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【7研アドカレDay8】ナナシス二次創作三本立て

「また会いましたね。あまりに特徴がないので、思わず見過ごしてしまうところでしたよ。特徴がないというのが、あなたの特徴みたいですね♪」

鰐淵エモコ(が言ってそう)


イントロダクション


なんだかんだでバトンが続いている7研連合アドカレ企画。僕が最初にカレンダーを見たときはスカスカだったのに、今となっては連日の記事投稿が予告されています。このまま最後まで想いのたけ手渡していきましょう!

――そして、お誕生日おめでとうございます!


立命館大学ナナシス研究会会長、紅鍵さん!(相席食堂風に)


ステゴの「黄金のメロディ⤴」めっっっっっっっちゃいいですよね。分かります。メロポケの引用部分も、フンバレの「いつか消えてく光があるなら」を彷彿とさせますよね。こんなことを歌うアイドルが他のどこにいるんだ?(誉め言葉)。
前日のアドカレ記事はこちらになりますので、まだの方はぜひ目を通してみてください! わかるわポイント盛りだくさんですよ!!


というわけでBDバトンを繋げるべく、本日のアドカレは僕が担当します。

そう、実は今日(8日)誕生日なんです。やったね! また一歩死に近づいたね!(絶望) 

……誕生日が嬉しかったのって、せいぜい小学生くらいまでですかね。

あのときは本当に嬉しかった。なにより嬉しいのは誕生日プレゼント。普段はおねだりしても買ってもらえないおもちゃが、この特別な日に限って、包装紙にくるまれて登場するのですから。

夜ご飯はいつもよりずっと豪華で、お寿司にバースデーケーキが並んでいました。今となっては、自分で買ったセブンの300円スイーツが冷蔵庫のなかにぽつねんと置いてあるだけ。悲しいなぁ……。

そんな悲哀に満ちた僕の心は置いといて、本題に入ります。

はい、まず謝ります。本当に申し訳ありません!

ちゃんとした記事を書くつもりではいたのです。だがしかし、どうしても時間が許さなかった。今週はテストに面接にバイトに取材にと、あまりにもいろいろなものが目白押しだったのです。とにかく時間が足りませんでした。

というわけで、今回は某所にひっそりと投稿している「ナナシス二次創作」を、豪華三本立てでお送りしたいと思います。全部合わせるとけっこうな文量なので、しんどかったらここまでで大丈夫です(笑)

……でも、読んでくれると嬉しいな(チラッチラッ)


4Uと定期テスト


 わたしたちが在学している亜麻百合高等学校では、定期テストが終わってしばらくすると、学年フロアの廊下に成績優秀者が張り出されるならわしになっています。

 休み時間に張り出しが始まると、クラスはもちろん、フロアじゅうがてんやわんやの大騒ぎ。ちょっとしたお祭りみたいになるんです。

「まったく。よくその程度のことで大騒ぎできるわよね」

 ウメちゃんはわたしの席のすぐそばで、そんなことを言いました。廊下の方をじぃーっと見つめています。

「あはは……ウメちゃんは結果、気にならないの?」
「当たり前じゃない。この天才美少女ロッカーにはね、新曲を上げる使命ってもんがあるの。テスト勉強なんて二の次どころか三の次よ」
「でも、あんまり点数が悪いと補充になっちゃうんじゃ……」

 わたしが心配になって言うと、ウメちゃんの肩がちょっとだけぴくりと跳ね上がりました。

「な、なにを言うのよヒナはっ! このあたしに限って、そんなヘマやらかすワケないじゃないの! ああ……でも、頭でっかちのエモコなら補充の可能性あるわね!」
「エモちゃん、この間のテストでも5位だったし、それはないんじゃないかなぁ……あ、エモちゃん!」

 窓をへだてた向こう側の廊下に、わたしたちが見慣れたうしろ姿が見えました。どうやらエモちゃんも、結果が気になっているみたいです!

「ねえウメちゃん! ほら、エモちゃんだよ!」
「ちょ、ちょっとヒナ、待ちなさい! 別にエモコなんていつでも会えるんだし、今行かなくたって――もうっ!」

 わたしはウメちゃんの手を引っ張って、エモちゃんの下へと向かいます。

「エモちゃん! 結果どうだった?」

 その背中に声を掛けると、エモちゃんはすぐに振り返ってくれました。その動作一つとっても悠々としていて、周りと比べても少し大人っぽい。そんなエモちゃんです。

「おや、ヒナですか。……あら、何やら付属品がついていますね。どこの雑誌の景品ですか?」
「誰が雑誌の景品よ! あんたの目はどーなってるわけ!?」
「やけに豪華な景品と思ったら、ウメでしたか。今日もキャンキャンとやかましいですね」
「やかましくさせてんのはアンタでしょうがバカエモコ!」
「バカ……? 聞き捨てならないことを言いますね、この――」

 エモちゃんがゆっくりと、掲示のほうへ目を向けました。わたしもウメちゃんも、それにつられるように、その名前を探します。

 そして、思っていたよりずっと早く――

「わぁ、エモちゃん2位だ!」

 頂点から二番目に、堂々と輝いている「鰐淵エモコ」の文字。
 惜しくも数点差で一位を逃していますが、三位以下とは大差を付けた結果でした。

「すごいねぇ、エモちゃん!」
「まぁ、当然の結果です。練習を控えればもっと高得点を望めましたが、勉強に対してそこまでしてやる義理もありませんし」

 うふふ。エモちゃん、ほんとはすっごく嬉しいんだろうなぁ。

 わたし、ちゃんと知ってるんです。
エモちゃんが練習の合間、しっかりと勉強していたことを。

 わたしとウメちゃんの邪魔にならないように、こっそりとです。もちろんエモちゃんは、そんなことはおくびにも出さず、いつも通りに振る舞っていました。

「ぐっ……アンタの要領の良さには、関心を通り越して虫唾が走るわね……!」
「それで? わたしのことを『バカ』呼ばわりしたウメは、一体どのあたりをさまよっているんですかね? ぱっと見る限り、ここには載っていないようですが」
「このへんの! ちょうど見切れたすぐのところよ! ……まったく、二十人じゃなくて三十人まで載せればいいのに。なってないわね! この天才、九条ウメの名前が奇しくも掲載されなかったことに、遺憾の意を表明するわ!」

「不出来を自ら露呈していく小気味のよいコメントですね。学力補充、せいぜい頑張ってください」
「ま、まだ分かんないわよっ! あれだけ答案用紙を埋めたんだもの、塵も積もればなんとやらって言うじゃないの!」
「ペケが積み重なったところで点数は増えませんよ? もうそろそろ算数ぐらいは習得した方が身のためだと思いますが」
「く……い、言わせておけばホントーによく回る舌ね! だいたいねぇ、アンタ――」

 こんな感じのやり取りも、もはや日常茶飯事です。
 わたしはニコニコしながら、仲良くけんかする二人の仲介役をします。

 まぁまぁ、と取りなしてみたり。
 一緒になって笑い合ったり。
 たまには、自分の意見を言ったりすることもあるんですよ!

 そして、いつも変わらないのは――ウメちゃんもエモちゃんも、そしてわたしも、「大の仲良し」ってことです。

 いつまでもいつまでも、こんな日常が続けばいいなぁって。
 このお話も、そんな日常の一コマなのでした。


十九歳のひとりごと


 カーテンを開けると、すがすがしいくらいに伸びやかな太陽の光が、目覚めたばかりのわたしたちを包み込んでくれる。

 気持ちいい朝の日差しに当てられていたら、お姉ちゃん、ちょっとイイコト、思いついちゃったかも☆ 

 ……てなわけでお姉ちゃん、早速アイデアを発表したいと思いまーす。善は急げって言うもんね。これって善なのかしら? 少なくとも悪ではないわよね!

「ねぇねぇ、カジカにシィちゃん。こんな天気のいい日には、みんなでピクニックに行くべきだと思わない?」

 らんらん気分で言ってみたら、二者二様の反応が返ってきたのでした~。こんな感じで。

「……いつものことながら、唐突だな」

 くりくりと小さな手で目をこすっているシィちゃん。三女でーす!

「そっか。今日はお店もたまのお休みで、お出かけにピッタリの日だもんね!」

 寝ぐせでピンとハネた潤朱色の髪を揺らしているのは、カジカ。次女でーす!

「そうでしょ~? 今日のわたしってば、朝も早くから頭が冴えすぎ? お昼過ぎには大天才になっちゃうかも♪」

 ニコニコしながらそんなことを言っているこの人が長女でーす! 
 というか、わたしでーす!

「いや……時間帯で人間の知能レベルが著しく上昇するといった現象は、現代科学においてまだ観測されていないはずだが……」
「それじゃあ、お姉ちゃんが人類初めての実例になっちゃう!?」
「万に一つもないだろうが、サワラねーちゃんだと絶対にないとは言い切れないな……」
「うんっ。お姉ちゃん、なんでもできちゃうって感じするもんね」
「二人とも姉を褒めるのが上手ねー。よぉし、お姉ちゃん、一皮脱いでお弁当作っちゃおうかな♪ 確か冷蔵庫に、昨日のお魚の残りと生クリーム、オイスターソースに塩辛もあったわよね?」

 意気揚々と台所に向かおうとしたわたしに、なぜだか通せんぼさんの手が回る。もー、お姉ちゃん通れないじゃない!

「……カジカ、ここは私がサワラねーちゃんを食い止めておく。急いで台所へ行ってくれ」
「う、うんっ。……そういうわけだから、お弁当の用意は私がやるね! お姉ちゃん!」

 青ざめているシィちゃんに急かされて、カジカがあせあせと台所のほうへ向かっていく。
 ……はて? お姉ちゃん、またなんかやっちゃいましたかな?

🎀

そんなこんなでやってきたるは、うららかな春の光舞い降りる河川敷!

「お弁当持ってピクニックなんて、いつぶりかしらね~。シィちゃんが小学校に上がってからは、今回が初めてじゃない?」

 遠い記憶を思い起こすように言葉を紡いだら、ビニールシートを脇に抱えたシィちゃんが反応してくれた。

「ピクニックと言えば、確かにそうだろうな。似たようなことは、ナナスタでいくらでもやっている気がするが……」
「撮影なんかだと、外でやることも多いもんね~」

 大きなバスケットを両手に提げたカジカが、うんうんとうなずいている。

「……カジカにはそのたびに、弁当を拵えてもらっているな。いつもありがとう」

 そんなシィちゃんの労いが、カジカにはとびきり嬉しかったみたいで。

「ううん! お弁当作るの、すっごく楽しいから! 栄養バランスまで考えると大変だけど、その分作り甲斐もあるかなって……」
「カジカもよくお料理するようになったわよねー、小学校のときなんて、三枚おろしのやり方も知らなかったのに」
「えへへ。お姉ちゃんもシィちゃんも上手で、私には……って思ったときもあったけど。いざやってみたら、お料理ってこんなに楽しいんだ、って気づけたというか」

「『自分が何をやりたいか』というのは難しい問題だが、カジカは既にそれを見つけているんだな。私もその姿勢を見習わなくては」
「そ、そんな大げさなものじゃないよ~。それにシィちゃんだって、『それ』をちゃんと見つけてると思うよ?」
「私が、か?」
「うんっ。……たぶん、お姉ちゃんもすぐに分かると思うけどなぁ」

 カジカが目配せしてきて、なるほど、これはお姉ちゃんマジメに回答するターンがやってきたみたい。そうね、たまにはちゃんとしたお姉ちゃんでありたいものね!

「……まさかとは思うが、ア――」
「『アイドル』、でしょ? シィちゃんのやりたいことって!」
「…………」

 シィちゃんはじとーっとした目でわたしを見つめてきます。あれ? お姉ちゃんまたなんか変なこと言っちゃった?

「……常々言っていることだが、私は別にアイドルがやりたくてやっている訳では――」
「シィちゃん、まだまだ強情なところがあるのよねー。そんなところもモチロンかわいいけど♪」

 そうやってシィちゃんの小さな頭をくりくりくり、と撫でてあげました。

「ぬわっ、ちょ、よ、よせ……!」

 必死にジタバタ抵抗するシィちゃん。残念ながら、まだまだシィちゃんはわたしの手から逃れることなどできないのであーる。

 ……うん。でも、きっといつか。
 こうして隣にいてくれる二人の姉妹にも、いつかサヨナラをしなきゃいけない日が――。

 ……違うわ。そうじゃない。
 わたしがサヨナラをするんじゃないの。

 カジカが、シィちゃんが、わたしの手から自然と離れていく日がやってくる。今は信じられないし、二人もまた、そのことを信じていない。考えてすらいないかもしれない。

 でも、お姉ちゃんにはちゃーんと分かる。
 みんな、みんな。少しずつだけど、大人になっていこうとしてる。

 まだまだ知らないことだらけで、わたしがいないと戸惑うことも多いと思うけれど。
 ナナスタに入って、アイドルを始めてから……かしら。二人の成長速度は、今や目に見えるぐらい加速している。加速し続けている。

 わたしはそんな妹たちの成長を見守るのが楽しみだ。
 そして、ちょっぴり寂しくもある。

 妹たちの成長は、姉として当然の喜びでもあり――こういう、なんてことない一日の値打ちを痛いほどわたしに教えてくれる。
 今日は二度とこない、と思うと、それだけで胸が詰まりそうになる。涙が溢れそうになっちゃう。

 それでもわたしは笑う。せめて二人の妹たちが、なんでもない一日を、なんでもない一日として、楽しく過ごすことができるように。

「――さぁ、お昼ご飯の前にゲームをするわよー! 題して、『お姉ちゃんとかくれんぼ対決』! ルールは簡単♪ お姉ちゃんに見つかったら、ほっぺをぷにぷにの刑だーっ☆ それ、こんな感じで!」
「ひゃふっ!? ひゃ、ひゃへわはひは……!? わひゃひゃひはっへふぁいふぁふひゃほ」
「『な、なぜ私が……!? まだ始まってないはずだぞ』かな?」

「おー、さすが姉妹の絆ねー! ちなみにわたしはシィちゃんが何を言っているのかサッパリ分かりませんでした。てへ☆」
「……いや、今のはむしろ、分かるほうが凄いと思うが……」
「そ、そうかなぁ」

 えへへ、とはにかむカジカと。
 そんな姉の奇怪な能力に眉根を寄せるシィちゃんと。
 そして、わたし! 

 これが老舗魚晴、看板娘の台風三姉妹!

 いついつまでも永遠なれ! ……って、これもまた、わたしの勝手な願望なのでした。

 なんだかんだ言って、わたしもまだまだ子供なのかしらねー。
 いいかげん、もっと現実的な『それ』を探したほうがいいかもしれない。  

 だって、わたしはもう――、
 十九歳なんだから。


SAKURA~初恋の時計~


 うへぇ~、これ全部モモカが読むの? めんどくさー。
 まあでも、モモカが語り手だし。モモカが読まないと話が進まないし。
 つまりは、ご褒美のメロン生姜チューバックスにもありつけないし。
 んじゃ、パパっと終わらせるに越したことはないよねー。
 あーあー。喉の調子もまあまあってことで、そろそろ始めますかー。

【たとえば、春日部ハルのお話】

 ナナスタ中学校、卒業式の日。
 散りゆく桜が舞い踊る並木道の一角で、一人の少女がうつむいていました。

 彼女の名前は、ハル。

 いつも朗らかで、何よりも他人のことを大切にできる女の子。その性格もあってか、いつでも友達に恵まれ、幸せな中学生活を送っていました。

 どこにいるときでも、キラキラと輝く笑顔を見せていた彼女。
 でも一つだけ、心の底にわだかまっている感情がありました。

 最初はそれが「何」なのか、よく分からなかったハル。
 けれどようやく、春を――自分の名を冠した季節を迎えてはじめて、その気持ちが己に訴える想いの輪郭を、はっきりと捉えることができるようになっていました。

『それは、生まれて初めての恋でした』

「……っ」

 くちびるを柔く噛みながら、彼が来るまでのひとときをじっと待ちわびます。

 泣いたり笑ったりの喧騒が広がる教室を、後ろ髪を引かれる思いで一足先に抜け出したハル。そうして、他人の目のない隙に、彼の靴箱に小さな紙切れを入れておいたのです。

「学校裏の桜並木で、待ってます。春日部ハル」

 もちろん。そんなことで彼が来てくれる保証など、どこにもありません。
 でも、今のハルにはこれが限界なのです。

 毎晩筆を取っては想いを書き綴り、そのたびに上手く感情を言葉に乗せることができなくて、書いては消し、書いては消しを繰り返して。

 結局、ラブレターは書きあがることのないままに、迎えてしまった旅立ちの日。

『もし、このまま終わってしまったのなら』

 ダメダメ、とハルはかぶりを振ります。

『そうだよ。こんなときこそポジティブでいなきゃ』

 明るい心に結果がついてくるということを、とっくにハルは知っていました。

 今日は、今日こそは。
 せめてもの気持ちを伝えたい。

 わたしの声で。わたしの勇気で。
 そうすればきっと、彼にも想いが伝わってくれるはずだから。

「……おう、春日部。待たせちまったな」
「っ!」

 つらつらと考えを巡らせていると、突然、彼が目の前に現れました。
 少し居心地悪そうにうつむいている彼。ハルは思わずドキリとします。

 学ランのボタンは、まだ一つも外されていません。少しだけほっとした気がすると同時に、ハルの手にはじんわりと熱を帯びた汗が滲みます。

「あ、あの……ごめんね! こんなところに呼び出しちゃったりして」
「別にいいけどよ。……それで、オレに何の用だ?」

 優しい声で、でもそんな彼の言葉を聞いた瞬間。

『ぜったいに、何の用かは分かっているはずなのに』

 目頭がかあっと熱くなり、灼けるような頬の痛みに襲われました。
 まだ今は、この胸に届いていない痛み。
 けれどそれも、きっと時間の問題でしょう。

「……うん。あの、あのね。……わたしずっと、野ノ原さんのこと……」
「……」

 綺麗なまでの静寂が続いて、でも時間は止まってくれなくて。
 その証拠に、彼の背後にはたくさんの桜が絶え間なく、ひらひらと舞っては地面に吸い込まれていきます。

「…………好き、でした……」

 それはまるで、ひとが力尽きる前の弱々しい呼気のようで。
 ずっと温めてきた想いを表す、いちばん大切な言葉のはずだったのに。
 ハルにはもう、はっきりと言い切るだけの力が残されていませんでした。

「オレ、そういうの、なんつーか……あんま興味持てねぇんだ。わりぃな」

 恋の残り香が、ひそやかに匂い立ちました。
 柔らかな草木を踏みしだく靴の合間に、熱い涙のしずくがぽろりとこぼれ落ちるのを、ハルはようやく気付かされるのです。

「それじゃオレ、もう行くぜ。……元気でな、春日部」
「……え……?」

 和やかな春風みたいに、彼はふわりとその場から立ち去っていきました。

 呆然と立ち尽くすハル。

 もういなくなってしまった彼。涙で滲んだユメミグサ。包むような優しい春風が、頬をかすめるように吹いては、桜の花びらがくるくる回り、やがて足元へと落ちていきます。

 熱い涙のかけらと、ふんわりと辺りを包む風の感覚だけが、今のハルが感知できるすべて。
 宿命づけられた初恋の時計は、その瞬間に針を止めました。

【たとえば、角森ロナのお話】

 甘く漂う春の匂いにそそのかされて、ふらりと商店街にやってきた女の子がいます。

 彼女の名前は、角森ロナ。

 引っ込み思案な自分を変えたくて、今日は思い切ったおしゃれをしています。

 真っ白なブラウスにフリルのついたショートパンツ、ふわふわのベレーを頭にちょこんと乗せて、パンプスはちょっと大人なハイヒール。デートはこのコーデと決めています。

 もっとも、今日はデートの予定などもなく。

『なんとなく……来ちゃったなぁ』

 ここはロナが住み慣れた街の、通い続けた商店街。
 生まれる前からここにあって、ロナとともに少しずつ変わってきた場所。
 そしてこれからもきっと、変わっていく場所。

 だけど、ずっと変わらないものもあります。

「ロナちゃんおはよう! 今日は一段と別嬪だねぇ」
「あらロナちゃん、もうすっかり女の子になっちゃって!」
「ロナちゃん、バッチリおめかししたな! 後でウチにも寄ってけよ!」

 見知った商店街の人たちは、いつでもロナに声を掛けてくれます。
 さながら彼女は商店街の一人娘。愛嬌がよく、幼いころから商店街に親しんできたロナを、まるで自分の子供のように扱うのでした。

「え、えへへっ。ありがとうございますっ」

 ロナもまた、この商店街には我が家のような愛着を持っているのでした。

『だから、今日はこの商店街さんとデート……なんちゃって』

 往来の通りをてくてく歩いて、目に留まったものは吟味して。
 ちょっと疲れたら、顔なじみのマスターがいるコーヒーショップにぶらりと立ち寄って。

『なんだか、ほんとのデートみたい』

 もしも彼氏がいたら、隣の席で苦いコーヒーを飲んで、顔をしかめているのかも。

『そしたらわたしが、お砂糖どうぞって言ってあげたいなぁ』

 誰もいない隣の席を眺めながら、誰にも見せられない妄想に浸っていると。

「……それでね! 今度《セブンスシスターズ》っていう、すっごくカッコいいアイドルたちがね――!」

 聞き覚えのある声に、ロナははっと我に返りました。
 ここはコーヒーショップの一角。ガラス張りになっていて、店内から通りの様子を眺めることができるようになっています。

「うんっ! だから、一緒に行きたいなあって!」
「……ハルちゃん……?」

 ぽつりとまろび出たつぶやきは、もちろん当人のもとに届くはずもなく。
 ロナは楽しそうに肩を寄せている二人の男女を、目を丸くして見つめました。

『……新しい恋、したんだね。ハルちゃん……』

 ロナはうつむき、波打つコーヒーに目を落としました。
 その表情には、わずかな翳りがうかがえます。

『いつか見た、恋の夢……』

 ちょうどあれは、二年前くらいのこと。
 好きな人がいるんだ、と打ち明けた親友。
 彼女が、口にした名前。

『わたしね、野ノ原くんに頑張って想いを伝えたいんだ。だからロナちゃんに、わたしの背中を押してほしいな……なんて。えへへ、ごめんね。急にこんなこと言い出しちゃって』
『う、ううん……だ、大丈夫っ。れ、恋愛とか、その、わたしには全然分からないけど……わたしにできることだったら、なんでも言ってね、ハルちゃん!』

 それから時は移ろいで、やがて桜が舞い散る季節まで。
 ずっとずっと、ロナはハルの相談役として、彼女の話を聞く役目を果たし続けました。

 ――たった一つの、ささやかな想いをひたすら隠し続けて。

『だって、言えるわけないよ』

 いつのまにかロナは、膝の上でこぶしをぎゅうっと握りしめていました。

『ハルちゃんが好きな人は、わたしの好きな人なんだよ……なんて』

 それから、ハルは彼に告白して。
 そして、彼女の初恋は静かに幕を閉じました。

 ユメミグサの舞う夜。泣きじゃくる彼女に、ロナは精いっぱいの慰めの言葉をかけました。

『でも……わたし、わたしは……そのときに……』

 少しだけ。
 いや。ほんとうは、とっても。

『……嬉しく、なっちゃった』

 それは決して、あってはならないことでした。
 親友の失恋を喜ぶなんて、最低な人間なのに。
 罪悪感にも勝る喜びと安心感が、涙にかすれた声を聞くたびに増幅していくあの感覚を、ロナは今でも忘れることができません。

『あのとき……どうしてわたし、想いを隠したままにしちゃったんだろう』

 舞い落ちる花びらみたいに、はかなくて。
 突き抜ける青空みたいに、爽やかで。
 折り重なる紅葉のように、鮮やかで。
 降り積もる牡丹雪のように、重たくて。

 それこそが、ロナの初恋の味でした。
 ちょっぴり怖くて、ドキドキして。
 でもけっこう、楽しかったりして。
 今でも確かに、ロナはこう思うのです。
 あれは、本気の恋だったんだ――って。

『じゃあ、どうして……言えなかったのかな』
『ハルちゃんに申し訳ないと思ったから?』
『それともわたしが、ハルちゃんの恋の相談役だったから?』

『――違う。きっと、そうじゃない……』

 ロナはふっと、その力強いまなざしを前に向けます。

『勇気が出なかったから。わたしが、弱かったから』

 ――そう。自分の弱さを、親友のせいにしていたのです。

 だからきっと、あのときの感情も――ハルの失恋に喜びを感じてしまったことさえも――自分の弱さから目を背けるための、卑怯な心の揺れ動きでしかなかったのです。

『……だから、わたしはもっと強くならなきゃ』

 新しい恋を見つけた、かつての親友みたいに。

「頑張れ、わたし……!」

 誰にも聞こえない、けれど確かな声で、ロナはつぶやきました。
 なんだか可笑しくて、よく分からない笑みが溢れます。

 最後にコーヒーを一気に飲み干して、ロナは元気よく立ち上がりました。その瞳はみずみずしく輝いて、新しい未来へまっすぐに向けられています。

『だって、止まったままの針を動かせるのは、わたしだけだから!』
 
     🌸

 最後のモノローグをロナが感情たっぷりに言い切ると、たちまち大きな喝采がトレーニングルームじゅうにこだまする。

 今日はナナスタのレクリエーション。ユニットごとで出し物を行い、最後は僕とコニーさんとで優勝ユニットを決めることになっていた。

『見事栄光を掴んだユニットには、豪華景品があるんだず! 支配人から!』とは、言わずもがなコニーさんの談である。いちおうみんなにアイスは用意してたけど、それとは別に景品も贈呈しなければいけないらしい。しかも僕が。

 ……さて。体育座りで観劇していたナナスタのアイドルたちも、どうやらそれぞれ楽しんでくれたみたいだ。

「まさかWNo4が演劇なんてねー。でも、なかなか良かったんじゃない?」
「ええ。とっても『こい』内容でした」
「……今のは絶妙に分かりにくかったが、『恋』と『濃い』がかかっているのか……?」
「あ、なるほど! わたし気づかなかったよ。さすがはシィちゃん!」

 もう一つの集団では、

「エクセレント! 素晴らしいシアターだったわ!」
「そうだね。とりあえずボクは、モモカが一番大変な役回りをこなしていたことにびっくりしたよ……」
「語り手って端役に見えるけど、かなり重要だものねー。でも、けっこうハマってたわよ?」
「私もそう思います。ハルもロナもヒメも、みんな演技上手だったし」

 どうやら、他のアイドルたちにもなかなか好評のようだ。
 WNo4の四人も、それぞれ寄り集まって会話に花を咲かせている。

「にしてもよー、この脚本、あまりにもオレの出番少なくねーか?」
「あ、あはは……。いろいろ考えたんだけど、どうしても彼氏役はああなっちゃって」
「でも、すごくいいシナリオだと思うよ。わたし、『SAKURA』を歌ってるときも、ぼんやりとしたイメージしか浮かばなかったけど……ハルちゃんの脚本を読んで、そういうことなんだ! ってすごく納得したから……!」
「んー。確かに、『SAKURA』からストーリーの着想を得たにしては、異様なくらい具体性があったねー。実体験なの? って疑うくらい」
「じじじ実体験!? ち、違うよモモカちゃん!? そんなんじゃないよ!?」

 顔を赤らめて、あわあわと両手を振っているハル。

「彼女はああ言ってますけど……どう思います、コニーさん?」
「フムフム。この名探偵コニーさんの手にかかれば、フクザツカイキな乙女心など一発で見抜けるというものだよ、支配人もといワトソンくんっ!」
「で、どうなんですか?」
「んー、五分五分!」
「もうすでに名探偵としてあるまじき回答ですけど……いちおう理由を聞いてもいいですか?」
「構わないZE☆」

 それからコニーさんは自信たっぷりに、自らの持論を展開した。

「ひとーつ! 脚本に妙なリアリティがあったから!」
「確かに、僕も観ていてそう思いました。残りの五分は?」
「……それはあれだよ、支配人。つまりハルちゃんはアイドルなのさ」
「……は?」
「アイドルだから、初々しい初恋さえも知らないほうが、精神衛生上好ましいってことだず! もうっ、みなまで言わせるなよ支配人!」
「あー……。なんとなくですけど、コニーさんの言いたいことは分かりました」

 ……まあ、しかし。
 実際、僕は知らない。

 ナナスタのアイドルたちが――ナナスタへ来る前に。
 つまり、アイドルになる前に。
 どれほどの恋心を知り、その想いを実らせたのか。
 あるいは、失恋の涙をこぼしたのか。

 そんなことは、今の仕事とは関係のない話だ。だから、そういう話を耳にすることもないし、とくだん話題に出ることもない。
 ……だけど。
 彼女たちはアイドルである前に、どこにでもいる普通の女の子なのだ。

 ごく普通に、当たり前に。
 誰かを好きになって告白したり、あるいは告白されたり。

 彼女たちが歌っている曲のように……とはいかないまでも、きっとそれぞれの物語があるのだと思う。

 ナナスタははっきりと恋愛禁止令を出しているわけじゃない。もしかしたら、みんなから見えないところで……ということも、まったくないとは言い切れない。

「とはいえ、僕から見ればまだみんな子供だし。年齢以上にませているような子もいないしなあ……」
「ノンノン。時の流れは一瞬だぜ、支配人?」

 メガネのフレームをひょいと持ち上げてから、コニーさんは人差し指をちょいちょいと振った。

「自分でも知らず知らずのうちに、みんな恋を知っていくよ」
「うう、改めてそう言われると複雑だなあ……」
「その対象はもちろん、どこかの男の子かもしれない。だけど、もっと別の何かかもしれない。たとえば……」

 にぎにぎしい空間をぐるりと見渡してから、今日一番のキメ顔で。

「――『アイドル』とかね!」

 そう言って、コニーさんは不敵に笑ってみせたのだった。


おわりに


ここまで目を通すなんて、あなた相当な暇人なんですね。右手に刻み込まれたシワの数でも数えたほうが、よっぽど有意義なのでは?

鰐淵エモコ(に言わせたい)

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