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むさ苦しいちくわ
3人用声劇台本(2:1:0) 20〜25分 コメディ
4人用声劇台本として書き下しをナレーション可。
なんちゃって時代劇です。
真面目に演じるほど面白くなります。
*下ネタあります。
*宗教ネタあります。
*叫び続けます。
*楽しくご利用ください。
*アドリブ可
【登場人物】
【娘】娘っ子。いろいろ足りないが気合いだけは一丁前。
【甘竹(あまたけ)】下級武士。言葉に訛りがある。南無妙法蓮華経と唱えるシーンがある。温和で柔軟な勢。
【松本】下級武士。甘竹より年下。南無阿弥陀仏と唱えるシーンがある。堅物で生真面目な性格。
【ナレーション】書き下し。読まなくても進行に問題なし。
―――――――――――――――――――
時は幕末。ペルーとやらが来る前。
ポルトガルとスペインとの南蛮交易が盛んな時代。
雨降りしきる中、我こそはと志高き下級武士たちが訓練に励んでいた。
娘「皆さん!お疲れ様です!こちら食堂の女将から差し入れの蒲鉾です。」
竹垣の横から敷居に顔を出して、食堂で働く娘が良く通る声で言った。
松本「蒲鉾だと!?女将分かっているじゃないか。」
甘竹「(ぼそりと)しかも若い娘っ子に持ってこさせるなんて、こ粋じゃ。」
松本「やはり、上級藩士を目指す我ら郷士の志を良く分かっていらっしゃる!」
甘竹「最近じゃぁ、羽振りの良い商人たちが上級藩士の真似事か、蒲鉾を食べたいだけ食べておる。彼らの欲が分からんでもないが、もう少し隠れてやってくれはくれんかの。」
松本「知っているか?娘っ子。蒲鉾の歴史は古くてなぁ、それこそ4世紀の神功皇后が九州で食べたっていう伝承があるくらいだ。」
娘「へぇ!それは存じ上げませなんだ。」
甘竹「松本、それだけじゃ感謝がつたわるめぇ。いいか娘っ子、神功皇后は霊験灼かなお方でな。女将が我らを労わって娘っ子に献上せしむるその蒲鉾は、神功皇后にあやかり徳の高いことなのじゃ。」
松本「何言ってんだてめぇ。素直に感謝していると言えよ。」
甘竹「なにおう?お主の言葉をかみ砕いてやったんじゃ!」
娘「ありがとう存じます!女将にお伝えします。」
(娘が去る)
松本「おめぇ、さっきのは良くねぇぜ。」
甘竹「なにが良くないと云うんじゃ。」
松本「あの娘っ子に神功皇后の話を聞かせたところで、女将くらいの女人としか理解出来んだろう。」
甘竹「そんなことはなかろう。」
松本「それに神功皇后は伝説だ。説明したところで真実かどうか分からん。」
甘竹「伝説は伝説として話せば良かろう。それにワシは実在したと踏んでおる。」
ー翌日-
娘「皆さん!お疲れ様です。雨の中ご苦労様です!」
激しく降りしきる雨に声が掠れて聞こえる。
雷が轟き、娘の白い顔を照らした。
松本「娘っ子!この豪雨のなか良くぞ来た!!」
娘「今日はお一人で!?」
松本「いいや!甘竹が居たのだが、川が心配だと先程走っていった!某も行くつもりだったが娘っ子が来るのではないかと心配でな!待っていた!!さぁ、避難せよ!」
松本は娘の腕を掴む。
娘「待ってください!」
松本「なんだ!」
娘「ちくわを……ちくわを持って参りました。神功皇后の霊験灼かな蒲鉾ではございませんが、少しでも皆さまのお力になれる様に!」
松本「娘っ子!そのために自ら命を危険に晒したのか!」
娘「いいえ!真に霊験灼かであれば、危険に晒されることもありますまい!」
松本「あれは唯の伝説!世迷言だ!然らば!」
娘「あぁ!」
娘の抱える風呂敷から光物が落ちた。
手鏡だ。
雨が酷くなる。目の前の娘の顔すら判別出来ない滝のような雨だ。
松本「娘っ子!これはなんだ!」
娘「手鏡でございます!神功皇后にあやかってお待ちしました!皆さまの分もございます!」
松本「それはもう良い!帰れ!某はもう行かねば、甘竹では手が足りぬ!」
娘「お待ちを!一つ腰にくくり付けてくださいまし!」
松本「ただの世迷言と申したろうが!」
娘「安全を祈ることに罪はありますか!?祈りは自由でございます!どうか祈らせてくださいませ!」
松本「分かった、時間が惜しい!一つ貰う!」
泥濘んだあぜ道を走る。
左右の田んぼの水かさが高い。
松本「甘竹ー!甘竹ー!どこにいる!」
娘「きゃぁぁ。」
松本「娘!?何故ここにいる!」
娘「何かお役に立ちたくて。でも!用水路に落ちて流され踏ん張れなくて。」
松本「世話が焼ける!」
松本「甘竹ー!甘竹ー!……川辺にも居ないのか、もう一つ上流か?」
娘「きゃぁぁ。」
松本「娘!?何をしている!」
娘「用水路への水を止めようとして近づいたら、土嚢が流されてしまいました!」
松本「触るな!!」
娘「きゃぁぁ。怒鳴らないでくださいまし、怖い!」
松本「世話が焼ける!」
松本「甘竹ー!甘竹ー!返事をしろー!……この溜め池ももう駄目だ。田んぼに水を流さなければ!」
娘「きゃぁぁ。」
松本「娘!何をしている!」
娘「お、お化けが見えて。」
松本「何を申している!この雨の中なにも見えないだろう!……待て、お前はどうして某に着いてこれる!?」
娘「手鏡でございます!腰に付けた手鏡が光って見えるのです!」
松本「なに!?……自身の腰にもくくり付けておけ!」
溜め池の先の田んぼに辿り着く。
甘竹「松本ー!松本ー!こっちじゃ!」
松本「甘竹!よく某と分かったな!」
甘竹「もちろん直ぐに分かったわ!光物を腰につけるなど賢いやり方をするのは松本じゃ!」
娘「甘竹さま、ご無事で何よりです!」
松本「娘!甘竹にも手鏡を渡せ!」
娘「はい!」
甘竹は手鏡を腰につけた。
雨は風を伴って横殴りに降っている。
もはや立っていられないほどだ。
甘竹「……して、どうする!」
松本「ここの田んぼに水を流すしかないだろう!」
甘竹「ここの田んぼは大きくない!ここで間に合わなかったら下流の田んぼに流すしかなくなるじゃろて!」
松本「そんなもの!誰が知り得ようか!」
娘「雨は止みます!」
甘竹「なんじゃと!?娘っ子、それは本当か!」
松本「耳を貸すな甘竹!」
娘「ここにちくわがございます!手鏡も!」
甘竹「……なんの話じゃ?」
松本「お前のせいだ!神功皇后の遺功の話だよ!」
娘「徳の高いことでございます!身銭を切って買ってまいりました!どうぞお納めください御二方、これをもって祈れば雨は止みます!」
甘竹「身銭を切った!?ワシらに献上するために!?」
松本「……お前のせいだよ!どうすんだ!」
娘「どうか、どうか受け取ってくださいませ!雨を止める為に!」
甘竹「娘っ子、その気持ちはしかと受け取った!ちくわも受け取ろう!」
松本「おい!」
甘竹「……受け取るだけじゃ!食べずに雨が止んだら返す!松本、お前も受け取らねばならぬ!それが豪雨のなか信じてついて来た者への礼儀じゃて!!」
松本と甘竹は田んぼに水を流すべく土を堀り始めた。
甘竹「全くどうしようもない雨じゃのう!視界も悪いというのに風のせいで立つのもやっとじゃ!」
松本「……おい甘竹!娘っ子が見えん!」
甘竹「ちくわを持って祈っておる。今は作業に集中せい!」
松本「なんでちくわなんか持って、祈っているんだ!!」
田んぼへ勢いよく水が流れ込む。
あとは避難するだけだ。
甘竹「娘っ子、作業は終わった!避難するぞお!」
娘「いいえ!ここで祈ります!」
松本「死にたいのかお前は!」
娘「どちらにせよ、雨が止まなければ私は避難所に辿り着く前に力尽きて死にます!祈れば雨は止みます!祈れば!!」
甘竹「確かに一理ある!ここまで着いて来れたのが奇跡じゃ!」
松本「お前が神功皇后の話をするから!」
甘竹「松本!話を切り出したのはお主じゃ。責任があるとしたら共に我ら二人じゃろ!」
娘「ふるふるゆるえ!」
甘竹「其れを云うなら--ゆらゆらとふるべ--じゃな!」
松本「布瑠言は死者をよみがえらせる術と云われているから雨を止めるには合っていないぞ、娘っ子!」
甘竹「だが、ちくわを揺らして宝剣に見立てたのは素晴らしい着眼点だ!」
松本「娘っ子、どこでそんな知識を得たんだよ!」
娘「神功皇后よ!雨を止めたまえ!どうか!」
松本「神功皇后は偶像化されていないぞ!」
甘竹「面白いことに彼女は神格化の対象ではない。人間らしい伝説がたくさん残っている!」
松本「願いを叶えてくれる存在ではないってことか。」
娘「御二方もどうか祈ってください!雨を止めるために!」
甘竹「まぁ、それが今ワシらに出来る上等なことじゃろう。」
松本「祈るのか?ちくわ持って祈るのか!?甘竹!」
甘竹「お主も腹をくくりたまえ。ちくわを持たずとも好きに祈れば良かろう!」
娘「お天道さま!雨を止めてください!このちくわにかけて私は何も悪いことなどしていません!人に嫌がらせしたことございません!銭を借りたこともございません!身銭を切って世のために働く人に奉仕いたしました!私は人のために祈れる人です!どうか!」
松本「お天道か。祈る対象としては悪くないな。……南無阿弥陀仏。」
甘竹「そういうお主は阿弥陀か!松本らしい。」
松本「松本らしいってなんだ!そうゆうお前は……なんでちくわを持っている?」
甘竹「いや、寒さから手足の感覚がなくてな。この手合わせからちくわが落ちたら死んだと思ってくれ!」
娘「寒いよぉ、死んじまう!お父さぁん!お母さぁん!死んじまうよ!助けて、助けてぇ。ご先祖さま!助けてぇ。人のために生きますから!どうか、どうか!」
甘竹「たいした娘っ子だ。ワシに叫ぶ気力などもう無い。……南無妙法蓮華経。」
松竹「ちくわを落とすなよ甘竹。」
甘竹「死んでも落とさぬさ。」
松竹「体の感覚がない。某は、もう……。」
娘「……、……。……、……。」
松本「……。」
甘竹「……ぬ。……?」
甘竹「雨が……止んだ?松本、娘っ子。雨が止んだぞ。」
松本「……、……。寒さで……話せない。歯の根が合わないんだ。」
甘竹「娘っ子?おい、娘っ子しっかりしろ。」
娘「……、……。」
甘竹「雨が止んだぞ。娘っ子のおかげじゃて、目を覚ませ。」
娘「……、……。」
甘竹「息は辛うじてあるが、もはや震えてすらおらぬ。」
松本「……日が差せば、……ちくわは……?」
甘竹「お主の分はどこじゃ。」
松本「ふんどしの中に……。」
甘竹「……むさい男じゃて。」
松本「お前もむさい……。」
甘竹「さて、ちくわを取り出した。どう取り出したかは割愛じゃ。」
松本「誰に説明しているのだ、むさい男が。」
甘竹「ワシらはむさい男たちじゃが、娘っ子に説明は要るんじゃ。」
松本「ちくわを、この合掌の間に、……挟んでくれ。」
甘竹「……挟んだぞぉ。」
松本「……今、再び祈ろう。日が照ることを娘のために。ちくわじゃなくて娘っ子の懸命な祈りにあやかってな」
甘竹「たいした娘じゃて。」
二人が祈ると雲の割れ目から日が差し、娘に当たった。
甘竹「日が差した……娘っ子の上に。なんてことじゃ。」
松本「祈りは……自由か……。」
甘竹「……松本、何をしておる。」
松本「ちくわを振っている。」
雲の割れ目はどんどん大きくなっていき、松本と甘竹をも包み日差しが広がっていく。
松本「まだ昼下がりだったのか、雨雲で暗くて分からなかった。」
甘竹「ワシはお主の心境の変化に驚いとるよ。」
娘「……、まつ……もと……さま。」
松本「娘っ子、気が付いたか。そのまま休んでおけ。娘っ子の代わりに、某がちくわを振るからな。」
甘竹「娘っ子、休むんじゃ。ワシらがしっかりちくわを持って祈るからな。」
娘「わたし……の……、ちくわ……も、……。」
甘竹「あぁ、あぁ。勿論、娘っ子のちくわもワシが振ろうとも。」
松本「服を脱いで日差しに当たっていなさい。」
娘「……ありがとう……存じます。」
-後日-
娘「皆さん!お疲れ様です!こちら食堂の女将から差し入れのちくわです。」
甘竹「おう!小粋な娘っ子。今日も元気そうで何よりじゃ。」
松本「心頭滅却……。」
娘「松本さまはどうなされたので?」
甘竹「あまり気にせんでよい。」
娘「でも、一心不乱にちくわを振っています。なにか切実な願いごとがあるのでは……。」
甘竹「アレに関しては娘っ子が気にすることではない。
娘「しかし……。」
甘竹「強いて言うなら、むさい男の事情があるだけじゃ。」
いただいたお題。
「雨」「むさい男たち」「ちくわ」「手鏡」