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『ハンナ ~殺人兵器になった少女~』(2019)    映画版を観賞済みの人にも、未観賞の人にも、お勧めできる

2011年公開の『ハンナ』という、わりと最近の映画のリメイク。プライム・オリジナルといっても他局で放映されたものを国によってプライム・オリジナルとして配信している場合もあるが、本作品はアマゾン・スタジオ発注で日米欧同時リリース(一部の国ではE1のみ先行公開されたようだが)の本物のプライム・オリジナル。最近の映画のリメイクとは、プライム・オリジナルにしては冒険が足りない気がしたのだが…。
クリエイター/脚本のデヴィッド・ファーは2011年の『ハンナ』の脚本だった人なのでセルフリメイクと言っていいだろう。他に『フィリップ・K・ディックのエレクトリック・ドリームズ』の"ありえざる星"の演出/脚本、『ナイト・マネジャー』の脚本でも知られている。
映画をTVシリーズでリメイクした場合、人間ドラマを時間を掛けて描くことができる反面、テンポが悪なりがちであるが、そこはプライム・オリジナルなので下手な劇場用映画より映像のクオリティが高く、テンポの悪さは感じないし、主人公とモロッコで知り合う少女の友情が丁寧に描かれていて、そこがデヴィッド・ファーがやりたかったことの一つだろう。E1E2では30代の女性サラ・アディナ・スミスが演出を担当し、少女たちを『ラ・ブーム』や『なまいきシャルロット』などのフランス映画風に描いている。

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音楽もシャルロット・ゲンズブールの最近の曲“Ring-a-Ring O' Roses”とか70年代のスペイン人歌手ジャネットのヒット曲 "Porque te vas"をうまく使っている。しかし、この監督、アクションのほうの演出はあまり得意ではないようだ。とくに銃器の描写に関しては専門のアドヴァイザーを使っていないのでは?というくらいで、「地べたに銃を置くな」とオタクからツッコまれそうである。射撃シーンでも電着発火式を使っていたりするので、そもそもガン・アクションなど力を入れていないのだから、ツッコむのは野暮である(後半の他の監督のエピソードでは、銃器アドヴァイザーを使っていそうな回もある)。ちなみにE1E2の撮影監督であるシャヒーン・セスと演出のサラ・アディナ・スミスは夫婦とのこと。
E2までは映画版のほぼ忠実なリメイクだが、E3からはハナの父エリック(ヨエル・キナマン)とCIA局員マリッサ(ミレイユ・イーノス)のサブ・プロットが描かれていく。キナマンとイーノスは『THE KILLING』シリーズ以来の再共演で、明らかに狙っているだろう。お金のかかってそうなベルリン・ロケに、脇役は地味ながら実力派のイギリス人/ドイツ人ほかヨーロッパ俳優達で固め、中盤はジェイソン・ボーン的である(ハンナよりエリックがジェイソン・ボーン的)。ミレイユ・イーノスは、どことなくシャーロット・ランプリングやヘレン・ミレン的な雰囲気があり、ランプリングやヘレン・ミレンの域には及ばないものの、映画版のケイト・ブランシェットに負けていないと思う。
しかし、そもそもデヴィッド・ファーは「少女版ジェイソン・ボーン」は狙っていない。4人の監督たち(女性2人/男性2人)は、アクション作品ではなく、ダーク・スリラー、ホラーやダーク・ファンタジー、家族を描いた人間ドラマを手掛けてきたような人たちである。ガン・アクションだけでなくカーアクションや格闘シーンもそれほどのことはない。リアルなアクションを期待すると、無駄にヨーロッパやモロッコでロケしただけの作品と感じてしまうかもしれない。ファーが作りたかったのは、少女の成長と親子の繋がりを描いたロード・ムーヴィーであり、超常現象やサイファイ色を排除したファンタジーだろう。
映画版のマリッサ(ケイト・ブランシェット)は『白雪姫』の王女そのものだし(歯磨きシーンは、鏡に向かう王妃のメタファー)、CIAのブラック・サイト(秘密施設)からの脱出は『アリスの不思議な国』だろう。
一方、リメイク版は『赤ずきん』の影響が強い。それも、いわゆるフロイト派の解釈による『赤ずきん』である(それを示唆する描写もある)。舞台を中欧の深い森に移し、主人公が好奇心に勝てず親の言いつけを破って外に出ると少年と出会い、結果として危険を招く。映画版の父親は白雪姫が不憫で助けた『白雪姫』の猟師そのままといった感じだが、リメイク版では動機がより明確にされている。またリメイク版の父親は若くハンサムであり、主人公の少女を助けてくれたり悪者を倒してくれる童話の猟師(強い救出者・頼りがいのある保護者の象徴)でありながら、狼の危険な側面も感じずにはいられないのだ。


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リメイク版のマリッサ(ミレイユ・イーノス)も、嫉妬のあまり主人公を殺そうとする『白雪姫』の王女というより、『赤ずきん』の母親に近い(赤ずきんの母親は、危険と承知で娘をお使いに行かすという母性愛を喪失した子供を守らない利己的な女の象徴、母娘は互いをライバル視している、といった説がある)。また、エリックとマリッサはかつて恋愛関係にあったことが示唆されており、深層心理学的には、ハンナはマリッサとエリックの子であり、ハンナからすればマリッサは自分と父を捨てた母親、といった解釈もできるかもしれない。

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そう考えると映画版とリメイク版、実は全く違うお話という見方もでき、リメイク版はかなり大人向きで、デヴィッド・ファーもアマゾン・スタジオも実は冒険をしていたのだ。
また、ジェイソン・ボーンと類似点が多いにもかかわらず、本格的アクション路線にしなかった理由の一つとして、どうやら、映画『ジェイソン・ボーン』シリーズのスピンオフがUSAネットワーク(NBCUniversalグループのアメリカの衛星/ケーブルTV局)で制作予定なようで、完成すれば本国アメリカ以外では、プライム・ヴィデオで配信される可能性が高いからではないだろうか(本作品ハンナも実は制作がNBCUniversalグループ)。しかし本作品のクオリティを観ると、本家ジェイソン・ボーンのリブートも、アマゾン・スタジオが本格アクション・スリラー路線で発注すれば、映画を超えるようなものがプライム・オリジナルとして作れそうな気がする。

★★★★★

2019年3月29日に日本でレビュー済み

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