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11月の沖縄

河内三比呂さん企画「個人による犬関係の一次創作を書かないか?祭り!」
みんなーーー!!いっぬは好きかーーーー!?

朗読15分

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君は沖縄にきたことある?

僕のシマは、沖縄の端っこにあるんだ。小さな島でね。
あぁ、本土じゃ里(さと)っていうんだっけ?

海風の音に交じって海鳥の声が年中聞こえる、そんなところさ。



僕のシマの地面は土っていうか、細かくなった白いサンゴがゴロゴロ転がって、白い砂地みたいなんだ。
青い空と白い地面で、正直目が焼けるよ。

細い白い路地を通っていくと、しっかりとした塀がみえる。
玄関までいけばヒンプンっていう魔除けの門替わりの塀があるんだ。
最近はヒンプンがある家が減っているって聞くけど、この島ではどこの家にもあってありふれた物なんだ。

そうそう、僕の家にはコーギーがいてね。マルっていうんだけど、とっても可愛んだ。

ヒンプンを通ると、
「ワンッ」と鳴いて、マルが駆け寄ってくる。
不思議なことに、マルは決して一人ではヒンプンの外には出ない。
まるでヒンプンの意味を理解しているみたいだ。
まぁ、放し飼いできるからいいんだけどね。

「晴斗!おかえり!!」
「どうしたの?また人とお話しが出来なかったの?ちゃんと喋らないとダメよ!」
「もぅ、私がいないと人に話しかけないんだから!」
「さぁ、散歩に行くわよ!!お手本を見せてあげる!!」

マルがへっへっへと、キラキラした目で僕を見上げてくる。
お姉さんぶって偉そうに、そして嬉しそうに。
僕はそんなとんでもなく可愛いマルに、良く似合う黄色の首輪とリボンをつけて、ヒンプンを通り出る。

11月の沖縄は涼しくて過ごしやすい。
長ズボンに七分袖を着て、日がな一日ひがないちにち散歩するにはもってこいだ。
それに、可愛いマルにお肉を買ってあげないと。



白い平坦な路地から舗装されたアスファルトの道に出る。
ここのアスファルトは島の外縁に沿って一周するように誂あつらえてあって、浜辺や海岸近くまで行けば必ず道にあたって迷子になることがない。
大抵のお店はこの道のわきにあるから、商店アスファルトって僕は呼んでる。



西にひたすら歩いていくと、島治さんの肉屋が見えてきた。
風力発電機と大きな冷凍庫が見える。
コンテナひとつ丸々冷蔵庫なんだよ?
すごいよね。
それに肉だけじゃなくて、駄菓子とかも売ってくれるんだ。

島治さんはお店の奥のレジの前で、いつものように座ってた。
話しかけられずにいる僕を、マルがリードごと引っ張って、島治さんの前に座る。
「ワンッ」とマルが鳴く。
僕は黙ってはにかんだ。

「やぁ、マルじゃないか。」
「お肉のおじさん!こんにちは!!晴斗も一緒なの!」
「こんにちは。元気そうでなによりだ。」
「おじさん!お肉ちょうだい!!たっくさん!」
「ちょうどひき肉があるよ。喉に詰まらせないようにお食べ。」

島治さんが黄色い小さなお皿にお肉をのせると、マルは嬉しそうに食べてた。



「ごちそうさま!また来るからね!!」
「いつでもおいで。」

マルに引き連れられて店を出る。
るんるんと小さな尻尾を振りながら歩くマルを、島治さんは嬉しそうに見ている。
ぷしゅっ。
島治さんは、そっとサイダーを開けてひとくち飲んだ。



肉の次は魚かな?
可愛いマルのために何ができるのか思案する。
僕はほんとうのところ、魚は買いに行きたくない。
僕は魚屋の田代さんが嫌いだから。

だってあの人、すぐ殴るんだ!
波止場で遊んでいると、どこからかやってきて頭をガツンと一発殴るんだ。
「なんで殴るの!?」って聞いても、何も答えてくれない。
全然しゃべんないんだ、あの人。
名前も呼びたくないよ。

「ねぇ、晴斗!次は魚屋さん!!」
「行くでしょ?ねっ、ねっ、ねっ!?」
へっへっへっとキラキラした目でマルが僕を見上げてくる。

そう、でもマルのためだから。
僕は田代さんに会いに行くことにした。



この島には魚屋さんというお店があるわけじゃない。
島の南に船着き場があるのだけど、ここら一帯には建物はなくって、陸の奥地に船倉庫の屋根がちょこんと見える程度。
船着き場が見えてから、そこに着くまで20分くらい歩いているんじゃないかな?
言い過ぎかも。



田代さんが船で釣ってきた魚を、船着き場に籠ごと並べているだけで、魚を買うにはまず田代さんを探さなくちゃいけない。

「あっ、こっち!!お魚屋さん!」
「においするよ!こっちだよ!!」

本当は田代さんが船着き場に帰ってくるまで、すれ違いにならないように待っていないと会えないのだけど、マルはすぐに田代さんを見つけてくれた。

田代さんは波止場に立って、海を眺めていた。
マルがへっへっへっと田代さんに駆け寄る。
空と海の青と、波止場の白、そしてマルの黄色いリボンが鮮やかでまるで絵画みたいだ。

「ワンッ」とマルが鳴く。

「あぁ。マルか。」
「お魚のおじさん、こんにちは!マルだよ!!」
「……。」
「晴斗もいるよ!!」
「よく来たな。」
「お魚ちょうだい!!ね?お魚ちょうだい!!」
「……食うか?」

田代さんが、スルメイカをマルに差し出す。
その手にはお守りのマース袋が二つ握られていた。

もちろん、マルは喜んでスルメイカを咥えた。



僕はご機嫌なマルに引き連れられて波止場を離れた。
後ろを振り返ると、田代さんが海に小さな何かをふたつ投げるのが見えた。
逆光でよく見えなかったけど、あれはきっとマース袋だろう。

「さぁ、つぎはスナちゃん家!!」
「もういいよ。マル。」
「スナちゃんが好き!!とっても優しくてかわいいの!」
「もういいんだ。マル。疲れたよ。疲れたんだ。」
「きっと甘いものくれるよ!晴斗も大好きなやつ!!」へっへっへっとマルが僕を見上げる。

晴斗は私のお願いを断るわけがない。
そう信じてやまないキラキラしたマルの目を見ていると、叶えなくてはならないって気持ちになる。
僕はマルのこの目にとっても弱いんだ。
信頼に応えるために、可愛い可愛いマルのために、僕はスナちゃんこと砂川さん家に行くことにした。



砂川さんの家は東の山中にあって、北東の僕の家に近い。
家の囲いの中に渋柿の木が2本植えてあって、この季節になると家の軒先に並べて干している。
「ビーズカーテンみたいでしょ。」って砂川さんは笑って言ってたっけ。

「ワンッ」砂川さんちのヒンプンの前でマルが鳴く。
「マルちゃーん?」って砂川さんの声が聞こえる方へ、マルは走っていく。
僕はただ、マルにくっついていった。
砂川さんは縁側で渋柿の皮を剝いていた。

「あら、マルちゃん。どうしたの?」
「スナちゃん!晴斗連れてきたよ!!」
「甘いもの食べるかしら? 去年の干柿がまだあるのよ。」
「スナちゃん!甘いものたくさんちょうだい!!」
「晴斗くんにもあげましょうね。」

砂川さんはそう言って、家の奥に入って大きな籠にいっぱい干柿を詰めてきた。
「さぁ。晴斗くんの家に一緒に行きましょう。」



砂川さんとマルと僕とで三人、白い路地を歩いていく。
お昼の時間も過ぎて、おやつ時だ。
やさしく傾く日差しが、ふたつ分の影を道に落とす。
静かな中、へっへっへっとマルがご機嫌に歩く。
僕の家にはすぐについた。

ヒンプンをさっと通ると、砂川さんは慣れたように家にあがって、一番最初に仏壇の前に座った。
僕とマルは後からついて行った。

「ワンッ」とマルが鳴く。
「マルちゃん、干柿食べる?」
「ちょっとだけあげましょうね。」
そう言って、砂川さんは干柿をちぎってマルにあげた。

喜んで食べるマルをみて、砂川さんはぽつり呟いた。
「晴斗くん。帰ってきたのかしら。」

僕は胸が痛くなった。

「マルちゃん。こんなに痩せて。」
「私たち、なんとなく仕来しきたりを守ってきただけだった。9歳の子どもを一人で外を歩かせてはいけないって。」
「マルちゃんと一緒なら、大丈夫だろうって。」
「マルちゃん、晴斗くんが居なくなってからずっと食べなかったのに。6日間ずっと。」

へっへっへっと嬉しそうなマルを砂川さんは撫でる。

「どこにも……晴斗くんはいなかった。生きているって信じて、海も山も探したのに。」
「……ここにいるのよね。そうなのね?」

砂川さんは苦しそうに呟いて、干柿を仏壇に並べた。
ひとつ、ふたつ、みっつ……、全部で9個、綺麗に積みあげて。

マルがきらきらした目で僕を見る。

「晴斗!おかえり!!」
「.……マル。ありがとう。そして、さようなら。」

僕はそっと、やせ細ったマルの背中を撫でた。

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