温泉と地獄釜と時々仙人。──『別府 “貸間”の人生物語。』について
ドキュメント72時間を好きなふたりが勝手に番組についてあれこれしゃべるnote。今回は2024年1月5日に放送された『別府 “貸間”の人生物語』です。
地獄釜のある暮らし
ほんだ 今回の舞台は大分県別府にある“貸間”と呼ばれるお宿なんです。ここ、旅館というよりは“部屋を貸している”ようなスタイルで、宿泊代が安くて接客もある。でも本当に“旅館”というよりは“ウィークリーマンション”とか、“日単位で借りられる部屋”みたいな感じで、お客さんたちが自由に利用しているんですよね。温泉地なので、『温泉に浸かりに来ました』っていうお客さんが多く、リピートが多かったり、長く滞在する湯治目的の方もいたりする。そんな貸間に3日間密着した回でしたけど、やまぐちさん、どうでした?
やまぐち いやー、『日本にこんなところ、まだ残ってるんだ!』っていうのが一番の感想ですね。貸間という文化、そもそも知らなかったんですけど、ほんださんはご存じでした?
ほんだ いえ、全然知らなかったです。聞いたこともなかったですね。今風にいうと“Airbnb”みたいな感じですよね。おかみさんがいるAirbnbというか。旅館の一室をワンルーム感覚で使えるというか。
やまぐち そうそう。本当にそんな感じですよね。しかも1泊4,400円とか出てきましたよね。6畳一間まで。さらに場所によっては500円とか100円でご飯が出たりするって…今どき、別府の温泉地なんてホテルの値段がかなり高いと思うのに、ここは破格じゃないですか。しかも温泉付きですからね。
ほんだ そうなんですよ。しかも“地獄釜”っていう謎の釜があって、みんな食べ物を蒸したりしてるんですよね。温泉卵はもちろん、野菜や鮭を蒸したり、上級者だとブロッコリーと鮭を一緒に蒸したり。地元のスーパーで食材を買ってきて、地獄釜で蒸して食べるなんて、贅沢ですよね。そんな場所に一泊4,400円で泊まれるって衝撃的。
やまぐち しかも地獄釜には『卵なら何分、イモなら何分』みたいに調理目安が書いてあって。長年の利用者たちが蓄積した“集合知”ですよね。ああいうのが板に書いてあって、すごく渋いんですよ。場所の火力まで“地産地消”というか、温泉の熱をそのまま利用してるわけですし、そこが全部タダなわけでしょ? それは常連になる人も多いんじゃないかと思いましたよ。
ほんだ ですよね。今回は『ドキュメント72時間』で紹介されたわけだから、今後さらに混み合いそうだなって思いました。しかも、ああいうお宿って大体ネット予約不可で、電話のみ対応とかが多いじゃないですか。なんかそういうのも含めて、“奇跡的に日本に残ってる宿”って感じがします。
やまぐち うん。昭和そのまま残ってるような、ドアの立て付けが悪い感じとか、セキュリティ大丈夫?みたいな部分も含めて(笑)。でもそこがまた味になっていて、しかも温泉に地獄釜まであるわけだから、もうそれだけで“エモさ全開”というか。
ほんだ そうなんですよ。今回の放送で思ったのは、たまにドキュメント72時間って“しっとりエモい演出”をすることがありますけど、今回に関しては“ただ映すだけでエモい”っていうか。貸間自体の場所の力がすごいんだと思います。
やまぐち お風呂場に仏様が祀られてて、薬師様に見守られながら入るとか、どこ探してもそんなお風呂ほぼ無いですよね(笑)。すごくご利益がありそうに見えたし、温泉感が画面から伝わってきた気がします。そこでこそ、今回思ったのが、高齢化社会をめちゃくちゃ感じる場所だなっていうことなんですよ。
ほんだ 確かに。印象的だったのは、別の貸間を取材しようとしたスタッフが『すみません、ここは…?』って入ろうとしたら、中からおじいさんが出てきて『あ、観光客やけど』と言い、さらに奥から別のおばあさんが出てきて『いや、私も観光客です』みたいな感じで、どんどんおじいちゃんおばあちゃんが出てきたシーン(笑)。あれはすごかったですね。
やまぐち そうそう。あんな一瞬で日本の超高齢社会を象徴するシーンが撮れるなんて、すごいですよね。みんな子どものころの同級生みたいな仲間同士で集まっているような感じもあって。しかもそこにまた新しく来たお客さんが混ざっていく。この構図、なんか不思議な空間でした。
ほんだ ですよね。その流れで出てきた小学校の同級生の人たちが、アルバムを見返していたりするんですけど、そのアルバムの半分くらいはもう今この世にいない人、みたいな状況。生き死にが近い年齢だからこそ、何度も出会いと別れを繰り返してきた人同士が、またここで交わる。貸間がその交差点になってるんだなと思って、すごく印象的でした。
やまぐち しかも途中で出てきた男性3人組が、毎日飲み会やってて、そこで一人旅の人を誘ったりするシーン。『一人でいたい』かもしれないのに(笑)、結局は誘われてみんなで飲んで、実は独り身なんですよって語ったら、『こいつも実は独り身なんだ』みたいな話に発展して仲良くなるとか。そういう何気ない交流がこの空間だからこそ生まれてて、見ていてあったかかったですね。
ほんだ 一度は家族を持った人、あるいはずっと独り身の人、どちらにしてもいずれ子どもは巣立ち、いろんな事情で帰る場所がなくなったりもする。そんなとき、この貸間みたいな場所に流れ着くというか。そこで時間を忘れて“帰ってきた感”を得る人たちが、どんどん集まってるんだなと思いました。
99歳、貸間に3年住む仙人登場
やまぐち そこに究極の存在が、3年も住んでる99歳のご隠居(通称“仙人”)ですよ(笑)。尾道から来て“1ヶ月のつもりが気に入りすぎて3年”って、もう明治期の文学作品みたいな話ですよね。
ほんだ そう、あれは衝撃的でしたよ。99歳でもうすぐ100歳。ヒゲ真っ白であれだけ伸ばして、まさに“仙人”っていう風貌。しかも『子どもに迷惑かけたくない』っていう理由もあるけど、たぶん自分自身が一番居心地いいからなんだろうなって思いましたね。温泉もあるし、誰にも干渉されないし、いつでもコミュニケーションを取れる場もあるし。
やまぐち ね。仙人の1日がまた最高で、朝から近くの公衆浴場に行ってストレッチして帰ってくるだけ。ヒゲとハットとジャケット姿で公衆浴場へ向かう後ろ姿が映るんですけど、めちゃくちゃカッコいいんですよ。あと1ヶ月で100歳という人とは思えない肌のツヤで。
ほんだ ほんと。しかも視点を変えれば、男性3人組みたいに友達同士で来てる人もいるし、家族連れもいれば、バイク旅の途中で奥さんとは別行動してる人もいる。結局、どこか“青春に戻って”る感じがあるんですよね。ひと回りしてまた学生みたいに仲良くなってるというか。
やまぐち しかも、一緒に飲んでる中で『このメンバーでは54歳が若手』みたいな、そういう年齢感がまたおもしろかったです。それでもそこで初めて会って意気投合してるという。家族とか地元のサードプレイスでも味わえない出会いがあるのが、この貸間のゆるさなんですよね。
ほんだ そう。こういう“帰ってくる場所”っていうのは物理的にも精神的にも、もう持ってない人が多い時代じゃないですか? 実家が無くなったり、家族がいなかったり。そこでこういう貸間っていう存在が、新たな“故郷”というか“子ども部屋”みたいになってるんですよね。
やまぐち そうなんです。昔の子ども部屋っていうと、自分のものを自由に配置できる小さな宇宙みたいな空間だったけど、大人になると家全部が自分のものになっても、逆に全部を使いこなすわけでもなくて。そういう意味では、今回の“仙人”の部屋なんかは『自分色にカスタマイズしている子ども部屋』に近いですよね。そこに好きなだけいられるし、好きなだけ自由に暮らせる。しかも外には温泉や地獄釜もある。
ほんだ まさしく。そういう場所を日本全国探しても、こんなに自由に長期滞在できる宿って少ないと思うんですよね。たぶん、別府が温泉地っていう激強コンテンツを持ってるからこそ、貸間っていうスタイルが生き残ってきたのかも。
やまぐち そうですよね。自分も民宿とか泊まり歩くの好きですけど、3年住むってもう民宿の域越えてる(笑)。まさに“貸間”という一つの文化なんだなって思います。
Airbnbにはない貸間の魅力
ほんだ 今回、その貸間の良さを改めて知って、もし他の温泉地でもこういうシステムが残ってるなら、どんどん利用者も増えそうだなって思います。地獄釜とか、シェアキッチンみたいな仕掛けがあると、ほんと初対面同士でも交流が生まれやすいですしね。
やまぐち ですね。Airbnbとか民泊だと人の家を丸ごと借りるだけのイメージが強いけど、貸間の場合はおかみさんがいて、地獄釜という共用スペースがあって、自然に会話が生まれる場所になってる。そこが最大の魅力かと。
ほんだ 実際番組見てても、釜の使い方を聞いた流れで『じゃあ一緒に飲みます?』みたいに仲良くなったりしてましたもんね。ああいう仕掛けがもう最高というか。民宿的でありながら長期滞在OKという、なんとも緩い空気。そこが今の日本社会の“寄る辺ない人”を受け止めてるのかな、なんて思いました。
やまぐち ほんとですね。貸間って名前自体はあまり聞かないけど、昔はもっとあったのかな? って気もします。ここまで長く滞在できる場所は、ほぼ昭和の話ですよね。今やすごく貴重な存在だから、これからも残ってほしいです。
ほんだ しかも、今回の99歳の仙人みたいな“歴史の生き証人”がいたりして、尾道から来てるからこそ瀬戸内海の文化と別府がつながって見えたりとか、映像から見える世界の広がりが立体的で面白かったですね。」
やまぐち そうなんですよ。仙人は『21歳で終戦をジャカルタで迎えた』って言ってましたしね。もう歴史を生き抜いてきた人が、ああやって自由に楽しんでる姿を見ると、ただただ尊敬だし、かっこいいし。
ほんだ ね。最終的に、あそこを見て『ああ、自分も行ってみたい!』って思った視聴者も多いんじゃないかな。正月から最高にいい回だったなって感じですね。
やまぐち まさにそうですね。話してたらますます行きたくなってきました。いやー、ほんとに行こうかな(笑)。
ほんだ じゃあ、ぜひ近いうちに行きましょう。というわけで、今回はこのへんで締めたいと思います。
やまぐち はい。ありがとうございました!
ほんだ ありがとうございました!
(おわり)