JTACと近接航空支援機の無線交信例ー 番外編1 トランスフォーマー編
さて、ここまで JTAC について詳しく解説してきたわけですが、その無線交信例の番外編として、第 I 章の冒頭に紹介した映画トランスフォーマーでの近接航空支援のシーンにフォーカスしてみます。
トランスフォーマーは2007年に公開されたロボット映画で、金属生命体による地球を巡る戦いの中に人間が巻き込まれていくというストーリーです。その中でも米軍がバリバリに活躍するシーンは多くのミリタリーファンの注目を集めました。
JTAC 解説の本編をまだ読んでいない方でも、この記事を通じてトランスフォーマーの描写の細かさと、劇中では描かれなかった舞台裏のようなものを実際の近接航空支援との対比の中で感じていただければいいなと思います。
近接航空支援のシーンは映画の冒頭、在カタール米軍基地が敵のロボットに急襲された後、特殊作戦部隊の生き残りが米国防総省に直接電話をするところから始まります。
今回登場する特殊作戦部隊の全容は分かりませんが、後作では全員 UCP 迷彩に身を包み、エップスのみが ACU 迷彩を着て支援を要請していることから、陸軍系特殊部隊に彼が JTAC 資格保有者として空軍から派遣されていると推察されます。
正体不明の敵と遭遇した特殊作戦部隊は何とか国防総省と電話を繋ぎ、支援を要請します。本来であれば緊急の支援要請は ASOC (航空支援作戦センター) や AOC (航空作戦センター) を通じて行われますが、そこは映画なので割愛。
付近の "プレデター" 無人偵察機を接近させて状況を把握した上層部は近接航空支援の実行を命じます。支援を実行する空域には複数の航空機が関わるので、この空域を管制している AWACS にコンタクトを取っているのもポイントです。なお、劇中では「プレデター」と呼ばれていますが、登場するのはその後継機であるMQ-9 リーパーに酷似した架空機です。
指揮官は航空支援の派遣を決定します。ストライクパッケージというのは航空作戦における攻撃機部隊のことで、ここで咄嗟にパッケージBという具体的な部隊を要請するということは、この部隊は予め ATO (航空作戦指令書) に組み込まれている特定の部隊であるということになります。
ATO とは日々の作戦に従事する航空機の離陸時刻、飛行ルート、目標などが詳細に記された行動スケジュールリストのことです。航空作戦の指揮を行う部署が作成し、実際の航空作戦の数日前に関係機関にデータで配布されます。
"Authenticate" というのは通信に使う無線ネットワークが友軍のものであることを証明する認証マトリックスです。これは無線が秘匿回線ではないときに用いるもので、分かり易く言うと「山」「川」といった合言葉です。
空軍指揮官がいるペンタゴンは秘匿回線でしょうから Authenticate を用いるのは変な気もしますが、これはエップスの通信手段が現地の民間人に借りた衛星電話であることに関係ある、と結論付けできなくもないでしょう。
認証コードには10桁の英単語が割り振られ、質問側はその中から2つのアルファベットを読み上げます。応答側は、その2つが連続していればその後ろのアルファベットを、1字跨いでいるならその間のアルファベットを答えることでお互いの認証が完了します。
これはお互いが同じ10桁の英単語を共有していなければなりません。映画の無線内容に当てはまるのは「TOWINGCARS」といったところでしょうか。時間も併せて送っているので、数時間ごとにこの認証コードが切り替わっていることが推察できます。
AWACS 内部では作戦センターからの要請を受けて、支援機を作戦空域に誘導する様子が映し出されています。
デンジャークロースとは攻撃目標の付近に友軍が展開しており、危険性が高い攻撃になることを示しています。これは単なる注意喚起ではなく攻撃に関する制限事項なので映画内でもきちんと復唱しています。映画でよく聞くセリフですが、実は米軍の無線通信用語リストの最新版では削除されていることから、現在は使われなくなっている可能性があります。
キルボックスとは火力支援と空域の統合を容易にするために設定される3次元空間です。予め火力支援を想定して設置され、適切な運用であれば追加の調整なしに使用できるため、迅速な航空支援を可能にしています。湾岸戦争で初めて運用され、戦域を約48kmを一辺とした正方形で区切り、それをさらに4分割した区画に攻撃機を割り当てていました。映画では、主人公たちが戦っているエリアがそういった近接航空支援が想定されていた場所であることが分かります。
AWACS はホッグ隊と呼ばれる A-10C 攻撃機をキルボックスへ向かわせます。「最も近い部隊を呼び出す」という状況から、近接航空支援が可能な飛行部隊が既に AWACS の管制空域に存在していたことが推察できます。映画の緊張度からみてもシーン冒頭の基地から出撃する A-10C 部隊はあくまでも増援部隊で、攻撃の第1陣は空中待機中の機体ではないかと思われます。
A-10C が空域に到着して攻撃に移るシーンです。目標マーキング用のスモークを展開し、パイロットの目標捕捉を手助けします。本来であれば空域到着後、JTAC はパイロットにチェックイン、SITREP、ゲームプランや 9-Line といった攻撃に関する情報を送信しますが長いので割愛されています。前述の通り支援部隊が ATO に載っているならばチェックインは簡素化されますし、SITREP は AWACS から予め受け取っていたと考えることもできるかもしれません。
しかし、JTAC の無線内容には Restriction の一部である最終攻撃方位が示され、JTAC 資格保有者しかコールできない "Cleared HOT" という単語も入っています。こういった JTAC ならではの単語が台詞として入っているのをみると非常にそれっぽく映ります。AWACS のオペレーターはあくまでも航空管制官なので攻撃許可を与える資格はもっていません。
AWACS 内部では航空管制官と攻撃管制官がホッグ隊の状況について確認しています。AWACS は1機で細分化された何十もの空域と何百もの作戦機をコントロールするため、ある空域から別空域への受け渡しや戦闘開始時などの確認は不可欠です。
次のシーンでは AGM-65 マーベリック空対地ミサイルの誘導用にレーザーが照射されています。このシーンは映画ならではのアイキャンディーです。現実の話をすると、歩兵の小銃に取り付けられたレーザーデバイスは銃の照準用で兵器を誘導できるほどの出力はありません。実際には双眼鏡サイズのデバイスで十分に安全を確保した後にパイロットの指示で照射します。
近年では拳銃サイズに小型化されたタイプも配備が進んでおり、より即応的な目標指示が可能になっています。
また、映画では複数のレーザーを同時に目標に照射していますが、これは兵装の正しい誘導を妨げる原因になります。レーザーには固有の周波数コードが割り振られており、JTAC はそれをパイロットに伝え、パイロットはそれを兵装に登録することで意図しないレーザーを捕捉してしまわないようにしています。
途中に映し出される A-10 のモニターや操縦桿は実際の A-10C 攻撃機のものとは異なります。現代の軍用機のHUDやHMD表示は緑一色で、ロックオンしても赤色に変化するというような機能はありません。
A-10が空対地ミサイルを発射するシーンでは主脚の内側に取り付けられた4発のミサイルのうち2発が発射されているのが確認できます。本来であればA-10が空対地ミサイルを搭載できるのは主脚のすぐ外側のステーションのみなので、このシーンはCGであることが分かります。
発射されているミサイルもAGM-65マーベリック空対地ミサイルではなく、空対空ミサイルであるAIM-9L/Mサイドワインダーのように見えます。
トドメとして AC-130 による航空支援も行われます。JTAC はあらゆる航空機の攻撃管制能力を有していなければなりません。105ミリ砲は AC-130 が装備する最大の武装で、旋回しながら継続的な航空支援が行えます。
かくしてあっという間に敵のロボットを撃退したわけですが、現実では緊急の近接航空支援といえど実際に攻撃が行われるまでに早くとも十数分から30分ほど掛かります。攻撃機が近くにいなければ基地からの離陸を待たなければなりませんのでさらに時間が掛かるので、映画のように数分で行われるわけではありません。攻撃機が空中に留まれる時間はそう長くはありませんし、指揮系統の効率化と安全性を確実にするために幾つもの諸機関とプロセスを経て近接航空支援は行われます。
映画は視聴者に分かり易いように省略されたり改変されてしまいますが、それでもトランスフォーマーの近接航空支援は他の映画と比べて再現度が高いといえます。より詳しい本章の解説を読んだ後にこの映画を観ると、また違った印象を受けるのではないでしょうか。
JTAC解説 本編を読んでみたくなった方は以下からどうぞ
近接航空支援を支える誘導員 統合末端攻撃統制官 (JTAC) とはー I