ハロウィンの夜に
二人声劇台本 (男1:女1) 10分 ホラー
三人声劇台本 (男1:女1:その他1)
※童謡とうりゃんせを歌うシーンがあります。
【登場人物】
楠木勝則(くすきかつのり) 成人男性(24)
てるてる坊主(女の子9〜12歳くらい)
N(ナレーション)てるてる坊主と兼ね役
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subtitle
N「日暮れ 夕暮れ 夕刻(ゆうこく) 日没 そして宵の口(よいのくち)」
N「日が山に差し掛かり、日が沈む日暮れ前。スーツ姿の男が田んぼの畦道(あぜみち)を走っている。」
勝則「……はぁ、はぁっ。はっ。」
N「楠木勝則は仕事をしていたはずだった。仕事を……していた。ただ、唐突に走りたくなったのだ。そして、知らぬ間に気づけば田んぼを走っていた。」
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勝則「はぁっ。はっ。はっ。」
てるてる「(出来ればゆっくり)とおりゃんせ。とおりゃんせ……。」
勝則「クソだ。くそっ。くそ!もう全てがどうでもいい!」
N「まるで耳鳴りのように、とおりゃんせと歌う少女の声が聞こえる。」
勝則「どうせ俺は出来損ないだ!不安障害だのパニック障害だのと!……(啜り泣いて)どうせ俺は壊してばかりだ。」
てるてる「こーこは、どーこの細道じゃ。天神さーまの細道じゃ。」
勝則「自分を押し殺して、まともなフリをして生きていても、一番大切な時にパニックになる。暴れて今まで培かってきた人間関係を壊してしまう。」
てるてる「御用ごようのない者、容赦ようしゃせぬ。」
勝則「パニックになって本心をぶちまけた。俺は……悪いだなんて思ってない。暴れたとも思っていない。でも人間にとって俺は恐怖の対象だ。」
てるてる「行きはよいよい、帰りは怖い。」
勝則「俺は人間扱いされていない。」
てるてる「怖いながらも、とおーりゃんせ。とおりゃんせーえ。」
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N「夕暮れ時。田んぼを通り過ぎて、林の中を歩いていた勝則は、不思議なものを見る。」
勝則「なんだあれ。木に服が引っかかっているのか?」
N「布が引っかかっているのか、高さ6mの位置に赤と白の布が、鮮(あざ)やかに風で揺れていた。」
勝則「よく見たら……女の子の服じゃねぇか。赤い……ワンピース?」
N「勝則は目を見開き慄おののいた。近づいてよく見れば、それは……等身大のてるてる坊主だった。」
勝則「うげぇ。てるてる坊主に女の子の服を着せているのかよ。ご丁寧に木から吊り下げて。首吊りのつもりか?」
てるてる「違うわよ。」
勝則「うわ。喋った!!!」
てるてる「こんばんは。良い日暮れですね。」
勝則「喋んな。気色悪りぃ。……何処かにスピーカーでもあんのか?」
てるてる「ストップ。動かないで。」
勝則「(ガサガサ)草薮にはねぇな。……電車の車線?こんなところに。」
てるてる「そうなの。危ないから近寄らないでちょうだい。」
勝則「へぇ。電車に引かれないよう、踏み切り代わりのてるてる坊主って訳か。それにしたって薄気味悪い。……うわぁぁあぁあ!!!」
N「5mは上空にあった等身大のてるてる坊主が、勝則の背後に揺れていた。勝則は反射的にてるてる坊主を殴った。」
勝則「くそっ!! 驚かすなよ!」
N「殴られたてるてる坊主は、慣性に従って大きく揺れた。ぎぃ、ぎぃ、ぎぃ、ぎぃ、ぎぃ……。」
勝則「(ほっとしたように)ふざけやがって。……なんの音だ?」
N「ガタンッガタンッガタンッ……バンッッ!!!。音が聞こえたのも束の間、電車が勢いよく通り過ぎ、大きく揺れていたてるてる坊主を跳ね上げた。」
N「跳ね上げられて戻ってくるてるてる坊主を、車窓がまた弾く。バンッバンッ。ガタンッ。バンッ。ガタンッ。バンバンッ。ガタンッ」
N「電車が通り過ぎるまで、てるてる坊主は弾かれ続けた。」
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勝則「俺は……、悪くない。俺は悪くない。あんなところにてるてる坊主を吊り下げた奴が悪い。そう、そうだ。あれは罪悪感を感じさせる目的で吊り下げてたんだ。あのてるてる坊主は轢かれるための物なんだ。」
てるてる「こんばんは。良い夕刻ですね。」
勝則「は?」
てるてる「ひどい人。私を殴って、しかも電車に轢かせるなんて。」
勝則「てるてる坊主!? さっき通り過ぎたじゃないか!踏み切りはもうとっくに……もうとっくに……同じ場所?」
てるてる「また会いましたね。お兄さん。」
勝則「いや、似てる場所に来たんだろう。こうゆう田舎っていうのは何処も似た景色だからな。」
てるてる「同じ場所ですよ。お兄さん。」
勝則「……気味の悪い、てるてる坊主だ。」
てるてる「お兄さんは死に場所を探しているのかしら。」
勝則「はぁ……。もうここでいいか。」
てるてる「死に意味を感じているのかしら。だからここに来てしまったのよ。」
勝則「死に意味なんてない。俺には悲しんでくれるやつもいない。なぁ、知ってるか?戦争では人がたくさん死ぬ。」
てるてる「そうね。殺し合うのが戦争だもの。」
勝則「歴史とか習ったことあるか?お前には分からないだろうな。不思議に思うだろう。誰が一体、戦いたがるのかって。」
てるてる「失礼な人ね。私は人を殺したことなんてないのよ。」
勝則「意味がいるんだ。死ぬのにも。死にたくても死ぬ勇気もない。殺して欲しくて誰かを殺すんだ。」
てるてる「あら、おっかない人。私を殺したいの?」
勝則「さぁ……。お前が俺を殺すんじゃないのか。」
てるてる「私が?なによ、なによ。私はちゃんと、貴方が轢かれないように声をかけたわよ。一度だって、誰一人死なせたことなんてないわ。」
勝則「……。」
てるてる「そんなに死にたいなら、一緒にてるてる坊主になったらいいじゃない。意味はあるわ。やりがいも。」
勝則「……遠慮しとく。こんな裏寂れた田舎の踏み切りに誰が来るんだ。」
てるてる「貴方が来たじゃない。」
勝則「……君はいつからここに吊り下がっているんだ?」
てるてる「もう長いことずっとよ。」
勝則「たまに訪れる気狂いを助けるためにずっと?……死にたくはならないのか」
てるてる「私が死んでるか生きているか、それは誰にも分からないの。誰にもね。……訪れた人だけが分かるの。」
勝則「シュレディンガーの猫みたいだな。」
てるてる「私、猫じゃないわ。」
勝則「物の例えだ。寂しくないのか。」
てるてる「寂しいわ。でも、こう生まれついたの。生まれついてしまったの。これが私の道。そしてお兄さんは道を踏んでしまったの。」
勝則「……世の中にはな、普通に出来ることが出来ない人がいるんだ。不安障害だったりパニック障害だったり。」
てるてる「あらやだ、みんなクセって持っているものだわ。
お互いが許しあわなきゃ。生きていけないわよ。」
勝則「そうゆう話じゃないんだ。」
てるてる「じゃあ、どうゆう話なの?分かるように話してご覧なさいよ。」
勝則「世の中、6割はグレーゾーンの人間なんだ。お互いに怯えて監視しあって、揚げ足とって楽しんで、狭く生きづらく生きている。相互理解ができないんだ。」
てるてる「……貴方が言うことっておっかないわね。屁理屈ばっかり。私は人を虐めたことなんてないわよ。お金を借りたことだってないんだから。」
勝則「君に話しても、どうしようもないよ。話しても分からないんだろう。」
てるてる「失礼ね。私のこと信用してないのね。馬鹿にしたら嫌だわ。」
勝則「馬鹿にした訳じゃない。」
てるてる「そう……。……もう日没ね。早くお帰りなさいな。帰ってあったかいご飯とお風呂、そしてお日様の匂いのふっかふかのお布団で寝たら、死にたい気持ちもどっかに行ってしまうんだから。」
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(沈黙のち、しばらくして)
勝則「……帰ったってそんなものは無い。」
てるてる「私を信用してないのね。」
勝則「信用するとかしないとか、そうゆう話じゃない。」
てるてる「どうしたら、信用してくれるの?」
勝則「そうゆう話じゃないって言っているだろう!!!」
てるてる「あら、いやだ。怒鳴られたら怖いわ。優しくしてくれなくちゃ。」
勝則「……優しくしてる。」
てるてる「怒鳴らないでちょうだい。ねぇ、どうしたら信用してくれる?」
勝則「まず、てるてる坊主を信用するっていうのが分からない。」
てるてる「貴方の命を助けたのに、そんな酷いことを言うのね。」
勝則「不気味でたまらない。」
てるてる「酷い人。なら私がカブなら良かったのかしら。」
勝則「カブ?」
てるてる「南蛮では、カブを魔除けに飾るって知ってる?私は白いし、カブに見えないこともないでしょう。」
(ハッと馬鹿にしたように笑って)
勝則「カブだとしても信用出来ないさ」
てるてる「私が何しても信用してくれないのね。酷い人。ひどい人よ貴方は。私を馬鹿にしているの。」
勝則「馬鹿にしてないさ。」
てるてる「しているのよ。……もう道から出ていって。」
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(操られたように。力なく上の空で。)
勝則「とうりゃんせ。とうりゃんせ。」
てるてる「さぁ……宵の口。帰り道には気をつけて。足元は真っ暗よ。」
勝則「行きはよいよい、帰りはこわい。」
てるてる「怖いながらも。とーおりゃんせ。とおりゃんせーえ。」
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勝則(M) 「気がついたら街中の横断歩道の前に立っていた。目の前を配送トラックが勢いよく通り過ぎる。一瞬の耳鳴りあと、都心の雑踏と喧騒が一気に押し寄せてくる。」
(てるてる坊主が選んでください)
てるてる「次はないよ。」or「さようなら」
勝則(M)「声に振り向くと、ビルの窓に映った赤と白が……揺れて消えた。」
おしまい。