JTACとはー I 指揮と統制
ミリタリーが好きな人なら映画やゲームなどで「近接航空支援」という単語を一度は耳にしたことがあると思います。そうです、兵士が無線で航空機に攻撃を要請するアレです。なんとなくだけどイメージはできるっていう方は多いのではないでしょうか。
https://www.youtube.com/embed/nAWhhVoOjqQ?rel=0
けれども実際にはどんなやりとりが行われ、どのように作戦が計画されているのでしょう。今回はそんな疑問を抱いた筆者が、アメリカ国防総省が策定した米軍全5軍共用の近接航空支援マニュアルから統合末端攻撃統制官と航空機との無線交信例を軸に解説していこうと思います。
解説しようとする内容が専門的な分野であるが故に、非常に多くの専門用語や概念が登場してきます。可能な限りその都度解説を挟んで分かり易い記事にするつもりではありますが、本質を理解するために専門用語をそのまま用いたり、日本語に訳さずにあえて英語の表現を用いたりする箇所もあることを断っておきます。
無線交信例を紹介する前にまずは、「近接航空支援とは何なのか」「どのような役割が存在し、どのように機能しているのか」といったバックグラウンドについて統合末端攻撃統制官を中心に詳しく解説していくことにしましょう。
I.1 近接航空支援 (Close Air Support) とは
前線で戦う地上部隊によって要請される火力支援のひとつで、このうち航空機を用いるもののことを指します。
地上部隊の展開前の段階で周到な計画によって行われる通常の爆撃とは違い、既に交戦状態にあるような最前線の部隊から要請されて行われるのが特徴です。状況的に友軍が標的の近くにいることも多く、誤爆を防ぐためにも地上部隊と航空機との綿密な連携と高い命中精度が必要となってきます。
そこで活躍するのが”統合末端攻撃統制官”と呼ばれる人たちです。
I.2 統合末端攻撃統制官 (JTAC) について
近接航空支援を行うには地上から航空機を誘導して適切に攻撃を行うことのできる、より専門的な知識と技術が必要となってきます。
米軍では近接航空支援で行われる「目標に関する情報を通信によって航空機に伝達する」ことを TGO (Terminal Guidance Operations)、「航空機を管制し攻撃許可を与える権限」のことを TAC (Terminal Attack Control) と定義しており、これらを行うためには米国防総省から与えられる資格が必要です。そして、その資格を与えられた者のことを JTAC (Joint Terminal Attack Controller) と呼びます。日本語に直訳すると統合末端攻撃統制官です。また、航空機に搭乗して管制を行う者のことを特別に機上前線航空管制官 (Airborne Forward Air Controller) と呼びます。
JTACに求められる能力と任務は以下の通りです。
実際に航空機とやり取りをするのは上記の6と7です。地上部隊の状況と要求をパイロットに伝達し、標的攻撃のための最適な方法やルートを選定して誘導、攻撃許可を与えるのが JTAC の役目です。
JTAC の訓練課程は JTAC IQT (初期資格認定訓練) と JTAC MQT (作戦資格認定訓練) の2段階から成っています。IQT を修了すると "Certified JTAC" となり MQT への参加が認められます。MQT は戦時の任務を達成するための技能訓練で、これを修了して初期評価を受けると "Qualified JTAC" となります。
CCT と TACP オペレーターには SEI 914 が、特殊戦術士官 (STO) と ALO には SEI 09C が与えられます。SEI とは Special Experience Identifiers (特別経験識別子) の略で、AFSC と同様に要件を満たした個人に与えられます。
I.3 空軍と陸軍におけるJTACの編成
JTAC はもちろん単独で行動するわけではなく、必ずチーム単位で行動します。その編成の分類は大きく分けて3つ存在し、空軍及び陸軍、海軍及び海兵隊、そして特殊部隊に分類されます。
空軍と陸軍で運用される JTAC は戦術航空統制班 (Tactical Air Control Party) に属します。米空軍の管轄であるこの部隊は、必要と判断された場合に陸軍の軍団、旅団、もしくは師団に編入され、航空作戦によってその部隊の直接支援を行います。TACP の上位には航空支援作戦グループ (Air Support Operations Group) があり、さらに航空支援作戦センター (Air Support Operations Center) へと続いていきます。
TACP には航空作戦の能力及び制約について地上部隊の指揮官に助言し、近接航空支援に必要な航空機の飛行と武装の使用を許可する (Terminal Attack Control) という2つの主要な任務があります。また、空域の効率的な活用 (Airspace Coordinating Measures) を促進し、航空機の飛行及び攻撃が重複するのを防ぎます。
TACP の中には JTAC の他にも以下の役職が存在します。
これら3人の役職はどの TACP にも必ず配置されているというわけではなく、作戦の規模に応じて柔軟に割り当てられます。(TACP に配属されるには AFSC 1C4X1 が必要です)
また、TACP を支援する FAC (Airborne) という役職のパイロットがいます。FAC (A) は戦闘機に搭載された目標指示ポッドによる座標取得や白リン弾のロケットによる目標のマーキングなどを行い、TACP の空中アセットとして近接航空支援任務をサポートします。FAC (A) は JTAC と同様、終末攻撃管制 (Terminal Attack Control) の権限を持ちます。
米空軍の TACP 及びその直接の上級部隊である特殊戦術チーム (Special Tactics Team) について USA Military Channel 2 にて紹介されましたので、そちらをご覧になればより簡単にイメージを掴めると思います。
特殊戦術中隊 (Special Tactics Squadron) は特殊戦術グループ (Special Tactics Group) に属する地上部隊です。この STS の要となる実働部隊が特殊戦術チーム (Special Tactics Team) であり、構成は以下の通りです。(STS は ORBAT では大隊となっており STT もセクションの形を取っていますが、日本語資料では何故か"中隊"と訳されています)
パラレスキューやコンバットコントローラーも TACP 同様、複数人の班で構成されていると思われます。
STS には STT に加えて、医療活動を行う特殊作戦外科チーム (SOST) が属しています。SOST には外傷・整形外科医、外科技術師、救急医、看護師、麻酔医、呼吸器療法士などの高度な医療スタッフが属し、そのすべてが特殊作戦に従事できるよう訓練されています。
米空軍は10個の STS を編成しており、そのうち第320特殊戦術中隊は国外唯一の部隊として沖縄の嘉手納基地に展開しています。また、第24特殊戦術中隊は米陸軍特殊部隊デルタフォースや米海軍特殊部隊 DEVGRU を支援する部隊として有名です。
TACP や STS については Military Blog でも取り上げられているので参考になるかもしれません。(情報が古く現在とは異なる箇所もあります)
特集:米軍特殊部隊 ― 空軍特殊部隊 AFSOC 特殊戦術部隊(Special Tactics)編
I.4 海軍と海兵隊におけるJTACの編成
海軍での JTAC は沿岸部隊や DEVGRU や Navy Seals などの海軍特殊部隊に配属されます。また、海軍の FAC (A) は JTAC の資格も保有しています。
海兵隊は空軍のそれと同じように独自の TACP を保有しています。これらは Marine TACP と呼ばれ、海兵隊の歩兵師団、連隊、そして大隊に随伴しながら、航空支援の作戦立案の補助から実行までをこなします。上級部隊として海兵航空指令センター (Marine Tactical Air Command Center) や直接航空支援センター (Direct Air Support Center) などがあります。
Marine TACP の中には以下の要員が配置されています。
また、海兵隊も空軍同様 TACP を支援する FAC (A) が存在します。海兵隊の FAC (A) は JTAC としての訓練も受けています。
I.5 複数のJTAC資格保有者が在籍するANGLICOとは
さらに海兵隊にはもう一つ、JTAC 資格をもつ兵士が配置されている部隊が存在します。それは ANGLICO (Air Naval Gunfire Liaison Company) と呼ばれる、統合軍、連合軍、そして多国籍軍を支援するための特殊な中隊です。この部隊は近接航空支援に加えて、地上砲撃支援と艦砲射撃支援さえも要請できる支援攻撃全般に関する専門的な知識と技能を結集した非常に強力な部隊です。日本語では航空艦砲連絡中隊と訳されています。なお、名前は中隊ですが規模は大隊レベルです。
ANGLICO の本部の下には2つの Brigade Platoon が存在します。この部隊は旅団もしくは連隊規模の友軍部隊に対する火力支援の調整を行います。Artillery Officer が指揮を執り、他には AO (Air Officer) と NGLO (Naval Gunfire Liaison Officer) という役職が存在します。この AO と NGLO が JTAC としての資格をもっています。
Brigade Platoonの 中にはさらに2つの Supporting Arms Liaison Team (SALT) があります。この部隊は大隊規模の友軍部隊に対する火力支援の調整を行います。10人で構成されるこの部隊の指揮官は FAC であり、また副官も JTAC 資格保有者です。
また、それぞれの SALT には Firepower Control Team (FCT) が2つあり、これが ANGLICO の中で最も小規模な実働部隊となります。この部隊は中隊規模の友軍部隊に対する火力支援の調整を行います。1チーム5人で、JTAC 資格を持った指揮官の他に、少なくとも1人の JTAC、1人の前線観測員 (Forward Observer) もしくは統合前線観測員 (Joint Forward Observer) が配置されています。 (統合) 前線観測員は、迫撃砲や榴弾砲などの地上に展開する火砲からの砲撃支援を要請することができます。
つまり全体で200人程のこの中隊の各部隊単位に2人、合計で28人もの JTAC 資格保有者がいることになります。実際には支援する部隊規模に合わせて再編成されて展開することになります。
米海兵隊は6つの ANGLICO を運用しており、内5つはアメリカ国内に配備されています。唯一国外に配備されているのは 5th ANGLICO で、沖縄のキャンプ・ハンセンに展開しています。
I.6 特殊部隊におけるJTACの編成
米軍の場合、各軍組織に所属する特殊部隊の運用は一元化されているため上の3つとは異なります。JTAC は陸軍のグリーンベレー、海軍のネイビーシールズ、海兵隊のマリーンレイダースなどを統合指揮するアメリカ特殊作戦軍 (USSOCOM) に属し、必要に応じてそれらの実働部隊に従事します。
以上が JTAC が運用されている各組織の編成です。特殊な役割であるがゆえに組織の垣根を超えた統一された資格として運用され、相互に連携しているのが分かると思います。
次回は "近接航空支援を支える統合末端攻撃統制官 (JTAC) とはー II 計画と要請" について解説します。
Special Thanks for @michy_REV19
サポートありがとうございます。支援いただいたものはこれからの記事の参考となる関連書籍の購入代金に充てさせていただこうと思っています。