあれば見つけられるはずだった。私はその時、木と配管を伝って公衆トイレの屋上に隠れた。我ながらいい隠れ場所を見つけたと思った。
ぶーちゃんは歳下で、小学生になったばかりのピカピカの1年生。公園のそれらしい茂みだったり物陰を探したけれど私の姿はどこにも見当たらなかった。公衆トイレの中に入っていった時はドキドキしたけれど、まさか屋根の上に隠れてるなんて思わない。しかも、背も低いわけで、絶対に見つけることなんてできない。逆に、私からはぶーちゃんが私を探し回っている様子は全部見える。
最初はニコニコしながら私を探してたぶーちゃんの表情が、だんだんと曇ってくる。木の陰にもいないし、滑り台にもいない、ベンチの下にもいない。何度も何度も探すけれど、どこにも見当たらない。そのうち私を呼ぶ「うたちゃーん!どこー!降参―!もう出てきてー!」という声が不安そうに揺れ始める。それでも私は返事をしなかった。ぶーちゃんが狼狽える様子が面白かったから。
そろそろ可哀想だし出ていってあげようかな、と思ったその時、ぶーちゃんが、公園の真ん中でぽろぽろと泣き出した。「うっぐ、ぐえっ、ひっ、うたちゃーん!うう、うっぐうたちゃーん!」涙を浮かべながら私の名前を必死に呼ぶ。私はその表情を、トイレの屋上に這いつくばりながら頭だけを出して、全部見ていた。
「えええええええん!うたちゃーん!どこーーーーーー!えええええん!うたちゃーん!うたちゃーん!うたちゃーん!」
泣きながら必死に私の名前を呼ぶぶーちゃんの声を聞いていた時、心臓が高鳴って、内蔵の奥の方がもやもやと重だるくなったのを自覚した。今までに感じたことのない不思議な感覚だった。
「うたちゃーん!うたちゃーん!うたちゃーん!ええええええええええええん!」
あれが性的興奮だったと分かるのは何年か後のことだった。私という存在を心から求め、私という存在を切に請い、本心から私の救いを必要としている切なる声に私は性的な興奮を覚えていたのだ。その性的な興奮は粘膜の刺激による刹那的でお手軽な快楽と違い、私を満ち足りた気持ちにさせる興奮だった。
私はその声を聞きながらも、どうしてか今すぐ帰りたい気持ちになって、泣きわめくぶーちゃんに気付かれないようにトイレの屋上から降りて、こっそり家に帰った。
その晩、ぶーちゃんの親から私の家に電話があって、母親にこっぴどく叱られた。
もうぶーちゃんの顔も思い出せないけど、あの泣き声だけはずっと忘れることができない。
きっと、これからも。あの甘美な泣き声は私の頭の中で反響し続けるんだろう。
洗面所の扉を開けると、一糸まとわぬ姿で床に正座している成人男性の姿があった。これが人間の本来の姿なのか、と思う。スーツという社会性を脱ぎ捨て、全てをさらけ出した剥き出しの人間の姿。
そんな人間が、不安げな表情を浮かべながら私を上目遣いで見上げている。
「シノさま……」
もう一つの私の名前を呼んだ。その口先に偽のペニスを持っていく。それだけでこの男はうっとりとし始める。私が「舐めろ」と言うと、その男は偽のペニスを口に頬張った。
偽物の玩具だと言うのに、この男はまるで血の通っている本物かのように慈しむように丁寧に舐めあげた。唾液交じりの水っぽい下品で卑猥な音を鳴らしながら喉の奥まで咥えたかと思ったら、裏筋を刺激するように舌をちろちろと動かす。
「ねえ……美味しい……?」
自然とそう聞いてしまう。美味しいわけないのに。
「は、はい……美味しいですぅ……」
とその男は恍惚の笑みを浮かべながらそう答えた。
「ふふ、だらしない顔しちゃって」
「は、はい……ごめんなさい」
「ほら、もっと奥までしっかり咥えて」
別にこんなベタベタのエロ漫画みたいなことを言うつもりなんてなかったのに、そんなありきたりな台詞が口をついて出てしまう。もっとこの男を苦しめてみたい、私はそう思い、この男の後頭部を鷲掴みにして、ぐっと腰の方に寄せる。
この男は咳き込みながらも、それでも必死になって咥えこんで離さなかった。その様子を見ていると、次第に脊髄が痺れるような感覚がしてジーンとする快楽が身体に染み渡っていく。
仰向けに寝転がった男を組み敷いて尻の穴を犯している。私が腰を突き出すたびに、この男はまるで女のような嬌声をあげていた。
私はその姿を見て興奮していたし、それ以上に、自分には力があるって思えた。自分は自分の意志でもってこの男に快楽を与えている。与えられる側ではなく、与える側であるということ。それはまるで、自分が認められているような気持ちになった。
緊張しいで臆病な私は、同時に強固な理性の持ち主でもあった。だから、男に抱かれたとしても、こんなに乱れることなどできようもない。気持ち良いことには気持ち良いが、それは、マッサージに似た気持ち良さでしかなかった。だから、一突きごとに、ホテル中に響き渡るような嬌声をあげているのは、なんだか嬉しいし、羨ましいし、すっごく興奮する。
でも、やっぱり私は性格が悪いので、ふいにすっぽりとペニスを引き抜いてしまう。呆けた顔をしたその男は突然快楽を取り上げられて、私の方を見上げて、目で何かを訴えかける。
「ねえ、まだ足りない?」
と尋ねると、その男はこくこくと頷いた。
「だったら、シノさま、もっとくださいっておねだりしてみて?」
私がそう言うと、その男は弱々しい声で、私の名前を呼びながら、みっともなく懇願する。股を大きく開いて、尻を開き、陰茎を晒しながら。そうやって私に必死に懇願する無様なさまをもっと見ていたくて……私の名前を呼んで懇願されたくて……私は、聞こえないだの、声が小さいだの、誠意が感じられないだの、そんなに恥ずかしがってたらあげたくなくなってきただの、難癖をつけて何度も何度も言い直させた。
「もっと、大きな声ではっきりと言わないと伝わらないよ?」
私は崖っぷちまでこの男を煽り立てる。
羞恥で顔をくしゃくしゃにしたこの男は、シノさま!シノさま!シノさま!と私の名前を連呼して、卑猥な言葉を並べ立てて、みっともなく醜く懇願した。その懇願に答えて、私のペニスでこの男を串刺しにしてやることにした。
その男はこれまで以上にないほどの喘ぎ声を上げて悶えていた。彼のペニスはガチガチに固くなってどす黒く変色した亀頭をパンパンに膨らませていた。
羞恥心を振り切って喘ぎまくっている彼と、全身汗みずくになりながら一心不乱に腰を振る私。きっと、明日は筋肉痛になってるだろうな、なんて思いながらも、もっと彼に与えたくなった。たくさん、たくさん、この男の中に私を注ぎ込みたい。
だって、コイツだって私と同じなんだって思ったから。私と同じ、暗く醜い性欲の持ち主だから。
それからほどなくして彼は果てた。ぐったりとベッドに横たわっている彼と、汗だくになった私。そして、ベッドの横でそれを見ていた少女時代の私。
「ねえ、やったよ。どう?あなたがしたかったこと、やっとできたよ」
私は私に声をかける。
ねえ、歪んじゃったね。私たち。
もっと、早くにどうにかしてたら、歪まなかったのかな。
そしたら、こんな薄暗い部屋で偽のペニバンを生やして男を犯さなくて済んだのかも。
でも、いいよね?いいじゃんね?大丈夫だって。
だって、こっち、超楽しいもん。
だって、かっこいいじゃん。
だって、こんな自分が好きなんだもん。
だからさ、愛してるよ。
ほんとだって。
ほんとに愛してる。
ありがとうね。私をここまで導いてくれて。
あなたがこうやって悩みながら生きてくれなかったら今の私はいない。
心から愛してるよ。
あなたのことを。
ありがとう。
真冬の寒風でさえ、私の火照った身体を冷ますことはなかった。
その男とは改札まで一緒に歩いてホームに上がる階段の前で別れて、それぞれ違う電車に乗って、それぞれの帰途についた。さっきまで私の下で喘いでいたとは思えないほど、しっかりとしたリーマンの仮面をぴったりとつけて彼は颯爽と帰っていった。
私はと言うと、やっと肩にのしかかっていた積年の重荷が降りた気がして、背筋がピンと伸びる。そして、混み合った電車に乗ってから、るっさんにLINEを送る。るっさんはずっとLINEを気にしてくれていたのか、秒で返信が返ってきた。
<うたちゃ!どだった?>
<楽しかった🤭>
<怖かった?>
<怖くなかった😳るっさんの言った通りだった>
<でしょ~?!ぐっじょ!!うたちゃ👍>
自分は自分のことをちっぽけな存在だって思ってたけど、きっと、自分が思ってるよりはちっぽけじゃないんだろうな。男を気持ちよくさせられるくらいには私には価値があるんだろうな。満員電車の人の壁に潰されて、鞄の内側から私の腹をつついてくる偽のペニスを感じながら、そう思った。
あなたは1人じゃないわ、私が隣にいる
どうしてそんなことも分からないの?
何があっても私がなんとかしてみせるわ
どうしてそんなことも分からないの?
私もあなたと一緒に炎の中を歩いているのよ
Vicetone – Walk Thru Fire ft. Meron Ryan
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