現役NBA選手の85%が大麻を使用!?――米国スポーツ界で進む大麻解禁と使用罪創設を目指す日本の未来

――井岡一翔のドーピング疑惑で注目を浴びた大麻とCBD。近年の日本では、プロ野球選手やBリーグ選手も大麻所持で逮捕されており、「スポーツと大麻」の距離は着実に縮まっている。なおアメリカでは四大スポーツでの大麻解禁が急速に進行。アスリートのケア用品として拡大中で、使用罪創設を目指す日本とは真逆の道を進んでいる。

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『お医者さんがする大麻とCBDの話』(お医者さんがする大麻とCBDの話)

 世を騒がせた、WBO世界スーパーフライ級王者・井岡一翔の大麻陽性報道。「検査で陽性反応が出た薬物は複数に及ぶ」「警視庁が覚醒剤取締法違反容疑で井岡の検体を押収した」と報じた記事もあり、警察の事情聴取を受けたことも本人が明らかにしている。ただ、こと大麻の陽性反応に関しては、所属事務所が発表した「井岡が使用していたCBDオイルから大麻成分が検出された可能性はあります」という言い分は、実は納得のいくものだった。

 井岡の使用したCBDオイルとは、大麻の成分のひとつであるCBD(カンナビジオール)を含有したオイルのこと。そのCBDオイルには、日本では麻薬指定されている大麻成分で、陶酔作用のあるTHC(テトラヒドロカンナビノール)がごく微量だが含まれているリスクがある。後述のようにTHCが一定基準を超えるものは輸入が認められていないが、麻の茎と種子から成分が採取されており、THCが基準以下のCBD商品は日本でも流通が広まりつつある。そしてTHCの含まれないCBDは、使用は世界アンチドーピング機構(WADA)も使用を認めており、オリンピックに出場するアスリートも使用できるのだ。

 そして最近のアメリカのスポーツ界では、CBDはもとより大麻自体もドーピング検査の禁止薬物から除外されつつある。今回の井岡の騒動は、日本と世界のスポーツ界の大麻の扱いの違いを象徴するものであり、世界で進む「大麻の非犯罪化」への日本の対応の遅れを示すものでもあった。

 本稿では、そんな「スポーツと大麻」の現状を、犯罪や罰則という視点と、その最先端をいくアメリカの事情を中心に探っていく。まず、アメリカの四大スポーツにおける大麻の扱いはどのような状況なのか。医療大麻に関するエビデンスに基づいた啓発活動を行っている、一般社団法人Green Zone Japanの正高佑志医師に聞いた。

「メジャーリーグは、2020シーズンから大麻をドーピング検査の規制薬物から除外しています。NBAも20~21シーズンは使用の有無を調べる検査を行っていません。NFLも20年シーズンから規制を緩和。罰則が出場停止から罰金になり、オフシーズンは大麻のドーピング検査を行わないシステムになりました。NHLはランダムに大麻のドーピング検査はあるものの、THCが検出されても罰則はなし。選手には医師から治療プログラムの参加要請が行われますが、参加の義務も参加報告の義務もありません」(正高氏)

 日本のスポーツ界では考えられない状況だが、その背景には各州が進められてきた大麻の合法化や、嗜好目的の使用の非犯罪化がある。21年4月末時点では、嗜好目的の使用を認めているのは17州。医師が処方する医療用大麻を合法とする州も含めると、その数は35を超える。

「娯楽使用の合法化が各州で進んだことで、『合法化州では一般の人も大麻を使用できるのに、アスリートだけがドーピング薬物として規制されている』という状況がアメリカでは起きていました。そこでは、『本人は大麻を使用していないのに、副流煙として吸った大麻成分がドーピング検査で検出される』というリスクもあるわけです。四大スポーツで進む大麻の規制緩和は、そうした状況を踏まえて行ったものでしょう」(正高氏)

 アメリカのアスリートはどんな目的で大麻やその加工品を使用しているのか。

「まず井岡選手も使用していたCBDは、THCのような精神作用はありませんが、抗炎症作用や抗酸化作用などさまざまな薬効が認められている。そのためケア目的で使用するアスリートが増えています。特にアメフトやホッケーのような激しいコンタクトスポーツや、格闘技などの分野では、CBDオイルの受容が進んでいる印象ですね」(正高氏)

 THCを含む大麻加工品については、「試合前後のリラックス目的で使っている人が多いのではないか」(正高氏)とのこと。

「たとえば野球選手は、ナイターに出場すれば夜間にドーパミンが大量放出され、家に帰っても興奮が続いてすぐには眠れない。そしてメジャーリーグでは時差のある移動もあるので、ただでさえ睡眠は乱れがちになる。その中で、しっかり睡眠を確保するために、睡眠薬の代わりに大麻を使っている選手もいると思います」(正高氏)

 アメリカで20年以上にわたって各種スポーツを取材した経験を持つ、スポーツライターの菊地慶剛氏も次のように話す。

「アメリカにおける大麻は、末期がん患者の緩和ケアなど医療目的でも使われていました。そして私がアメリカに渡った1990年代には、娯楽目的の使用は全面的に違法の状況でしたが、それでも使用している人がごく普通にいた。プロスポーツ選手は痛みや疲労をケアしつつ、長いシーズンを戦い抜かなければならないので、さまざまな方法を試す中で、禁止されていた大麻を使用する人が以前からいたのでしょう」

 なおアメリカのスポーツ界では、メジャーリーグでステロイドの使用が問題になっていたにも関わらず、ドーピング検査自体が03年まで行われていなかったように、禁止薬物への対応は長らくおざなりだった。カリフォルニア在住のライターで、クロスフィットや野球のコーチ業も行う角谷剛氏はこう話す。

「大麻も禁止薬物のリストには入っていても、メジャーリーグで罰則を受けた人はひとりもいませんでした。マイナーリーグでは抜き打ちの検査が行われ、実際に罰則を受けた人もいましたが、21年からはメジャーリーグの傘下に入って組織統合が進んでいるので、今後は検査や罰則はなくなるはずです」

 そしてNBAにおける大麻規制の緩和の背景には、アスリートの側からの働きかけもあったという。

「NBAでは1984~2014年にコミッショナーを務めたデビッド・スターンが、17年の時点で医療用大麻の使用を認めるルール改正を提言していました。なおスターン氏は、その提言に先立って、大麻関連企業を経営する元NBA選手のアル・ハリントンとの対談を行っています。アル・ハリントンは、医療用大麻のアスリートに対する有用性と、その毒性の低さを訴えかける活動を行っている人物でした」(菊地氏)

 なおNBAにおいては、マイアミ・ヒートのディオン・ウェイターズが、19年のチャーター便での移動中、グミ状の食用大麻を摂取して機内で失神。チームから10試合の出場停止処分を受ける騒動があった。また得点王も獲得したスター選手で、大麻ビジネスにも投資しているケビン・デュラントも、20年に禁止薬物リストからの大麻の排除を提言している。そして「NBC Sports」が20年に発表した記事によると、NBAのリーグ全体の最大85%の選手が大麻を使用。大麻はNBA選手にとって身近な存在なのだ。

「バスケットボール界では、往年のスター選手のマジック・ジョンソンも、CBD製品の事業への参画を発表しています。アスリートや元アスリートが自らCBD事業に参入するのは、最近の世界的な流行です」(正高氏)

 またサッカー界の大スターだったデビッド・ベッカムも、アスリートのケア向けの大麻製品の事業に参画していることがニュースになった。

 なお体のケアを目的とした大麻製品がアメリカで大きく注目される背景には、医師が処方する鎮痛薬で、乱用による死者が急増しているオピオイドの問題もあるだろう。19年のアメリカで、薬物の過剰摂取で亡くなった人は約7万2000人だったが、そこで乱用された薬物の多くはオピオイドとされている。

「NFLには鎮痛薬の多量摂取で自殺した有名な選手もいますし、同じような問題はプロレスをはじめ他のスポーツでも起こっています。鎮痛薬で人生を狂わせるアスリートが増える中で、健康への影響がより低く痛みを緩和できる存在として、大麻に注目が集まっている面は多々あると思います」(菊地氏)

 特にWADAも使用を認めるCBDは、安全面でも期待を寄せるアスリートが多いようだ。アメリカで活動するスポーツライターの谷口輝世子氏はこう話す。

「現役のアスリートには、従来の鎮痛薬の継続使用に不安を覚え、CBDの可能性に期待を寄せている人が多い印象です。またCBDを取り扱う製造販売会社では、CBDを麻薬のイメージから切り離し、『健康増進に役立つもの』というイメージを広めるため、CBDの使用と宣伝してくれるアスリートの存在を重視しているように見えます。なおCBDオイルの疲労回復や痛みの軽減効果については、まだ研究が不十分なところも多いです。その研究結果が出揃ってくれば、スポーツ界での受容状況にも影響が出てくるでしょう」

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