福山哲郎さんと田中信一郎先生との2020年5月24日の対談の書き起こし

福山哲郎さんと田中信一郎先生との2020年5月24日の対談の書き起こしをしました。お二人の許可が得られたので公開します。

この対談は私自身興味深く大変重要な内容を含んでいると考えたので書き起こしすることにしました。またのちに動画でも紹介のある田中先生の著作の導入として最適な内容ではないかと思ったのも、書き起こしをしようと思った動機の一つです。

福山さんは立憲民主党の参議院議員で幹事長をされています。立憲民主党の結党以来のメンバーです。田中信一郎先生は千葉商科大学の准教授で公共政策が専門です。
この対談は“5/24 福山哲郎 × 田中信一郎 現在の社会状況とポストコロナに向けて #経済対策とポストコロナ “と題されて行われたものです。
実際のURLを記しておきます。

福山さんが冒頭詳細されている田中先生の著作『政権交代が必要なのは、総理が嫌いだからじゃない』は現代書館から今年の1月11日に出版されました。
http://www.gendaishokan.co.jp/goods/ISBN978-4-7684-5872-3.htm

福山さんのyoutube対談は最初は国会報告から始まります。普段国会見れない人にとってこれはとても便利ですが、ここでは省略します。一部聞き取れなかった箇所は(?)とさせていただきました。以下からが対談の実際のやりとりです。

福山さん:田中信一郎先生をご紹介しますが、その前にこの本をご紹介します。田中信一郎先生、先般『政権交代が必要なのは、総理が嫌いだからじゃない』という結構長い名前の書を出版されました。この本は2000年代入ってからの日本の社会、経済の構造、行政の仕組みが徐々にずれてきている。だから逆に変えなければいけないということを具体的な数字、事例をかがげてずっと説明されてる本で、非常に今の日本の政治、政治・行政を考えるにあたっては非常に示唆にとんだ本だと思っておりまして、枝野代表も私も田中信一郎先生とは長いお付き合いですし、逆にいうと今はいろんな示唆やアドバイスを頂いている立場ですので今日は田中先生に存分に語って頂きたいと思います。それでは田中先生ご紹介いたします。田中先生こんばんは。

田中先生:こんばんは!(福山さん:今日はお忙しいなかありがとうございます)。こちらこそお呼びいただきありがとうございます。

福山さん:今日は田中先生に公共政策学者としてのお考えをお伺いしたいと思っているんですが、しかし先生は経済学者としての面もおありですので、千葉商科大学というのまさに経済を専門としている大学の準教授でいらっしゃいますので、そこら辺のところからこのコロナの状況も含めて話を伺いたいのでよろしくお願いいたします。

田中先生:お願いします。

福山さん:まずですけど今経済本当に厳しい状況になっています。リーマンショックを超えるという予想もありますし、経済エコノミクトで言えば主力(?)は20%を超えるマイナス成長ではないかという、とちょっと驚くような数字の予想も出ています。今この中の経済の停滞、社会、生活の厳しさというのは一体どのような段階で、どのような状況を今後迎えるのか。国内だけでなく国際な状況も含めて今の現状についての田中先生のご認識をお聞かせいただけますでしょうか?

田中先生:現在ですね、感染抑制・感染拡大を防止するために日本もそうですけども各国がわざわざ経済活動を人為的に抑え込んでいる状態にあります。こうした経済活動を人為的に抑え込むというような状況というのは、これまで実はほとんどやったことがない、人類社会自体がですね、やったことがない。特に産業革命以降ほとんどないわけです。戦争の時ですら、基本的には各国は戦争経済という形で軍需生産を拡大し、労働者をどんどん徴用し兵隊を送る代わりに労働者を徴用という形をやってきたわけです。現在は世界中で感染を防止するためにいわばリモートでできる部分はやるにしてもできる限り、経済活動を冷え込ませないようにわざわざやっていると、こうしたことはこれまでやったことがないので、実は、数ヶ月してきちんと元に回復するのか、それとも影響が長引くかは、実は全く予測がつかない状況にあります。やはりその政治とかはですね、政治行政は最悪の場合を想定して最悪になっても国民生活が行き詰まらないようにしていく責任がありますので、感染で亡くなることはもちろん良くないことですけども、経済が停滞することによって生活ができないということも目を当然光らせていかなければいけない、非常に難しい局面だと考えています。

福山さん:現状はもうすでに厳しい状況に入っているということですね。

田中先生:そうですね、もう入っていてそれがどれくらい影響がどのように出てくるのか、何年続くのか数ヶ月で収まるのか、そういうことも含めてわからないと言うことです。

福山:なるほど、我々が現場の話を聞くとですね、本当にこないだのシングルマザーのサポートしている団体の赤石千衣子さんにお伺いしたんですけども(*)非正規で働いていたお母さんがもう仕事なくなる、もしくは親子、父親でも逆にいうと非正規で働いていて、両親が非正規でこれが仕事が無くなったり非常に時短になって厳しい状況になっていたり休業したりと、こういうギリギリの中で今、生活している方は全く余裕がないんですよね。こういう状況がもうあちこちに広がっている真っ最中で、ぼく実は解除されるのと同じぐらいの時期に経財の悪化がより顕在化するのではないかと思うんですけど、先生、いかがですか?

(*)以下の動画


田中先生:そこがですね、非常に難しいところでして、世界の国々のこのコロナ対応への状況も見ていくとですね、やはりもともと大きく2つの社会のあり方に分かれていて、片方の一方の社会の方がより影響が厳しくなろうだろうと考えられます。それはどういう社会かというと、好景気であればみんながハッピーになる社会を目指してきた国々と、もう一つは景気変動に左右されにくい社会構造を目指してきた国々とで実は大きく対応が大きく分かれてきていると。好景気に依存する、つまり好景気であれば低所得の人も含めて生活が楽になるという国々はずっと国の指導者、政府に対して景気対策を常に求める、そういう声が強くありました。実は日本もこちらです。総選挙でも世論調査では最も関心あることは社会保障なんですけども、2番目にくるのは常に景気なんですね。景気や経済なんです。これはいわば好景気でない限りは多くの人々は苦しい状態にある。逆にいうと好景気になっても人々が苦しいと思えばそれを好景気と認識しない、そういう社会にあると。まさにこれは日本やアメリカ、そして最近問題になっているブラジル、こうした国々は早くロックアウトだとか自粛を解除せよと、トランプ大統領もアメリカをよりオープンにさせる、いうことを言ってるわけです。これはつまりコロナでもそうですけども、リーマンショックも同じで国際的な大きな経財変動とかこのような健康問題とか、これからもしかしたらスーパー台風などが出てきて大きな災害が増えてきて、気候問題の関係で、こうしたときに平常じゃないリスクに見舞われたときに非常に脆い社会ということになります。こうした脆い社会では、一番最初にしわ寄せが普段からギリギリの生活をしている人々、といった人たちのところへいきますし、ホームレスとかの状態にある人々に至っては平常時からそうした人々に対するセーフティーネットはないので、もう真っ先に感染リスクも含めて大きくなる、災害リスクも含めて大きくなるわけです。もう一方は、デンマークとかの北欧ヨーロッパ型の社会で普段からしっかり支え合う社会が構築されてるので、こうした大きなリスクに見舞われた時も、ここぞというときに現金給付とかも既存のシステムを使って、早くいくわけです。そうしたところは好景気によって史上空前の好景気になるということはないとしても、一方で世界的な不景気とか今回のようなコロナのリスクのようなときには大きなダメージを受けにくい社会にもなっているわけです。

福山さん:なるほど、そういう状況に対する一定の準備ができているわけですね。

田中先生:そうですね、つまりようは現代社会は国際的な大きなリスク、あるいは何らかの大きなリスクがつきものだと、何年かに一度起きるのだと、前提でそうした時でも人々の生活が破綻しないようにセーフティーネットができている。それは個人単位で自分がたまたま失業したときには機能しますし、大きな変動の時にもこうやって機能するわけです。そのかわりに史上空前の好景気も起きにくい社会ですし、バブル経済のようなことがおきてもそれはそのまま税収になっていくと。普段からそういう仕組みができている国々とできてない国々で今回大きく別れつつある。そしてアメリカや日本のようにそうした対応ができてない国々はこのダメージが一時的なダメージで終わるのか、それとも今後もずっと続く、バブル経済が破綻した後も実はその処理が10年以上続いて2003年くらいまでかかりまして、銀行とかの不良債権の処理だけでも国民負担で約50兆億円投入されています。ですからそうした大きな爪痕になるかどうかというのはその可能性が相対的に高い社会だと言えます、日本は。そこが非常に気がかりなところ。

福山さん:今田中先生が言われたことは非常に示唆に富んでいると思っていて、先生の著書を読ませていただいても、もともと日本のシステム自身が経済成長と人口増加を前提とする部分最適の組織を前提とした行政のシステムだと。だから逆にいうと経済成長と人口増加というのは今の時代ではないわけですし。そこに今のようなコロナみたいな非常事態、今までとは違う事態が出てきたときに、実はそのことに対するシステムとしては非常に脆弱であると、原発事故の時もそうだったんですけども、脆弱であるということですね。

田中先生:その通りです。実はそうしたことをですね、1973年のオイルショック以来ずっと続けてきているのが日本です。つまり50年近くにわたって日本はこうして高度経済成長終わったのが1973年のオイルショックなんですけれども、それ以降も経済対策・景気対策として需要を政府側で作っていくということをずっとやってきました。それをほぼやってないという時期はわずかで、バブル経済の一時期くらいなんですね、あとはほとんど補正予算組んで毎年のように景気対策打ってっきてると、実は70年代から80年代前半にかけて景気対策を打ったときに高度成長の時と違う状況が起きました。高度成長の時は一時的に需要が減ってオリンピック後に一時的に需要が減ったんですけども、そのときに赤字国債を発行して需要を埋めたんです。ケインズの理論通り。そしたらですね、再び企業とかが設備投資をガンガンやり始めて元に戻ったんです。ところが1973年以降はそうしたことがあまり起きなくなってきていて、そうした供給された資金を使って企業は設備投資をするのではなくて株式投資とか土地の投資をしていったんです。でこの株式投資・土地投資の盛んなのが公共事業とかそうしたことと、アメリカからの内需拡大要求と相まっていわば国内で空前の土地ブームを生んでいった。それがバブルなんです。で、それの処理に10年かかって、今度はアメリカの住宅バブルとかに乗ったアメリカへの輸出が拡大して2000年代また日本は経済が回復していったわけです、2003年から。ところがそれもリーマンショックではじけたと。結局、それはアメリカのバブルという消費に頼っていたんですね。実は東日本大震災以降は中国とアジアの需要に日本は頼っている状況です。結局ですね、このように常に好景気を作り出すことが政治の役目でそれをずっと40年以上やってきたと。しかしその結果が今結局、好景気、正確にいうと人々が思う好景気とデータ上の、指標上の好景気は違うのですけど、指標上の好景気はある程度景気の良さは実現してきつつも、実はそれが人々の生活に跳ね返らないようになってきている。そのことがリンクしないままずっとこの40年間景気対策が行われたきたと。結局人々はそのことによってどんどん賃金の安い諸外国と競争をさせられるようになってきたと、グローバル化が進んで、余計生活が苦しくなってきている。なのでここでそろそろコロナを受けて考え方を変えない限り、方針を変えない限りは日本の経済自体、人々の生活自体支えることはできないというふうに私は考えています。

福山さん:安倍政権のこの8年は景気拡大局面だとずっと言われたのにもかかわらず、実質賃金は低下をして生活はそんなに豊かにならなかった。一方で株は異次元緩和で上昇したことにより格差は広がった。しかし実質賃金が低下をして個人消費が低迷して実は景気拡大だと言われたけども成長率自身は実はそんな大きな成長率ではなく低成長がずっと続いてきたと。その実質賃金低下してギリギリのところにこのコロナが直撃をして、まさに先生が言われたように成長を前提とする社会システムの中でいうと、実はそこでギリギリの人のセーフティーネットがまさにネットが破れている状況が今あちこちに起こっていると考えていいということですか?

田中先生:そうですね、その通りだと私も考えます。それでもまだバブルまでは一応実体経済も土地開発とかでありながらもある程度はあったわけです。しかし、90年代のバブルの処理が終わったあとは実はそれが本当にバブル頼みになったというわけでなく、人々の賃金を削ったりするだけでなく会社をリストラするばするほど株価が上がるというふうなアメリカ型の資本主義になってきている。で実際に経済学者の野口悠紀雄さんが分析をされているんですけども(*)、2010年代アベノミクス以降の株価などの動きというのは内部留保の拡大は結局労働者の賃金の伸び率を抑えてその分を経営者の報酬とか内部留保に当ててきたということが統計から明らかになっています。ですのでそうしたことをやればやるほど株価を維持して人々の景気感、特にマーケットと言われる景気感を維持し、またある程度の指標、特に大企業等の業績も含めて維持できると。株価を上げれば自社株を買っていますので企業の業績にもなりますし、経営者の報酬も高くなるということが続いて、結局日本に住んでいる人々を犠牲にしないともうやっていけない経済社会に今の日本はなりつつあると。それを加速助長したのがアベノミクスだということです。この先に待っているのは何かというと今度は国民を人々を食い物にして、例えば薬物中毒とかそういう状態にして経済を回すさらにひどい状況になっていくと考えられます。実はですね、これはオピオイドというアメリカで問題になっている薬があります。オピオイドというのは鎮痛剤なんですけどもヘロインなんですよね、それを飲むとヘロイン中毒になってしまって最初は薬で鎮痛剤として医者から処方されているんだけども、それを中毒になってしまって最後は自分でヘロインを買ってきて注射すると。そういうふうにして廃人になっていく。アメリカで非常に多数起きています。製薬会社はそれで大儲けをしています。でもそれはアメリカでは非常にホットな問題にはなっていますけども、そうやって回していく経済にどんどんなっていくと。人々を失業させその人たちに薬を売って薬物中毒にして製薬会社が儲かると、これと同じようなパターンの経済に各産業がなっていく、ということがここにあるわけですね、非常に恐ろしい状況だと思います。ですのでここで舵を切る必要がある。そうした国民を食い物にして経済を回して景気の指標を良くしていくという経済から、そうではなくて国民生活の安定とか底上げをどうやって図るか、こういう経済に転換する。好景気に依存する経済社会から景気変動に関係なく、もしくはリスクに関係なく人々が安心して暮らせる社会、こっちどうやって変換するのかが非常に重要なポイントだと考えています。

(*)動画で田中先生がかがげている本の表紙から『野口悠紀雄の経済データ分析講座――企業の利益が増えても、なぜ賃金は上がらないのか野口悠紀雄の経済データ分析講座――企業の利益が増えても、なぜ賃金は上がらないのか?』だと思われる。

福山さん:そうですね、でも本当いうと好景気ではなかったんですよね、数字の見かけ上は多少は企業業績は上がってるかも知れませんが、それは労働者の賃金を抑えたりそういう結果だったりということだと思うんですけれども。

田中先生:そうですね、不景気とまでは言えませんけども、人々が本当に豊かになってそれがまた消費に回ったという本来多くの人が想定している好景気の状態でなかったことは間違いありません。

福山さん:GDPは見かけ上伸びても一部のお金持ちがある種、ある程度は金儲けはできたけども、他の人の豊かさには繋がらなかった。

田中先生:むしろアメリカの経済を見ていくとどんどんそういうような景気・経済の演出にこれから向かう恐れがあるということです。

福山さん:あと、そこの根っこのところには経済効率性、経済合理性、自己責任論があってですね、今回非常に象徴的だったのはコロナで厚労省が地方の病院を統廃合すると言っていた、そうしたら地方は病床が足りないという話になってきたりですね、先ほど先生が言われた世界は何年かに一回いろんなリスクがくると、例えば感染症のリスク、それから気候変動による災害のリスク、例えば日本もついこないだ原発のリスクもありましたよね。こういったリスクを何年かにいっぺん来るという前提の中で先生はそのリスクに強い社会が必要だと言われましたが、リスクに強い社会というのはある意味でいえば危機管理に多少無駄だと思われるようなことの財政やお金も注ぎ込まなきゃいけない社会だと、ぼくは実はずっと持論で思っていて、危機管理というのは無駄なんですよね(*)。なぜならいつ来るかわからないものに物や人を用意しないといけないからです。例えば避難所に食料を備蓄しておくのも使うかどうかわからない、それが悪くなれば何年かにいっぺん変えないといけない、それは処分しなければいけないからそれは見かけ上無駄ですし。例えば今回保健所だって厳しかった、保健所の人員を例えば増やしておくことはある意味でいえば無駄だし、病床を余裕を持って開けておくこともひょっとしたら無駄かもしれない。しかしそういうことをしないと先生が言われたような危機管理というかある種のリスクにたいして強い社会ができないと思うんですけど、そうすると今までの効率性やこんなの無駄だからやっても意味ないじゃないかという議論しているとそういう社会にならないと思うんですけど、そこも考え方を変えろということですね。

(*)福山さんと内田樹先生との対談参照


田中先生:そうですね、ただその時に一つ気をつけなければならないことがあって、単純に余剰の人員を抱えればいいということではないだろうと思うんです。一番大切なことは課題解決をしっかり行政、行政だけではないんですけども課題解決をするようなシステム、人々の課題が解決されていくシステムを普段からしっかり構築していくことだと考えます。でこれが必ずしも全部当たってる訳ではないんですが、一昔前ですと景気の良い時には地方公務員になるのは、もう公務員にでも、あるいは公務員しかなるものはないみたいな感じで、非常に消極的に地方公務員とか学校の先生とかに(?)なる人も一時期は多くいたわけで、そういうふうにですね、そういう人がいくらいてもやはり困ってしまうと。そうではなくてやはり公務員とか学校の先生たちが本来の役割をしっかり果たせるように、本来の役割を果たすための資源、それはお金だとか人員とか権限を普段から自治体だったら住民、政府なら国民がしっかり政府に渡しておく、預けておくことが重要だろうと。それ自体が一番の危機管理だと考えます。単純に役所が大ききればいいというものでもなくて、正確にいうと機能する政府ですよね、大きくても機能しなければ意味がないわけで。かつて人員が大きい時の災害でもうまくいかなかった例というのは結構あるんです。ですので普段から機能しておくようにしておけば、そしてその機能に必要な資源をきちんと預けておけばいいんだろうと。そういう発想がなくただ大きい政府か小さい政府かという議論をかつてはしていたので、ここはやっぱり落とし穴に嵌りやすいところだと思います。

もう一つは私が専門にしている公共政策の分野ではですね、特に今自治体のところで日々新しい政策がどんどん生まれて革新、イノベーティブが起きているんです。でそうするとかつてのように単純に予算を増やせばいいんだとか人員を増やせばいいんじゃなくてより効果的に課題を解決する手法というのがいろいろ出てきているんです。例えば最近に日本でも議論しているのは人口減少の中で水道とかいろんなインフラを維持するためにドイツの都市公社のシュタットベルケというのが結構参考にされ始めています。でこれはいわば「人々がインフラを住民がみんなで所有するということが一番大事なんだよね」、この大事な部分を守るためには何が必要かというところから出発しているようなシステムなんです。今までだとそれは行政が経営するのか民間が経営するのか二者択一だったんですけども、そうではなくて所有権、オーナーは住民であるけども、それを効果的にどうやって運用していくかは色々アイディアがあっていいよねっていう考え方です。こういうふうに二者択一ではなくなってきているところが公共政策の面白いところで、そうした新たな政策を打っていくことで、ヨーロッパ、特にデンマークなどの北欧諸国などはこうした新しい政策を取り入れて打っているんですけども、単純に社会主義的なみんなを国が雇うのか、大きい政府なのかそれともどんどん削って小さい政府にするのかというのではない、第三の()住民の課題を解決する、そして危機の時にもきちんとそれに対応できるシステムを普段から作っておくという政府が出来つつある。日本もそこを目指していく必要があるだろうと考えます。

福山さん:今先生が言われたことに当てはまるかどうかわかりませんけども、日本もやっぱり最近になって社会起業家の方がですね、ただ単に利益主義ではない仕組みを作って子供食堂の運営だとか子供の教育システムの保管をしてくれたりですね、いろんなことがNGOだとか社会起業家の方がやっていただいていますが、そういったことをもう少し行政としっかりつながることによって機能的に課題解決型にシステムを変えていくってことですよね?

田中先生:その通りです。結局地域とか国全体の課題は政府も含めてみんなで解決するしかないわけですね。役人がやればいいとか企業がやればいいものではなくて、みんなでパートナーシップっで解決していこうと。ただその時日本には大きな課題があってですね、子供食堂でもソーシャルビジネスをやる人たちも、結構法人格というのが問題になっている。なぜかというと協同組合を自由に作れない。協同組合というものは非常に面白い、日本にいる人は協同組合というのは農業協同組合や漁業協同組合というような縦割りの協同組合しか思い浮かばないのですが、本当はそうではなくて、その法律的に運営して利益を配分するという株式会社的なところと、構成員・組合員が1人一票で最後意思決定するという民主主義がくっついた法人格なんですね。ヨーロッパではこうしたことが協同組合が非常に様々いろんな分野でみんな勝手に作ることができる。住宅協同組合とかそうしたものが(福山さん:自然エネルギーとかもそうですよね)、そうです、自然エネルギーがまさに一番そうなんですけども、そうしたようにいろんな協同組合があって人々が助け合ってそれを行政が支えるということができているわけです。で日本の場合そこが非常に弱い。昔民主党政権で新しい公共という話がありましたがあれは当時NPOを想定していたと思うんですが、本当のことを言えば協同組合社会的なことだと思うんですよね。

福山さん:あの、先生仰いましたけども協同組合って言葉が日本の場合もう所与のものとしてイメージがあるものですから、そこをうまくイメージできるものがあると。今社会起業家、ソーシャルビジネスとかやってる方とかそれに近いと思うんですけどそれをどういうふうに組み入れていくかということを、今後の一つの課題ですよね。

田中先生:そうですね、結局資本主義というか金儲け主義の株式会社が暴走しない法人体系、つまり民主主義が確保されている法人体系なんですよね。そのように自治体や政府そして人々がみんなで助け合って支え合う社会を作ること自体がそこにもお金が回って仕事が回る仕組みを作ることになると。

福山さん:ただ先生、そこは役割として社会の中にそういうシステムがあると。一方で企業が利益をもとめてやるという資本主義のシステムも共存するということですよね。

田中先生:はい、で、資本主義の市場原理・市場経済の部分もこれも新しい考え方が経済学の中で出てきまして、新自由主義、特にミルトン・フリードマンなどが提唱したものはできるだけ企業を縛る規制がない方が生産力が総合して大きくなる、供給力が大きくなるだという話でしたが、実は今制度経済学などの経済学の文脈の中ではいかにマーケットをデザインして、金儲けで参入してみんなプレイヤーは動くんだけども、なぜかその人たちが金儲けを追求すると、全体として環境がより保全される方にいく。そういうふうにどうやって人々の欲望をコントロールというかデザインをして、市場をいわばルールを組み合わせて人々の儲けたいという気持ちと社会の利益を上手に確保するのか。ということが発達してきているんです。これもエネルギーとか気候変動の分野からどんどん入ってきてる、発達してきてるのは事実なので、日本でもこういったことが重要になってきてる。つまりどんどん規制を緩和しろっていうんじゃなくてむしろ市場をきちんと見直して重要な規制はきちんと入れる。場合によっては不必要なものは無くなるのかもしれませんが、改めてデザインし直すってことですね。そうした時に政府には公正な審判としての役割が求められる。そうすると今度は政府の信頼というものが非常に重要になるということです。

福山さん:まさにそういうことですね、公営化からなんでも民営化すればいい、規制緩和すればいいという流れの中で、そこに変な利権だとか思惑だとか友人がいるとか、そういう話になってしまうと実は市場を見直すことができなくて、逆にそのシステム自身の不信と一部の人だけに利益がいくような構造になってしまうということですね。

田中先生:はいそうです。例えばトービン税という国際の金融取引に我が国の税をかけるだけでも金儲けだけをひたすら狙うような動きが抑制されるとか、いろんな考え方が出てきています。国内だけでも環境税とか上手に活用することによって環境に良い商品の方が安くなり環境に悪い商品の方の値段が上がるというふうなこともできるわけです。このようにマーケットをきちんと動かす、さらにそれを中立の行政という審判を置きさらに、透明化することによって最終的には人々がチェックするというマーケット、市場をどうやってデザインするかも非常に重要な課題です。

福山さん:市場は暴走するという前提の中でどうやって透明化しチェック機構を働かせていくことによって最適な分配を求めるか。最適というのは難しいけどそういう仕組みを作っていかないといけないということですよね。

先生、ちょっといろんな方から感想が来ているので。(田中先生:どうぞ、どうぞ)

「実は民主主義と資本主義は二律背反なのかもしれない。暴走する資本主義に民主主義が飲み込まれているのが新自由主義なんじゃないかな」という意見が来てたり、

「日本のシステムは事業者や会社を守ることばかりでそこで働いている個人が切り捨てられるという社会だと思うのですが」

今のコロナに合わせてですね「1997年から保健所減らしていたのに今FAXで集計しシステムを導入し始めたのは今月半ばってどういうこと?」

こんなご意見が来てますがどうですか。

田中先生:それは民主主義がというより新自由主義、特にミルトン・フリードマンという人はレーガン政権とかのブレーンだった、サッチャーのブレーンだった新自由主義の元祖の人なんですけども、この人は強欲こそが善だと考えていたわけです。ですから人を蹴落としたり、違法なことをしてでも儲けることは経済にとってプラスなんだと考えていた人なんですね。でも実際はそうではないわけです。そのためのいろんなコスト、それは公害とかも含めた様々なコストは最後は経済の市場の外で誰かがやっぱり手当て(?)しないといけないわけです。ですからそうではなくて何か経済活動が行われる時に社会全体のその人たちの払うコストも含めてですけども、社会全体のコストをいかに小さくするかという考え方で市場をデザインし直す、組み直す時代に来ているということです。それは労働も同じです。結局人は24時間365日働いていたら死んでしまいますので、そういうことを実は新自由主義というのは想定していないというか、そうしてもいいんだと、経営者がそうするのはいいことなんだと、というふうに考えてきたわけです。ですからそこにきちんとタガをはめて、きちんと上手に資本主義、市場経済と付き合う形をどう作るか。ここがまずは、その先がどうあるかは別として、まずはここが多くの人々が一致して進めていけるところなんだろうと考えます。これはグローバルリズムも同じです。

福山さん:それは先生、さっき仰られた北欧諸国やこのリスクの状況のときの経済成長ばかりを求めてきたところとそうでないところで、リスクの受け方が違うと。ある意味マーケットの受け方も違うということを言われましたけども、今後はマーケットの中に社会全体のコストのことも考え、なおかつマーケットが暴走しないようなある種のタガをはめる仕組みを作ると(田中先生:そうですそうです)、しかしマーケットにタガをはめようとすると今度は規制をするのか、それじゃ経済活動を邪魔するじゃないかという、非常に二律背反な意見の衝突があるわけですよね。

田中先生:ただ実際にですはね、意外とそうでもなくていろんな廃棄物でも処理費用を全部価格に内部化させるというような仕組みをヨーロッパなんかで取り入れているんですけども、そういうことをすると企業は環境負荷を減らしたほうが得ですから、儲けたい一心で一生懸命環境負荷を減らすようになるわけです。要は儲けること競争することを規制するのではなくて、そうした儲けたいという人々がある程度存在することを前提に、その人が儲けようとするとなぜか社会や環境が良くなると、あるいは貧困が減っていくという仕組みをどうやって作るのか。その仕組み、そこはルールなんです。人々って結構経済活動もルールに基づいて判断したり動いたりしますので、そうすると今度は政府が非常に重要な役割を負っていきます。やっぱりそうしたルールを今現在そうやって無法状態で儲けている人たちは絶対的に嫌がるので、ここの干渉をどう排除しつつやるのかは政治の役割になります。

福山さん:つまりマーケットにフリーライドするのではなく、そこは逆に環境に負荷をかけるものを作る時には、ちゃんとコストを値段でちゃんと入れることによってそのことも含めて利益が上がる仕組みを作らなければいけない。それはちゃんと解除する。環境に貢献をしているような企業の商品は逆に多少はコストが高くなるかもしれないけど、それを買うことによって世の中が良くなるような仕組みにどんどんしていかなければいけないということですね。

田中先生:そうですね、最後の部分がちょっと違ってですね。環境に良い製品が結果的に安くなり、環境に悪い製品が値段が上がると。(福山さん:結果的にですよね)。そこがポイントなんですよね。あとは労働の話で言っても従業員を大切にして賃金を高く払う会社が結果的に業績が伸び、そしてそうじゃない会社が潰れていくというようなルールも大事だろうと。やっぱり北欧諸国はそういうようなルールを取り入れているので、実は結果的には北欧諸国の方がアメリカとかよりも比べても遜色のない経済成長したりしています。

福山さん:わかりますわかります。ですから結果としては、先ほどぼくも言いましたけども、環境に良いとをやるのは見かけ上コストが高そうにみえるけども結果としてコストが安くなって値段が安くなって評価を受ける。そしてそこで企業が儲ける仕組みを作るということですよね。

田中先生:そうです、それでそうしたところにまた投資が集まって企業がしやすくなると。そこはやっぱりいろんな人たちが運動、RE100とかでも運動やってますけども、それはそれはそれでESG投資とかもやっているので重要なんですが。一方で日本の場合は政府側のルール設定とか様々な行政の取り組みが弱い。やっぱりそこをしっかり打っていくことによって持続可能な経済、そして様々なリスクに強い、そしてリスクを減らす経済社会になっていくんだろうと考えられます。

現政権のコロナ対策と日本の政府・内閣・国会の問題点

福山さん:先生、ちょっとガーッと課題、問題意識をコロナに戻すのですけど、行政というのは政策を企画・執行するのが役割ですね、そこに政治がある種のコントロールをしていくわけですが、今回の補償を前提としない経済対策とかそれからマスクを作って配ると。ぼくは揶揄を言いたいわけではなくて、批判をする意味ではなくて、それがいまだにマスクは配られないし、コストがあれだけかかると。これどう見ても最適な行政の執行の状況ではないですよね。(田中先生:そうですね)。つまり先生の言われているいろんなリスクに対して行政組織自身が機能しない状況が今回本当に露呈したんじゃないかと思っているんですけど。そこはどうでしょうか。

田中先生:そうですね。まずですね、今回のコロナの問題で最大の問題というのは新型インフルエンザ特別措置法の枠組みを政府がそもそも使いこなせてない重大な問題があると。つまり人々に休業してもらうとか何かするとき、あの法律は憲法と照らし合わせると休業補償して家にいてくれと、あるいは固定費が国が持つから、とりあえず店は開けないでいてくださいと言えば簡単に言えばそういうしか取れないようになっているわけです。それで実効性を担保しているのに、固定費などの補償をしないで自粛で、いわば自粛というの法律の枠組みの外ですから、その法律の枠組みの外でほとんど動かして、最後あれに基づく指示というのはほとんど出してないわけですよね。本当はそれに基づく休業指示を出して休業補償をする、あるいは固定費の補償をする。国民に対しても本来ならば仕事で減収した分補償するのが筋なんですが、ただ一般の人々の所得をどれだけ減ったのかという把握するのが非常に難しいので一律の30万円とか20万円の給付をする(?)、ただそれも遅いし。要は法律をしっかり使いこなしていない時点で、実は私は霞が関に対して大変驚いたということです。これまでの2000年代とか90年代の自民党政権であったとしてもそこまで法律を使わないで法律の宣言だけして乗り切るっていうのは普通ないんじゃないかと。災害の時とか見ているとそう思いますね。民主党政権のときもきちんと災害で宣言を出して様々な対策を打っていたので、精神力、根性だけで乗り切らせるっていうのはちょっと思いもしなかったということですね。その上で、その補償が前提になるっていうのが大前提の枠組みの中で今回というのはそれを無しでやっていますのでそれは実効性がどう出るかは、本当に神のみぞ知ると。で政府の宣言とか自粛で収まってきたのか、それとも別の要因なのかもよくわからないと。なおかつ、本来政治判断、行政のトップとして判断すべきことの理由の説明を助言をする専門家にやらせたりとか、内閣や行政と助言をする人たちの線引きも曖昧ですし、なおかつマスクに至ってはおそらくマスク班だとか対策ごとに班があって、その班ごとの部分最適で動いていたと、見られるんですよね。つまり本来内閣としてそうした問題を統合して裁く機能が完全にない。そして法律を的確に運用するということもできない。となるとこれは非常に大きな問題だという風に考えます。

福山さん:なるほどねー。そこは今度我々が政権を担わせていただく事態を想定しても、今後の課題として大きく残りますね。

田中先生:そうですね、というよりもですね、おそらく政権交代をするというときは、本でも書いたんですけども、まずは行政、内閣や国会との関係を立て直すことから始めないといけないという状況。そして今回の黒川さんの件でもそうなんですけども、認証官としていわば大臣クラスの国家経営者としてのポジションを得ながら、最後は一般公務員のような顔をしてたりですね、柳瀬さんの時もそうなんです。柳瀬さんは経済産業審議官ですから、バイス・ミニスターなんですね。英語で言うと。なのに国会答弁には出てこない、よほど折衝しないと出てこない。本来バイス・ミニスターであれば局長が出なくてもバイス・ミニスターは出るべきなわけで、つまり局長までは一般公務員であることは仕方ないにしても、やっぱり副大臣を一般公務員として良いのかと言うことですよね。つまりその線引きがすごく曖昧で、一方で内閣府人事局のように局長の下の官房審議官まで官邸の意のままに動かすと。やっぱりそれはやりすぎなわけですよね。つまりこうやってまずは内閣の意思や国会・国民の考え方が行政にきちんと伝わって政策となって打ち出されてくるという回路が今完全におかしなものになっている。ですからここを立て直さない限りは経済政策も何も手を打てないだろうと思います。

福山さん:回路がおかしくなっているに加えて、それに対して文書すら残ってないということですからね。

田中先生:そうなんです、それもそうなんです(笑)。ですからそれが本当に機能したのかどうかもわからない。記録すら残らないと。

福山さん:後の検証がしようがないということですよね。

田中先生:はい、それで透明化もどんどん後退していますので。その公文書を残すとか情報公開をするということは自民党を含めて、2000年代までは一致した意見だったんです、超党派で(福山さん:だと思います)。スピードには差があったんです。ただし方向は一致していたんです。今や方向が逆なんですよね。ここはまた大きな違いだと思います。

福山さん:そうですね。まさに先生が言われた行政や内閣、立法のと関係を一度整理をして立て直してからでないと政策の執行や国民の皆さんになぜこの政策をしなければいけないのかという説明するやり方や、そういったことが機能しない状況で物事が始まるわけですよね。

田中先生:さらに大きな問題が、安倍政権のアベノミクスによって経済財政上のリスクがさらに大きくなっていると。その前の2000年代と比べても非常に大きくなっている。そして気候変動のリスクも大きくなって、今や2030年までに手を打たないといけないんじゃないかと言われているくらいです。それから人口減少も本格化してきていて、コロナが始まるまでは地方の中小企業というのは人手不足で困っていたわけです。人手不足倒産になりそうだってくらい困っていて、でも東京に一極集中していると。この人口減少がいよいよ本格化して、さらに実はもう一つ大きな問題があって、様々な公共施設とかインフラが老朽化の時期を迎えていると。市区町村の総務省の調べによると、市区町村の保有する公共施設の面積が一番伸びた、増えたのは1970年代なんです。それがみんな築50年を超えてくると。当然その前のものも含めて使っていますから、それらが皆災害拠点なわけですね。スーパー台風とか気候変動も問題がありさらに、東日本大震災のような地殻変動の問題があって、災害の問題がこれからさらに大きくなるのに、実は老朽化の問題もきて。つまり様々な1970年代以降のいわば経済政策など様々な政策と現実のズレが、もういよいよ非常に大きな状態になってきていて、人々を非常に苦しめている。これをどう乗り越えるかということも待ってはくれないので、行政と国会を立て直す間待ってくれるわけではないので、その間の運営もしなきゃいけないというのが次の政権の非常に難しいところです。

福山さん:我々はお互い様に支え合う社会ということを問題提起をしてまっとうな政治を作ると言って、そして今までの昭和、平成時代とは違う例えば税構造作っていかなければいけない、例えばお金はかからないけども社会の強い要請である例えば多様性を大切にするためにLGBTの問題差別解消やさらには同性婚や例えば選択的夫婦別姓や、次の社会のあり方として我々はずっとそのことを提示をしてきた。その中でこのコロナのような状況が起こって、具体的に社会と行政が随分ずれていることを我々としては目の前に本当に顕在化したと。そういう中でやっぱり自治体に一定のことをお任せする権限や財源を渡したりですね、先ほど先生が言われた経済効率性だけではないマーケットと一定の社会が政府がチェックをするというような仕組みも作らないといけない。さらには危機管理の問題もある。そして今言われたような社会のリスクがいろんな分野で潜在的にある状況の中に政府がどういうそなえを作るかというようなことを、我々やっていかなくてはいけないと、考えているんですけど。そろそろ1時間になりましたのでそろそろ先生やっぱり、こういう壮大な社会の変換とか要請として。政治家に選挙のプロパガンダのために、選挙で受けたいからこうやりますというのではなくて、社会と経済の現実の変化の方が行財政システム(?)よりずっと早く進んじゃっていて、対応できてない状況に我々準備と備えをしないといけないということですよね。

田中先生:はい、全くその通りだと思います。今回、検察庁法改正案をめぐるツイッターの動きとかを見ていると多くの人々はそうした現実と乖離した政治行政ということにやっぱり気付いてきているんだろうと。で、その自分たちの生きづらさだとか、様々な問題が実は、お金を配ってくれれば解決するというような、そういうことではなくて結局民主主義の根幹の問題と深く結びついていて、そこが最大のボトルネックになっているというふうに気付いたからこそ、実はこの三権分立の検事長の問題が大きくクローズアップされたと考えられています。多くの人々は実はきちんと理解をしていると。ですから私自身は政治的に向こう気(?)を狙うことよりもきちんと民主主義が、人々の声を政治行政に届けるところに大きな目詰まりがあって、それをまず解消しようということをしっかりと、これまで立憲民主党が訴えてきたようなまっとうな政治ですよね、それを訴えるということが非常に重要なんではないかと。私もそこを抜けないとやっぱり全てが絵に描いた餅なんですよね。こういう解決策があります、こういう風にやればうまくいきますと言っても、それはやっぱり目詰まりがあるうちは絶対にうまくいかない。自治体の中にはいくつも頑張っている、持続可能な地域づくりに取り組んでいる自治体があるんですけれども、やはり最後は国がどうするかっていう部分は大きいんですね。ですからそうした自治体の努力をやっぱり後押しするような中央政府、国の政府というのも出てくると、より地域においても新たな形で持続可能な経済社会を作っていこうという動きが早まっていくと思います。

福山さん:なるほどね。別に我田引水するわけではないんですけど、立憲民主党の枝野代表は情報公開の問題と公文書管理の問題と選択的夫婦別姓の問題はずっとやってこられた方です。私は気候変動の問題はもう20年ライフワークでやってきています。この20年、日本の政治がなかなかそこに踏み出せてないことの責任もすごく感じているわけですけども、いよいよもうやらなければいけない時代が来てるという思いも強くあります。

田中先生:そうですね、枝野さんや福山さんといった政治家が前に出てきたということはですね、それ自体が時代の要請なんだろうと。つまり情報公開、公文書、それからジェンダーの問題、夫婦別姓の問題、気候変動、エネルギー。こうしたことをやってきて、今までだと政治の中ではともすればアメリカとの関係とか安全保障とか、それから経済でいうと日銀をどうするんだとか、そういうようなマクロ経済政策とかある意味大文字の政治がずっと闊歩していたわけです。でもそうじゃなくて具体の現実の課題と実はそうした大文字の政治では解決できない現実の大きな課題が非常にリンクしてきてるというのが今の重要な世界の変動なんだと。つまり政治も政治課題アジェンダも集権的というか中央集権的なものから分権的なもの、分散的な課題に転換して、その分散的な課題こそが実は本流だったと。という風に本流の筋自体が変わりつつあるんだと考えられます。ですのでたまたまではなくて、そうしたことをやってきた人が出てきたこと自体が時代の要請だと前向きに捉えて良いと思います。

福山さん:まあ、なんとか時代の要請に応えられるように力不足ですが頑張りたいと思います。先生、今日は1時間にわたってお付き合いただきありがとうございました。(田中先生:こちらこそ)。先生の言っていただいた社会をどう構想してどういう仕組みにしていくのか、それをどう国民に提示していくのかが、政党の役割だと思いますので、一生懸命そのことを私も枝野代表も政調会長とも議論しながら前に進めていきたいと思いますので、今後もご指導よろしくお願いします。今日は本当にありがとうございました。

田中先生:こちらこそよろしくお願いいたします。

福山さん:ありがとうございました。

今日は公共政策学者で千葉商科大学の准教授であります田中信一郎先生にお越しを頂きまして、今の、今後の社会のあり方とかコロナの問題を経験した上での今の日本の見えてきた課題みたいのをお話をいただきました。このチャンネル、だんだん登録をされている方が増えてきて、喜んでいるんですが、アーカイブで残ってこれまでのいろんな方々の対談もご覧いただけますので、是非登録いただけたらと思います。

以下福山さんの終わりの挨拶は省略しました。翌日からの国会の動き等簡単な説明がありました。終わり。

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