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日本を抜いたか?韓国バイオテック・K-bio [後編]

D3LLCベンチャーパートナー(中国担当)の鈴木です。

マクロ環境を概説した前編に続き、今回は、Kバイオ主要プレイヤーを個社別に見るくことにより、Kバイオ勃興の背景を探ろうと思います。

5.注目される個社

Kバイオの中で特に注目すべき企業は、財閥系のサムソンバイオロジクスとSK傘下の各社の中のSKバイオファーマとSKバイオサイエンス、新興系のシージェンとセルトリオンである。この5社で、創薬だけでなくCMO、ワクチン製造、診断、バイオシミラーなど幅広い分野の代表企業をカバーできる。

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5.1サムソンバイオロジクス

(1) 概要
Kバイオの成功例の筆頭として挙げられるのがサムソンバイオロジクスである。2011年4月にサムソングループの新事業としてCMO分野に進出すべく設立され、2012年7月に第一工場竣工。2020年の売上 1兆1648億ウォン、営業利益2928億ウォン、で受注額ベースでは世界最大のCMOである。
工場の規模は、稼働中のものが合計36万4000リットル(第1工場が3万リットル、第2工場が15万4000リットル、第3工場が18万リットル)。現在は25万6000リットルの第4工場の建設も進められており、2023年稼働予定とのこと。この第4工場が稼働すれば、総生産量は62万リットルとなり、世界のCMO市場の30%程度のシェアとなる見込みである。最近では、2021年5月23日にモデルナのCOVID-19委託生産契約を締結したことでも話題となった。2021年8月にはサムソンがグループとして向こう3年間に240兆ウォンの投資と4万名の雇用を行うとの計画を発表したが、この中でもバイオを第二の半導体とするとしており、グループとしても更に中核的事業とする方針を打ち出している。

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(2) 歴史と成功要因
サムソンがバイオに進出した経緯や成功要因については、『月刊朝鮮』2018年12月号の特集記事に詳しい 。これに依拠すると、以下のようにまとめられる。
ー 2007年、李健熙会長が新たな成長源を探索するよう指示。これを受け、キム・テハン専務、他の常務2名を中心とする13名の新事業チームを結成。3年の期限で成長産業を特定する任務を与えられる。キム専務(後のサムソンバイオロジクス社長)によれば、1年ではなく3年という長期間を与えられたことで、自分の知っている分野に限らず様々な分野の検討を幅広く行えたという。
ー 1年半後、「ITとつながりのあるヘルスケア」を成長分野とすることで意思決定。
 ー 当初創薬も検討したが、「15年以内に新薬を開発できるか、15年間毎年2-3兆ウォンの開発費が必要という点を株主に理解してもらうのは簡単には思えなかった」という点から、創薬ではなく自社の強みを生かせそうな分野を冷静に検討。
 ー 海外のバイオ製薬会社のプラント工場を視察したところ、韓国の半導体工場などの状況と比較して工場建設プロセスで大きく遅れているとの印象を得た。そこで、大規模投資が必要で、1,700もの半導体関連のプラント造成経験が生きるCMO分野は勝算があると見込み、まずはこの分野に参入することにした。
ー 用地は仁川市が仁川空港に隣接した松島にバイオ産業団地育成のために50年間無償で賃貸できる土地を用意してくれた。
人材は、海外のCMOで20-30年の経験がある人材を11か国から100人以上スカウト。
ー 大規模プラント造成・管理の経験により、CMOとしての工場も強豪より安価に建設できたことで、価格競争力を持てたことがCMOとしての最大の成功要因であるという
ー 2013年にRocheやBMSとパートナー契約。半導体工場を視察して品質管理や清潔さに好印象を持ってもらった後、稼働前のCMO工場も視察してもらいその工場造成の経験をアピールしたのが契約締結につながったという

ここから見ると、CMOという創薬の周辺分野を選んだこと(ゴールドラッシュで儲けたのはジーンズを売ったリーバイスであったという逸話のアナロジーが当てはまる)、自社の強みを特定した後は相応の覚悟を持って工場に投資を行いつつ専門人材も初期に適切に採用したことが伺える。

5.2 SKグループ各社

サムソンより先に財閥系でバイオに進出していたのはSKである。1988年に製薬業界に参入後、2002年には、2030年以降にバイオ産業をグループのコア事業の一つにするという長期ビジョンを立て、そのビジョンに基づいて投資を行ってきた。2011年にはSK(株)から分割する形式で新薬開発を担うSKバイオファームを設立。現在は、これに加えてSK傘下にCMOであるSKファーマテック、SKディスカバリー傘下に合成医薬品のSKケミカルと血液製剤を製造するSKプラズマがあり、更にSKケミカル傘下にはワクチン製造を担うSKバイオサイエンスがある 。

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この中ではSKバイオファームが2020年6月に上場、2021年3月にSKバイオサイエンスが上場している。SKバイオファームは中枢神経系にフォーカスしており、抗てんかん薬Cenobamate(日本では小野薬品が開発・商業化する権利を取得)及び睡眠障害のSolriamfetolの二種類でFDA承認を得ている。上記以外のパイプラインは6種類存在する。 SKバイオサイエンスはCovid19ワクチンの製造に関してAZ、Novavaxと提携を結んでいる。加えて、自前でのCovid19ワクチン開発も行っており、先日韓国保健当局より第三相臨床試験の開始が認められたところである。

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5.3 他の財閥系

サムソン、SK以外にバイオに力を入れている財閥はLGである。傘下のLG生命科学(現在はLG化学に吸収)では40年近く創薬、バイオ事業を行っており、2003年に肺炎や呼吸器疾患を対象とするキノロン系抗菌剤ファクティブで韓国の医薬品として最初にFDAの承認を受けたという実績もある。サムソン、SKとの違いは、創薬にフォーカスしているという点である。
しかし、それ以降は創薬の特性もあってか大きな実績はなく、毎日経済新聞の記事によれば現在はバイオ関係の売上はLG化学全体の売上(2021年で30兆ウォン程度 )の2%程度にとどまるとみられる 。


このように企業自体としてはあまり成果が出ていないという評価があるLG化学だが、バイオ業界全体との関係ではベンチャー企業の経営陣にLG出身者が多く、人材排出源となっているという特徴がある。先ほど引用した記事によると、韓国のバイオベンチャーにLG生命科学出身者が60-70名程度いるという。後程紹介する新興バイオベンチャーの中にも、確かにLG出身者が複数いる。LGとしてもバイオをあきらめているわけではなく、本年7月にも向こう5年間で1兆ウォンを新薬開発に投資する旨発表したところである 。

その他の財閥では、CJ、アモーレパシフィック、ハンファグループがバイオ事業進出を試みたが失敗している。一方ロッテはバイオ事業に今後進出予定とのことである。

5.4シージェン

シージェンは分子診断キットメーカーで、COVID19の診断キットで2020年に売り上げが急増した。チョン・ジョンユン代表取締役は元梨花女子大学生物学科教授で、2000年9月に先端バイオプラットフォーム企業を目指して創業した。成功要因として指摘されているのは
ー 創業時には代表の叔父でサムソン電子副社長のチョン・ギョンジュン氏からの支援が得られたので、資金面の心配をあまりせずに研究開発に集中できた
ー 専門分野の知見を活かして、試薬の開発に集中。オリゴヌクレオチド関連の研究を行い、多重診断の源泉技術の開発に成功
ー 2008年、アメリカの検査センターに納品を開始してから黒字化に成功

という点である。PCRキットは5つのチャンネルあり、25種類の遺伝子を検査可能。COVID19(3種類)、インフルエンザ(A型、B型)、RSV、アデノウイルス、MERS、SARSなどを一つの製品で検査できるという。海外進出にも熱心で、7つの現地法人、63の代理店を有している。
AIを用いた同時多重分子診断キットの開発にも注力している。このシステムでは15-25種類の標的遺伝子を識別できるという 。

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5.5セルトリオン

セルトリオンは、1999年に大宇自動車を退職した6名が共同で2000年に前身となる企業を設立し、その後セルトリオンを2002年に創業した。当初はCMO事業を軸に据えていたが、2005年にバイオシミラーに経営資源を集中することにした。この経営判断が結果的には最大の成功要因となる。2020年度の売上は連結ベースで約1.8兆、営業利益が7120億ウォンで、Kバイオの中では最大規模である。2022年度に営業利益2兆ウォンを目標としているという 。


セルトリオン社は世界で初めてバイオシミラー薬を上市したとされている。代表例はJ&Jのレミケイドのバイオシミラーである自己免疫疾患治療薬のレムシマで、2012年に韓国、2013年に欧州、2016年に米国で販売許可を取得している。そのほかには血液癌治療薬トゥルクシマ、乳がん治療薬ホジュマを有しており、ホジュマ欧州市場、米国市場でも好調である。昨年にはCovid19の抗体治療薬CT-P59(レッキロナ)を開発、韓国で承認を受けたほか、インドネシアやブラジルでEUAを獲得している。

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6.今後注目される企業

本年3月、韓国内の経済専門の新聞のベスト3に入る韓国経済新聞から『Kバイオ投資指針書』という書籍が出版された。同新聞のバイオ担当記者2名が、今後有望と目され、個人投資家でも投資可能な上場企業・IPO予定の企業に絞ったうえで、20社を取り上げている。前述のシージェンやセルトリオンもこの20社の中に入っている。
個社別の紹介は本稿では割愛するが(ご興味のある方は個別にお問い合わせいただきたい)、本節では20社の事業領域やCEOのバックグラウンドに着目して整理を試みてみよう。


まず、事業領域だが、診断薬・キットが5社と最多、続いてCovid19ワクチンや治療薬である。創薬はあまり多くない。また、インプラントなどの医療機器や機能性食品といった、バイオというだけでは一見イメージしにくい企業も入っている。創薬に必ずしもこだわらず周辺領域や別の業態でも自社の強みを冷静に見出して最大化していこうという考えは、サムソンやSKだけでなく新興企業にも共通しているように見える。

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次に、公開情報で容易に把握できる範囲で20社のCEOのバックグラウンドを整理してみた。最も多いのはバイオ関係のPh.Dで、合計14人がこの経歴を有している。大学教授時代に創業したという場合も多い。やはり専門知識を持ったPh.DホルダーがCEOとして経営と開発に両方関与していくのが一般的なようである。次に多いのは韓国内の製薬企業出身者で、LG化学が2名、SK、ユハン、テウンがそれぞれ1名である。一方、メガファーマ出身者はRoche、Novartisの2名と少ない。意外に存在感があるのが、非バイオの製造業出身で、サムソン電子、CJ、大宇自動車出身者である。こうした財閥系大手企業では定年が日本より短いことも、外に出る要因として作用しているかもしれない。また、MBAホルダーはいるものの、現状ではPEやVC出身者はいない。サンプルが上場済みまたはIPO間近の20社だからという点に依るかもしれないが、投資を行う側と経営を執行する側の役割分担がはっきりしているとも言えるだろう。

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7.終わりに

以上、簡単ではあるがKバイオの現状について整理してみた。浮かび上がったのは、
バイオ産業の規模はまだまだ小さいものの、投資は増加傾向
政府の支援に依存していない
ー 一つの企業や分野がけん引するものではない
創薬よりもCMO、診断、バイオシミラーなどにより注目企業が存在
ー 財閥系企業の場合は、次なる成長の核とすべく腰を据えて投資に取り組んでいる結果。サムソンとSKの場合は、創業者一族のバイオへの執着もあり、簡単には諦めないようになっている
ー 新興企業の場合は、多くはPh.Dホルダーが技術的強みを生かして経営努力を行っている

という点である。
COVID19ワクチンの確保の遅れ(8月現在、接種率は日本に抜かれてOECD最下位水準。なお、これはセルトリオンらによる治療薬開発に期待をかけすぎた副作用ともいわれている )への反省から、韓国内でのバイオ産業への注目は、安全保障や国益といった観点からも高まりそうである。こうした点から、今後も主要5社は積極的に投資を行いそうであり、引き続き規模はまだ小さいながらも多様性を有するKバイオに注目しておく必要があるだろう。

8. 日本への示唆

Kバイオの台頭は、国のサイズに比べると「Punching abovethe weight」と言えそうですが、その背景には、財閥系を中心にした民間企業の大胆な経営判断や投資があるのではないでしょうか。今回分かったのは政府の介入や支援頼みや待ちの姿勢ではなく、各社が自社の中長期戦略の中で、バイオ領域の可能性を見出し、各社のとれるリスクの範囲で攻めの経営判断をされています。その結果、様々な分野で注目すべき成功事例が発生するとともに、財閥企業の出身者がバイオベンチャーを立ち上げるなど、人材供給面での好循環も発生しています。我々(パートナー陣は元戦略コンサルが多い)も、多くのクライアント大企業様のバイオ・ヘルスケア参入をご支援してきましたが、結論は、「ただのお勉強」「やるにしても傍流新規事業の子供だまし」が多かったです。どこの国でも、強いスタートアップの背景は、強い大企業であり、日本の大手企業の胆力に期待申し上げたいところです。

文責 鈴木悠司、D3 LLC ベンチャーパートナー(中国担当)

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東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、外務省入省。金融庁出向等を経て、マッキンゼー・アンド・カンパニー(東京・グレーターチャイナ)入社。主にグローバル企業の戦略策定を支援。マクロミル経営戦略室/CEOオフィス戦略開発グローバルヘッド、ヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ執行役員を経て、現在D3LLCベンチャーパートナー兼任(パートタイム)。ケンブリッジ大学よりM.Phill取得

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mail: info@d3growth.com
https://twitter.com/TomoyaD3LLC




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