そば屋の出前
朗読劇 落語調 5分
執筆:cyxalis
原案:藤 秋人
(AD)さぁさぁ、ちょっと腹ごなしの小咄(こばなし)をば。
君は「そば屋の出前」という例えをご存じか。
今はあまり使われない言葉にございます、この言葉。
私がちょちょいのちょいっと、
現代(いま)風に話してご覧にいれましょう。
「そば屋の出前」
そば屋の出前といえば何が魅力か。
やはり。やはり早く食べれることでしょう。
私はせっかち者(もん)でして。昼はささと済ませてしまいたい。午後の仕事が気になって気になって腰を下ろして優雅に……とは出来んのです。こうみえて私は仕事熱心でしてね。
昔はよく、そば屋の出前を頼んだものです。
(昔話をするように)
そば屋の出前というのは、他(ほか)と比べてわりかし柔軟でして。昼に頼んでも快(こころ)よく受けてくださる。
しかしながらこのせっかちめ。
5分と待っていられんのです。3分後には「まだか。」なんて電話をかけて。仕事の算段をたててはまた電話をかけちまう。りんりんりん、とね。まこと、不肖ながらなおせん癖(くせ)にございます。
そば屋も電話のたびに「今でました。」とおっしゃる。
あぁ。あぁ。想像がつきます。
りんりんりん、と電話が鳴ってそば屋が「今でました。」という。
その後ろでは、ちゃりんちゃりんちゃりん、と自転車が鈴を鳴らして出前に出ていく。
りんりんりん、ちゃりんちゃりんちゃりん、りんりんりん、ちゃりんちゃりんちゃりん。
しかしながら、その出前が私のそばなのかはわからない。
分かっております。分かっておりますとも。そば屋に電話をかけても仕方がないなんてことは。ですが電話をかけずにはおられんのです。
電話をかけて道の通りに立っては、人の顔をつぶさに眺めます。あれがそば屋か?これがそば屋か?そんな私を人々は黙って通り過ぎるのです。
それを見ると腹が立ってきましてねぇ。座って待ってはおられんかった。
いやはや、忙しない社会に置いてけぼりにされたようで。
(昔話から今に戻って)
君にとって、忙しない社会に置いてけぼりにされたと感じることって何でしょうね。
例えるなら置き配でしょうか。
現代(いま)の配達の方々はとても偉(えら)くってですねぇ。
りんりんと電話を鳴らせば、車ですぐにいらっしゃる。
ピンポーンと呼び鈴を鳴らして、ささと配達しては次にいく。
ですが、置き配には呼び鈴を鳴らさず、玄関にスッと置いていかれる方々がいらっしゃる。
こちらはしっかり椅子にお尻をあずけて座っているものですから、このことに腹も立ちようがありません。
ただ、いかんせん侘(わ)びしいのです。寂しく感じます。
りんりんりん。ちゃりんちゃりんちゃりん。
そう、きっと。そば屋は私のなぐさめだったのです。