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効率的な研究の進め方

 ドイツに行く前、僕は大学の大きな研究室に所属し、毎日夜遅くまで実験をしていた。その割になかなか業績が出ず、苦しい気持ちで毎日過ごした。しかし周りの人たちも同じように苦しんでいたし、教授は「成果が出る出ないに関わらず、とにかく頑張っていることが大事だ」という趣旨のことを言って憚らなかった。その頃の空気は、そんなものだった。

 一方で、毎月のようにNatureとかCellとかScienceといった雑誌に業績を発表している研究室も海外には多い。そういう研究室に留学した人たちに聞くと、別に彼らが超人的な仕事量をこなしているというわけではなく、むしろ夜も早く帰るし土日もほとんど来ない、なんて話も聞く。この違いはなんだろう、とずっと疑問を持っていた。

 そんな時「圧倒的に生産性の高い人の研究スタイル」という記事を見つけた。読んだ時は結構印象深くて、早速Evernoteに貼り付けた。そしてその後自分もドイツに留学し「生産性の高い」研究室に所属することが決まった時、この記事の内容が本当か否か見極めてこよう、と思った。

 あれから8年が経った。改めてこの記事を見返すと、いかに本質を捉えた内容だったかがよく分かる。せっかくなのでここでは、僕の経験で咀嚼した「生産性の高い人の研究スタイル」というのを記載してみたい。

要約するとこの3点になる。

1、ボトムアップかトップダウンか

2、落とし所(ゴール)の設定

3、必要なデータの見極め

 日本の研究室では、とにかく考えつく実験をあれもこれもやって、そこで出たデータを元に、考え、更に次の実験をして、というステップを繰り返し、少しずつストーリーを組み立てていくことが多い。つまづきながら進むので、大きな仕事を完結させるのに10年、なんてこともある。

 一方ドイツではどうだったか。留学して1ヶ月後、少し面白いデータが一つ出た。それを見た僕のボスは翌朝、手書きで何ページかのメモ書きを渡してきた。そこにはFig1からFig4までの実験内容が書いてあって、最後Schemaまで載っていた。細胞のエネルギー状態を代謝と直接結びつける魅力的なストーリーが出来上がっており、実験の記載も具体的で、これの通りにやれば1−2年で論文が完成しそうだ、と思った(実際にはそのプロジェクトは頓挫してしまったが)。

 これだけでも驚いたのだが、印象深かったのは、ここはやらなくて良い、という見極めが大胆だったことで、例えばこの時ボスは「メカニズムは"Akt?"のままで良い、そこまで言うことはここでは必要ない」とはっきり言っていた。

 僕は日本式の前者のやり方をボトムアップ型、ドイツで僕が見た後者のやり方をトップダウン型と呼んでいる。ボトムアップ型は何か出てくるか分からないと言う楽しさはある一方で、果てしなく時間がかかる。インスリンシグナルの大家であるLewis Cantleyは、「無限のデータを積み重ねて、その中から4つのデータを選んで論文を作る、という作業には無限の時間がかかる。自分なら必要な4つのデータを最初に見極めて、それだけ実験する」という趣旨のことを言っていたが、これはまさに僕がドイツで見てきたやり方そのものだった。

 だから(という言い方は乱暴すぎるかもしれないが)、ドイツの研究者は3週間の夏休みも2週間のクリスマス休暇もしっかりとるし、平日は6時には帰るし、土日もちょっと来る程度で、日本の研究室よりもはるかに多くのアウトプットを論文の形で出せる。というか、一つの仕事に6年も7年もかけていては、論文が出る頃にはデータも解析手法も古くなっていたり、時代遅れのテーマになってしまっていたりして、インパクトのある論文にするのはどんどん難しくなる。

 僕はこの事を理解して以来、自分が若い人を指導する場合は基本トップダウンを意識して行うようにしている。最初にこの長々とした説明から入るので、聞かされる方は面倒かもしれないけれど。

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