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今も、過去も、そして、未来が。

白いカサブランカを飾った。



貴女が四季を感じるから好きだと言っていた、外を眺められるリビングの大きな窓の端に。



僕は、貴女の人生で最も美しい瞬間を、直接見ることが出来なかった。



一緒に過ごした、純白の3年と2ヶ月。



一欠片も黒ずむことなく、未来へ手を伸ばした3年と2ヶ月。



僕は間違いなく、その時間が30年と生きてきた人生の中で最も輝いていた時間だったに違いない。



紛れもなく貴女のおかげだった。



貴女は、一言で言えば枯淡な人だった。



僕の些細なボケにも、どんなにピシッと決まったボケにも全く反応を示さない。



茜色に染った綺麗な夕陽を僕がいみじくも綺麗だと言っても、まるで関心のなさそうな、凍てついた真っ黒い瞳。



傍から見れば、絶対にカップルという目では見られていなかったと思う。



貴女には、一言では表せない魅力が詰まっていた。



数日後には僕が言ったボケをにやけ顔でそっくりそのまま使ってくるし、僕が気づかない間に茜色の空がフォルダに広がっていたりする。



それに僕が気づくと、赤ちゃんみたいに目を細めて、はにかんで精一杯喜んでくれる。



確かに貴女の声で「好き」と言われたことはなかったけど、貴女が寝る場所は決まって僕の腕の中。



会話の数が、一緒にお風呂に入った回数より少なくても



目を合わせる回数は時計の秒針が12を過ぎる回数よりも多くて



貴女と触れ合う回数は自分の体に触れる回数よりも多かった。



僕の好きなものは、貴女も好きだった。



そんな貴女からは



人間を、感じた。



貴女は



あまりに、人間だった。



僕も、人間だった。



貴女の一々が



僕の記憶を占めた。



僕たちは、相性が良すぎた。



怒りたいところなんてひとつもなくて



何もかもが完璧で



安定した毎日。



たとえ季節外れの花冷えで鼻が紅くなっても



梅雨に3日連続で晴れが続いても



窓ガラスが曇った満員電車で滝汗をかいても



朝、いつも通りに一緒に起きて



夜、いつも通りに一緒に寝る。



そんな



崩壊という概念のない世界が



僕自身を歪めてしまったのだと思う。



当時の僕は、貴女を求め過ぎていた。




僕たちは、似すぎていた。



自分のために、別れることを考えた。



僕が貴女に依存してしまっては、貴女が幸せになれない。



それが正解だという結論に、たどり着いた。



同時に彼女も、変化を求めていたと思う。



その証拠に、貴女との最後になったその日は、共にグラスペディアを、同じ花屋で買っていた。



お互いにお互いを想う気持ちは、最後まで忘れなかった。



それから



貴女が居ない生活が始まって



僕は直ぐに、気づいた。



そして、後悔した。



どんなに変化が欲しくても



どんなに変化を求めても



最も大切なのは



普遍であり



不変の幸福であること。



誰だって、欲しいと願うことは出来る。



でも



それが単なる願いで終わることが大半で



実現出来るのは極わずか。



だからこそ



変化を、別れることだと無理やり結論づけた僕と



似すぎていることが、お互いにとってお互いのためにならないと



そう捉えていた僕を



僕は一生恨んだ。




何故貴女に抱いていた自分の感情を最も優先しなかったのか



貴女が僕を




僕という人間を




生かしてくれていたことに




何故気づかなかったのか。





残月が僕を照らし、慰めてくれていても




実現していた願いを自ら手放した僕は僕を



恨んで



恨み続けて



泣き続けた。



泣いて



泣いて



願いは枯れた。



戻ってくることの無い願いに




縋り続けた。



それでも



僕はずっと



今も



これからも



貴女のことが



どうしようもなく



好きだった。



好きすぎていた。



だから



僕は



最後の抗いを。




貴女の幸せを祝い




貴女の幸せが



貴女の幸せになりたいという願いが




叶うことを



人間ではなくなった僕だけど


思うがままに願った。















ある日、僕の家に1枚の葉書が届いた。



そこには、灰色のスーツを着、笑顔が爽やかに見える男と、綺麗な白のドレスを着た女が仲睦まじく肩を並べて、笑顔で撮られた写真が1枚、貼られていた。



誰かが、結婚したらしい。



そのことだけを知らせるための、葉書だった。



送り主は、分からない。



僕は、その写真を見て



自然と笑顔になった。



そしてその葉書には



手描きの白いブライダルベールが散りばめられていた。



それが



僕たちの関係の完全な終わりを告げた葉書だった。

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